第五話 こころ

あぐおさん:作




シンジが帰ってきた。両腕に巻かれている包帯が痛々しい。お風呂が入れるくらいに回復したシンジは帰って早々に風呂に入った。お風呂から出た後、シンジはレイとアスカの3人で夕食を取っている。
「それじゃこの一週間アスカとレイでご飯作ってたんだね」
「そうよ~感謝しなさいバカシンジ!」
「アスカ、そういうこというと、あのことバラしちゃうから」
「レイ~あの夜のことをシンジに言ってもいいのかしら~?」
正直な所、シンジはレイとアスカがちゃんと家事ができるのか疑っていた部分がある。アスカがやっているところを見たことがないし、レイも教えて間もないため不安要素があったからだ。シンジは安心した。
「ありがとう。アスカ、レイ」
「べ、別にいいわよ・・・」
「うふふっ・・・」
面向かって礼を言われるとレイは目を細めて笑い、アスカは顔を赤くして顔を背けた。

夕食が終わるとシンジは自室に戻る。几帳面なシンジの部屋は綺麗に片付いている。シンジはベッドの下に手を入れて男のバイブルを取り出し・・・足りない。2冊ほどない。
(誰だ・・・姉さん?いや、レイとアスカか~~~~~~~)

レイの自室
「兄さん、こういうのが好きなのね」
「優しい顔してこういうのには興味なるのね~アイツも男なのね」
「アスカ、これ見てすごい・・・」
「うわ~これどうやってるの?」
品評会が開かれていた。



そして、第7使徒イスラフェルが来襲した。ミライとリツコは慎重にデータを集める。
「光珠がふたつ・・・どうやらイレギュラーは今のところ大丈夫そうね。MAGIの回答は?」
「分裂する確率90%よ」
「初号機の修復状況はどう?」
「できなくはないけど、戦闘に耐えられるほどじゃないわ」
「それじゃ、今回はママとレイおばさんの2機で出撃ね」
ミライはボリボリと頭を掻くと日向に指示を飛ばす。
「日向さん、国連軍にN2爆雷の要請を」
『え?N2爆雷要請ですか?まだ何も始まってませんよ?』
「念のためです・・・」
『わかりました。すぐに手配します』
「随分と根回しが早いのね。大丈夫なの?」
「前はパパとママがユニゾン攻撃をしたわ。でも今回はママとレイおばさんとでやらなきゃいけない。前と比べて二人の仲は良好だし、ママも素直になってレイおばさんも打ち解けてきた。でもユニゾン攻撃できるほど息は合っていないのよ」
「確かにそうね」

ミライとリツコの予想通り、イスラフェルは分裂しアスカとレイは善戦こそしたものの撤退せざるを得なかった。ミライが早めに撤退命令を出したため損傷は軽微で済んだが、ゲンドウと冬月からの小言は避けきれなかった。
レイとアスカのユニゾン特訓が始まった。

3日後、昼休み、トウジ達は3日も来ないシンジ、アスカ、レイのことが心配になった。
「なあ、委員長。シンジたちもう3日も来とらんが、なんか聞いてないんか?」
「私はなにも・・・」
「それならみんなでシンジの家に行けばいいじゃないか」
ケンスケの提案にヒカリとトウジは頷いた。
「よしっ!それじゃ放課後いくか!」
(シンジのやつ、怪我がひどくなってなければええんだが・・・)
(鈴原と一緒に出掛けられる・・・アスカに感謝しないと)
(これで惣流に会うことができるかも・・・)
三者の思惑はバラバラだった。
3人は高級マンションを前に唖然とした。
「ホンマにここに住んどるんかい」
「調べた住所はここだけど・・・」
「とりあえずブザーを鳴らしてみようぜ」
ブザーを鳴らすとシンジがインターフォンに出た。3人はシンジに連れられ部屋へと移動する。部屋の中から軽快な音楽が聞こえた。
「なにやってるんだ?碇」
「特訓だよ。アスカ~レイ~委員長たちが来てくれたよ」
奥の部屋からお揃いのトレーニングウェアを着たアスカとレイ、そしてミライが顔を出した。
「ヒカリ!久しぶりね」
「え?ええ・・・アスカ達なにやってるの?」
「何って、特訓よ特訓」
ヒカリ達3人はリビングに通される。
「ごめんなさいね。何もおもてなしできなくて、私は彼らの保護者役をやってる式波ミライよ」
「ワシは鈴原トウジです」
「相田ケンスケです!」
「洞木ヒカリです」
ミライの美貌に思わずトウジとケンスケはボーッと見とれてしまった。
「あの、アスカから聞いたんですけど、特訓ってなにを」
「そうね、これは他の人にも見てもらったほうがいいわね。レイ、アスカ始めるわよ」
ミライが言うとシンジはコンポを操作して音楽を流し始める。その音楽に合わせて踊る二人。曲が終わると3人は思わず拍手をした。
「すごいじゃない!息ピッタリよ!」
「こらお金がもらえるで!」
(惣流・・・かわいいな・・・)
満足そうに感想を聞く2人。
「次、今度はシンジとレイがやってみて」
アスカと交代してシンジがレイと踊る。曲が終わるとまた拍手が起こった。
「すごい碇くん!レイさんとも息ピッタリじゃない!」
「さすが双子やな」
「やるじゃないか碇」
ここからが本題だ。ミライは3人に質問を投げかける。
「それで、どう?今やってみた踊り、違いがわからない?」
トウジ、ケンスケ、ヒカリは首をかしげる。
「違いって、そんなん言われてもなぁ」
「そうね、そういえばアスカとレイさんがやったのは碇くんとレイさんがやったのと比べて統一性がない気がする」
「そう!ソレよ!それ!私が言いたかったのはソレよ!」
ミライは興奮したようにヒカリを指差した。
「レイとアスカは二人の息が合っていないのよ。アスカが自分のリズムでやってレイはアスカを追いながら曲に合わせている。だからイマイチ動きがあっていないのよ」
その言葉にアスカとレイがムッとする。
「レイ!ちゃんとアタシに合わせてよ!」
「アスカ、音楽を聴いて合わせて」
「アタシが悪いっての!?」
思うようにいかない苛立ちなのかアスカとレイの雰囲気が悪くなる。
「アスカ、これは二人の息を合わせるための特訓なのよ。シンジとレイはお互いに合わせようとして踊っていた。アスカは自分のことしかないのよ。もっとシンジのように相手に合わせて」
「だったらシンジとレイで組ませればいいじゃない!アタシなんかいらないじゃない!」
アスカは部屋を飛び出していった。
「アスカ!」
「僕がアスカを探しに行く!レイは休んでいて!」
シンジが後を追いかける。このときケンスケもアスカの後を追おうしたが、シンジの言葉に押されて動くことができなかった。
シンジはマンションを出るとアスカを探した。近くの公園を通ると、ベンチで俯いて座っているアスカを見つけた。ゆっくりと近づく。
「アスカ」
「っ!」
アスカはその場から逃げようとする。シンジは急いで追いつきアスカの腕を取った。
「離してよ!」
「嫌だ!」
「アタシに構わないで!どうせアタシは必要ないんでしょ!レイと一緒にやればいいじゃない!」
「そんなことない!」
「ウソよ!」
「ウソじゃない!レイも僕もアスカが必要なんだ!だから!必要とされないだなんて、悲しいこと言うなよ!」
「だ、だって!アタシはレイやシンジとは違うもん!ママは死んじゃった!パパはアタシを捨てて新しいママのところに行った!アタシはひとりぼっちなのよ!」
青い瞳を涙でいっぱいにしながら吐き出された心の闇。シンジは孤独の辛さをわかっている。だから強く思いを込めて否定する。
「アスカはひとりぼっちじゃない!姉さんもレイも!僕もずっとアスカの側にいるよ!絶対にひとりにはさせないよ!」
「・・・本当?」
「本当だよ。だから一緒に帰ろう。みんな待っているから」
シンジは優しく微笑みかけ手を差し出した。アスカはその手を取らず、シンジの胸の中へ飛び込んだ。
「ああああ、あすか?」
「しばらく、こうさせて」
アスカは泣いた。シンジは優しく抱き寄せると泣き止むまでアスカの頭を撫でた。

「落ち着いた?」
「ええ、ありがとう。さ~て!さぼった分取り戻さないとね!レイに怒られちゃうわ」
「うん、それでこそアスカだよ」
シンジはもう一度手を差し出す。アスカは自然にシンジの手を握り返した。手を繋いで歩く二人。アスカはシンジの後ろを歩きながら繋がれたシンジの手を見続けた。
(この人はやっぱり他の誰よりも違う。アタシのことをちゃんと見てくれている)
心の中で湧き上がる強い想い。それが何かアスカにはわからなかった。

家に着いた二人をレイが出迎える。
「レイ、ごめんね。ひどいこと言って」
「そんなことどうでもいいわ。帰ってきてくれて嬉しいわ。おかえりアスカ」
「ただいま」
微笑みあう二人、ミライはその光景を見て嬉しく思った。彼女たちなら大丈夫だろうと。その後もう一度踊ってみたとき、それは先ほどと違い完璧に近いほどの出来栄えだった。その後もアスカとレイは特訓を続けた。

作戦前日、興奮して寝付けないアスカは何度も寝返りをうった。
「アスカ、起きてる?」
隣で眠るレイに話しかけられ思わず肩がビクッとなる。
「あ、ごめんレイ。うるさかった?」
「いいえ、私も寝れないの。体は疲れているのにね」
思わず笑いあう二人。
「ありがとうレイ。アタシの友達になってくれて」
「いきなりなに?」
「アタシね、いつもひとりぼっちだったの。目に入る人全てがライバルで敵だった。だから、友達なんてひとりもいなかった。レイがいてシンジがいなかったらアタシずっとひとりぼっちのままだった。他の誰かと一緒にいることがこんなにもいいことだなんて思いもしなかった。本当、日本に来て良かった。レイ、ずっと・・・アタシの友達でいてね」
「ふふふっ・・・当然よ」
「ありがとう・・・」
「それよりもアスカ、兄さんは鈍感だからアスカからアタックかけないと気づきもしないからね。頼んだわよ」
「えっ・・・・そういうんじゃないってば!」
「避妊はしてよね」
「ちがうっつーーーの!」
暗くて見えないがアスカの顔は赤く染まっているだろう。アスカは今度は違うドキドキで眠れなくなった。
作戦当日、レイとアスカが完璧なユニゾンでイスラフェルを倒した。帰ってくるなりシンジの顔を見て赤く染めるアスカ。
(もう!レイが変なこと言うからシンジの顔をまともに見れなくなったじゃない!)
レイはゲンドウみたいなニヤリとした顔を浮かべた。
(計画通りね)



学校へ通いだした3人はクラス中がどこか落ち着かない雰囲気を感じた。
「ねえヒカリ、なんかみんなソワソワしてない?」
「そりゃそうよ!修学旅行があるんだから!」
「シュウガクリョコウ?」
聞きなれない日本語に首をかしげる。ヒカリは修学旅行について説明をした。
「なにそれ!行きたい!」
「でしょ~!青い海!白い砂浜!めんそ~れ沖縄!サイコーよ!」
「じゃあ新しく水着買わないと!」
「アスカ!それなら今度の日曜日にイケメン高校生とデートして買いにいけばいいじゃない!どう?紹介するわ!」
「どうって・・・アタシは・・・」
「大丈夫よ!センスもいい人だから!いいでしょ!?」
はっきり言って御免こうむりたいのだが、いつもヒカリの勢いに圧倒されてしまう。そこへタイミングよくレイがアスカを呼んだ。
「アスカ、今度の日曜日時間あるかしら?」
「今度の日曜日?」
「ええ、水着を買いに行きたいけど、どういうのがいいのかわからなくて、一緒に選んで欲しいの」
「レイさん、アスカは日曜日デートが・・・」
「ごめんなさい。ネルフの用事でそこしか時間が取れないの」
「・・・それなら仕方がないわね」
レイの事情を理解したヒカリは大人しく引き下がった。
「ありがとうレイ。助かったわ」
「日曜日お願いね。兄さんも同行させるから。荷物持ちで」
「買い物デーね!いいわ!とことん行きましょう!」


ブルッ
「な、なんか寒気が・・・」
「なんやシンジ。風邪か?」



日曜日、デパートはバーゲンセールも重なって混雑している。
「お兄ちゃん!はよはよ!」
「待ってえなサクラ~前向いて歩かんと怪我するで!」
トウジはサクラの服を買いに来ている。元気いっぱいにサクラは走りだし
「きゃっ!」
思いっきり人とぶつかった。トウジが慌てて駆け寄る。
「サクラ!大丈夫か?あの、えらいすみません。うちの妹が・・・って綾波やないか」
「いった~って鈴原くん?あら?その子は・・・もしかして鈴原君の子供?」
「アホか!ワシの妹のサクラや。すまんのぅ怪我ないか?」
「大丈夫よ」
トウジはレイに手を差し伸べる。レイはトウジの手を握って立ち上がった。
「ごめんなさい・・・」
サクラが申し訳なさそうに謝る。レイは笑って頭を撫でた。
「次からは気を付けてね」
「綾波がおるっちゅーことはセンセと赤鬼もおるっちゅーことか?」
「ええ、下のバーゲンセールへ行っているわ。アスカ閃空とか言いながら人間離れした動きをしているわ」
「あいつは豪鬼かい・・・センセも大変やな。せや、よかったら綾波付き合ってもろうてええか?」
「え?」
「ワシ、こういう女の子向けの服ってようわからんのや。そういう場所も苦手やし、頼む!この通り!」
拝み始めたトウジを見て思わず吹き出してしまった。
「いいわ、そのかわり何か奢ってよね。それじゃサクラちゃん、私と一緒に行きましょう」
レイはサクラと手を繋いでキッズ用の洋服売り場へと向かった。1時間後、レイはサクラを連れて戻ってきた。
「助かったで綾波。それで綾波はなにが食べたいんや?」
レイはフードコートへ移動すると指をさした。
「あれ」
「アレって・・・たこ焼きかいな」
頷くレイ。トウジはため息をついた。
「お前な!大阪人のワシの前で大阪のやないたこ焼き奢れってどういう神経しとるんや!たこ焼きくらいワシが作ってやるさかい!」
「作ってくれるの?」
「おう!親父直伝の大阪の味、堪能させたるわ!」
レイはシンジに連絡をしてトウジの家でたこ焼きを作ってもらうことを伝える。数分後シンジはアスカを連れてレイ達と合流した。
「久しぶりだね。サクラちゃん!トウジのたこ焼きか~おいしいんだよね!」
「タコヤキってなによ?」
「なんや惣流も食べたことないんか。ほな、食べてけ」
5人はトウジの家に着くと早速たこ焼きの下準備に取り掛かる。アスカとレイは初めて見るたこ焼きプレートに興味津々だ。トウジは手慣れた手つきでたこ焼きを作り始める。トウジお手製のたこ焼きがお皿に盛りつけられた。恐る恐る食べるレイとアスカ。一口食べると二人は目を丸くした。
「おいしい!なにこれ!」
「外はサクッ中はジューシー・・・これがたこ焼きなのね」
ひょいひょいと口の中に消えていくたこ焼き。思いのほか好評のようだ。一息つくとお茶を飲んでくつろぐ。
「まさかアンタみたいな男が料理できるなんてね。意外だわ」
「そうね。すごくおいしかった」
「当たり前や!大阪の人間ならこれくらいわけないで」
「トウジが作るお好み焼きもおいしいんだよ」
「お好み焼き・・・今度はそれもお願い」
赤い目が怪しく光る。
「ところでさ、タコヤキってなに入れてるのよ?」
「なに言うとるんや?たこ焼き言うたらタコに決まってるやろ」
「あんたバカァ?そのタコってのがわからないから言っているのよ!」
「アスカ、蛸は英語で言うところのオクトパスだよ」
アスカの動きが止まる。
「シンジ、イマ、ナンテ?」
「え?オクトパスだよ。Octopus」
「・・・・・%&$‘~*+$#!!!!」
真っ赤な顔をしてドイツ語でトウジに怒鳴りつけるアスカ。要はタコのことをデビルズフィッシュという国の人が「お前なにとんでもないもの食わせるんだ!」と抗議しているのだ。当然それはトウジに伝わることなく大ゲンカとなる。トウジが意味を理解するまでにかなりの時間を要することとなる。
トウジとアスカの交流は今後も続いていくのだが、アスカはこのときのことを何年も恨み続けることとなる。

たこ焼きパーティーが終わるとトウジはプレートと皿を洗っている。そこへレイが顔を出した。
「鈴原くん、手伝おうか?」
「いや、大丈夫や。もう終わるで」
「そう、ごめんなさい。食べることしかしないで」
「かまへん。かまへん。ワシが作ってやる言うたんや。しっかし・・・綾波は顔に似合わず結構食べるほうなんやな」
「そ、そうかしら?」
「せや、めっちゃええ顔して食べてくれたもんやから、ワシも嬉しかったわ」
活発な少年らしいニカッとした笑顔を浮かべるトウジ。レイの鼓動が思わず高鳴る。レイは顔を赤く染めた。
「綾波、顔赤いで?どないしたんや?」
「な、なんでも、ないわ」
顔を逸らすレイ。トウジの顔を見れなくなってしまった。
「ま、ええわ。また食べにこいや。今度はお好み焼き作ってやるわ。気合入れて作るさかい」
「そ、そうね、楽しみにしているわ」
シンジ、アスカ、レイの3人は並んで家に帰っている。アスカはタコを食べさせられたことを根に持ち不満をぶちまけ、シンジはフォローをしている。レイは何も言わずに歩いていた。その間もレイの胸の高鳴りは止むことがない。
(どうしたの?胸が苦しい。でも、嫌じゃない。私、どうしちゃったの?)
先ほど見せた屈託のないトウジの笑った顔がレイの脳裏に鮮明と記録されている。初めての胸の高鳴りにレイは戸惑うことしかできなかった。


夜、アスカは別の意味で怒りを露わにした。レイも同様だ。
「「修学旅行に行けない~~~!!?」」
「ごめんなさい。使徒がいつ現れるかわからないから戦闘待機なのよ」
「楽しみにしてたのに・・・」
「ちょっとシンジ!アンタも何か言いなさいよ!」
「いや、僕はこうなるかな~って思って」
シンジからしてみれば当たり前のことなのだが、初めてのことで期待に胸を膨らませていた分アスカとレイの落ち込みようはひどかった。
「姉さん、僕はいいけど、せめてアスカとレイは行ってはダメですか?」
「そうさせてあげたいけど、弐号機じゃないと装備できないものが多いのよ。ごめんなさい。代わりにネルフのプールを解放してあげるわ。それと次の使徒を倒したら一泊二日でもれなく豪華食事付き温泉旅行に招待するわ」
赤と青の目が怪しく光る。
「姉さん。食事はなに?」
「天然物のウニ、マグロの刺身に伊勢海老とカニの食べ放題!海の幸山の幸もりだくさん!」
「温泉の効能は?」
「美肌効果バッチリ!もっちもちのぷりっぷり!今ならエステもつけるわ!」
レイ、アスカ、ミライの3人はガッチリと握手を交わす。
「仕方ないわ。エヴァのパイロットですもの」
「そうね、使徒殲滅はアタシたちの使命だわ」
「これも仕事だからね」
あっさりと懐柔された。シンジだけが置き去りにされる。欲にまみれた赤、青、黒の目が爛々と輝きを増す。
「「「早く使徒来ないかな~♪」」」
「最悪だ・・・こいつら・・・」



出発のバスを見送る3人、シンジはともかく2人のほうは嬉しそうだ。
「ねえ、アスカもレイさんも嬉しそうな顔しているけど・・・修学旅行行きたかったじゃないの?」
「え~だって~アタシ達エヴァのパイロットだからね~ね~レイ♪」
「そうね、これは仕方のないことなの❤」
(怪しい・・・・)
「シンジ、災難やったな。お土産何か買ってくるわ。何がええ?」
「えっと、島豆腐とゴーヤを」
「センセ、それお土産やない。夕食の材料や」


クラスメートを見送った後、3人はそのままネルフへと向かった。プールではアスカとレイがボールで遊んでいる。
「ねえレイ、シンジはどこに行ったの?」
「知らないわ。兄さんのことだから、練武場じゃないかしら?」
「は~あいつなにやってるのよ。こんないい女が二人で遊んでいるのに来ないなんて。探しに行きましょ」
「アスカ、兄さんと遊びたかったのね」
「そうじゃないつーの!」
2人は上着を羽織るとシンジを探して練武場へと向かう。近くまで来ると中から威勢の良い声が聞こえる。中を覗くとミライ指導の下、シンジが保安部相手に稽古をしていた。
「次!」
ミライの声で保安部の隊員がシンジに襲い掛かる。手にする獲物は様々でバリエーションが幅広い。それをシンジは棍で迎撃している。それはシンジが膝をつくまで続けられた。
レイとアスカに気が付いたミライが声をかける。
「どうしたの二人とも、プールに行ってたんじゃないの?」
「アスカが兄さんがいなくて寂しいって」
「んなこと言ってない!」
「アスカ~素直になりなさい。シンジほどの最優良物件なんかいないわよ。今のうちに捕まえておきなさい。キスまではOKよ!」
「だから違うつーの!」
そのとき使徒襲来のブザーが鳴り響いた。
『浅間山火山研究所より入電。マグマ内に未確認生物を発見。照合の結果パターン青。使徒と断定。至急現場に向かってください』
「来たわね。3人ともエヴァに乗って!VTOLで直接運びます!赤木博士、伊吹、青葉、日向三尉も来て!」



VTOL内ではミライ、リツコ、日向の3人がモニターを見ながら作戦を練っている。
「さなぎみたいな感じね。どうするの?ミライ」
「日向さんならこの場合どうします?」
「そうですね・・・僕ならこの段階で殲滅します。できれば外から何かしらの攻撃をして殲滅したいのですが、手段がないのでマグマの中に潜って直接叩き潰します」
「そうよね・・・孵るまで待つのはリスクが高そうね。MAGIの回答は?マヤさん」
「全会一致でマグマの中へ飛び込み殲滅を推奨してます」
「しかたないわね。D装備で弐号機はマグマの中へ突入。発見次第即時殲滅。これでいきましょう」

D装備に換装された弐号機を見て文句たらたらのアスカを宥めてエヴァに乗せる。火口付近に初号機、スタッフを守るように零号機がスタンバイする。弐号機はゆっくりとマグマの中へと消えて行った。前回と違うところは武器がナイフではなく特注のソニックブレイドというところだ。
『アスカどう?耐熱使用の心地は』
「まるでサウナよ。もう少しなんとかならなかったの?」
『ごめんなさい。それが限界なのよ。これ以上装甲を暑くすると動けなくなるわ』
リツコの問いかけに答えるアスカ。深度は徐々に下がっていき安全深度をオーバーしても使徒は見えなかった。
「目標深度にきたわ。何か見えるかしら?」
『何も、それよりもう少し冷却水多く回せない?暑くてたまらないわ』
「そうしてあげたいけど、フル稼働よ。今リツコさんが計算しなおしているわ・・・目標深度を再設定しなおしたから送るわね。これで見つからなかったらプラン変更も視野にいれて一度引くわ」
『ミライ~温泉期待しているわよ』
再度目標を設定しなおして更に深く潜る弐号機。
「どう?アスカそろそろ目標深度よ」
『・・・いたわ!使徒を肉眼で確認!』
「アスカ、孵る前に殲滅して!」
『了解!さっさとやって温泉いくわよ!』

弐号機が近づくとけたたましいブザーが鳴り響く。
「使徒孵化を始めました!」
「そんな!予定より早いわ!」
ミライはモニターを見て爪をかんだ。使徒は驚異的なスピードで孵化を始めている。
「成長スピードが速すぎる。弐号機を引き上げて!プランBに変更!奴をおびき寄せて外で倒すわ!急いで!」
下降から上昇へと切り替わる。モーターがうなり声をあげて弐号機を引き上げているが使徒の孵化のスピードが遥かに早くマグマの中で使徒は弐号機に襲い掛かってきた。粘り気の強いマグマの中をサンダルフォンは水の中を泳ぐように突き進み弐号機に体当たりをした。
『キャッ!』
「今の衝撃で5番6番のワイヤーが切れました!」
「くっ!もっと急いで引き上げて!」
「これが限界です!」
その間も弐号機はサンダルフォンの攻撃をソニックブレイブでさばき続けている。防戦一方でなす術がない。その間にもワイヤー1本、また一本と切れ始めている。
『アスカ!今助ける!』
シンジは通常装備のままマグマに飛び込む。レイは初号機がマグマの中へ飛び込むとワイヤーを束ねて一気に引き上げようとした。
急に引き上げる速度が上がったため、サンダルフォンの攻撃は空振り、その間に初号機が弐号機と合流する。初号機は弐号機の手を掴む。
『あんたバカァ!?通常装備でなにやってるのよ!』
『アスカを助けるためだよ!』
思わずドキッとするアスカ。サンダルフォンはターゲットを初号機に定めて体当たりをする。初号機はサンダルフォンの攻撃を避けることも防御することもできずに直撃を受ける。
『離しなさい!でないとアンタが!』
『イヤだ!離すもんか!』
『シ、シンジ・・・』
火口まで引き上げられると初号機は弐号機を引き上げて先に外へ出す。弐号機が引き上げられた後に続けて初号機が零号機に腕を掴まれ引き上げられた。
サンダルフォンは外へと飛び出すと空中からマグマを吹き出してエヴァ3機を攻撃する。零号機は初号機と弐号機を庇うように立ちATフィールドを展開した。
「くっ・・・こんなことになるとはね」
「ミライどうするの!?レイが頑張っているけど、長期戦になったら不利になるだけよ!」
「わかってる!でも奴が空中にいる以上どうしようもないわ!どうにかして地面に叩き落とさないと!」
初号機から通信が入る。
『それなら僕が囮になります。僕を確実に仕留めに使徒は体当たりしてくるはずです!』
「シンジ!?いいの?死ぬかもしれないわよ?」
『姉さんと、レイとアスカを信じてます』
「わかったわ!レイ!聞いた通りよ!初号機が囮になって使徒を引き付けます。シンジは体当たりをしてきたら叩き落として動きを封じて!レイは冷却液の液体窒素で使徒を攻撃!弐号機は奴の口の中に攻撃を!」

初号機はふらりと立ち上がると零号機の前に出る。サンダルフォンは初号機に狙いを定めると狙い通りに体当たりを仕掛けてきた。初号機はサンダルフォンを受け止めると柔術の抑え込みのようにサンダルフォンの上に乗って地面に叩き落とす。そこへ液体窒素が初号機ごとサンダルフォンにかけられた。シンジの断末魔が通信から響く。
アスカはプログナイフを持つとサンダルフォンの口めがけて突き刺した。
「パターン青消滅!使徒殲滅を確認しました!」
歓喜に沸く指揮者。レイは初号機からエントリープラグを出す。アスカも弐号機を降りてシンジの元へ向かう。
「兄さん!」
「シンジ!」
シンジは疲弊しながらもそれを隠すように笑いかけた。


「ふ~今回は流石に焦ったわ・・・」
ミライはぐったりと椅子に腰かけた。リツコがコーヒーをミライに渡す。
「そうね、私も冷や汗をかいたわよ。早く撤収してお風呂にはいりたいわ」
「先輩!早く温泉行きましょう!」
「温泉か~学生のとき以来だよ。シゲルはどうだ?」
「俺も似たようなもんだ。マコト!風呂から上がったら卓球やろうぜ!」
同行したオペレーター達も初めての福利厚生に胸を躍らせた。



宿泊旅館に行くと既にサングラスをやめて髭をそり落としたゲンドウがネルフ職員を待っていた。今回の温泉旅行はゲンドウと冬月が自らポケットマネーを出して労うという異例のことだ。もちろん全職員が対象で複数回に分けていくことになっている。
露天風呂では絶景が待っており、そこでゲンドウはシンジに背中を洗ってもらっている。
「司令、羨ましいじゃないですか。息子さんに背中を洗ってもらえるなんて」
「加持くん、これは父親の特権だからな。どれ、シンジ今度は私がお前の背中を洗おう」
「え?あ、ありがとう」
背中を洗いあう親子、数か月前まであり得なかったことだ。シンジは素直に甘えた。
(ふふふっ司令、傍から見れば本当に仲の良い親子ですよ。前の出来事からは想像もできないほど・・・よかったな。シンジ君)
大宴会場は大盛り上がりとなった。ミライは大はしゃぎする仲間たちを見てゲンドウ達に未来を見せてよかったと常々思う。どこかギスギスしていた空気は消えて随分と風通しのよい組織に生まれ変わった。それを変えたのは紛れもなくゲンドウ本人であり、彼が変わったからだろう。ミライはビールを飲み干すと
「・・・きゅぅ・・・」
酔いつぶれた。気が付くと自分の部屋で寝ていた。後でシンジにおぶってもらったことを知る。



第三東京市に戻るとミライはそのままネルフへと向かった。今夜は徹夜になるらしい。シンジ達はマンションへと戻っていった。
深夜、アスカはトイレから出ると自室に戻ろうとして、ふとシンジの部屋の前で足を止める。ゆっくりと音を立てずにドアを開けると布団の上でシンジは寝息をたてている。月明かりがシンジの顔を照らしている。アスカはシンジに近づき横に座るとじっくりとその寝顔を見つめた。
「ねえ、なんでアンタはそんなに優しくしてくれるの?」
その問いに返答はない。エアコンのモーター音と息遣いだけが聞こえる。
「さらさらした髪・・・すべすべの肌・・・長い睫・・・女の子みたい」
髪、頬と壊れ物に触れるように触るアスカ。
「あっ・・・」
そして人差し指がシンジの唇に触れた。指で優しく唇をなでると、その唇が触れた指を自分の唇に触れさせる。アスカの視線がシンジの唇に集中する。視界がゆっくりとぼやけて唇以外の風景が見えなくなる。
「・・・んっ・・・」
そして、導かれるようにアスカは寝ているシンジとキスをした。
唇を離すとその感触だけが焼付いた。目を閉じてその感触を確かめるように自分の唇に指をあてる。
思考は麻痺し鼓動と心が暴れる。ゆっくりと目を開けると月明かりに照らされたシンジの顔。
(あっ・・・・)
溢れた。
行き場のない強い想いが今溢れた。
それを言葉にできるほどの勇気はまだない。アスカはシンジの部屋を飛び出して自分のベッドへと潜りこんだ。月明かりが差し込む静かな部屋の中、自分の鼓動を隠すように、溢れるものが体からこぼれないように、身を縮めてアスカは耐える。が、すぐにベッドから起き上がると机に座り一心不乱に何かを書き始めた。夜は静かに更けていく。
夜が明けるころにはアスカは机にうつぶせて寝息をたてている。机の上にはかわいらしい封筒が置かれていた。
寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる