私は知っている。

この世界の未来を

この未来の結末を




2006年 長野県某所

常夏の日本、ここ長野県は昔、避暑地として有名なリゾート地だったが今はその面影はない。
ここにひとりの女性が歩いている。淡いピンクのワンピースを着て麦わら帽子を深くかぶる。帽子から伸びる肩まで伸びた黒い髪、黒曜石のような黒い目、そして日本人離れしたプロポーション。その顔は東洋と西洋の良いところをとってつけたような男なら声をかけずにはいられないような、まだ幼さがどこか残る美女。
彼女は大きなスポーツバッグを肩に背負い夏の暑い日差しの中をゆっくりと歩いている。肩で息を吸い、時折額から流れ落ちる汗の雫をハンカチで拭う。彼女はある民家の前に足を止めた。彼女はスポーツバッグを下してひとつ大きく息を吸い呼吸を整えると呼び鈴を押した。

ブーーーーー

「ごめんください」
扉の向こうにいる住人に聞こえるように大きな声を出す。すると奥からパタパタと足音を立てて人が近づいてきた。
「はいはい、今いきますよ」
引き戸が開けられると、そこには中年の女性が訝しげに彼女を見た。
「あの、こちらで碇シンジという少年を預かっていると聞いたのですが・・・」
「はい、確かにいますけど、あなたどちら様?」
「私は彼の母親、碇ユイさんの遠い親戚でして、ユイさんより彼の面倒をみるように生前頼まれておりました。これユイさんから送られてきた手紙です」
彼女は中年の女性に手紙を渡した。女性は手紙に目を通してもう一度訝しげに彼女を見る。
「う~ん、確かにユイさんの文字かもしれないねえ。それで?あんたがあの子を引き取ってくれるのかい?」
「いえ、私はまだ未成年ですから、彼の教育係といったところです。厚かましいお願いですが、彼が父親であります碇ゲンドウさんに呼び戻されるまで私もここに住まわせてもらいたいのです。ご迷惑はおかけしません」
この要求にはさすがの彼女も渋い顔を見せる。
「住まわせてもらいたいって、あんたねえ。未成年なんでしょ?親はどうしたんだい?」
「両親はセカンドインパクトの時に他界しました。もしここに住まわせていただければこれを・・・」
彼女はスポーツバッグからパンパンになった袋を取り出して渡した。中を見るとそこには現金がぎっしり詰め込まれている。500万以上は入っている。
「こ、こんなに!」
中年の女性は思わず声をあげた。
「シンジ君にかかる食費、及び養育費などはすべて私が負担します。どうですか?悪い話ではないかと思いますが」
「いいよ!いいよ!あんたの好きにしな。あの子は離れにいるよ。主人には私から言っておくから」
女性は軽やかにステップを踏みながら家の奥へと消えていった。彼女は一礼すると離れへと向かっていく。離れに入ると家の一番奥の部屋へ入っていく。その部屋には小さい少年が膝を抱えて泣いていた。
少年は顔をあげるとキョトンとした顔を浮かべる。彼女は少年の視線に合わせるように膝を曲げるとにっこりと微笑んだ。
「初めまして、碇シンジ君。お姉ちゃんはシンジ君のお母さんの親戚なの。これから一緒に住むことになったからよろしくね」
彼女はそっと優しく手を差し伸べる。少年は導かれるようにその手を握った。
「おねえちゃん、だれ?」
「私の名前はね~」




第一話 式波ミライ

あぐおさん:作



2015年 第三新東京市

『間もなく~第三新東京市。第三新東京市。お降りの際はお忘れ物のないよう、ご注意ください』

電車に揺られながら外の風景をミライは眺めている。その表情はどこか緊張している。シンジが心配そうに見つめた。
「姉さん、どうしたの?」
「うん?なんでもないわ」
「そう?なんだか思いつめている感じがしたよ?」
シンジの心情を察してか、ミライはシンジの肩を優しく抱きしめた。
「いい?シンジ。私はこの9年、あなたに教えるべきことはすべて教えたつもりよ。自信を持って。あなたは私の自慢の教え子よ」
「うん。ありがとう」
シンジは顔を赤くしながら答えた。
もうすぐここは戦場になる。ミライは駅を降りるとタクシーを拾ってネルフ本部へと向かっていった。


ネルフ本部発令所
「15年ぶりだな」
「ああ・・・間違いない。使徒だ」
ゲンドウと冬月はモニターで戦自のやられていく様を高みの見物としゃれ込んでいる。もうすぐネルフに指揮権が渡る。全てはシナリオ通りだ。ゲンドウはそのときをじっと待っていた。


