第四話 魂の崩壊

あぐおさん:作




アスカが転校してきてはや一週間が過ぎた。転校初日、一緒に登校してきたシンジとレイに朝から質問が集中した。中にはシンジに対するヒガミもあったが、対応に大忙しだった。アスカが来てからは彼女に群がろうとした男子は初日からひっきりなしだったが、レイが防波堤となってアスカへの直接的なアタックを減らした。最初は今までと違う自分への対応に驚いたアスカであったが、徐々に慣れて今では軽くあしらうまでになった。席の近いヒカリとはすぐに仲良くなり、初めてできた普通の友達にアスカは大喜びしたのだった。

昼休み、シンジから弁当を受け取るとレイとヒカリの3人で昼食を食べる。
「ねえ、アスカって彼氏とか作らないの?」
ヒカリの質問にアスカは「はあ?」と言うような目をする。
「恋人よ。恋人。アスカは作る気ないの?今日野球部の人から告白されたでしょ?」
「恋人って、そんなの作る気ないわよ。どうせ外見しか見てないでしょ?そんな男なんかこっちからお願い下げよ!それにアタシは尊敬できるような人じゃないと付き合う気にもなれないわ」
「それじゃあさ、高校生とデートでもしてみない?きっといい人いるわよ!紹介してあげる!」
ヒカリは携帯電話を取り出すとメールをしはじめた。ヒカリの暴走にレイが止めに入る。
「ヒカリさん、アスカが自分から言うならまだしも、他人が率先してそういうことをするのは違うと思うの」
「レイさん、彼氏がいないと寂しい青春を送ることになるわよ?アスカだって出会いは多いほうがいいと思うし、せっかく可愛いんだから、いい男捕まえないとね!レイさんもどう?カッコいい人いるわよ?」
「いらないわ。必要ないもの」
「そう、じゃあアスカにだけ紹介するね」
レイの話を無視して話を進めるヒカリ、アスカは本心としては知らない男とデートなどしたくはなかったが、こういうことでヒカリとの友情が壊れてしまうことをアスカは恐れた。結局アスカはヒカリに押し切られる形で高校生とのデートをする羽目になった。
それが後に彼女の人間関係に影響を及ぼすこととなるのを、彼女たちは知る由もなかった。


その頃、ミライはミサトを探してネルフ本部を走り回っていた。廊下でリツコと顔を合わせる。
「どうしたのミライ。怖い顔して」
「どうしたもこうしたもないわよ!これ見てよ!」
ミライはそう言って一枚の紙をリツコに突き付けた。それはミライがミサトに課題として出したレポートだった。今後来る使徒の対抗策に関してミライはミサトに課題として与えたのだったが、返ってきたレポートは白紙だった。これには流石のリツコは呆れた。
「リツコさん、前殲滅した使徒は本当ならこの次に来るはずだった使徒なのはわかってるでしょ?順番が変わっているのよ。それが今後どういう影響を与えるか想像もできないわ。だからフラットに返って葛城さんならどういう対抗策を取るのか聞いてみたかったけど、それがコレなのよ!全く作戦本部長が聞いて呆れるわ!」
「自分じゃなく、ミライが指揮をとるのがよっぽど面白くなかったのね。でもこれは大人気ないわね。私からも言っておくわ」
「お願い。一丸でやっていかないとあの未来の二の舞よ」
「そんなの御免こうむるわ」
リツコの言葉にミライは強く頷いた。


