第六話 友として、人として

あぐおさん:作


ドイツ ハングルク郊外
疲れ切った顔をして女性が自宅のポストをあさる。彼女に隣に住む老夫婦が声をかけた。
「やあ!おはようニーナ。夜勤明けかい?」
「おはようございます。そうです。今帰ってきたところです」
彼女は軽く挨拶をかわすと家の中へと入っていった。ニーナと呼ばれた女性はアスカの父親と結婚し彼女の義母にあたる人物だ。アスカとの仲は決して良好とは言えず、自分に打ち解けないアスカに対して苦手意識を持っていた。それ以上に自分を母親と見られていないことに不甲斐なさを感じている。できることなら母親として認められたいし、仲良くやっていきたい。ニーナにとってアスカはまぎれもなく自分の娘なのだから。
ニーナはポストに入っていたクレジットの請求明細書の束と手紙を分けて、手が止まった。見慣れないかわいい便箋がある。送り主はアスカでニーナに宛てた手紙だ。
「アスカから?なにかしら?」
コーヒーをいれると椅子に座り手紙を読む。手紙を読み終えた頃には涙が流れていた。
手紙には日本で通っている普通の中学校の話、そしてニーナと父親に対しての氷解した感情、彼女に対して馴染むことができなかったことへの謝罪。そしてこれから仲良くやっていきたいというアスカの願い。最後のページには自分ではコントロールできない感情について赤裸々に綴っている。
ニーナは嬉しかった。やっと彼女と家族として初めて話ができたことが。これまでアスカとは連絡を取っていなかったわけではない。送られてくるのは週に一度電子メールで送られてくる堅苦しい報告書のような近況報告しかない。それが手書きの文章で自分のことを事細かに伝えているのだ。嬉しくないわけがない。日本に彼女を送ってよかったと思う反面、親として自分が彼女をそこまで自分が育てたかったという想いが沸いた。
「嬉しいわアスカ。あなたも成長しているのね・・・その気持ち、お母さんは教えてあげられないわ。自分で答えを見つけ出しなさい。そっか、あの子を射止めた子はシンジ君というのね」
ニーナは自室に戻るとすぐに返事を書いてすぐにポストに出した。



修学旅行から帰ってきたクラスメート、修学旅行のうわついた雰囲気から未だに抜け出すことができない。余程楽しかったのだろう。それは温泉旅行に行ってきた彼らもまた同様だった。
「ねえアスカ、私たちが修学旅行に行ってた時、どこかいい所連れて行ってもらったんじゃないの?キリキリ吐きなさい!」
「温泉よ温泉。でもすごく良かったわよ。景色も良かったし肌もほら!スベスべ!」
「そうね、伊勢海老とズワイガニ食べ放題だったし」
「・・・本気で二人が羨ましいわ・・・」


その頃ミライはリツコに新兵器の設計図を渡してチェックをしてもらっている。
「さすがミライね。私たちの技術より先をいっているわ。悔しいけどね」
リツコは実に感心したようにため息をもらす。しかし、ミライの顔は曇ったままだ。
「そう言ってくれると嬉しい限りだけど、私個人の計画から少々かけ離れてきているからね。これからは技術部にも顔を出すようにするわ」
「あなたの計画って・・・・」
「本当なら作戦本部は葛城さんにやってもらいたかったのよ。私は技術部でね。そのためにも彼女には成長してほしかった。でも、葛城さんは復讐にかられて目を曇らせてしまった。それは私のミスよ」
「ミライ、それは仕方のないことだわ。付き合いの長い私でさえあそこまでひどいとは予測できなかったもの。でも、彼女に未来を見せなかったのは正解ね。あの子あなたのこと殺そうとしたでしょうし」
「・・・そうね、だからこそ成長してほしかったのよ・・・」
「さて、次の使徒は蜘蛛みたいな奴ね。そしてその次が衛星軌道からの使徒。やることはいっぱいね」
「リツコさん、使徒のパターンも私の予想を外れてきているわ。必ずしも同じのが来るとは思えない。事実、ラミエルとガギエルは順番が違ったもの」
「そして今度は人為的に停電が起こる。でもリョウちゃんはこっち側の人間でしょ?心配はいらないわよ」
「でも油断は禁物よ。加持さんには密かに内部調査を依頼しているけど、ぶっちゃけグレーの人が多すぎるわ」
前回の停電は加持が人為的に起こしたものだった。しかしこの世界で加持はネルフにのみ動いているので同じことを繰り返すとは思えない。ミライは加持にスパイの洗い出しを依頼したのだ。結果限りなくクロに近いグレーの人間が多かった。加持はそこから更に洗い出しをしている。ミライはネルフの杜撰な内部管理にため息をつくしかなかった。



