第三話 変化

あぐおさん:作


「逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ。逃げちゃダメだ」
シンジは全身に汗をかきながら今そこにある危機に直面している。この世界のシンジはミライの手によって徹底的に鍛え上げられている。その実力は同世代の相手では問題にもならないくらいだ。そんなシンジであってもこの任務をやりこなすのは至難の業だ。
「なんだよ・・・なんなんだよ・・・・」
「?どうしたの?兄さん」
「なんで僕がレイの下着を買いに行くのについていかなきゃいけないんだよ!」
「絆、だから」
シンジは思わず下着売り場で叫びそうになる。シンジはミライから頼まれレイの服を買いにきた。しかし、その中に下着類も入っていることをシンジは知る由もなかった。彼の目の前にはカラフルな下着が並んでいる。店内の客や店員から見られる視線は変態を見るように冷たい。
正確にはバカップルを見かけた時の視線なのだが、受信するシンジは斜め上に捉えるほかない。
「兄さん、ここでエントリープラグを露出しちゃダメ。捕まるわ」
「そんなことしないよ!っていうかキャラ変わってない!?」
「これなんかどう?レザーでできた下着、これを着てハイヒールで兄さん踏まれてみたいでしょ?」
「僕はどんだけ変態なんだよ!」

下着売り場から出てきた二人がベンチで休んでいるとヒカリが声をかけてきた。
「あら?碇くんじゃない。綾波さんも一緒か~兄妹仲良いのね」
この時シンジの目には彼女の背中に後光が見えた。ここぞとばかりにヒカリを拝む。
「委員長、いいところに来てくれたよ。実はレイの買い物に付き合ってほしいんだ」
「え?なんで?碇くんでいいじゃない」
「いや、僕は男だから女の子の服のことわからないんだよ。それに、レイは今まで施設で育ったからこういうファッションなんかも知らないんだよね。だから委員長がレイの友達になってくれると助かるんだけど」
「そういうことね、いいわ。綾波・・・いえ、レイさん私が服を選んであげるから、一緒に行きましょう」
「ええ、お願いするわ。ヒカリさん」
ヒカリとレイは手を繋いで洋服売り場へと向かっていった。シンジはコーヒーをグッと飲み込んで一息ついた。



「失礼します」
ゲンドウに呼ばれたミライは司令室へと入った。そこではゲンドウがいつものポーズで待っている。
「なにか御用でしょうか?」
「うむ、今後の委員会への対応なのだが」
「そうですね、もう少ししたら私がキース議長のところに乗り込んで未来を見せます。そうすれば彼も諦めるでしょう」
「そんなことができるのか!?」
ゲンドウは思わず立ち上がる。ミライは手をかざすと、そこに小さなディラックの海を出した。
「それは・・・」
「これはディラックの海です。これを使えば一瞬で彼の元へと行くことができます」
「だったらすぐにでも・・・」
「まだここでやらなければいけないことがいくつもありますので、落ち着いたらすぐにでも行きます」
「そうか、苦労をかけるな」
ゲンドウはミライに微笑む。
「ミライ、君にプレゼントがある」
「なんでしょうか?」
「弐号機とセカンドチルドレンの来日を少し早めてもらった。再来週にはこちらと合流ができる」
その話にミライは思わず声を大きくした。
「本当ですか!?ありがとう!おじいちゃん!」
「一日でも早いほうがいいと思ってな。それと、惣流君の護衛で加持リョウジという男がいる。彼がアダムを持ってくる。それを破壊、ダミーを作ってほしい。しばらく委員会をごまかすためにもな」
「そうですね。それがいいでしょう」
「それと・・・あの男にも未来を見せてこっち側に引き込むんだ。あの男はセカンドインパクトの真実を知るために3重スパイをしている。彼に真実を見せて仲間に引き入れろ。あの男は有能だ」
「わかったわ」