ミライがミサトを探している時、当の本人は水族館にいた。そこに加持が近づいてくる。
「よう、葛城。俺に頼みたいことってなんだ?ネルフじゃ話せないようなことか?」
「ええ、あそこは盗聴器があるかもしれないから。加持くん頼まれてくれるかしら?」
「あまり大変なことを頼まないでくれよ?これでも忙しいんだ」
「簡単なことよ。式波ミライのことを調べて欲しいの」
加持の表情が曇る。
「なんでそんなことを・・・」
「あの女いきなり私の三階級上で作戦本部に配属されたわ。おかしいわよ!軍事経験もないようなド素人がいきなり私の上司なんて冗談じゃないわ。きっとあの女きっと裏になにかあるわ。それを調べてほしいの。ネルフは素人がでしゃばるような場所じゃないわ!」
「それを知ってどうするつもりだ?」
「蹴落とすに決まってるじゃない。そして私が指揮をとって使徒を殲滅するの」
復讐にかられた目を浮かべるミサト、加持はため息をついた。
「悪いがその依頼は受けられない。この話は聞かなかったことにしてやるよ」
「加持くん!あんた!」
「なあ葛城、冷静に考えてみろ。彼女が指揮をした戦いはどれも完璧とも言える戦果、しかも損害が軽微、一番でかい被害総額がこの前の海戦での戦艦の修理代金ぐらいだ。あれだけ見事な指揮が今のお前にできるか?」
ミサトは腕を組むと蔑むような目で顔を背けた。
「はっ!所詮あんたはそういう男よね。女の尻を追いかけてちょっとでもいい女がいれば奴隷のごとく奉仕する。あんたネルフにいるよりホストにでもなったらどう?」
「葛城!事実を認めろ!そのうえで彼女の下で指導してもらえればいいだろ!そうすれば・・・」
「そんな時間ないのよ!もういいわ!あなたを当てにした私がバカだったわ!もう話しかけてこないで!」
全身から怒りのオーラをだしてミサトは水族館から出て行った。加持は外に出て煙草に火をつける。
(葛城、お前は使徒が絡むと見境がなくなることは知っていた。だが、今のお前はあまりにも醜いぞ!)
加持はミサトの背中を見つめる。復讐にかられた彼女を加持は止めたかった。だが、真実をしれば彼女がどういう行動を取るのかわからなかった。行き場のないミサトへの想いだけが加持の胸の内で暴れている・・・



学校が終わるとシンジ達はネルフへと向かった。今日はレイの零号機起動実験だ。更衣室で待機しているレイだったが、緊張をしているのか表情がどことなく固い。
「レイ~入るわよ」
アスカが更衣室に入ってきた。
「アスカ・・・」
「ん~?レイ随分と表情が硬いわよ。ほら!笑顔笑顔!リラックスして!」
レイの肩をもみながら緊張を和らげようとするアスカ、彼女はレイの手が微かに震えているのを見逃さなかった。
「レイ、怖い?」
「・・・ええ、怖いわ。エヴァに乗ることが怖いわけじゃないの。もし、起動できなくて、あなたたちの役に立てないと思うと怖いのよ」
「コラッ!」
アスカはレイの頭を叩く。
「痛っ!アスカなにするのよ!叩かなくてもいいじゃない!」
「な~に言ってるのよ。レイが余計な十字架背負おうしたから叩き落としてあげたたけじゃない。アンタ、アタシに言ったじゃない。チルドレンとしてアタシを見ないって、それはアタシも同じ。アタシはレイをレイとして、親友として見ているわ。だから、エヴァに乗れなくてもアタシは構わないわ。シンジが言っていたわ。心を開けばエヴァは答えてくれるって・・・シンジができて妹のアンタができないはずないじゃない。大丈夫よ。レイのこと信じてるから」
アスカは慈しむようにレイの頭を胸に抱いた。レイはこれが母親に抱かれる心地よさなのだろう、そう思い心を委ねた。
「アスカ、ありがとう」
「いいのよ。レイ」
「おかげで百合に目覚めそうだわ」
「それはやめて!マジ勘弁して!」
「私とひとつになりたい?それはとてもとても気持ちいいことなの」
「来るな~~~~~~~~!!!!!!」


起動実験を見守るシンジとアスカ。
「アスカ、聞いてもいい?」
「・・・なによ?」
「なんで服が取っ組み合いをしたみたいに乱れてるの?」
「使徒より怖いのに襲われそうになったからよ」
「ナニソレ 怖イ」

