イメチェン
「イメージチェンジ」の略で、これまでとは雰囲気が変わったことを意味する。
「イメージチェンジ」とは和製英語である。
                     日本語表現辞書より



「アタシ、イメチェンしてみようかな・・・」
アスカの何気ない呟きから全ては始まった。



アスカ、イメチェン




時は学校の昼休み。アスカはヒカリ、レイとお弁当を食べている時である。
アスカの一言にヒカリ、レイの箸の動きがシンクロしたかのように止まった。
「アスカ、イメチェンって・・・何をするつもりなの?」
「うーん、特にこうしようっていうのはないけどさ・・・」
「それよりも、見た目が白人のアスカが和製英語を使うことに違和感があるわ」
「レイさん、そこツッコんじゃダメ」
アスカは腕組みをしてうーんと唸ると思いついたようにポンッと手を叩く。
「そうだ!髪型を変えてみよう!」
レイは本当に疲れたようにため息をつく。
「ありきたりね」
「ありきたり言うな!」
「なにかやりたい髪型でもあるの?」
「そうね・・・チマチマ髪型を変えるのもアレだから、この際思い切ってショートにしちゃおうかしら」
「ええええええ!!!!?」
「な、なによヒカリ大声だして・・・」
「そんな簡単に女の子が髪の毛を切るなんてありえないわよ!誤解を招くわよ!?」
「ど、どんな・・・」
「例えば、アスカが碇くんと別れたとか・・・」
「あははは!それはないわよ」
アスカは笑って否定するがヒカリは真剣そのものだ。レイも続く。
「そういえば、女の人が髪を切るときは失恋したときが多いって、母さんが言っていたわ」
「そんなの俗説だってば!別にいいじゃない自分の髪なんだし」
「アスカはそれで済むかもしれないけど、何も知らない周りからすると結果的に碇君に矛先が向くかもしれないわよ。一応、碇君に相談してみたほうがいいわ」
「そんな大げさな・・・」
「アスカ、私も兄さんには一言言っておいたほうがいいわ」
「わ、わかったわよ・・・」
どこか釈然としないながらもレイに言われた以上、アスカはシンジに相談をしようと決めた。


「髪を切りたいって?いいんじゃないかな?」
「・・・随分あっさりしてるわね・・・」
夜、アスカはシンジに相談したところ予想以上にあっさりした回答をもらった。あっさりしすぎて逆に拍子抜けしたくらいだ。
「まったく、レイもヒカリも大げさに考えすぎよ。たがか髪を切るくらいで」
「でも、ヒカリさんも母さんもそう言うから・・・」
こうなってしまうと逆にレイの立場がなくなってしまう。シンジは困った顔をするレイに助け舟を出す。
「母さんや綾波の言うことも僕はわかるよ。タイミングが悪かったら僕がアスカをひどく傷つけたからじゃないかって思うだろうし」
「考えすぎよ。そんなの」
「アスカはそうでも周りの人はそうは思わないかもよ?でも、今回は僕が知っているからちゃんと説明すればわかってもらえるよ」
「はあ、日本人ってなんでこうも面倒臭いのかしら」
「その面倒臭い日本人に帰化するでしょ?アスカは」
「レイ、言うようになったじゃない・・・」
思わず微笑みあう二人、シンジはそんな二人を見て嬉しく思った。
「ところでアスカ、ショートにするのはわかったけど、髪型をどんな感じにするか決めてるの?」
「それはまだね、良かったらリクエストがあったら言ってよ。レイもなにかあればお願い」
アスカの提案にレイとシンジは腕を組んで考え始める。
「うーん、僕はアスカならどんな髪型でも似合うと思うからな~~」
「ショートでやって欲しい髪型・・・思いつかないから雑誌を持ってくるわ」
「レイ、お願い」
こうしてアスカの髪型について話し合いの場が設けられた。


「たっだいま~」
ミサトが家に帰ってくると部屋の奥から怒声が聞こえてきた。
(あら?シンちゃんとアスカ喧嘩でもしたの?なんか久しぶりね。嬉しくないけど)
靴を脱いで上がるとアスカが飛び出してきた。
「ミサトおかえり!お願い!シンジとレイを止めてよ!」
「あり?」
喧嘩をしているのはシンジとレイだった。なんとも珍しい組み合わせである。
「だから、それは違うって言ってるだろ!?綾波も強情だな!」
「兄さんこそ、この良さがわからないなんて。兄さんは用済み」
あまりの険悪ぶりに何事かと思った。ミサトが部屋の中へ入ると。

「だから金髪ショートにはネコミミ、生足チャイナ服が至高だって何度言えばわかるんだよ!」
「いいえ、金髪ショートには黒眉毛に白衣に水着これこそ究極よ。百合百合展開も期待できるしテコ入れにもなる。それ以外はあり得ないわ」