数日後シャムシエルが来襲した。シンジとレイは学校にいるため遅れている。今度こそ自分の指揮で使徒を倒すと意気込むミサトだったが、国連軍から要請があるまでエヴァの出撃ができない現状の歯がゆさで苛立っていた。
「国連軍よりエヴァ出撃の要請がきました」
「わかったわ」
ミサトの目が暗く濁る。復讐にかられた目だ。
「レイの零号機の起動ができないため、初号機のみの出撃となります。いい?相手は鞭のような武器を持っているわ。パレットライフルを用意するから中距離からパレットライフルで攻撃・・・」
「葛城一尉、それはダメよ」
ミライから言われミサトが食って掛かる。
「はあ!?なにが悪いっていうのよ!」
「あの武器の弾頭は劣化ウラン弾。そうよね?それを街中でぶっぱなしたらどうなるかわからない?」
リツコはミライの言葉に思わず戦慄を覚える。すぐにMAGIを使って放射能汚染のシュミレートを出すと、その被害は予想を遥かに超えた被害だった。
「はあ?これがなんだってのよ!」
「ミサト!わからないの!?今ここであの弾を使ったら第三東京市は人の住める土地じゃなくなるわ!ここをチェルノブイリにしたいの!?」
「葛城一尉、あなたの気持ちもわかるけど復讐にかられるのはやめなさい。作戦指揮を行うものが私情にかられると全体の被害が拡大するわ。心は熱く、頭は冷たくよ。使徒捕獲ワイヤーの稼働は?」
「約60%です」
「リツコさん、頼んでいたのはできてます?」
「スモークね?できているわよ」
「よし、それじゃ自走砲で敵を集中砲火、タイミングを見てスモークで目をくらませて。スモークがたかれたら使徒捕獲ワイヤーを発射、初号機をすぐちかくに射出するから一気に決めて。MAGIの勝算は?」
「90%です」
「すごい、完璧だわ!」
ミライの作戦に思わずうなるリツコ、ミサトは悔しそうに足で机を蹴ると作戦司令室から出て行った。



シャルター内ではシンジのクラスメートがトランプなどに興じて時間をつぶしていた。ケンスケはテレビをいじっている。
「なんだよ、せっかくのイベントなのにさ」
「ケンスケ、おとなしくしてろ」
「なあ、トウジ、外見に行かねえか?」
「はあ?」
「碇が戦っているだろ?だったら俺たちは親友として応援しにかなきゃいけないんじゃないのか?」
ケンスケは思った。こう言えば義理人情暑いトウジは一緒に出てくれるのかと、しかし違った。
「ケンスケ、やめとけ。センセの邪魔しちゃあかん」
シンジ達の戦いが甘くないことをトウジは妹を助けられた時に父親から聞かされた。シンジ達はクラスメートの安全と人類の未来を天秤にかけることはしない。必要とあらばシンジは、いや、ネルフは容赦なくクラスメートだけでなく、この街に住む全ての人を切り捨てるだろう。そのことを理解しているからこそ、トウジは彼らの邪魔はしたくなかった。ただ、ケンスケにはそのことが届いていない。
「なんでだよ!」
「ワシらができることはセンセを信じて笑って待っておることや。ワシらがしゃしゃりでたところで邪魔にしかならんやろ。ケンスケあかんで」
「うっ・・・わかったよ」
それでも諦めきれなかったケンスケはこっそりと抜け出そうとしたが、警備員に見つかり大目玉を食らうこととなる。シャムシエル戦はうまく作戦が進行し、ここでもまた被害が最小限に留まった。むしろ残ったシャムシエルの死体の処理のほうが問題になった。
「あれ、どうしようか?」
「もう使徒のサンプルはいらないわよ」
「・・・いか焼きにでもして食べる?」
「捨てなさいよ・・・」
結果シャムシエルは細切れにされて海へと捨てられることとなった。