「零号機、シンクロ率ボーダーラインを突破!零号機起動。シンクロ率尚も上昇中」
モニターを見てリツコは満足そうに頷いた。レイはミライからエヴァの動かし方を教えてもらってはいたが、心を開いて身を委ねるというのがわからなかった。だが、先ほどアスカに抱きしめられたときの心地よさを思い返し、エヴァの中にある魂を抱きしめるかのようにすると効果はテキメンだった。
「シンクロ率60%で安定しました」
「最高記録じゃない。ミライ、レイになにかした?」
「いいえ、なにも。たぶんシンジとアスカのおかげね。彼らのおかげでレイは心の開き方がわかったのよ」
「そうね、彼らのおかげでレイは見違えるように明るくなったわ。あとは・・・」
リツコが言いかけたときに使徒襲来の警報がけたたましく鳴り響いた。
「実験中止!シンジとアスカはエヴァに乗って待機して!モニターこっちにも見せて」
映し出された使徒は正八面体の使徒だった。
(ここでラミエルの登場か。これは順番が変わっただけなの?嫌な予感がするわね)
ミライはマイクを持つと発令所に指示を飛ばした。
「日向さん、ダミーバルーンと自走砲の用意をして、準備ができたら自走砲で攻撃。次にダミーバルーンをだして様子を見て」
『了解しました』
レイから通信が入る。
『姉さん、私も戦えます。私も出してください』
「レイ、ごめんなさい。零号機はまだ実戦にだせるような装備が整っていないの」
『そんな!』
「レイ、待機して。ひょっとしたら・・・あるいは・・・」
悔しそうな顔を浮かべるレイ、リツコもミライもレイの心情を察した。
「リツコさん、念のため加粒子砲に耐えられるほどのシールドを用意して」
「わかったわ」



