第二話 兄妹

あぐおさん:作



リツコの背中を追いながらミライはこれからのことを考える。
(協力者は多ければ多いほどいい。葛城さんも味方に引き入れたいけど、今のままじゃ足手まといでしかないわ。そうね、赤木博士をこっち側に引き込めば)
「着いたわ。ここが司令室よ」
迷路のような施設内を歩き、司令室の前まで来た。
「それじゃ、私はこれで・・・」
「いえ、赤木博士にも同席してほしいの。私に色々聞きたいことあるでしょ?」
リツコの眉がピクリと動く。
「そうね、同席できるならお願いしたいわ」
リツコは笑った。彼女の科学者としての欲求がミライに向けて注がれている。警戒をするべきなのだが、その欲求にリツコは抗うことができなかった。
「それじゃ入りましょう」
リツコは司令室のドアを開けて中に入った。
「失礼します」
司令室の中は無駄に広く薄暗い。そして床にはセフィロトの樹の模様が描かれている。その先でゲンドウは椅子に座りいつものポーズを決め、冬月はその傍らに立つ。ミライは彼らの前に立った。
「単刀直入に聞く。貴様は誰だ」
ゲンドウから一言、ミライは笑みを浮かべながら答える。
「そうね、話をさせてもらう前に盗聴器と隠しカメラ、あと近くで待機している保安員を解除させてもらえるかしら?必要以上に聞かせられるものじゃないの。話はそれからよ」
ゲンドウ、冬月は驚きを隠せなかった。盗聴器やカメラは予測できたであろうが、まさかすぐ近くで待機していた保安員までミライは見抜いたのだ。ゲンドウは盗聴器とカメラの電源をオフにし保安員を下がるように命令した。これでこの部屋には4人しかいなくなる。ゲンドウは鋭い目つきでミライを見るともう一度言った。
「では、もう一度聞こう。貴様は誰だ?」
「そうね、一言で言えばあなたたちが目指した完璧の存在。そういえばわかるかしら?」
「なんのことだ」
「とぼけるのね。まあいいわ、私はこの先の未来から来たの」
「何を言っている」
「あなたたちが進める人類補完計画が生み出したひとつの答えよ」
「なにい!?」
ゲンドウは思わず立ち上がる。人類補完計画は誰も知りえない情報なのだ。それを彼女が知っている。ゲンドウは警戒した。
「そうね・・・これは直接見てもらったほうがわかるわね」
ミライはそういうと、手のひらから赤い珠を出し息を吹きかけた。珠はミライの手のひらから離れて3つに分かれてゲンドウ、冬月、リツコの頭の中へと入っていった。
「うがあああああああああああああああ!」
「ああああ!ああああああああ!」
「きゃああああああ!いやあああああああ!」
彼らが見たものはこれから起こること、そしてその結末。目を覆いたくなるような真実。そこに救いなどなにもない。人がLCLの海に変わり、幻想の中で自分をゆっくりとなくしていく虚無感。
LCLの海の中でゲンドウは自らの犯した罪に苛まれシンジを求めて彷徨い、リツコはゲンドウの愛を求めてゲンドウを探し続ける。終わりのない追いかけっこを永遠に続けている。冬月は傍観者としてひとつのところにとどまり続け、永遠の孤独の檻から出ることすら許されない。
3人は膝をついた。ゲンドウは呆けたように顔を上げ、冬月は頭を抱えて震え、リツコは自分の肩を抱いて泣きながら震えている。
「これが、これから起こる未来の出来事。こんな世界をもう一度味わいたいの?」
冗談じゃないと言わんばかりに三人は首を振った。
「わ、わかった・・・人類補完計画は破棄する」
「そうね、それが正解よ。それじゃ司令にはご褒美をあげるわ。ユイさんの思いよ」
ミライはもう一度赤い珠を出すとゲンドウの頭の中へと入れた。
「おおお!ユイ!」
思いがけない形で再会を果たしたゲンドウ、しかし、その顔はすぐに沈んだ。ユイはゲンドウと会うことを望んでいないのだ。自分が望んでエヴァに取り込まれたことで自分の愛した男が狂気に走ったことを、自分の欲で最愛の息子だけでなく赤木ナオコ、リツコの二人をボロボロにしたこと。それを彼女はエヴァの中でシンジ、ナオコ、リツコに謝罪し続け、後悔し続けているのだ。人類の未来のために行ったことが何一つとしてその願いに適っていないこと、それはユイの全てを容赦なく奪った。そしてもうひとつ強く願っていることがある。自分のことを忘れてリツコと幸せになってほしいという想いだ。
「ユイ・・・ユイ!」
ゲンドウは人目も気にせず泣いた。リツコはゲンドウに寄り添った。どんな形であれそこには真実の愛が確かに存在したのだ。ゲンドウは泣きながらリツコの手を強く握り返した。