夕食、ミライは泊まり込みでシンジとレイは二人で食事をしている。レイが思い出したかのように呟く。
「そういえば、相田くんっているでしょ」
「ああ、ケンスケね。どうかしたの?」
「彼、シェルターを抜け出そうとして捕まったわ」
「はあ!?なにやってんだよケンスケ・・・」
シンジは思わずため息をついた。
「警備員に見つかって厳重注意という形で済んだけど、一歩間違えればシェルター内の人全員が巻き込まれるような事態になったのよ。そうでなくてもその場で射殺されたかもしれない。彼、そんなことも理解できないの?兄さんの友達のこと悪く言いたくないけど、あの人嫌い」
シンジだからわかる微妙な表情の険しさでシンジはレイのケンスケに対する印象がほとんど最悪に近いことを理解した。
「僕からもケンスケに言っておくよ」
「あ、そうそう、兄さん。来週にもドイツからセカンドチルドレンが来るそうよ。これ、彼女のプロフィール」
レイはミライから渡された資料をシンジに手渡す。シンジは資料をさっと目を通す。
「すごいな。13歳で大学を卒業しているのか。エヴァのシンクロ率も70%を記録、ユーロ空軍大尉。エリート中のエリートじゃないか」
「どう?兄さん」
「いや、すごいの一言に尽きるよ。頼もしい限りだね!」
「そうじゃなくて、彼女、クォーターよ。すごく可愛いと思わない?」
改めてプロフィールを見る。そこにはアスカのバストアップの写真が乗せられていた。シンジは思わず顔を赤くする。
「そういう子が兄さんのタイプなのね。わかったわ」
「ちょっ!レイ!からかわないでよ・・・」
「兄さんは洋物が好きと・・・」
「卑猥だよ!その言い方!」
レイはシンジの態度に思わず笑ってしまう。シンジはただ顔を赤く染めることしかできなかった。



一週間後、セカンドチルドレンを迎えにシンジとミライはVTOLに乗ってオーバーザーレインボーへと向かった。レイは「兄さんの邪魔をしちゃ悪いから」とからかって行くのを辞退した。