シンジとアスカは既にエヴァに搭乗し出撃を待っている。発令所にミサトがやってきた。
「何をしているの!さっさとエヴァを出撃させなさい!」
「し、しかし、式波指揮官より威力偵察をと・・・」
「そんなことやっている暇はないわ!」
日向に怒鳴りつけるミサト、その様子はエントリープラグ内にも聞こえていた。
『ちょっと!ミサト!?落ち着きなさいよ!』
ミサトはモニターに映るアスカを睨み付ける。アスカの顔が一瞬ミライとかぶった。
「うるさい!うるさい!あんたたちは私の命令に従っていればいいのよ!」
ミサトは日向を押しのけると弐号機のリフトのボタンを押した。
「キャッ!」
準備もないまま押し出される弐号機。流石のシンジもこれには怒りを露わにした。
『なにやっているですか葛城さん!日向さん!急いで僕も上げてください!拘束具は外したままで!』
「わかった!」
日向は初号機の拘束具を外すとそのままリフトに上げた。
「ガキが!なに勝手に動いているのよ!私の命令を聞きなさいよ!」
「何をしている。葛城一尉」
ゲンドウが威厳たっぷりに話しかける。発令所は混乱からすぐ緊張を取り戻した。そこへミライとリツコが発令所に入ってくる。
「なっ!なんで初号機と弐号機が上がっているのよ!」
ミライの言葉をかき消すようにマヤの声が響いた。
「使徒内部より高エネルギー反応!」
「加粒子砲!?」
「アスカ!避けてええええええ!」
ミサトの声が届く。
(バカ!避けられるわけが・・・)
アスカは歯を食いしばって衝撃に備えた。リフトから出された弐号機めがけて加粒子砲が浴びせられる。
「きゃああああああああああ!!!!」
続いて拘束具の外れた初号機がリフトの勢いにのって飛び上がり、弐号機の前へと飛んで行った。
「ATフィールド全開!」
弐号機の前に立ちATフィールドを展開して加粒子砲を防ぐ初号機、そのおかげで弐号機の損傷が比較的軽いものに抑えられた。
「初号機ATフィールド展開!ダメです!あと10秒で破られます!」
(たった10秒?そんな!威力が格段に上がっている!)
マヤの言葉にミライは即座に指示を飛ばした。
「弐号機を下げて!早く!」
「なに言っているの!チャンスなのよ!?拘束を解除して弐号機も戦わせなさい!」
ミライの指揮を妨害するかのようにミサトが声を荒げてオペレーターを威嚇する。リツコは何も言わずに弐号機を下げた。それと同時にシンジの断末魔が届く。
「ATフィールド破られました!加粒子砲を両腕でガードしてますが・・・腕が溶けます!」
「リツコ!あんた何勝手に下げているのよ!」
リフトを下げたリツコに掴み掛ろうとしたところを保安部に止められる。
初号機の両腕はすぐに溶けて落ち、初号機は加粒子砲の直撃を受け、体を貫通した。初号機は加粒子砲の勢いに押される形で後ろに下がると弐号機を下げて穴が開いたままの地面に滑り落ち弐号機の前に頭から落ちた。
『シンジ!ねえ!?返事してよ!シンジ!』
アスカの悲痛な叫び声が発令所に響く、ミライはミサトは睨み付ける。ミサトも睨み返した。
「どういうつもり?威力偵察もなしでエヴァを上げるだなんて・・・あなたの勝手な判断でシンジとアスカは命を落とすかもしれなかったのよ!?」
「はっ!知らないわよ!あいつらは私の指揮で動いて使徒を倒せばいいのよ!所詮パイロットなんて駒じゃない!そうでしょ!」
「あの子たちは駒じゃないわ!」
「なに綺麗事言っているのよ!どうせあんたも同じこと考えているでしょ!?」
ミサトはハッとして周りを見渡す。ミサトを見るスタッフの目はどこまでも白かった。その視線にミサトはさらにヒートアップした。仲間に裏切られたような印象を受けたからだ。
「なにあんた達はそんな目で私を見るのよ!綺麗事ぬかして!同じこと思っているくせに!あんたも!あんたも!あんたも!」
その場にいる全員を見まわしながら悪態をつけるミサト。前の世界ではゲンドウは彼らを駒扱い。リツコはただの実験体としか見ていなかった。それは大きな間違いであったことをゲンドウ、リツコは悟ったのだ。だからこそ、ミサトの態度は許せなかった。
「葛城一尉の階級を剥奪。戦闘が終わるまで牢に監禁しておけ」
ゲンドウの言葉に保安部は即座に対応し、ミサトの体から拳銃とネルフのIDカード、そしてスタッフジャンバーすら脱がされ両脇を抱えられ銃を向けられながらミサトは発令所から消えて行った。
「ミサトがあんな人だなんて・・・なんてバカな女なの!」
リツコはミサトに完全に失望した。それは発令所にいた全員が同じだった。ミサトに淡い恋心を抱いていた日向でさえミサトの暴言に腸が煮えくりかえっていた。発令所の空気が悪くなることを感じたミライは自分の頬を叩いて気合を入れなおした。
「日向さん、これから作戦を練り直すわ。作戦部と技術部の人を集めて!あと戦自とも協力を仰ぎたいからテレビ会議の準備も!リツコさん、シンジとアスカのことお願い」
「わかってるわ。まかせて」
リツコはゲージへ、ミライは作戦本部室へ日向を連れて発令所を後にした。ゲンドウも席を立つ。
「冬月、ここを頼む」
「どこへ行く気だ?碇」
「式波指揮官が仕事をしやすいように私が戦自に出向いて頭を下げに行きます」
「そうか、それならば私も一緒に行こう。よもやお前が頭を下げる姿など見たことないからな」
「勝手にしろ・・・」
ゲンドウと冬月もまた発令所を後にした。