その頃、アスカはヒカリの義理デートのお誘いにうんざりしている。
「いいじゃない日曜日。結構なイケメンだし、お金もあるわ」
「ヒカリ、もうやめてよ・・・ここのところ毎週じゃない」
「毎週じゃないわよ。何度かアスカ断ってるじゃない。それにアスカほどの女の子なら今のうちにいい男捕まえておかないと彼氏できなくなるわよ。そんなの寂しいじゃない」
「そりゃ、彼氏はほしいわよ。でもそういうのは自分で見つけるから・・・」
「でしょ!?だからこそチャンスは多いほうがいいじゃない!それじゃ今度の日曜日お願いね!」
そこへケンスケが近づいてくる。
「なあ、惣流。委員長の義理デートいくなら土曜日俺とデートしようぜ。好きなものいくらでも奢ってやるからさ」
「誰がアンタなんかと!しつこいわよ!」
頼んでもいない義理デートの話の後で不愉快になっているアスカは自然と厳しい口調になる。義理デートに託けケンスケは何度もアスカをデートに誘うが相手にもされていない。それでも何度もアタックをかけるケンスケにアスカは心底うんざりしている。シンジの友人という立場でなかったら殴られているだろう。
シンジとレイもその様子を遠巻きに見ている。これはアスカが自分の意志で断らないといけないことと思い、あえて口を挟んでいないが本人が迷惑していることを重々理解している。
「兄さん、ヒカリさんの義理デートそろそろどうにかしないと、あの人勘違いしているわ。アスカが断りきれないもいけないけど、断らないのは彼女も楽しんでいるからと思ってるわ」
「うーん、流石にあれはやりすぎだよ委員長も・・・」
シンジは席を立つとヒカリのところへ向かう。
「ねえ、委員長。そういうデートの斡旋はやめようよ。アスカも迷惑していることだし」
「あら?いつアスカが迷惑しているって言ったの?アスカだって楽しんでいるに決まってるじゃない」
「あれのどこが楽しんでいるだよ。どこをどうとればそんな解釈になるのさ?」
「嫌よ嫌よも好きのうちよ。女の子は微妙なのよ」
「だからって委員長のやってることは売春の斡旋と変わらないじゃないか!」
「失礼ね!私はアスカのためを思ってやっているのよ!100%善意よ。お金なんかもらってないわ!」
「アスカのためだって!?アスカが頼んでもいないのに何がアスカのためだよ!それこそ大きなお世話だろ!」
「なによ!彼氏でもないのに口出さないでよ!」
「やめて!シンジも!ヒカリも!」
自分の中で中心にいる二人の言い争いにアスカは耐えきれなくなった。
「ヒカリ、行くからもうやめて・・・」
ヒカリは勝ち誇ったようにふふんっと鼻でシンジを笑った。

(惣流は委員長から頼まれれば仕方なくいくんだな。そういえばコダマさんがデート券を売っているという話を聞いたことがあるな・・・)


コダマが部活を終えて帰宅している時だ、ものかげから少年が現れた。
「あら?あなたは相田くんね。どうしたの?」
「コダマさん、惣流とのデート券売っているって聞いたのですが、俺にも売ってもらえますか?」
「その話どこから聞いたの?悪いけど相田君にはできない相談よ、相手は勉強、スポーツ、内面にしろそれなりのステータスがある人たちばかりよ。相田君じゃ釣り合わないわ。だから」
「これでどうですか?」
ケンスケは現金を見せた。それはコダマが義理デートでもらっている手数料の約2倍近くの金額で中学生が持つには多すぎる金額だ。思わずヒュー♪と口笛を鳴らした。
「わかったわ。来週の番は相田くんにしてあげる」
交渉は成立した。

アスカが義理デートに行っている時、シンジとレイはネルフに来ていた。
シンジとレイは自主トレーニングに励み、今は訓練を終えて一息つく。
「兄さん、アスカのところに電話をかけて彼女にネルフに来るように伝えて。理由はなんでもいいから、たぶんうんざりしている頃よ」
「そうだね。助け舟を出そうか」
シンジは携帯電話を取り出した。その時、電灯の明かりがすべて消えた。
「・・・停電?」
「リツコさんね・・・」


prrrrrrrr
「あの、すみません。電話が、もしもし?あっシンジ?どう・・・ええ!?・・・ええ・・・わかったすぐ行く」
厳しい顔をするアスカ、相手の男性は少しムッとした顔を浮かべている。
「どうしたの惣流さん」
「すみません。呼び出しがかかったからこれで失礼します」
「はあ?何言ってんだよ。これから・・・」
「アンタと話をしている暇なんかないのよ!」
「ふざけんな!こっちは高い金払ってんだ!いいから俺と・・・」
尚もアスカを引き留めようと手を掴んで・・・平手打ちされた青年は座り込んで叩かれた頬を撫でていた。アスカは睨み付けると急いでタクシーに乗り込みネルフへと向かった。
(あの男、高い金がどうって言っていたわね・・・まさか、ヒカリ・・・)


その頃ミライは予定通りに起こってしまった停電に焦りを感じている。そこへ加持がやってきた。
「すまない!俺がついていながら!」
「起こってしまったことはいいわ。ところで、実行犯はどう?」
「ああ、それならすぐに拘束して牢屋にぶち込んでいるよ。やったのは技術部の奴だ。金に困っているところを唆されたらしい」
「なんてこと!誰がこんなことを!」
「ねえリツコさん。おかしくない?外部の人が関わっていると仮定するにはやけに個人情報に詳しいじゃない。誰か内部から手引きした人がいるんじゃない?」
「ああ、それに関しては現在調査中だ。報告書ができ次第、式波くんに渡そう」
「いえ、それは司令に渡して」
「わかった」
その時大きな地響きのような音がした。
「なに?何が起きたの!?」



「こんな時に使徒?まったく、タイミング悪いわね!」
アスカは運転手がいなくなったタクシーからマトリエルの姿を肉眼で確認した。
「電話も通じないし、直接いくしかないわね!アスカいくわよ!」
アスカは運転席に乗り込むとアクセルを踏み込んだ。



シンジとレイはミライに言われてエヴァに乗り込んでいる。格納庫では作業員総出で零号機と初号機の拘束具を外している。
『シンジ、外に使徒がいるわ。敵は溶解液を流してここへ侵攻しようとしているわ。エヴァが通れる穴があるでしょ?そこから外に出て!』
「え?姉さん電気が通ってないのにそこまでわかったの?」
『予備電源を使ったのよ。いい?お願いね!』
シンジはミライの言葉に納得するとズリズリと匍匐前進で使徒迎撃に向かった。