数分後、落ち着きを取り戻したゲンドウはミライと向き合う。
「取り乱してすまなかった。では、君は・・・」
「そのお察しの通り、サードインパクト後の世界で生まれたアダムとリリスの寵愛を受けたノア。つまり、碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの二人のチルドレンから生まれた子供です。おじいちゃん」
「そうか・・・君は私の孫なのか・・・そうか・・・」
思わずゲンドウと冬月の頬が緩む。
「しかし、解せないことがある。叔父に渡したユイからの手紙なのだが、あれはどうやって?」
「ああ、あれは私が書きました。ユイさんの筆跡を真似て。よくできてるでしょ?」
悪戯をしてバレたような子供の顔をするミライ。しかしその顔はすぐに真剣なまなざしへと変わる。
「私はパパとママに普通の幸せを掴んでほしいのです。そのために力を貸してください!お願いします!」
ミライは深々と頭を下げた。ゲンドウは優しくミライの肩に手を置いた。
「もちろんだ。可愛い孫のためだ。喜んで力を貸そう」
「ありがとう!おじいちゃん!」
ミライはゲンドウに抱きついた。時を超えた出会いに冬月もリツコも涙を流した。ギスギスした空気が嘘のように消え、温かいものが部屋の中を包み込んだ。
「それで、もういくつかお願いがあるの」
「なんだ、言ってみろ」
「まずは私とパパと一緒に暮らしていくから、大きな部屋を用意してほしいの。ママも今後一緒に住む予定だから。あとレイおばちゃんもね。レイおばちゃんも一緒に住まわせてほしい。明日にでも挨拶にいくから、いいでしょ?」
「ああ、好きにしろ。すぐに部屋を手配しよう」
「あと、もうひとついい?」
「うん?なんだ?」
「私をネルフに入れてほしいの。できれば作戦部であの葛城さんの上司で」
「ええ?いくらなんでもそれは・・・」
リツコが思わず苦言を出す。ミライは笑った。
「リツコさん、私の頭の中は使徒のパターンやサードインパクトで消えた人全員分の知識があるのよ?ついでに言えば私の知識は今の科学より10年以上先に進んでいるわ。技術部のほうが力を存分に発揮できるんだけど、今の葛城さんじゃ駄目よ。あの人いつも出たとこ勝負だから。被害が少なければ余計なお金もかからないし、ネルフの発言力も上がっていいことづくめよ」
リツコはミライの言ったことが理に適っていると思った。
「そうだな。ミライの言った通りにしてみよう。作戦本部指揮官に配属させる。階級は特務一佐だ」
「ありがとう!おじいちゃん!大好き!」
ゲンドウの頬にキスをするミライ。思わず頬が緩む。リツコは頭では彼女が孫であることを理解しているがムカついた。
「それじゃ!パパが待っているから!またね!」
パタパタと走って部屋を出ようとするミライ、最後に振り返り
「そうそう!おじいちゃん!早くリツコさんと再婚しなさいよ!おばあちゃんもそれを望んでいるんだから!いいわね!」
「ええ!?」
「えっ!ああ、むぅ・・・」
突然の言葉にゲンドウとリツコは顔を赤く染めた。
「・・・碇、お前かわいいな」
冬月はボソリと呟いた。
彼らはミライが見せた未来の中で彼女がここに来た経緯を、その願望を見た。


彼女が生まれたのはある意味イレギュラーに近い。何故ならばサードインパクトが起きたとき彼女は形を成していなかったから。アスカがエヴァとシンクロできなくなった時、アスカはシンジを襲った。
アスカはただほしかったのだ。自分にだけに注がれる愛情を。最初はそれを加持に求めた。しかし、いくら自分が求めても加持はなにひとつ与えてはくれなかった。だから自分の心の中にいたシンジにそれを求めた。体を使っても自分に振り向いてほしい。なりふり構わずアスカはシンジを求めた。抱きしめてほしかった。愛してほしかった。
シンジはアスカに淡い恋心を抱いていた。彼女が素直に彼に想いを伝えていればシンジはその想いに答えただろう。だが、彼女の行為はシンジのプライドをズタズタに引き裂いた。ただ人形のようにアスカに抱かれたのだ。もしこの時にアスカを抱きしめていればこうはならなかった。
『アンタを見ていると!』
小さなボタンのかけ間違い。そしてアスカは壊れた。この後、誰も気が付かなかったことがある。アスカがシンジを抱いた時アスカは妊娠したのだ。誰にも気づかれることなくアスカの体はLCLとなり、胎児を海の中に残してシンジによって再構築されたのだ。そして両親に会いたいという希望の元、彼女はアダムとリリスの力を持って赤い海より生まれた。

壁に寄りかかり肩を寄せ合う二人の死体。ミライは彼らが自分の両親であることを察した。そしてすでに息を引き取っていることも。絶望しかない世界で二人は取り残され、彼らが自分の心と向き合った時、お互いがお互いの全てを求め結ばれた。
そして結ばれた彼らが最初で最後に求めたものは「一緒に死ぬこと」だった。
シンジとアスカを横にしてその真ん中に寝そべる。冷たくなった彼らに囲まれてミライは泣いた。ミライは切望したのだ。それは子供なら誰にでもある両親への愛情、温もり。ミライが生まれたそのときには既にそれは手に入らないものだった。
当たり前のものがほしい。
特別じゃないありふれたものがほしい。ミライは自分が得た知識と力をコントロールするため誰もいない世界で訓練をし、過去に逆行してきたのだ。今度こそ自分の両親を幸せにするために。

もう一度自分を生んでもらうために


その日ビジネスホテルに泊まったシンジとミライは早朝にネルフ本部へと向かった。移転手続きとこれから住む家の鍵をもらうためだ。
ミライは手続きをシンジにまかせるとレイのいる病院へと向かった。
「おはよ~」
軽い口調でドアを開けるミライ、レイはベッドの上で上半身を起こして外を見ていた。その赤い瞳がミライを見つめる。
「あなた、誰?」
「初めまして、作戦部の指揮官に配属された式波ミライよ。そして、あなたの保護者役でもあるわ。よろしくね」
「・・・そう」
レイはミライを見つめる。表情こそ変わらないが、心情は困惑していることだろう。
「あなた、私と同じ?」
「さすが、ユイさんとリリスのキメラね。勘が鋭いわ」
「どうしてそれを!」
レイの表情に変化が見られた。ミライはレイに隠し事をするつもりはなかった。だから自分がシンジとアスカの子供であるということ以外はできる限り彼女に伝えた。レイは黙って聞いていた。
「まあ、そんなわけで私とあなたは似たもの同士なの。だから遠慮する必要はないのよ。私たちには誰にも言えないけど、誰よりも強い絆があるのよ」
「きずな・・・」
「そう、絆。生まれたのは私のほうが後だけど、人生経験は私のほうがあるから私があなたのお姉ちゃんになるわ」
「おねえ、さん?」
ミライはレイを抱きしめた。
「レイ、あなたはリリスのクローンじゃない。人間よ。だから、一緒に暮らしましょう」
レイの頬に温かいものが流れる。
「これ、涙?私泣いているの?」
「ええ、嬉しいから泣いたのよ。その感情はあなたが人間である証拠よ」
レイはせきを切ったように大声で泣いた。ミライはレイの頭を優しくなでながら彼女の顔を胸に抱きしめた。


シンジは事務室で手続きをしている。
「はい、どうぞ」
シンジが書類を渡すと事務員はそれを受け取った。
「碇君、お疲れ様。あ、そうそう、碇司令が呼んでいたわよ」
「父さんが?」
職員に案内されて司令室へと入るシンジ、中にはゲンドウが部屋の中央で立っていた。
「シンジ」
「父さん」
ゲンドウはゆっくりシンジに近づくと、シンジを強く抱きしめた。
「と、父さん!?」
「シンジ、寂しい思いさせて本当にすまなかった。俺を許してくれ。シンジ」
「父さん・・・もう、いいよ。いいんだ。父さんに会えて僕は嬉しいよ」
「シンジ、よかったら叔父さんに預けられていたときの話を聞かせてくれないか?調査報告書は読んでいたが、こういうことは直接聞きたいんだ」
「うん、いいよ」
ゲンドウとシンジは椅子に座って向かい合うように話をし始めた。ゲンドウはシンジの話を聞いて久しぶりに心から笑った。そして、こんなに可愛い自分の息子に辛い思いをさせようとした自分を恥じた。
話が終わったあと、ゲンドウは思い出したように言う。
「そうだシンジ、実はなお前には双子の妹がいるんだ」
「え?妹?そんなの聞いてないよ」
「ああ、生まれてすぐ体が弱かったせいか病院に預けたままでな。そしてエヴァのパイロットに選ばれてからずっと離れ離れだったんだ。レイと言うんだ。あの子にも不憫な思いをさせた。どうか、彼女に女の子らしい生活を教えてやってくれ」
「・・・父さん、僕男だよ?」
「わかっている。兄妹として仲良くやってくれればそれでいい。それから、レイもミライ君の家で暮らすことになっている。頼んだぞ。シンジ」
「はい!」
ゲンドウは制服の襟を緩めると、自分がつけていたペンダントを渡した。
「父さん、これは?」
「俺が若いときにユイからもらった言わば形見だ。俺はもう必要ない。全ては心の中にあるからな。シンジ、お前にやろう」
「ありがとう。父さん」
シンジはペンダントを握りしめた。その日以来、シンジはペンダントを首から下げるようになる。



ミサトは苛立ちを抑えきれないように爪を噛んだ。ミサトの個室は書類が山積みで足を置くスペースもない。昨日のミライとのやりとりでミサトは物に当たり散らして部屋の中はゴミ屋敷のようだ。
「あの小娘・・・使徒殲滅は私の使命なのに!クソ!」
ミサトは勤務中にも関わらずビールを一気に飲み干した。そのときドアを叩く音がした。
「はーい、いますよ~」
「私よ。入るわね」
声の主はリツコだった。リツコはドアを開けると中の様子を見て驚いた。ビール片手に机に足を投げ出しているミサトを見てリツコは眉をひそめた。
「荒れてるわね」
「うるっさいわね~全部あの小娘のせいよ。素人がでしゃばるんじゃねえっつーの」
「それより、今日から作戦本部に新しい人が入ったから紹介するわね。入ってきて」
ミサトは部屋の中に入ってきたミライを見て思わずビールの缶を投げつけた。ミライは最小限の動きで缶を避ける。
「あんた!何しにここにきてるのよ!部外者は!」
「ミサト、彼女が新しく作戦本部に配属された式波ミライ特務一佐よ。あなたの上司になるわ」
ミサトは信じられないという顔をしてリツコに食って掛かった。
「はあ!?なんで今日配属されたばかりの素人がいきなり特務一佐なのよ!しかも私より3階級も上ってどういうことよ!」
「どうって・・・現段階ではあなたより私のほうが有能ってことよ」
「ハッ!冗談じゃないわ!いい!?私は日本の大学の最高峰を抜群の成績で卒業したエリートなのよ!どこの馬の骨ともしれない奴になんでこの私が」
「ミサト、彼女はオックスフォード大学を飛び級で、しかも首席で卒業しているわ。日本の大学よりも上のレベルなのよ?学歴で言えば式波特務一佐のほうが遥かに上だわ」
ミサトは悔しそうに顔を歪ませた。
「でも!戦術レベルでは私のほうが遥かに上をいくわ!」
「そういうと思ってシュミレーションを用意したわ。初号機対昨日の使徒の対決よ。ミサトは初号機、ミライは使徒を操って相手を倒してね。どう?やれる?」
「当たり前じゃない!」
ミサトは怒りをぶつけるようにそのシュミレーションで初号機を操作し始めた。
結果はミサトの惨敗。結果を認められないミサトは7度ミライに戦いを仕掛けた。結果的には初号機の暴走で使徒を倒しているのだが、街の被害は甚大。初号機も大破している。
「どう?葛城一尉。実力の差が理解できて?」
ミライは諭すようにミサトに語りかける。ミサトはテーブルを叩くと立ち上がって部屋の外へと走った。
「認めない!絶対に認めないから!」
そう捨て台詞を残して。
「無様ね・・・」
リツコは思わずため息をついた。



ミライと住む部屋に帰ったシンジは自分の荷物を整理するのを後回しにして、これから帰ってくるミライとレイのために料理をしている。ドアが開くとミライの声がした。
「たっだいま~」
「おかえりなさい。姉さん」
シンジはエプロンで手を拭くとミライを出迎えに玄関に行く。するとミライの横にレイが恥ずかしそうに立っていた。初めての兄妹の顔合わせだ。シンジとレイはお互いにこの人は自分の家族であることを一目で悟った。シンジはニコリと笑った。
「おかえり。レイ、僕がシンジだよ」
「にい、さん・・・」
レイは溢れる涙をそのままにシンジの胸に抱きついた。シンジはレイの頭を優しく撫でた。
「兄さん!兄さん!」
「うん、おかえり。レイ」
この日からレイの表情は急激に豊かになり、レイのファンクラブの人数は倍増することとなる。そして、彼女の名前は碇レイと改められた。
初めて家族と囲む温かい食事にレイは感激を覚える。会話はいつまでも続いた。
「あ、そうだ、シンジ明日から学校に行くのよ。手続きは済ませてあるから」
「学校?」
シンジは少しだけ嫌そうな顔をする。
「どうしたの?兄さん」
「レイ、シンジって結構人見知り激しいのよ。しかも私からシゴキをうけていたから、前の学校でも友達らしい友達とかできなかったのよね」
レイはクスリと笑った。
「大丈夫よ兄さん。私も一緒に行くから」
「レイ、ありがとう」
シンジはレイの思いやりに少し照れながら笑った。


次の日、第壱中学校は騒然となった。あのレイが隣に男を連れて話しながら登校してきたのだ。レイのファンはシンジに敵意を向けた。何も知らない二人は何故敵対心を向けられるのか理解できなかった。シンジが職員室に行っている間、レイは教室でいつものように外を眺めている。その表情はどこか柔らかい。
「あの!綾波さん?」
クラス委員長の洞木ヒカリが話しかけてきた。
「なに?」
「綾波さん、今日男の人と一緒に登校してきたでしょ?見たことない人だけど誰なの?」
「あー!それ私も聞きたい!」
噂好きな女子がレイを取り囲む。
「私の兄よ。転校してきたのよ」
「え?綾波さんお兄さんいたの?」
「ええ、でも会ったのは昨日が初めてよ。私体が弱かったからずっと施設にいたから、兄さんも親戚の人に預けられていたからお互い知らなかったの。」
クラスのみんながシンジとレイの複雑な家庭環境に同情をした。


「トウジ、今日来る転校生。エヴァのパイロットらしいぜ。父さんのパソコンから得た情報だ」
「さよか・・・ほな挨拶せにゃならんのぉ」


「初めまして。碇シンジです。趣味は料理です」
透明な笑顔で挨拶をするシンジ、その笑顔にほとんどの女子の目がハートになった。男子からはケッと面白くなさそうに呟かれる。
「あの、先生。少しお時間いただいてもいいですか?」
「どうぞ」
シンジはひとつせき払いをすると顔をクラスメートに向ける。
「あの、このクラスにいるレイ、もとい、綾波レイですけど、彼女は僕の生き別れた双子の妹です。詳しい事情は省きますけど、僕とレイは昨日まで別々の環境で生活をしてきました。そのため、僕に妹がいること自体知りませんでした。それは彼女も同じです。そんな僕がこんなこと言うのもなんですが、今までレイと仲良くしてくれて本当にありがとうございました。彼女の苗字は昨日から碇に変わってます。妹ともどもよろしくお願いします」
シンジはそういうと深々と頭を下げた。妹気遣うシンジの姿に誰もが好感を抱いた。
授業中、シンジ宛にメールが何通も来ている。それは好きな食べ物であったり、音楽であったりと何気ない質問だが、ひとつだけシンジは返信をどうしようか悩んだ。
『碇くんはエヴァンゲイオンのパイロット?Y/N』
(どうしよう・・・)
シンジはレイにメールを送る。
『ねえ、エヴァのパイロットかっていう質問が来たけど、どう答えたらいいかな?』
レイはシンジのメールを読むとすぐに返信をする。
『イエスって答えていいわ。どうせすぐにバレることだし』
シンジはレイのメールを読んでイエスと返信する。そのメールはクラスの女子全員に送信され授業中にも関わらずシンジの周りに人だかりができた。それは休み時間も続いた。
「ねえねえ!あのロボットどうやって動かしているの!?」
「必殺技とかある?」
機密にかかわりそうな質問が飛び交うためシンジは返答に困った。そんな女子の人垣を掻き分けて近づく人物がいる。
「転校生、少し付き合ってや」
鈴原トウジだ。
「鈴原!碇くんになにするつもりなのよ!」
「なんでもあらへん。少し用事があるだけや」
トウジはシンジを連れて屋上へと向かった。レイはトウジの様子が気になったため後をついていく。そのあとをビデオカメラを持った少年がついて行った。

「なにか僕に用かな?」
シンジは相手を刺激しないようににこやかに聞く。トウジはシンジと向かい合った。
「なあ、この前おまえに助けられた女の子おるやろ」
「ああ、いたね。危ないところだったよ」
「あれな、ワシの妹やねん」
「そうだったんだ」
トウジは深々と頭を下げた。
「ホンマ、ありがとう。おまえのおかげや。借りができてもうたな」
「いいよ、当たり前のことをしただけだから」
「いや、お前のおかげで妹は助かったんや。あの時妹と離れ離れになったときパニクッて気が気でなかったんや。あとでオトンからネルフで保護されたと聞いてどれだけ安心したか。お前はワシの妹の命の恩人や。ワシにできることがあればなんでも言ってくれ。助けるさかい」
「借りだなんて、僕は当たり前のことをしただけだから、そうだ!よかったら僕の友達になってよ。転校してきたばかりで男の話し相手がいないんだ」
「そんなことならお安い御用や。鈴原トウジや。トウジでええで」
「僕もシンジでいいよ」
二人は固く握手を交わした。妹を助けられ、しかも生き別れた妹がいて再会を果たしたシンジにトウジは共感を得ている。この友情は生涯変わることなく続いていく。
トウジとの会話が終わったとき、屋上のドアが開いてレイが駆け寄ってきた。
「兄さん、大丈夫?」
レイが心配そうに見つめる。シンジは笑って答えた。
「うん、トウジと友達になったんだ」
「せや、綾波・・・いや、碇もよろしくな」
「言いにくいなら、綾波で構わないわ」
レイの表情を見てトウジは彼女の変化を感じ取った。
「なんや、お前もそないな顔できるんやな。驚きだわ」
「えっ?」
「レイ、今笑っているんだよ」
思わず頬に手を当てるレイ。緩んだ顔をしている自分が嬉しかった。
「そう、私、笑えるのね」
その言葉を皮切りに3人は大声で笑いあった。レイはなんとなくからかわれていると思いながらもこみ上げる愉快な感情を止めることができなかった。

「おい、いい加減出てきたらどうや?」
トウジが屋上の扉に向かって声をかけるとビデオカメラを持ったメガネの少年が現れた。
「ケンスケ、お前なに撮ってんねん」
「いや、トウジが喧嘩ふっかけるのかな~って思ってな」
「アホか!そないなことするかい。ああ、こいつは相田ケンスケや」
「ケンスケでいいよ。お前エヴァのパイロットなんだって!?いいな~俺も乗せてくれないかな~」
レイはケンスケに対して眉をひそめる。
レイはケンスケに対して信用するに値しないと評価した。もし、トウジがシンジに喧嘩を仕掛けた所で彼は止めるどころかビデオに収めて傍観者を装っていただろう。そして自分もエヴァに乗りたいと簡単に言うところ。それはそのころの男の子なら思うことかもしれないが、エヴァの重要性を理解していないケンスケが言っていい台詞ではない。
「エヴァはそう簡単に乗れるものじゃないわ。私はネルフ、兄さんは作戦指揮官から直接に特別な訓練を長年積んできているの。簡単に言わないで」
レイは冷たく言い放つとドアに向かって歩き出した。
「授業、始まるわ」
4人は教室へと戻っていった。
こうしてシンジとレイの日常が始まった。

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