弐号機を降りたアスカはシンジが運ばれた集中治療室の扉の前でベンチに座っている。胸に大きな穴が開いてしまったような虚無感と不安がアスカの心を蝕んでいた。そこへレイが近づいてくる。
「アスカ、次の作戦が決まったわ。スケジュールを伝えます」
淡々と話しかけるレイにアスカは激怒しレイの胸ぐらを掴む。
「アンタねえ!シンジのことが心配じゃないの!?アンタ妹でしょ!なんでそんなに冷静にいられるのよ!」
「・・・アスカ、私が何も思わないように見える?」
そこでアスカはレイの表情を目の当たりにする。レイの顔は能面のように無表情だった。それはシンジとミライとの絆ができる前の昔のレイの顔だ。そのことをアスカは知らない。ただその赤い目にははっきりと怒りの色が見てとれた。今すぐにでも暴れだしたいほどの感情を押し殺したレイの顔を見てアスカは手を離した。
「ごめん、レイ。無神経すぎたわ」
「気にしてないわ。それに兄さんなら大丈夫。だって、あの式波ミライ特務一佐のシゴキをずっと受けてきた人だから。私たちのやるべきことは使徒を倒して兄さんを笑顔で迎えることよ」
「そうね、レイの言う通りだわ。アイツのこと信じてあげないとね」
アスカとレイは思わず笑いあった。
「嬉しいわ。アスカがこんなにも兄さんのことを想ってくれているだなんて」
レイの発言に思わずアスカの顔が真っ赤に染まる。
「なっ!べ、別にそういうのじゃないから!庇ってもらったから心配なだけであって!」
「兄さんのこともらってあげてね❤」
「ちっがーーーーーーーーーーう!!!!!」



双子山山中。レイとアスカはここで作戦の最終確認を行っている。ミライは作戦を読み上げた後、二人の表情を見る。二人の顔は決意に満ちている。ミライはひとまず大丈夫と判断した。
「作戦は以上よ。それと、シンジのことだけ、今手術が終わった所で無事成功したって」
その報告を聞いて二人の表情が明るくなった。
「兄さん・・・よかった」
「さあ!レイさっさと片付けてシンジのお見舞い行くわよ!」
二人は意気揚々とエントリープラグに乗り込んだ。その背中をミライとリツコが見つめる。
「前回と違ってアスカが砲手か。ここにきてミサトの作戦を真似するとわね」
「前例もあるし、これが今できる最上の手よ。後はママとレイおばさんに賭けるわ」

ミライが指揮するヤシマ作戦。戦自はもちろんのこと、日本重化学工業共同体も参加した大規模なものとなった。スナイパーポジトロンライフルは戦自より技術提供と戦果を譲るということで協力を依頼し、日本重化学工業共同体もまた技術提供と今後のネルフとの共同開発を餌に協力を取り付けた。本来犬猿の仲ともいうべき2つの組織が協力するようになったのは偏にゲンドウが自ら出向き頭を下げたことだろう。結果は前回同様に二発目でラミエルを仕留めた。加粒子砲を受け止めるためにネルフと日本重化学工業共同体が合作で作ったシールドは前回より強力な強度をほこったが、前の世界より強力となった加粒子砲の攻撃を受け切れることはできなかった。盾は溶けて零号機はラミエルの攻撃を受けた。
アスカはすぐにレイをエントリープラグから助け出すと互いの無事を心から喜んだ。
余談ではあるが、今回のことでネルフ、戦自、日本重化学工業共同体は徐々に互いの溝を埋めていくこととなる。ジェットアローンの開発者である時田はその技量を高く評価され、エヴァのバッテリーの開発並びに兵器開発を手掛けていくこととなる。


シンジのお見舞いに駆け付けた二人はそこでシンジの容体を聞くこととなる。シンジの両腕は重度の火傷を負っていて1週間の入院を余儀なくされることとなった。完治するまでにはもう2週間の期間を必要となる。意識を回復したシンジから
「しばらく掃除、洗濯、料理できないけど大丈夫?」
と本気で心配されて女の沽券にかかわる事態だとレイとアスカが冷や汗をかいたのは後に知ることとなる。
ミサトは懲戒免職処分となり第三東京市から追放された。このことはすぐにシンジ達の耳にも入った。