「いいの?ミライ。結構苦しい言い訳だったわよ」
「わかってるわ。でもパパに気づかれるわけにはいかないのよ」
(今回の使徒はあのマトリエル。下からATフィールドを中和して遠距離射撃すれば勝てた相手だけど、どんな変化があるのか見当もつかないわね)
ミライの嫌な予想は見事に当たった。よりいやらしい攻撃をしてくるようになった。
シンジ達が上を覗くと大きな目が覗いていた。そこからピンク色の液体が降り注ぐ。
「なんだよこれ、べた付いて・・・すごい粘着力・・・」
初号機が粘ついた液体が触れた手で壁を触ると、壁に手がへばりついて離れない。
「くそっ!なんだよ!手が離れない!」
『そうきたの!?レイ!その液体に触らないで!それを浴びたとたんに身動きが取れなくなって強力な溶解液をモロに浴びるわ!』
「じゃあどうするの?姉さん」
頭をフル回転させて対策を練る。誰かがATフィールドを中和させる役をやるとしてもリスクが高すぎる。そのとき、ミライに朗報が入る。ミライはすぐに作戦を組み立てた。
『レイ、その穴からパレットガンで攻撃して注意を引き付けて!』
「了解」
零号機はマトリエルに向けてバースト射撃を試みる。しかし弾はATフィールドに阻まれるか、粘着液で行く手を阻まれる。マガジンを交換して再度攻撃を試みようとすると、マトリエルの目玉かがまっぷたつに割れ爆発した。
「いったいなにが・・・」
「シンジ!レイ!大丈夫!?アスカ様が助けに来たわよ!」
レイが引き付けている間にアスカが別ルートで地上に出て使徒を真っ二つにしたのだ。
アスカは遅刻してきたが今回の殲滅で不問とされた。



夜、シンジが作った夕食を囲む3人。レイがアスカの顔を見て心配そうに尋ねる。
「アスカどうしたの?険しい顔しているわよ。なにかあったの?」
「・・・大丈夫よレイ。なにもないわ」
「アスカがそう言うならいいけど・・・」
「アスカ、悩んでいることがあったらいつでも僕らに相談してね。一緒に考えるから」
「ありがとう。シンジ、レイ」
「僕じゃ頼りないかもしれないけどさ」
「そんなことない!」
勢いよく立ち上がるアスカ、勢いに押されてシンジの癖が出る。
「ゴ、ゴメン」
「なんでシンジが謝るのよ」
「ゴメン、つい癖で・・・」
「ぷっ・・・あははははははっ」
連続でゴメンというシンジの姿が面白くてつい笑ってしまった。
「なんだよ、そんなに笑うことないじゃないか」
「なんかおかしくって」
不貞腐れて顔を膨らませる子供じみた仕草をするシンジ、普段大人びた印象をうける彼のギャップが滑稽でアスカは腹を抱えて笑ってしまった。曇っていた心はいつの間にか晴れていた。



ヒカリが部屋で本を読んでいるとコダマが襖を開けて顔を出す。
「どうしたの?お姉ちゃん」
「ヒカリ、今度のアスカのデートの相手だけどさ、相田くんっているでしょ。あの子とデートして」
「ええ!?ちょっとお姉ちゃん!どういうことよ!」
「だってさ~今のところ文句なしのイケメン揃いでしょ?アスカみたいな子は情けない男の子と合うこともあるのよ。たまにはいいんじゃない?ヒカリよろしくね~」
「ちょっとお姉ちゃん!」
コダマは自分の要件が済むとさっさと部屋へ戻ってしまった。
「どうすればいいのよ・・・」