オーバーザレインボー艦内、アスカはシンジのプロフィールを眺めている。
(エヴァ初搭乗でシンクロ率80%オーバー、しかも初撃破。次の使徒も鮮やかに倒している。指揮もすごいけど、それを難なくこなすなんて、冴えない顔しているけど中身はやるようね。でも!)
「私が来たからにはエースの座はこのアスカ様がいただくわ!」
アスカはユーロ空軍の制服に着替える。シンジの記録を見て自分に威厳を持たせようと敢えて軍服を選んだ。アスカが部屋から出ると外に加持が待っていた。
「よう!アスカ決まってるじゃないか」
「当たり前じゃない加持さん♪」
「サードチルドレンの碇シンジ君は優しい子だそうだ。アスカと気が合うんじゃないか?」
「冗談よしてよ。私は加持さん以外に興味はないわ」
アスカと加持が甲板に出てくると丁度VTOLが着陸して中から人が出てきた。
(ふ~ん、あの人がミサトの上司になった式波ミライ特務一佐。随分と若いわね。それで・・・)
シンジが降りてきた。学生服ではなくネルフの制服を着ている。屈強な兵士に囲まれながらもシンジはおどおどとした態度を見せずに甲板の上を堂々と歩いている。写真とは違う印象を受けたアスカは少なからずシンジに好感を持った。
「初めまして。あなたがセカンドチルドレン、惣流アスカ・ラングレーさんね?私はネルフ作戦総指揮官、式波ミライ特務一佐よ。そしてこの子が・・・」
「サードチルドレン、碇シンジです。よろしくお願いします」
シンジはアスカに笑いかけた。透明な彼の笑顔はアスカを赤くした。
(なっ!なんて顔で笑うのよこいつ。思わず見とれちゃったじゃない!)
「私がセカンドチルドレンの惣流アスカ・ラングレーよ。アタシが来たからにはエースの座はアタシがもらうわ!」
「エースとかそういうのには興味ないけど、負けないよ」
「あら?言うじゃない。気に入ったわ」
「一緒に頑張ろう」
シンジとアスカはしっかりと握手を交わす。
(こいつ、今まで会ってきた人とは違う気がする・・・)
今までアスカに対して真正面から向き合った人物はいない。軍では部下と上官、プライベートでは腫物扱い。しかし、シンジはどうだろう?彼女のことを正面から受け止めた唯一の少年だ。アスカはシンジに対して興味が沸いた。
子供たちの挨拶を済ませたところで今度は大人の話となった。
「やあ、君が葛城を押しのけて彼女の上司になった式波さん?俺は加持リョウジ、諜報部に所属している」
「ええ、話は聞いているわ。とても優秀だって」
「そんなことはないさ」
「三足の草鞋をはけるほどにね」
加持はにこやかに笑いながらも目に殺気がこもる。ミライはその殺気を受け流した。
「あとで個人的にお話があるの。お時間いただけるかしら?」
「君みたいな美人からお誘いを受けるとは光栄だね。もちろんだとも」
ミライは小包を抱えて艦長のもとへと急いだ。
弐号機の引き渡しは実にスムーズに終わった。艦長の息子の誕生日が近かったため彼宛にと息子がハマっている日本の特撮のおもちゃを渡したのだ。艦長自身も大の特撮ファンだったため話が盛り上がりミライを信頼して快く引き渡しに応じてくれた。今まで険悪だったネルフと国連軍との摩擦はゲンドウ、冬月によって徐々に取り除かれていくこととなる。
艦長との話し合いが終わるとミライは加持を呼んで彼の部屋へと案内してもらった。扉に鍵をかけると二人きりの環境を作る。
「部屋に鍵をかけるだなんて、式波特務一佐は大胆だな。襲ってしまったどうするんだい?」
「あなたはそういう輩じゃないわ。あなたは紳士ですもの。アスカが半裸でアプローチしてもまったく靡かないように」
「げ!なんでそれを!まいったな・・・」
弐号機運搬中にそれは実際にあったことだ。加持はしくじったという顔をして頭をかいた。
「それより、碇司令よりあなたにプレゼントがあるわ。少しきついけど、耐えてね」
ミライは赤い珠を出すと加持の額へと入れた。
「うわあああああああああああ!!!!!」
頭を抱えてうずくまる加持、ミライは優しく声をかける。
「どう?これがセカンドインパクトと人類補完計画の真実。そしてこの世界の未来よ」
肩で息をしながら加持は汗をぬぐった。
「これが、この世界の未来だって?こんなの誰も救われてないじゃないか!」
「そう、でもこれが真実よ。私はこの世界を救いたいの。協力して」
「そうだな、こんな世界俺も望んじゃいない。喜んで協力しよう。しかし、君がシンジ君とアスカから生まれた子供とはな!確かにアスカにそっくりだ。こりゃ手をつけたほうがよかったかな?」
「ダメよ。ママはパパのものだから。それに葛城さんのこと忘れられないでしょ?」
「かなわないな・・・君には」
加持は思わず苦笑いを浮かべる。
「ところでアダムはどこにあるの?」
「ここさ」
加持はベッドの下からジュラルミンケースを取り出した。ミライはそれを受け取ると手に意識を集中させてディラックの海を出して手を中に入れる。すると、ジュラルミンケースの中からこの世のものとは思えないような悲鳴が聞こえた。
「何をしたんだ!」
「アダムを殺したの。これでゼーレが考えるサードインパクトは起きない。それで・・・ATフィールドをいじって・・・と、終わり!」
加持がカギを開けて中をのぞくとそこにはアダムの姿があった。
「これは・・・」
「アダムのコピーよ。姿だけね。これを司令に渡して。碇司令からの指示よ」
「了解。引き受けたよ」
加持がケースを受け取ったその時、突然衝撃が彼らを襲った。
「くっ・・・なんだ!?」
「そんな・・・まさか!」
ミライは部屋を飛び出してブリッジに向かった。