日曜日、アスカはヒカリの義理デートで高校生と遊びに来たが、気持ちが全く乗らなかった。ヒカリに断ろうか悩んだが、断ってヒカリとの友情に陰りがでるのも嫌だ。アスカはレイに相談を持ちかけた。レイは
「どうせ義理なんだし、行くだけ行ってつまらないなら帰ってくれば?」
と言ったのでレイの言う通りにしたのだ。普通の状態ならそれなりに楽しめたかもしれないが、アスカの心はここに非ずだ。
「あの、惣流さん。気分悪いの?」
相手が随分と心配そうな顔でアスカを見る。紹介された彼は顔はかなりいい部類に入るし態度も紳士的で好感が持てる。
「悩み事があるなら相談に乗るよ」
多分彼は本気で心配をしてくれているのだろう。その一言でアスカは決心し席を立つ。
「あの、すみません。気分が乗らないのでここで失礼します」
アスカはそう言って頭を下げると駆け足でその場を離れた。
「あ!惣流さん!」
遠くで何か聞こえたが聞こえなかったことにする。アスカはタクシーに乗り込むとネルフの病院へと向かう。シンジのいる病室に入るとそこにはトウジとケンスケがお見舞いにきていた。
「あれ?アスカどうしたの?」
「どうしたのって・・・お見舞いに来てあげたじゃない」
「だって、今日委員長と約束があったんじゃないの?」
「ああ、義理デートね。気分が乗らないから帰ってきたのよ」
ここぞとばかりにトウジがからかう。
「ほうほう、そないに旦那のことが心配やったんか~熱いの~」
「違うわよ!」
「なんだよ、委員長との義理デート行くなら俺ともデートしてくれよ」
「嫌よ!誰がアンタなんかと!」
「あかん。あかんでケンスケ~碇夫人は怪我をした旦那のことが心配で心配で・・・」
「誰が碇夫人よ!」
シンジとアスカは顔を真っ赤にしてトウジに絡む。ケンスケはその様子を見て笑っている。学校の教室でよくある延長戦、それがアスカは楽しくて仕方がなかった。病室を後にしたときはすでにアスカの頭の中にデートをした高校生のことなど何も残っていなかった。



「ただいま~」
アスカがマンションに帰るといい匂いがする。
「おかえり、アスカ」
キッチンからエプロンをしたレイが顔を出す。
「え?レイって料理できるの?」
「兄さんほどじゃないけど、簡単なものなら作れるわ」
「そう、なんだ・・・」
食器を並べながら準備にいそしむレイ、アスカは少し考え込むとレイに相談を持ちかける。
「あのさ!やっぱお料理はできたほうが・・・いいのかな?女として」
「いきなりどうしたのアスカ?誰か食べさせたい相手でもできた?もしかして・・・」
「ち、違うわよ!シンジじゃなくて!その・・・」
(兄さんとは一言も言ってないわ・・・)
「・・・教養としてできたほうがいいのかなって」
「そうね、男尊女卑の考えはないけど、女ならできて当然と思うわ」
「そう・・・だよね・・・」
俯き落ち込んだ声を出すアスカ、レイは心配した表情を浮かべる。
「本当にどうしたの?」
「笑わないでね。アタシさ、そういうお料理とか掃除洗濯ってやったことがないのよ。ドイツにいたときはネルフの寮で生活していたから、料理は食堂、掃除洗濯はハウスキーパーの人が全部やってくれていて、そういう女の子らしいことやったことがないのよ」
誰にも言えなかったコンプレックスをレイに話す。女の子らしい生活をかなぐり捨ててエヴァに乗るための訓練に全てを費やした。ドイツにいたときはそれが普通だったし、考えたこともなかった。日本に来て初めて普通の生活をして同じ立場でありながら、自分にはできないことをやれるシンジとレイを見て気が付かなかった心の淵に気が付いてしまったのだ。レイはアスカの心情を察して優しく語りかける。
「大丈夫よ。実はね、私もアスカと似たようなものだったの。いえ、もっとひどかったわ。姉さんと兄さんと生活しはじめて私もやるようになったのよ。兄さんとは言え男の人に自分の部屋を掃除してもらうのは嫌だったから。今からでも間に合うわ」
「そう、かな」
「そうよ、十分間に合うわ。6歳のころから家事全般やってた兄さんには敵わないけどね」
「え!?シンジってそんな小さい頃から料理とかやってるの?」
レイはアスカにシンジから聞いた幼少期の頃の話を聞かせた。離れでひとりぼっちの毎日、ミライが同居してシンジは本来の明るさを取り戻した。しかし、ミライが留学しているとき、シンジは派遣されたインストラクターに料理を教わった。覚えた料理をミライに食べさせる。これが幼い頃のシンジの生きがいでもあった。
アスカはレイの話を聞いて自分が何故ここまで彼らを信頼しているのかわかった。自分と似ているのだ。親がいないことも、生活のことも。アスカは本能でそれを感じ取っていた。
(そっか、だからこんなにも本当の自分を曝け出すこともできたんだ)
レイは話し終わるとアスカに笑みを浮かべる。
「ねえ、もう一品作ろうかと思うけど、アスカ手伝ってくれる?簡単なものを教えるわ。できるでしょ?天才美少女さん?」
「ハッ!そこまで言われちゃやるしかないわね。レイ、このアタシが手伝ってあげるからおいしいもの作るわよ!」
アスカはラフな服装に着替えるとレイと一緒に厨房に立った。
「ただいま~」
「「おかえりなさい」」
ミライが帰ってくると二人の元気な声が出迎えてくれる。ダイニングにいくとキッチンからエプロンをしたアスカが出てきた。
「あら?エプロンなんかしてどうしたの?」
「え?レイにお料理教えてもらっているのよ。アタシお料理やったことないし」
「・・・あなたたち仲が良いのね」
「そりゃそうよ。レイはアタシの親友だもの」
「そうね、私達親友だもの」
「「ねー!」」
顔を合わせて笑いあう二人。前の世界ではあり得なかった光景。もしこの光景を前の彼らが見たらどんな反応をするのだろうか?
(変われば変わるものね。あの時、ママはレイおばさんに嫉妬していた。パパを奪われた気がしたから。誰も自分のことを見てくれないと思ったから、だから壊れていくしかなかった。本当はパパがいつも見てくれていたのに、一番自分を見てほしい人はパパだったのに、そのことに気が付くのを恐れていた。プライドが邪魔して認められなかった。でもね、本当はレイおばさんもママに嫉妬していたのよ?いつも一緒にいるから、いつもパパはママのことを優先していたから、ママにしか見せない顔があるって気が付いたから。コロコロと変わる表情豊かなママがレイおばさんは心底羨ましかったのよ)
その日の夕食はレイがやったせいなのか豪快に盛り付けがされていた。しかしそんなことを気にすることもなくガールズトークに花が咲いて賑やかな食事となった。


次の日ミライはネルフ本部に来た。前から青葉と日向が話しながら歩いてくる。
「「おはようございます!式波総指揮官」」
敬礼をしてミライに道を譲るように壁に立つ。
「おはようございます。青葉さんに日向さん」
ミライは彼らの前で立ち止まり笑顔を浮かべながら挨拶をするが・・・

「くっせ!ニンニクくせえええええ!」
「うおっ!なんじゃこの臭いは!」

男二人に鼻を詰まれた。
「これは!違うの!レイの作ったご飯を食べたら!その!」
「式波さん!ブレスケアあげますから!つーか全身からニンニク臭がしてますよ!」
「お風呂入ってコーヒー飲んでください!牛乳でもいいです!今すぐに!マジで!」
「傷つくから!自覚している分、余計傷つくから!」

一方ミライ宅
「はい、体調がすぐれないので休みを・・・私は看病で・・・はい・・・」
レイは電話をおいた
「もう!この天才美少女のアタシがなああんで朝から豪快に全身からニンニク臭巻き散らかさなきゃいけないのよ!シャワー浴びても臭い取れないじゃない!これじゃ学校にもお見舞いにも行けないじゃない!あ~~~部屋全体がニンニク臭いわ!」
「そうね、換気しないと・・・ニンニク入れすぎたのかしら?」
「レイ!アンタどんだけ入れたのよ!」
「えっと・・・昨日のおかずですりおろしニンニクのチューブ1本使い切ったわ」
「入れすぎだっつーーーーーの!」
「兄さんからまた教わるわ。味付け」
「そうして・・・今日のご飯はニンニク抜きで」



ニンニク騒動から数日後、レイとアスカが寝静まった頃、ミライはひとり外へ出て行った。公園まで歩くと周囲に人がいないことを確認、ひと気のないことがわかると、足元にディラックの海を生み出した。
「予定が狂ったけど、キール議長に会いに行かないと」
ミライは呟くとディラックの海の中へと姿を消した。

ドイツネルフ支部、その最深部の隠し部屋に彼はいた。そこはさながら王の玉座だ。
「・・・誰だ」
人の気配を感じたキールはゆっくりと振り向く。
「初めましてキール・ローレンツ議長。私はネルフ本部に所属しております式波ミライ作戦本部指揮官です」
「ほぅ、貴様があの新人で入ってきた作戦指揮官か。何者だ貴様。どこから入ってきた」
「私はどこからでも入ってこれますよ。私はあなた達、人類補完委員会が目指した補完された完璧な人間、ノアですよ」
「なっ!それをどこから!?」
ミライは赤い珠を出すとキールの頭の中へと飛ばす。
「ぐおおおおおおおおお!!!!!」
キールが見たものは自分が思い描いた補完された世界の果て、そこに彼の目指す憎しみも悲しみも、誰も傷つけあわない完璧な新しい世界があると信じていた。しかし、そんなものは何もなかった。その赤い世界には罪しかなかった。人は人以外にはなれなかったのだ。
キールの中に流れるある人物の想い。それは浮気をして自分を見捨てた元妻のものだ。キールを捨てて駆け落ちした彼女に待ち受けていたのは暴力と誹謗中傷だった。結局すぐ別れてキールとの再婚を望んだが、すでにキールは裏世界の人間となっていたため連絡が取れなかった。彼女はキールへの想いを頼りにひとりで息子を育て上げたのだ。彼女は死ぬ最後までキールへの愛と謝罪を語ったのだ。
そしてキールが見た映像の中で見た現実、若い夫婦が小さいよちよち歩きの子供と戯れている。その夫の顔は若かりし頃の自分によく似ている。キールは彼が生き別れた自分の息子であるとすぐにわかった。キールは自らの手で自分の孫を殺めようとしていたのだ。
「こんな、こんなはずでは・・・」
口から出たキールの悲痛な叫び。元来このキール・ローレンツは冷酷でも残忍な人間でもない。人のために生き、人のために何かしたいと思うどこにでもいるような優しくて強い信念を持った人間だ。彼は激動の時代の中で人としての醜い部分を見続け、そのためにどうするべきか極論に達したのだ。そのための人類補完計画。その最果てにあるのは誰も救われない悲しい結末。キールのみならず人類補完委員会のメンバーが夢描いた世界など何もなかった。あるのは心を壊された少年と心を無くした少女の狂気な純愛の果て。
「これがサードインパクトが起こったこの世界の結末です。こんな、なにもない世界にしたいのですか?」
キールは思わず身震いを起こした。
「この先に我々の目指した世界がないのならば、やる必要性などない。人類補完計画は全面的に破棄しよう」
「それが正しい選択です。人は、人でしかあり続けられませんから」
ミライはディラックの海を足元に出すとその中へと消えて行った。その様子を見てキールは改めて彼女が未来から来たことを確信することができた。キールは椅子に腰をかけると電話をかけた。
「碇、今君の部下が来た。そうだ、彼女だ。人類補完計画は全面的に破棄する。ゼーレは本日をもって解散だ。しかし、使徒との戦いは続いていく。碇、あとのことは頼んだぞ」


水面下でネルフを操ってきたゼーレは解散し、その存在も闇の中へと消えて行った。ゼーレに流れていた莫大な資金を巡って国連内部で激しいやりとりがあり、それが政治紛争にまで発達したことは別の話である。
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