休み時間、アスカはレイと話をしている。ヒカリは遠巻きでその様子を見ている。コダマから頼まれていた件、デートの相手がケンスケだとはとても言えなかった。あくまでも可能性という意味ではコダマの言い分もわかる気がする。見る限りケンスケがアスカのことを好きであることは明白なのだが、アスカは微塵も思っていない。シンジがいるから相手にされている程度の存在でしかない。これ以上彼らの仲が発展する可能性は皆無に等しい。ヒカリは思わずため息をついた。ケンスケがアスカに近づいてくる。ヒカリがそのことに気が付いた時には遅かった。
「よう、惣流。今度の日曜日よろしくな」
「はあ?なんのことかわからないわ」
「なんだよ委員長から話いってないのか?まあいいや、今度の日曜日俺とデートするんだよ」
「はあ!?知らないわよそんなこと!どういうことよ!ヒカリ!」
席を立つアスカ、ヒカリは言いづらそうな顔をする。
「あ、あの・・・アスカ・・・」
「ヒカリさん、まだこんなことやっているの?」
「い、いや・・・その・・・」
レイが厳しい視線を向ける。ヒカリは狼狽えることしかできない。ケンスケは当然のことのように話しかける。
「委員長、コダマさんから言われただろ?今度の相手は俺だって。ちゃんとコダマさんと合意の上でのことなんだからさ。頼むぜ惣流」
「ふざけるな!誰がアンタなんかと!ヒカリ!ヒカリからも何か言ってよ!」
ヒカリは何も言えない。それは肯定しているのと同義だ。教室内が慌ただしくなる。そこへトイレに行っていたトウジとシンジが戻ってきた。すぐに教室内の雰囲気を察し、その中心へと向かう。
「どうしたのアスカ?」
「碇、お前には関係な・・・」
「兄さん、聞いて」
ケンスケの言葉を遮りレイは事の顛末を話す。話を聞いていたシンジは明らかに不快な思いを顔に出した。
「委員長、僕前に言ったよね?やってることは売春の斡旋と変わらないって。アスカが断れないことを良いことにこんなこと続けるなんて・・・とても許されることじゃないよ」
「碇、邪魔するなよ!俺はコダマさんと話をしてデートの約束を買ったんだ!」
「買ったって・・・どういうことなの?」
レイの言葉にケンスケは思わずハッとする。しまったと口を抑えるがもう言葉は拾えない。アスカは目に涙をためて怒りに震えている。
「ヒカリ・・・アンタ・・・アタシを売ったのね・・・初めてできた普通の友達なのに・・・親友と思っていたのに!」
「アスカ!」
アスカは教室を飛び出す。レイとシンジはアスカを追いかけた。ケンスケもまたアスカを追いかけようとする。彼女が心配だからではない。自分の欲のためだ。
「ちょっ!待てよ話はまだ・・・」
ゴッ!という鈍い音がする。トウジがケンスケを殴ったのだ。ケンスケは机やいすを巻き込み床に倒れ込んだ。女子からは悲鳴があがる。
「ケンスケ、お前は情けないやっちゃな。相手にしてもらえんからって金で相手してもらうんか。男の風上にもおけんわ」
トウジはヒカリを睨む。トウジは情の熱い男だ。シンジと親しいアスカとは口喧嘩をよくするが、それは彼らなりのコミュニケーションだ。アスカもトウジもお互いのことを悪くは思っていない。だからこそヒカリのやった行為が許せなかった。
「委員長、お前も最低な人間やな。ダチを金で売るなんて許されることじゃないで」
「違う!私はお金なんかもらってない!善意でやっているの!それはコダマお姉ちゃんが!」
「アホか!コダマさんが金で動いていたこと知りながら止めないお前も同罪じゃ!なにが善意じゃ!ボケが!」
トウジは吐き捨てるように言うと教室を出ていきシンジ達の後を追った。ヒカリは彼らが出て行った後、ヒカリも教室を飛び出しその日学校に帰ってくることはなかった。ケンスケだけが取り残されてる。
「なんだよ・・・俺がなにしたっていうんだよ」
切れた唇から出る血を手の甲で拭って呟くケンスケ、彼はまだ理解していない。自分の愚かさを・・・・