同時刻、弐号機を見にフリーゲート艦へアスカに連れてこられたシンジ達もその衝撃を受けた。
「きゃっ!」
バランスを崩して転びそうになったアスカをシンジが素早く抱きとめる。
「惣流さん!大丈夫?」
「え、ええ」
アスカの鼓動が飛び跳ねる。抱き寄せたシンジの体はアスカの想像より男らしい体つきだった。シンジはアスカを抱き寄せながらミライに連絡を取る。
「姉さん、今のは?」
『シンジ?今どこにいるの?』
「今は弐号機が収められているフリーゲート艦に来ている。惣流さんも一緒だよ」
『そう、丁度いいわ。シンジ、アスカと一緒に弐号機に搭乗して!使徒の攻撃かもしれない。弐号機を起動させたら空母まで来て!そこでソケットを装着させるから。くれぐれも国連軍の艦に迷惑をかけないでね』
「わかったよ」
「なに?どうしたの?」
「使徒かもしれない。僕も一緒に弐号機に乗るよ」
「はあ?弐号機はアタシのモノなのよ!アンタなんか乗せてもノイズにしかならないわ!」
「うん、でも僕は唯一の実戦経験者で姉さんとの連携も長いから僕がいたほうが何かのときにアドバイスできるかも。それに」
「それに・・・なによ?」
「女の子を一人で戦わせるなんてできないよ。僕は男だからね」
シンジはそういうとアスカに微笑んだ。思わず顔を赤くするアスカ、なによりも自分をセカンドチルドレンではなく、ひとりの女の子として接してくれたことに戸惑った。
(この人はアタシをセカンドチルドレンじゃなく、女の子として見てくれている)
弐号機に向かうシンジの背中を思わず目で追う。アスカは自分の中に湧き上がる感情を理解できない。これが武者震いというものだろう。アスカはそう思った。両手で自分の顔を叩いて気合を入れるとプラグスーツを着て自分も弐号機に向かって行った。


ブリッジではミライが緊張した面持ちで国連軍の被害状況を聞いている。
(まさかガギエル!?あいつはまだ出てくるはずじゃなかった。流れが変わっている。嫌な予感がするわ。杞憂ならいいけど)
ミライは突然のイレギュラーに爪を噛んだ。そこへ大きな音を立てて弐号機が空母へと着艦する。ミライは急いで電源の装着の指示を飛ばすと弐号機に通信を入れる。
「いま電源をいれたわ。たぶん敵は水中から飛び掛かってくると予測されるわ。水面をよく見て相手の動きに合わせて反撃して!」
『まっかせなさい!いい?サード、お手本見せてあげるわ』
アスカはプログナイフを装備していつでも反撃できるように構えを取る。ガギエルの動きをシンジがいち早く察知した。
「来る!2時の方向!」
「そこ!」
飛び掛かるガギエルをやり過ごし逆にナイフが腹を裂く。
「やった!」
手ごたえを感じるアスカ、シンジは警戒を怠らない。
「まだだ!コアを壊さないと使徒は死なないよ!今度はどこか・・・うわっ!」
ガギエルはシンジの予想を上回った速度で反撃してきた。飛び掛かったガギエルに腹を噛まれて水中に落ちる弐号機。アスカは水中で悪態をついた。
「なんで腹を切り裂いたのに生きているのよ!」
「さっき言っただろ?奴らはコアを潰さないと死なないんだ」
「そういうことは早く言いなさいよ!」
ミライから通信が入る。
『大丈夫!?シンジ、アスカ』
「大丈夫です!式波指揮官」
『今から指示を出すからよく聞いて、腹を切り裂いて倒せないということは、コアに届いてないということだわ。さっき弐号機にかみつくときに口の中に赤いものが見えたの。奴の口を開けさせて!そうしたら太平洋艦隊から零距離射撃で潰すわ』
「しかし!予想以上に力が!」
『シンジ!アスカと協力して口を開けさせて!二人が意識を統一させたらエヴァの力はこんなものじゃないはずよ!』
「・・・わかった。姉さん」
『頼んだわよ!』
ミライはそれだけ言うと通信を切った。
「兎に角、意識を統一しなければダメなのね。いい!?サード!」
「・・・いつでも」
「いくわよ!」
(開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!)
(開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!開け!)
二人の意識にエヴァが呼応し、弐号機は予想を超える力をもってガギエルの口をこじ開けた。そこへ絶妙なタイミングで戦艦がカミカゼアタックを敢行し、ガギエルは大爆発してその姿を海に沈めた。
「「やったー!」」
エントリープラグ内でハイタッチをする二人。
「なかなかやるじゃない。口だけじゃないのね」
「そっちこそ」
憎まれ口を叩きあうシンジとアスカ、その様子はブリッジにいるミライと加持にも届いていた。
「アスカがこんなにも素直に相手を認めるとはな」
「ママは素直じゃないからね~それより、加持さん救急箱あるかしら?」
「ああ、わかってるよ」
ミライの意図を理解した加持は医務室へと行くと救急箱を取りに行った。