思わずコケそうになった。
「ごめん・・・意味がわからないわ・・・」
「アタシが髪をショートにするっていう話からこういう展開に・・・」
「「ミサトさん!」」
ミサトに気が付いたレイとシンジがグッと詰め寄ってくる。
「ネコミミに生足チャイナ服!これこそ最高に萌えですよね!」
「いや、それショートヘア関係ねえだろ!」
「黒眉毛に白衣に水着、これこそ百合の王道ですよね」
「レイ、リツコのこと軽くディスってない?」


「「ミサトさん!どっち!?」」

「いいから二人とも病院行きなさい。できれば頭の」



そして次の週、ショートカットにイメチェンしたアスカが登校した。ロングヘヤーの彼女がいきなりショートカットにしてきたことにアスカのファンのみならず学校中の男子が衝撃を受けた。その姿を見てシンジがアスカを傷つけたという噂が学校中に広まった。もちろんそんなのは憶測の域もでないデマであるが、シンジの下駄箱にカミソリ入りの手紙が送りつけられたのだ。
事態を重く見たアスカとレイ、ヒカリはこのことはシンジもわかってくれていることであり、シンジがアスカを傷つけたという話は根も葉もない嘘であると彼女たちが説明したおかげでそのデマはすぐに鎮静化していった。
「アタシが髪の毛を切ったくらいでここまで学校中が大騒ぎになるとは思わなかったわ・・・」
「そうね、アスカのファンは多いから仕方がないわ」
「でも良かったじゃない。無事に噂が収まって」
昼、いつも通りに3人で昼食を取りながら今回の騒動を振り返っている。もし、シンジに何も言わずに髪の毛を切っていたらどうなっていたのだろうと想像しただけで身震いが起きる。
ふとヒカリが疑問を投げかける。
「でもアスカ、なんで髪の毛切ろうなんて思ったの?」
「レイを見ていて短い髪型もいいかなって思っただけよ。それに長い髪って手入れが面倒だから、これからもっと暑くなるしね」
アスカはそういいながら眩しそうに初夏の日差しに手をかざす。
「私は、アスカみたいな長い髪に憧れるわ」
「伸ばしてみればいいじゃない。レイは美人だからきっと似合うわよ」
「私、髪が耳にかかるのってあまり好きじゃないから・・・でも、長い髪に憧れもあるの。色々髪型を変えて楽しむことができるから・・・」
「レイさんもイメチェンしたいんだ・・・」
ヒカリの言葉にレイは静かに頷いた。レイが身だしなみについてここまで考えるようになった。それだけでアスカはとても嬉しく思う。どうにかして彼女のささやかな願いを叶えてあげたかった。
「じゃあ・・・レイもイメチェンしてみよっか♪」
レイは思わず遠い目をして彼方の空を眺めた。
「そう・・・ついに私もレディース○デランスのデビューするのね」
「しないわよ!」
「アスカ、ウィッグは校則で禁止されているわよ」
「そんなことするわけないじゃない。今の髪の長さでできるイメチェンをしてあげるわ」



「あ、綾波!?」
「ほえ~驚いたわ」
夜、シンジとミサトがネルフから帰ってくるとレイが出迎えてくれた。その髪型を見て思わず声をあげてしまった。レイはレモンイエローのリボンを頭に巻きつけているのだ。言葉で表せばただそれだけなのだが、リボンを巻いたことにより髪のボリュームがアップし全体的にふんわりとした髪型に仕上がっている。それだけでレイの雰囲気が神秘的なイメージの中に活発な生き生きとしたものが醸し出されるようになった。予想通りの反応にアスカはどこか誇らしげに微笑んだ。
「リボンの色を白にしようか迷ったんだけど、黄色にして正解ね。明るくなったし」
「そうね~白だと清楚なイメージが思い浮かぶけど、なんか冷たいイメージが先行しちゃうのよね~黄色ならレイの髪の色にも合うし明るいイメージもでるし、ピッタリじゃない」
「うん、良く似合っているよ」
まさかここまで誉められるとは思わなかったレイは白い肌を真っ赤に染め上げる。
「そ、そうかしら?」
「そうよ。自信持ちなさいレイ」
顔を赤く染めるレイにアスカは軽く肩を叩いた。
「アタシの次くらいにね」
(もしかして、私、喧嘩売られてるの?)


次の日、レイの髪型を見て予想通りというか、やはりレイのファンのみならず学校中の男子が大騒ぎをした。その意見は賛否両論あり、「今までのほうが良かった」という意見もあれば「今のほうがいい」という意見もあり、二大派閥が影で争う事態にまで膨れ上がったのだ。
「な、なんか・・・えらい騒ぎになってるね・・・」
あまりの騒動にシンジは思わずぼやいた。
「そらそうやろ。昔の綾波のこと知ってる連中からしてみればえらいことやで」
「リボンをつけただけでこうも変わるとはね。写真撮ったらまた飛ぶように売れるだろうな」
「本当、レイさんは変わったね。見違えるよ」
馴染みの彼らからも上々の評価である。余談ではあるが後日、ケンスケがレイをモデルに写真を撮っていると知れ渡るとその写真をどうしても欲しいという注文が殺到した。ケンスケは本人の了解の元で写真を売るようになった。売っている写真はレイだけでなくアスカもあったのは言うまでもない。

学校を代表する美女がそろってイメチェンをしたということで、彼女たちを密かに慕っていた信者の女子たちがこぞって同じ髪型を真似し始め、それを切欠に女子の間ではイメチェンをするのが密かなブームへと進化していった。髪を切る者もいれば、カチューシャなどのアクセサリーをつけるもの、校則違反をしないレベルで髪の色を染める者と様々だ。そしてその余波は学校内だけでなく、他校も巻き込んでいった。
その事態に一番驚いたのは他でもないアスカとレイ、本人たちである。
「まさか、こんなことになろうとはね・・・・」
「ええ・・・」
イメチェンで盛り上がる同級生やクラスメイトを尻目にアスカとレイは疲れ切ったように呟いた。
「そりゃそうだよ。二人はなにかと注目されているしね」
「アンタはのんきね・・・」


こうして何気ない一言から始まったイメチェンブームは日を追うごとに連れて少しずつではあるが鎮静化していった。イメチェンをしてそのままでいる者もいれば元の髪型に戻す者もいる。そんな中でレイとアスカの近くで唯一イメチェンをしなかった人物がいる。
ヒカリだ。
「ねえ、ヒカリはイメチェンしないの?」
「え?」
アスカに言われてヒカリは顔を上げる。
「私はいいわよ。朝忙しくて凝った髪型なんてやっている時間ないし」
「え~~~!ヒカリ、おさげやめて髪を下すようになってから髪型変えてないじゃない。そろそろ変えてもいいんじゃない?」
「私も、そう思うわ」
「いいわよ。面倒なだけだし」
ヒカリは興味がなさそうに答えるが、レイが何気ない爆弾をぶちまける。
「でも、鈴原君のリクエストがあれば、応えるでしょ?」
「ぶっ!」
ヒカリは思わずむせ込む。
「レ、レイさん!あまりそういうことは!」
「どうして?いいじゃない。愛する人の思いに応えることのどこがいけないの?」
「おお~~~レイもっと言え~~~」
「もう!アスカったら!」
「でも、鈴原君が言えば・・・変えるでしょ?」
「そ、それは・・・まあ・・・」
真っ赤にしながら頷くヒカリ、その様子を見てレイとアスカはニヤリとしてみせた。


夜、ヒカリが自室で本を読んでいると携帯電話が鳴った。アスカからだった。
『もしもし、ヒカリ?今いいかしら?』
「ええ、大丈夫だけど」
『シンジから聞いたわよ。鈴原が好きな髪型っておだんごヘヤーなんだって!』
「ええ!?アスカ!?」
『早速やってみなさいよ!じゃあね~』
言いたいことだけ言うとアスカは電話を切った。部屋には携帯電話を持ったヒカリが呆然としている。
(おだんごヘヤーってあの今売り出しているアイドルの髪型のことよね。そういえばトウジがその子が出る番組をよく見ているって碇君が言っていたな。なんか手間がかかりそうだけど・・・トウジ、喜んでくれるかしら?)
ヒカリは本を閉じるとパソコンを立ち上げてネットにつなぎ始めた。

翌日、ヒカリは髪型をおだんごヘヤーにして登校してきた。ピンクのリボンを巻きつけて可愛らしい髪型に仕上がっている。
「あらあら!ヒカリ可愛いじゃない!」
「ええ、よく似合っているわ」
アスカとレイに褒められて嬉しく思うヒカリ。シンジ、カヲル、ケンスケからもよく似合っていると褒められた。そして・・・意中の人物が教室に入ってきた。
「おはよ~さ~ん」
「お!来たなトウジ」
「ん?なんや?」
「トウジ君、洞木さんを見てみなよ」
カヲルに言われるがままヒカリを見て、トウジは思わず絶句した。ヒカリが恐る恐る近づく。
「髪型、変えてみたんだけど・・・どう、かな?」
照れの中に一抹の不安を見せながらトウジに聞く。
トウジは言う。
「ヒカリ、よく似合っとるで」
「・・・うん・・・・」
誉められて恥ずかしいという思いと嬉しいという思いが交差する。
「ヒカリ、その髪型・・・・」

「三国志やろ」

「違うわ!」


「何言っているんだよトウジ!」
シンジが抗議する。
「項羽と劉邦に決まってるだろ!?」
「それも違うわ!」
「なに言ってんだよ碇、三国○双だろうが」
「いやいや、ケンスケ君。水滸伝に決まっているじゃないか」
「中国の歴史から離れなさいよ!」



というわけで
「髪型を戻したわ」
ヒカリはおだんごを解いて普通に髪を下している。彼女の前には4バカカルテットの死屍累々が転がっていた。
「ごめんヒカリ・・・」
「言葉もないわ・・・」
レイとアスカが深々と頭を下げる。
「もういいわ。自分にはそういうのが似合わないというのがわかっただけでも」
「そんなこと言わないでヒカリさん。アレがちょっとアレなだけだから」
「そうよ!バカどもがアレなだけよ」
ぶっちゃけフォローになってないと内心思う。だが、心底自分のことを心配していることは十分わかっている。ヒカリはいい友達に巡り合えたとつくづく思った。
「でも、その髪型に見慣れたからかしら?ヒカリはそういう落ち着いた大人の雰囲気を出す髪型が一番似合うわ」
「大人の・・・雰囲気?」
アスカの言葉にレイが首をかしげる。
「レイはそう思わない?ヒカリが一番大人っぽいっていうか」
「ヒカリさんは、大人なの?」
レイの言葉にヒカリは思わず苦笑いを浮かべる。
「まだ大人とは言えないわ。自分一人で色々やっているからそう見えるだけよ。レイさんだって、すぐにできるようになるわ」
「ひとりでできる・・・それが大人なのね」
ヒカリの言葉にレイは真剣に頷いた。



「「ただいま~」」
「おかえりシンジ、ミサト」
土曜日、ネルフから帰るとアスカが出迎えた。
「レイは?アスカと一緒じゃないの?」
「昼間は一緒にユウタの面倒を見に行ってたけど、帰りにひとりで行きたいところがあっていってそれっきりよ。そういえば帰り際にリツコと話をしていたけど」
時計を見ると夜の8時を回っている。この時間、用事がなければ家にいるレイからすれば異常なことだ。
「レイのことだからデートにでも行っているんじゃない?」
「アタシが知る限りじゃそれはないわね。異性に興味がないわけじゃないけど、今は女同士でワイワイするほうが楽しいって」
「事故とかに巻き込まれていなければいいけど・・・」
その時、ドアが開く音がしてレイが帰ってきた。
「ただいま」
「レイ、随分遅いじゃない。どこ行ってたのよ?」
「うふふ・・・ちょっとね」
レイは軽く笑いながら答える。
「綾波、どうしたの?なにか雰囲気が今朝とは違うというか」
「うふふ・・・兄さん、わかる?」
レイの変化に3人はどこか言い知れぬものを感じる。レイの何気ない仕草に女の艶のようなものを感じるのだ。
「レイ、一体どうしたのよ?」
恐る恐るアスカが尋ねると、レイははっきりと言った。
「私、大人の女になったの」
N2爆雷並みの爆弾発言に凍った。
「お、大人の女って・・・まさか!」
「ちょっとレイ!どういうことなのよ!」
「あ、綾波!?」
「何をそんなに驚いているの?大人の女性なら、誰でも経験することじゃない?」
レイは頬を赤く染めながら嬉しそうに言う。
何があったのかは言うまでもなさそうだ。ミサトは顔を青くしながら震え、アスカは口を手で覆い、シンジは頭を抱え込んだ。
「レイ、あなたまさか・・・・」
「ミサトさんが考えている通りです」
「レイ!アンタ自分が何を言っているかわかってるの!?
「わかっているわ。大人になるために必要なことだっていうのも」
「綾波・・・どうして・・・」
「大人の女になりたかったの。私」

「私ね?今日・・・・」








「ひとりでおつかいに行けたわ!」



「ズコーーーーーーーーーー!」

3人は仲良く椅子から転げ落ちた。


前日、レイが部屋でくつろいでいるとテレビの音が部屋の中にまで聞こえてきた。
『アキコちゃん、はじめてのおつかい。頑張ったね!』
『これでちょっぴり大人になれたね!』

(おつかい、ひとりで行けるようになれば、大人になれるのね・・・)

ひさしぶりにオチがレイでついたような気がします。
会話でもさりげなくリツコをdisってみたり、レイ節(?)は順調でした。

素敵なお話を書いてくださったあぐおさんに是非感想をお願いします。

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