アスカは屋上で泣いている。シンジとレイはゆっくりと彼女に近づいた。
「アスカ・・・」
シンジが呼ぶとアスカはシンジの胸の中に飛び込み肩を掴んだ。
「うっ・・ううぅ~~~~!!!!」
アスカの握力にシンジの肩に痛みが走る。その痛みはアスカの心の痛みだ。シンジはアスカを抱き寄せると頭を撫でる。レイが優しく背中をさする。アスカは声をあげて泣いた。
「ごめんアスカ、守ってやれなくて・・・」
「なんで、シンジが、謝るの・・・」
「守れなかったから、僕がもっと強く言っておけばこんなことには・・・」
「それは違う。シンジはアタシのこと庇ってくれた。アタシが嫌がっているの、断れきれないってわかって止めてくれたじゃない」
「でも、止められなかったじゃないか」
「いい。シンジが止めようとしてくれたから、それだけで、いい」
アスカは泣き止んでもシンジの胸から離れようとはしなかった。今はただ素直に甘えた。そのことにシンジは気が付かない。
(アスカも不憫ね・・・)
レイは心の中で毒づいた。
屋上の扉が開く音がする。見るとトウジが肩を息で弾ませていた。
「トウジ・・・」
トウジは彼らに近づくと深々と頭を下げた。
「すまん惣流。この通りや」
「なんで鈴原君が謝るの?」
「惣流のデート券の話な。噂で聞いたことがあったんや。でも委員長のことやさかい、なんかの間違いやとワシも思って気にも止めてへんかった。コダマさんが金にガメついところあるの知っとったのにな。もっと早くこのことをシンジに一言言っておけばこないなことにはならんかったはずや」
「トウジ、それは違うよ。僕がその話を聞いても僕も冗談と思って気にも止めてなかったと思うよ。僕がちゃんと止めていればこんなことに・・・」
「えーーーーーーーーーい!うるさい!なんで日本人はこう謝ることばっかなの!?」
いきなり大声をあげるアスカ、アスカはシンジの体から離れるといつものポーズをとる。
「これはアンタ達がどう足掻いても起こるべくして起こったことよ!アタシがちゃんと断っていれば起こらなかったわ。根本的な問題はそこよ。でもコダマさんがお金でアタシのデート券売っていたのは事実だし、ヒカリが見て見ぬふりをしていたのも事実。これだけでも最悪だけど、そこへ相田のバカが引っ掛かってより最悪なパターンになった。でもアタシは気にしないわ。シンジもレイもアタシのこと本気で心配してくれたし慰めてくれた。アタシはこれだけで十分だわ。アンタまで謝りにきたのは意外だったけど」
「アホか。ワシはスジを通しただけじゃ。でも、惣流からしてみれば余計なことやったな。シンジとしっぽりしているところを邪魔してもうたみたいやし」
「なっ!あ、あ、あ、あ、あ・・・」
シンジに抱きついているところを思いっきり見られていた。シンジとアスカの顔が赤くなる。
「ふふふっそうね、若い二人の邪魔をしては悪いわ」
「綾波、授業はじまるで。いこか」
「ええ」
「そ、そ、そそそそ、そんなんじゃないっつーーーーーーーーーーーーーの!!!!!」
「赤鬼や!逃げろ!」
「待てーーーーーー!殴らせろ!鈴原!」
逃げるトウジとレイ、追いかけるアスカとシンジ。レイのトウジの背中を見る目は本人が気が付かないほどに熱を帯びている。
(謝らなくてもいいのに態々追いかけて頭を下げに来るなんて、不器用な所が兄さんに本当によく似ているわ)



「たっだいま~~」
コダマは家に着くと台所へ何かないか見に行く。しかしもう夕飯時になるのに何一つ準備がされていない。コダマが首をかしげるとノゾミが部屋から出てきた。
「ノゾミ、ヒカリはまだ帰ってきてないの?」
「それが・・・部屋でずっと泣いていて・・・」
コダマはヒカリの部屋へと入る。
「ヒカリ~入るよ。あんたどうしたのよ。何かあったの?」
「お姉ちゃんのせいよ・・・」
「はあ?」
ヒカリは立ち上がるとコダマを睨み付けた。
「お姉ちゃんのせいで私は友達を!みんなの信用を失ったのよ!お姉ちゃんがアスカとのデート券なんかを売るから!」
「はあ?あんなの手数料よ。仲介してあげるんだから当たり前でしょ?その分いい物件を流してあげてるじゃない」
「お姉ちゃんのやってることは売春の元締めじゃない!そんなこともわからないの!?」
「ヒカリ!あんた言っていいことと悪いことがあるよ!」
「知らないわよ!」
ヒカリは家を飛び出した。


夜、アスカの携帯電話が鳴った。
「アスカ、携帯鳴っているわ」
「ん~シンジ~!電話持ってきて~」
「それくらい自分で取りに行ってよ」
「遠いもん~」
「もう・・・」
渋々携帯電話を取りに行きアスカに渡す。アスカは礼を言うと画面を見ずに電話に出た。
「もしもし~?」
『もしもし!?コダマよ!』
「コダマさん?なに?今更なに電話しにきたの!」
『そっちにヒカリ来てない?夕方から出て行ったまま帰ってこないのよ!』
「ヒカリが?レイ!シンジ!」
アスカは電話を切ると二人を呼んだ。コダマから聞いた事情を説明する。時間はもう夜の10時過ぎだ。
「お願い。ヒカリを探すのを手伝ってほしいの」
「わかったわ。見つけたら連絡をアスカにする。それでいい?」
アスカは頷く。3人は着替えると外へ飛び出しヒカリを探した。