エントリープラグから降りるとシンジとアスカは海兵隊から拍手をもって迎えられた。シンジは加持に連れていかれ、アスカは自室に着替えを取りに行くとシャワーを浴びようとシャワールームに行く。途中、加持のいる部屋から話し声が聞こえてきた。
「こいつはひどいな・・・どれ、すぐに応急処置をしてやるからな」
(応急処置?誰に?)
「しかし、よく耐えられたなシンジ君。ひどい痣だぞ」
「ああ、やっぱりできちゃいましたか。彼女には黙っててくださいね。心配かけさせたくないですから」
「そりゃもちろん、でもなんで痛感を引き受けようとしたんだい?彼女だってこれくらいの覚悟でいるはずだぞ」
「でも、やっぱり女の子じゃないですか。女の子の体に傷はつけたくないですから」
(あいつ、私をセカンドチルドレンとして見てない。惣流アスカ・ラングレーとして、ひとりの女の子として見てくれている)
アスカは急いでシャワー室に向かった。シンジの心遣いが何故か嬉しかった。


夕方、アスカは甲板から茜色に染まった海を眺めている。その先には日本の陸地が遠くに見えた。
「お疲れ様。飲む?」
アスカが顔を向けるとミライがジュースを持ってきた。アスカはお礼を言うとジュースを一口飲む。
「ねえ、アスカ」
「はっ、なんでしょうか。式波指揮官」
「プッそんなにかしこまらなくていいわ。ミライでいいわよ。ところで、アスカはこの戦いが終わった後、その先の未来って考えたことある?」
「いえ、なにも」
「そうね、まだ14歳じゃ将来のことまで考えられないよね。でもやりたいこととかないの?例えば学者になりたいとか、結婚したいとか!」
「私は結婚をするつもりはありません。私にはエヴァに乗るしかないですから」
そう語る目は強い決意の奥に寂しさがあった。
(そうよね。ママはそうだった。そうやって自分に付加価値をつけないと、エヴァに乗れないと、一番じゃないと誰も自分を見てくれないって、そう思っていたから・・・)
「エヴァしかないって、そんな悲しいこと言わないで。あなたはまだ14歳、まだまだこれからなのよ。これから自分のやりたいことを見つけても遅くはないわ。あなたの人生はエヴァに乗るためだけの人生じゃないのよ?」
「でも!アタシにはこれしか!」
ミライはアスカを抱きしめた。
「いい?エヴァに乗らないと誰も見てくれない。エリートじゃないと見てくれない。そんなことないわ。事実、私はあなたをセカンドチルドレンとして見るつもりはない。私は惣流アスカ・ラングレーとしてアスカを見ているわ。シンジだってそう、あの子もあなたのことをセカンドチルドレンじゃなく、ひとりの女の子“アスカ”として見ているわ。だから、例えエヴァに乗れなくなっても大丈夫。私たちはちゃんとあなたのこと見ているわよ」
優しく頭を撫でながら語りかえるミライ、アスカの瞳に涙があふれ出た。
「やだ・・・なんで涙が・・・泣かないって決めたのに・・・」
「泣きたいときは泣きなさい。思いっきり」
母親を亡くしてからこんなに温かい思いをしたことがなかった。その思いを加持に求めたが彼はセカンドチルドレンとしてしか見てはくれなかった。ミライの言葉が重く心にのしかかり、アスカは堰をきったように泣いた。泣かないと決めたあの日から押し殺していたものが涙となって溢れた。

「すみません。見苦しいところを」
落ち着いたところでアスカは顔を赤くしながらミライの体から離れて涙を拭く。
「なんだか、ミライさんってママみたい」
「ふふふっママって呼んでもいいのよ?まだ二十代だけど」
「冗談!でも、ありがとう」
自然とお礼の言葉が出た。心の穴が少し塞がった感じがした。そんなアスカの心境の変化を感じ取ったのか、ミライは思いついたように話し始める。
「いいのよ。ねえアスカ、あなたも一緒に私たちと暮らさない?」
「え?」
「だって住むところまだ決まってないでしょ?私の住んでいる所、まだ部屋が空いているの。女の子一人で住むのも物騒だし、私のほかにシンジとファーストチルドレンのレイもいるわ。シンジ料理上手なのよ。どう?」
アスカは思った。ミライもシンジも自分のことを色眼鏡で見ようとしてない。内面もちゃんと見てくれる。この人なら信頼がおけると、ひょっとしたら無くしかけている本当の自分も見つかるかもしれない。アスカは決断した。
「よろしくお願いします」
「OK~それじゃ今夜はホテルに泊まって。明日迎えをよこすから。部屋を開けて待っているわね」



明日、ネルフ本部で手続きを済ませた後、アスカはネルフの車で送られたマンションはVIP用の高級マンションだった。中は広いしセキュリティも万全。
「こ、こんなとこ住んでいるの?」
戸惑いながらもブザーを鳴らすと女性の声がした。
「はい」
「あ、あの!今日からお世話になる惣流アスカ・ラングレーですけど!」
「ああ、話は聞いているわ。待ってて、すぐに迎えにいくから」
迎えに現れたのはレイだった。思わず見とれるアスカ。
「あなたが惣流アスカ・ラングレーさんね。私は碇レイ。ファーストチルドレン。碇シンジの妹よ」
「い、妹って!そんなの聞いてないわよ!」
「ふふふっ私たちもつい最近知ったの。荷物持つわ。こっちよ」
レイに案内されてついた部屋は最上階の一番広い部屋だった。ドアを開けると中からいい匂いがする。リビングに通されるとキッチンからシンジが出てきた。
「やあ、惣流さん。一緒に住めてうれしいよ」
シンジの微笑みに思わず顔を赤らめる。レイはアスカを部屋に案内すると一通りの説明をして部屋中を案内した。
夜、アスカの歓迎パーティーが始まった。テーブルに所狭しと並べられるドイツ料理、アスカは思わず絶句した。
「こ、これ、全部アンタが!?」
「うん、僕だよ。『世界のお料理ナビ』を見て作ったんだ。さあ食べてみて!」
アスカは早速ナイフとフォークを使ってドイツ風ハンバーグ「フリカデレ」を口に運ぶ。
「どう?」
恐る恐る感想を聞くシンジ、アスカは何も言わず次々と一口づつ並べられた料理を口に運ぶ。そしてすべての料理に口をつけたアスカの動きが止まる。シンジの顔に緊張が走る。
アスカは食べながら泣いていた。
「も、もしかして口に合わなかった?」
慌てて聞くが、アスカはフルフルと力強く首を振った。
「・・・おいしい・・・こんな大勢で、温かいご飯を食べるの、初めてで・・・嬉しくて」
母親が死んで以来、アスカの食事はいつも一人だった。エヴァの訓練でネルフにいた頃も、家に帰っていた時も。血の繋がった父親ですらアスカと積極的に接しようとせず、再婚相手との時間を大切にした。義母も腫物のようにアスカと接した。加持を強引に誘って一緒に食事をしたことは何度かあったが、それも温かいものではなかった。レイがアスカの手を握る。
「アスカ、私たちはずっと一緒よ」
レイの言葉が温かくて、嬉しくて、涙が止まらなかった。抱えていた孤独はいつの間にか消えていた。
食事が終わり、お風呂から出るとシンジはキッチンで食器を洗っていた。アスカはキッチンへと入る。
「あの・・・」
「ああ、お風呂から出たんだね。なにか飲む?」
「えっと、牛乳」
「うん、ちょっと待ってて」
シンジはコップを出すと牛乳をついでアスカに渡す。
「ありがとう。あ、あのさ!傷、大丈夫なの?」
「えっ?」
「加持さんと話をしてるの聞いたわ。怪我してたのね」
「別に大したことじゃないよ。でも姉さんの指示に即座に応えることができるなんて、さすが惣流さんだね」
“惣流さん”苗字で呼ばれることにどこか違和感を感じる。
「惣流なんて堅苦しい呼び方はやめて・・・アスカで・・・いい」
「・・・わかったよ。アスカ。僕もシンジでいいからね」
「わかった。シンジ、ありがとう。それより教えてくれない?アンタ初めてのくせにシンクロ率やけに高いじゃない。なにかコツでもあるの?」
「あ~それはね~」
シンジはアスカにエヴァの操縦に関してミライから教えられたことを余すことなく伝えた。最初は半信半疑だったアスカもシンジの話を聞いているうちに話にのめり込んでいった。その様子は昨日初めて会った人間関係とは思えないほど仲の良いものだった。話す内容はまじめなのだが傍から見れば友達以上恋人未満の関係だ。その様子をこっそりレイは眺めていた。
(兄さん、奥手すぎるわ・・・)



部屋に戻ったアスカは枕を抱えて昨日までのことを思い返す。こんなに楽しいと思ったことがなかった。ドイツにいたときは訓練と勉強の日々、年ごろの女の子が心奪われるようなものをすべてかなぐり捨ててここまで来た。誰にも舐められないように常に気を張って弱い自分を見せないように生きてきた。ここに来てから自分が素直になっている気がする。それがどうしようもないほどに心地がいい。
「本当、日本に来てよかった」
コンコン、ドアをノックする音がした。
「誰?」
「私よ、今いいかしら?」
レイはドアを開けて部屋の中へと入る。
「えっと、どうしたの?」
「アスカも明日から学校に行くことになっているから寝坊しないでね。制服はクローゼットの中にあるわ」
「学校?アタシ大学卒業しているのよ?今更中学校だなんて」
「日本の法律で決まっていることなの。諦めて。それに、普通の学校なんて経験したことないでしょ?あなたならすぐに慣れるわ」
「でも・・・」
「確かに日本の中学校なんて、アスカにしてみればくだらないかもしれないけど、こういう普通の生活もいいものよ?私も兄さんも、アスカのことセカンドチルドレンとして見るつもりはないの。アスカとして見ているの。私はアスカ、あなたの友達になりたいの。ダメかしら?」
「ダメじゃない!すごく嬉しい。ありがとう・・・えっと」
「レイでいいわ」
「レイ、ありがとう」
アスカはここで小さいながらも確かな絆を手に入れた。それはレイも同様だった。この友情は生涯続くこととなる。

明日から始まる初めての生活に胸を高鳴らせる。気疲れもあったのだろう。アスカはベッドにもぐるとすぐに寝息を立てて眠ってしまった。毎日枕を濡らしていた涙は出なかった。

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