その頃ミライとシンジは高台でその戦闘の様子を眺めていた。
「シンジ、あれがあなたの倒すべき敵よ」
「あれが・・・使徒」
絞り出すように呟くシンジ、その声にははっきりと恐怖が伺える。ミライはシンジに笑いかけると軽く背中を叩いた。
「大丈夫よ!あんなの訓練通りにやれば大した相手じゃないわよ。さ、奴さんの顔も拝んだことだし、さっさとネルフ本部へといきますか!」
ミライは運転手がいなくなったタクシーに乗り込むと急いでネルフへと向かっていった。


その頃、ミサトはルノーを飛ばしてシンジの迎えにいくために奔走している。彼女の頭上には巡航ミサイルと戦闘機が飛び交っている。いつその火の粉が降りかかってくるのかわからない。ミサトはハンドルを切りながらシンジの姿を探した。
「シンジ君、どこにいるのよ!もしかしてシェルターの中に逃げたのかしら!?」
道に迷って見事に遅刻したミサトは焦った。最悪戦闘に巻き込まれて死んだのかもしれないと思ったからだ。そのときミサトの携帯電話がなった。
『葛城さん!大丈夫ですか!?至急本部まで戻ってください!』
「日向くん?サードチルドレンとまだ合流できていないのよ!」
『それが・・・サードチルドレンですが、さっき、ネルフ本部に着きました』
「へっ・・・・?」
『今ネルフ本部にいるんですよ。彼』
「それならさっさと教えなさいよおおおおお!!!」
ミサトはドリフトでUターンするとアクセルを踏み込んでネルフへと向かっていった。


シンジとミライは待合室に座っている。ドアが開いてリツコが入ってきた。
「お待たせ。あなたが碇シンジ君ね?隣の女性は・・・」
「彼の保護者役の式波ミライです。赤木リツコ博士ですね?お母様の赤木ナオコ博士が発表されましたMAGI構成理論の論文を読ませていただきました。着眼点がとても面白かったです」
「母の論文を読んだことがあるの?なんだか嬉しいわね。こっちへ来て。案内するわ」
リツコはまんだらでもなさそうに微笑んだ。

シンジとミライは暗い部屋に通される。すると急に明かりがついて目の前に紫の巨人の顔が現れた。
「これは・・・」
シンジが見たのを確認するとリツコは高らかに説明を始める。
「これが、人類最終決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオンよ!」
「エヴァンゲリオンですか・・・ギリシャ語で福音。いい名前ですね。僕クリスチャンじゃないですけど」
シンジはクスクスと笑いながら答える。リツコは驚いた顔を浮かべた。
(この子、調査内容より随分と頭が良いみたいね。そしてエヴァを見ても全く動じていない?このミライとかいう女性もそう!なんなの?この人たち)

『久しぶりだな。シンジ』
スピーカーからゲンドウの声が響く。上を見上げるとゲンドウがガラス越しに彼らを見ていた。
「久しぶりだね。父さん」
シンジはニコリと微笑んだ。ゲンドウは隣にいるミライに顔を向ける。
『シンジ、誰だその女性は』
「初めまして、私は式波ミライと言います。シンジの保護者役をしてます。ユイさんの遠い親戚ですよ。ユイさんから頼まれたんです。シンジの面倒を見てほしいって」
『ユイから!?知らんな』
「そりゃそうでしょう。ゲンドウさんはユイさんの親戚から嫌われてますし、私宛に直接届いたんですから」
ミライは笑いながらゲンドウに答える。ゲンドウは少し不愉快な顔をするが、すぐにシンジに目を向けた。
『シンジ、エヴァに乗れ』
シンジは内心ほらきた!と思った。ミライが事前に話した通りだからだ。シンジは笑うのを堪えた。
「いいよ。乗るよ。でも条件がある」
ゲンドウはシンジの態度に少し戸惑いながらも顔に出すことなくシンジを見る。
「まず、ミライ姉さんを発令所に入れさせること。それと姉さんから父さんに話があるから、これが終わった後時間を取ってほしい。これが条件だよ」
『いいだろう。ではそこにいる赤木博士より操作方法を聞け』
ゲンドウはそれだけ言うと発令所に戻っていった。リツコはシンジにエヴァの操縦法を教えると発令所へとミライを連れて歩き出した。



ネルフ本部発令所は緊張した空気に包まれている。すでに指揮権はネルフに移っており、エヴァの実力を確かめようと戦自の将校が興味津々に使徒が映るモニターを眺めている。その中で一般人であるはずのミライの姿は際立っていた。モニターにはエントリーされたプラグ内の様子が映し出されている。シンジは落ち着いた表情で出撃を待つ。その様子は明らかにおかしい。
(このこLCLを注入されてもなんの動揺もない。おかしいわ!)
「シンクロ率はどう?マヤ」
「はい!・・・そんな、ウソ!シンクロ率80%を超えてます!」
「なんですって!?セカンドチルドレンでさえ70代まであげるのに何年もかかったのよ!?いきなりで!そんな!」
理解不能なシンクロ率、リツコはこの状況が全く理解できていない。ミライは涼しい顔でパニック寸前のリツコの顔を眺めていた。
(ふふん♪当たり前じゃない。彼にはエヴァの乗り方を教えているんだから。心を開いて甘えるように身をゆだねる。そう教えているんだから、この程度は普通よ普通)

丁度そのとき、発令所にミサトが苦笑いをしながら入ってきた。
「ごっめ~ん遅れて。あれ?この人は誰?」
ミサトが発令所の中へと入ってくる。ミサトはミライの姿を見ると珍しそうに眺めた。
「式波ミライです。シンジの保護者役です」
「ええ?あなた部外者なの?ちょっとここは遊び場じゃないのよ?部外者はここから・・・」
「葛城一尉、かまわん。私が許可した」
ミサトが言い終わる前にゲンドウがミサトに告げた。
「しかし!司令!」
「かまわんと言ったはずだ」
「くっ・・・わかりました」
ミサトはミライを睨み付けるとすぐにモニターに目を移した。ミライは鼻で笑うと彼女もモニターに目を移す。そのやり取りをリツコは黙ってみていた。
(ふふふっミサトの睨みを鼻で笑うなんて、随分と勇ましいお姫様だこと・・・でも、誰かに似ているわね・・・)

リフトに乗せられてエヴァ初号機がサキエルと対峙する。ここからが本当の闘いの始まりなのだ。ミサトはマイクを握った。
「シンジ君、私は作戦本部長の葛城ミサトよ。いい?私の命令に従って行動して頂戴。まずはあ・・・」
「シンジ、コンバットフィールドをよく見て地形を頭に叩き込んで。あの程度の相手なら問題ないはずよ。好きにやりなさい」
ミサトの命令を遮るようにミライがシンジに話しかける。ミサトは激怒した。
「素人がでしゃばってんじゃないわよ!こっちは遊びでやってんじゃ・・・」
『前方のビルに女の子がひとり逃げ遅れてます!保護を!』
シンジの通信が発令所に響く。確認をすると確かに少女がビルの中に取り残されているのを見た。すぐに保安員が彼女の保護に向かう。ミサトは唇を噛み締めてミライを睨み付ける。ミライは涼しい顔でその視線を受け流した。
「さ、シンジ。ショータイムの時間よ。この人たちにあなたの実力を見せつけなさい!」
『はい!姉さん!』
「ちょっ!待ちなさい!あんた何やってんのよ!」
ミサトはミライの胸倉に掴み掛り・・・次の瞬間にはミサトの体は宙に浮いて床に叩きつけられていた。その動きはその場にいる全員が思わず声をあげるほど見事な体術だった。ミライのことを舐めてかかったミサトは受け身を取ることもできず、床に叩きつけられたのだ。
「うっ!痛~っ・・・」
背中をさするミサト、ミライは興味を無くしたようにモニターに目を向けた。ミサトはミライに殴りかかろうと急いで立ち上がる。その行動を予測してか、リツコが声を荒げた。
「ミサト!あなたなにやっているの!作戦部長でしょ!しっかりして!式波さんもふざけたことはやめて!」
「うおおおおおおお!!!!!???」
リツコが苛立ちをぶつけるように二人を怒鳴りつける。その直後、リツコの後ろから歓声が上がった。
「今度は何!?」
リツコが感情を抑えきれないように声を荒げて振り返るとオペレーターのマナが信じられないように呟いた。
「あの、パターン青、消、滅しました・・・」
「えっ?」
「使徒、殲滅を確認しました」
「ええ?そんな!一瞬で!?なにがあったの!?モニター出して!」
先ほどの様子が映し出される。
初号機は一気に距離を詰めると横蹴りを当てようとするが、それはATフィールドによって阻まれている。
「ATフィールド、やはり使徒も持っていたのね・・・」
問題はここからだ。初号機は一度距離を取るともう一度体を低くして距離を詰める。すると今度は直前に初号機は素早くターンをし、ターンが終わる直前で足で使徒の足を踏みつけるとそのままの勢いで肘打ちを使徒のコアに叩きつけた。使徒の体はその衝撃で浮き上がるが、足を踏まれているためダイレクトにその衝撃がコアを直撃し、コアのみを完全に破壊し使徒を倒したのだ。鮮やかすぎる戦闘。そこにいる誰もが声をあげることができない。
「なに!?今のは!ATフィールドは!?」
「それが、使徒からATフィールドの発生は確認できたのですが・・・すぐに中和されました」
「そんな!あのセカンドチルドレンでさえ、最近になってATフィールドを張ることができたのよ!?そんな!」
理解を超えた出来事にリツコは思わず頭を抱えた。ミサトは自分がいない場所で決着がついてしまったことに呆然としている。しかし、すぐに気を持ち直すとミライの背中を通してシンジを睨み付けた。


シンジから通信が入る。
『あの、戻りたいんですけど、どこにいけば』
「え?ああ、ごめんなさい。今帰還ルートを送ったから。お疲れ様」
初号機はリフトに載せられると、ゲージへと戻っていった。貴重な使徒のサンプルは手に入り、街への被害はほぼ0に等しい。まさに完全勝利だ。
シンジがエヴァから降りると、その様子を見ていた整備員たちが拍手で出迎えシンジの体を叩いて手荒い歓迎をした。
「よくやったな!坊主!」
「次もこの調子で頼むぜ!」
そこにいる誰もが大喜びをしている。リツコとミライもシンジを笑顔で迎えた。ひとりだけ違う者がいる。ミサトだ。ミサトはシンジの姿を見ると人波を強引に掻き分けてシンジの前に立った。
「ちょっと!あんた!何私の命令を無視して動いてるのよ!こっちは遊びでやってんじゃないのよ!」
シンジはキョトンとした顔を浮かべると申し訳なさそうに言う。
「あの、誰ですか?」
ミサトはシンジの胸ぐらを掴んだ。
「このクソガキが!この私に喧嘩売ってんの!?」
「ミサト!やめなさい!」
リツコが仲裁に入る。
「リツコ!」
「ミサト、手を下しなさい。どんな経緯であれ、シンジ君が使徒に完全勝利したのは事実よ。それともミサトは彼以上の戦果を出せる自信と根拠があるの?」
「それは!」
ミサトは驚いたようにリツコを見る。まさか自分の親友にこんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。ミライがミサトに話しかける。
「葛城さん、あなた最初の命令はなにを言おうとしたの?」
「あれは・・」
「まさか「歩く」じゃないでしょうね?」
図星をつかれたミサトは押し黙る。ミライは続けた。
「敵の前に出されて最初の命令がそれってないんじゃない?しかもシンジは赤木博士からこのロボットの操縦法はレクチャーされているのよ。シンジならすぐに順応できるほどの実力はあるわ。彼は私の自慢の教え子よ!あまりシンジのことを舐めないでね」
ミライは腰に手を置くと大きく胸を張った。男の視線が思わずふくよかなバストに集中する。ミサトは悔しそうにミライを睨み付けるとシンジの胸ぐらから手を振りほどき足音を大きく立てながらゲージの外へと出て行った。ミライはやれやれといった具合にため息をつくと整備員達に向かい合った。
「みなさんのおかげでシンジも無事帰ってこれました。これも偏に皆様のおかげです。ご迷惑をおかけすると思いますが、シンジのことよろしくお願いします」
ミライはそういうと深々と頭を下げた。ミライの言葉と態度に感動した整備員たちはミライに向けて敬礼をした。
(一瞬でこれだけの人の心を掴むなんて、この人やるわね)
リツコはミライに警戒をしながらも、彼女に対して好感を持った。
「リツコさん、姉さんが父さんに話をしたいことがあるみたいなんだ。取り次いでくれますよね?」
「え?ええ、そうだったわね。それじゃ式波さん、司令室に案内するわ」
「はい、お願いします。シンジ。一緒に帰るから休憩所で待っててね」
ミライはシンジの頬にキスをすると笑顔でリツコの背中について行った。
「姉さん・・・恥ずかしいよ・・・」
シンジは顔を真っ赤にしながらミライの背中を見送った。

(さて、本丸に突入ってわけね。さあ!ミライ!行くわよ!)




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