ヒカリはひとり制服のまま海辺の公園のベンチで膝を抱えている。家に帰りたくない。学校にももういけない。なにより自分がひどく汚れたように感じたヒカリは自暴自棄になっている。中年の男性がヒカリに声をかける。
「お嬢ちゃん2万でどう?」
下衆な笑みを浮かべながら指を二本出した。彼が何を言っているのか理解はできる。本当なら大声を張り上げて抗議をしていたところだろう。だが、自分がひどく汚れたと思い込んでいるヒカリは頷いた。
「商談成立。それじゃ行こうか」
手を引かれて公園から出る時、ヒカリの体から嫌悪感が走った。
「いや!いや!誰か!」
「おいおい、商談成立しておいてそれはねえよ。ほら、行くぞ」
「いや!お願い!誰か!」
「こんなところに人なんか来ないよ。いい加減諦め・・・」
「どおおおおおおりゃあああああああああああ!!!!」
咆哮とともにアスカが走り飛び、男に飛び蹴りを食らわした。
「アスカ!」
「ヒカリ!いいから逃げるわよ!」
アスカはヒカリの手を引いて駆け出した。後ろのほうで何か聞こえたが気にしない。学校の近くにある公園まで逃げるとアスカは携帯電話を取り出しシンジに連絡を入れた。すぐにレイと一緒に彼女たちと合流するらしい。電話を切ると大きな息を吐いた。
パンッ!
大きな音が公園に響いた。アスカがヒカリをひっぱたたいた。
「ヒカリ!アンタ何考えてるの!」
「あ、アスカ・・・」
「確かにヒカリがやったことにアタシは怒ってる。だからって自暴自棄になって自分を売ることないじゃない!」
「でも、私は・・・アスカにひどいことして・・・もう汚れて」
「ヒカリは汚れてなんかない!そんなこと言わないで!」
「アスカ・・・」
「アタシは、アタシは!それでもヒカリのこと許したい!ヒカリはアタシが初めてできた普通の友達だから!ヒカリのこと、今でも親友だと思ってるから!」
「アスカ・・・ごめんなさい!本当に、本当にごめんなさい!」
「もういい。もういいから・・・」
アスカは泣いているヒカリを抱き寄せ頭を撫でた。しばらくしてシンジとレイが合流する。ヒカリは彼らに送られて自宅へと戻っていった。自宅でコダマからアスカは謝罪を受けた。アスカはもう二度としないことを条件にコダマを許した。
次の日、教室で何事もなかったかのように会話を楽しむアスカとヒカリを見てクラスメートは驚きを隠せなかった。トウジとケンスケもトウジが謝罪をして和解をした。しかし、全てが元通りになったわけではない。ヒカリはアスカとの間はヒカリが少し遠慮をするような形になった。ケンスケに関してはアスカ、レイ共に露骨に表には出さないものの嫌悪感を抱き目も合わせようとしない。ケンスケは相変わらずアスカにちょっかいをかけようとするが、完全に無視されるかレイやヒカリに邪魔をされる。
(シンジとはよく話すのになんで俺のところまで来ないんだよ。少しは気にかけてもいいじゃないか。やっぱエヴァのパイロットだからだよな。ちくしょう!俺もエヴァのパイロットになれればきっと・・・)



河口湖がのぞめるレストラン。そこにゲンドウと老人がテーブルに向かい合って座っている。給仕が料理を運んできた。
「お待たせしました。山女魚のパイ包やきでございます」
「ほぅ・・・これはうまそうだ」
老人は器用にナイフとフォークを使って一口食べる。
「うん、うまいな」
「お口に合うようで、嬉しいです。キール議長」
「やめてくれ碇。私はもう議長ではない。ただの老人にすぎん」
ゲンドウの前に座っている人物こそゼーレをまとめていたキール本人だ。バイザーをつけて常に威厳ある態度はない。バイザーをやめて、メガネをかけた姿はただの老人以外の何物でもない。この変化に一番驚いたのはゲンドウ自身でもある。一瞬誰なのか疑ったくらいだ。人類補完計画という悲願を捨て普通に生きることを選んだキール。ゼーレも解散してしまった。もう彼を束縛するものは何もない。
「しかし、驚きました」
「なにがだ」
「ローレンツ公がゼーレを辞めた後、孤児院を営んでいらっしゃるとは」
「やはり君もそう思うかね。はっきり言ってしまえば贖罪だよ。親らしいことが何一つしてやることができなかった息子へのな・・・先日、元妻の墓参りに行った時に息子とその嫁と、孫に会ってきたよ。ここまで来るのに随分と遠回りしてしまったものだ。親と子はその心と魂を継ぎながら、そして理解をし合いながら次の世代へと未来を託していく。そんな当たり前のことに今更ながら気が付かされたよ。これから生まれてくる新しい命のため、そして未来のために・・・ゼーレが解散し、新しい時代の幕が開ける今、私は子供たちのために何かしたい。我が祖国はセカンドインパクトの影響で常冬の国になってしまった。セカンドインパクト以降、経済的に余所の国よりはいくらかマシになったとはいえ、街には親を亡くした子供たちが溢れ腹をすかしている。そんな子供たちに食事と帰る場所を与えたかったのだ。いつか祖国のため、そして人類のためになにかできる人に育てようと思ってな。同じ過ちを繰り返さないためにも・・・」
「素晴らしいことです」
「そうそう、忘れていた。アダムと人とのキメラ、フォースチルドレンをそちらに送ろう」
「公、彼は・・・使徒なのでは?」
「ああ、彼はダブリスだ。だが、私は彼に全てを打ち明け、シナリオを破棄したことを伝えた。殺される覚悟でな。奴は笑ったよ。面白いとな」
「では、彼が乗るエヴァ3号機も送ってください」
「3号機はアメリカで実験をするらしい。ペンタゴンから通達があったよ。そちらに行くのはそのあとだな。碇、式波くんに会ったら伝えてくれ。感謝していると」
「わかりました」
キースは食事を終えると席を立つ。
「ローレンツ公、ホテルまでお送り致します」
「いや、結構だ。この日本の美しい景色を眺めながらゆっくり帰ることにするよ。もう会うこともないかと思うが・・・碇頼んだぞ」
「はっ!」
キールはサングラスを外してバイザーをつけると杖をもって歩きはじめる。ゲンドウは最敬礼をもってキールを見送った。



ミライはゲンドウからフォースチルドレンに関しての資料を渡された。
「この子がフォースチルドレンか・・・私が介入してから少しずつだけど使徒の強さや順番が変わってきているから有難い話よ。戦力の増強にもなるしね。でも、このことがどういう意味を持つのか・・・それを考えるとね・・・」
「今は意味などどうでもいい。使徒を殲滅しサードインパクトを防ぐ。これが最重要課題だ」
「そうね、まずは生き残ることを考えるわ。そうじゃなきゃ、私がここに来た意味がないもの」
「そうだ、頼んだぞミライ。それと2週間後にフォースチルドレンが来る予定となっている。3号機はもう少し後だ。アメリカ支部がどうしてもS2機関の実験をやりたいらしい」
「おじいちゃん!その実験は!」
「ふむ、お前の言いたいこともわかる。しかし前は私が仕掛けたのだろう?今回は何もしていない。S2機関搭載のエヴァが配備されれば今後の展開が有利になるはずだ。大丈夫だ。前のようにはならんよ」
ミライの肩を叩くゲンドウ。ミライは笑顔を浮かべたものの不安は拭うことができなかった。



山梨県某所
「あの、もしかしてキール・ローレンツ氏ですか?」
「うん?如何にも・・・うっ・・・」
「よし、運び出せ!」
「はっ!」
キールはこの日を境に姿を消すこととなる。
寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる