夢は逃げない。逃げるのはいつも自分自身だ
高橋歩





「王手!」
「むむっ!」
シンジの威勢の良い掛け声と共にパチッという軽快な音が響く。
シンジは冬月に誘われて冬月の部屋で将棋をうっていた。この一手は将棋を得意としていた冬月をも唸らせる。やがて捻る出すように冬月は負けを認めた。
「負け、ました・・・」
「ありがとうございました」
シンジは深々と頭を下げた。冬月は負けた悔しさを見せながらもどこか清々しい顔をしている。
「しかし、シンジ君は強くなったな。初めの頃は駒の動かし方もおぼつかなかったというのに」
「最近学校でよくトウジ、鈴原君と指したりしているのですよ。彼、おじいちゃん子だったみたいで祖父から教えてもらったそうですよ。まだまだ彼には勝てたことないですけど」
「そんなに強いのかね!?それはいい話を聞いた」
冬月は嬉しそうに目を細めた。事実トウジは将棋に関して言えばかなり強い。賭け事の大好きだった祖父から手ほどきを受けたのだが、トウジの祖父もまたプロ顔負けの強さを持っていたのだ。云わば英才教育のようなものだ。その教育のおかげで将棋に関して言えば学校はおろか地域の中でもかなりの強さを誇っている。そんなトウジを一番脅かしているのはやはりシンジである。
シンジの場合は腕というより天性の勝負強さであろう。ここぞというときに発揮されるシンジの勝負強さは使徒戦のときから際立っていた。一言で言えば強運の持ち主でもある。それは命がけで戦う者としての“正しい素質”ライトスタッフを持っているのだ。それを一番わかっているのはミサトでもある。だからこそシンジにミサトは使徒と戦っていた頃から密かに期待を寄せていたのだ。
「そういえば、京都へ行ってきたのだったね?どうだったかね?」
「はい、とてもいい街でした」
「そうかそうか・・・」
冬月は少しだけ考えると、シンジに話しかける。
「ところでシンジ君は、将来のことを考えているのかい?」
「将来、ですか?」
「進路だよ。進路。どのような職につきたいのかね?」
冬月はこのとき教師の顔をしていた。シンジは苦笑いを浮かべる。
「実は・・・よくわからないんです。大学に行こうか、それとも専門学校に行こうか。それすら悩んでいます」
「専門学校に通うなら何をやるつもりだね?」
「よく、わかりません・・・」
「そうか・・・」
冬月は一息つく。
「シンジ君は料理が得意だったな?」
「え?はい」
「私の古い友人に京都で板前をしている者がいて彼の店は大正時代から続く店なのだが、跡取りがいなくて彼の代で店をやめてしまうかもしれないというのだ。そこでだ、シンジ君がよければそこへ修業に行ってみないかね?本格的な京料理の店だ」
「京料理ですか・・・でも、僕たちチルドレンは第三東京から出られないんじゃ・・・」
「その心配は無用だよ。もうすぐ、君たちはエヴァに乗れなくなる。詳しくは言えないのだが・・・そうすればお役御免だ。お、もうこんな時間か、さっきの話は別に断ってくれてもいい。ゆっくり考えなさい」
冬月は軽くシンジの肩を叩くと部屋を出て行った。シンジはじっと基盤を見つめていた。




進路の選択を




夜、シンジはベッドに横になりながら天井に腕を伸ばし、手のひらを握ったり開いたりして手の動きをぼんやりと見ている。シンジの心の中に冬月の問いかけが繰り返し響いていた。冬月の何気ない会話はシンジのコンプレックスを直撃していたのだ。

『将来やりたいことなんてありません。だから、いつ死んでも構いません』

それは昔の自分自身が『将来なりたいものはないか?』という質問に対して自ら口にした台詞だ。当時は本気でそう思っていた。今は違うとそう言い切れる。
しかし、自分が何をやりたいのか?という質問に対しては何も答えることが未だにできない。ありきたりに言えば“夢がない”のだ。シンジの身の回りの友人たちは誰もが自らの夢を嬉々として語れる。それがシンジには羨ましくて仕方がない。

トウジは医者、ケンスケはカメラマン、カヲルはネルフ職員となるべく防衛大に行くことを決めている。
他の友人はどうだろう?
「獣医になりたいんだ。なれるかどうかわからないけどな」
「俺は音楽でビッグになってやるぜ!」
「親父が消防士だから、俺も消防士になりたいんだ。そしてオレンジを着るぜ」
このように誰もが具体的に自分の夢を語れるのだ。だが、シンジはそれが何も言えなかった。
この数時間前、シンジはレイにも同様に将来やりたいことについて聞いている。
『綾波、綾波は将来なりたいものってある?』
『なりたいもの?あるわ』
『へえ、何になりたいの?』
『そうね、私は・・・』

『私は貝になりたい』

『暗すぎだろ!!』

もちろんこれは冗談である。
『今のは冗談だけど、将来なりたいというよりもやりたいことがあるの。私はもっと色々なことを知りたい。勉強したい。だから当面は大学に入学することが目標ね。そのあとのことはゆっくり考えるわ』

レイは人から言われればそうしていくという生き方をしてきた。しかし、最近はアスカやシンジ、周りにいる人たちの影響もあって自ら選択していくようになったのだ。レイでさえこうして自分のやりたいことをはっきりと言えるのに自分は何も言えない。目の前にある課題をこなしていくのに精いっぱいなのだ。
(僕は・・・何も成長しちゃいないじゃないか・・・)
そう思う自分が情けなかった。
コンコン。ドアをノックする音がする。
「はい」
声をかけるとアスカがバスタオル一枚の姿で部屋に入ってきた。
「ヤッホー」
「アスカ、そんな恰好で部屋に入ってこないでよ」
「いいじゃない。夫婦なんだし。それよりお風呂あいたわよ」
「うん、わかった」
シンジはベッドから起き上がると着替えを出す。部屋から出ようとアスカとすれ違ったときだ。
「ねえ、なにか悩み事でもあるの?」
いきなり核心をつかれて思わずドキッとしてしまう。シンジはできるだけ平静を装った。
「いや、別に大したことじゃ・・・」
「シンジ」
二つの蒼い目がシンジを射抜く。その表情は厳しかった。
「アタシに隠し事しないで。どんな些細なことでもいい。アタシに話しなさいよ。でなきゃ・・・寂しいじゃない」
その声は親に置いて行かれた子供のように寂しげだった。
「わかったよ。隠すつもりじゃなかったけど、お風呂から出たら話すよ。少し待ってて」

数分後、シンジはベッドに横になりながら自分の胸の内を話した。アスカはシンジの腕に抱かれながらその話をじっと聞いている。
「なるほどね・・・アンタらしいわ。でも、嬉しい」
アスカは話を聞き終えると嬉しそうにシンジに語りかける。
「え?」
「だって、アンタはいつも人のためにしか行動しないじゃない。自分自身のために真剣じゃなかったのよ。そのアンタが自分のためにそこまで悩むなんて大した成長じゃない。リツコもお義父さまも、ミサトもすごく心配していたのよ。周りに流されてこのまま知らず知らずのうちにネルフに居続けるじゃないかって・・・」
「そんな!僕は・・・そうかもしれない」
「だから嬉しいのよアタシは。もっと悩んで悩みぬいて。それで出した答えなら、アタシはどんな答えも受け入れるわ」
アスカはシンジの頬を撫でながら嬉しそうに話した。
「アスカは・・・将来やりたいこととかないの?」
「アタシ?もちろんあるわよ」
「なに?」
アスカは指でシンジの唇に触るとゆっくりと指を下へと動かし、心臓の位置で指を止めた。
「シンジのお嫁さん」
「アスカ・・・」
「アタシの隣にいつもシンジがいて、シンジの隣にはいつもアタシがいること。それはとてもとても大事なことなの。シンジがいてくれたら・・・アタシ、なにもいらない」
アスカは目を潤ませながらシンジの胸に顔を埋めた。それに答えるようにシンジも優しく抱きしめた。


病院の一室。
個室の部屋にはいたるところに花が飾られてあり、そこを訪れる人の多さが伺える。その中央にあるベッドの上でリツコは静かに読書を楽しんでいた。
もうすぐ出産予定日ということで、まだ働けると言い張るリツコを半ば強引にゲンドウに入院させられたのだ。入院当初は何を大げさなと怒ったが、これも不器用な夫からの愛情表現なのだろうと今は受け止めている。

コンコン

「はい、どうぞ」
リツコが声をかけるとシンジが部屋に入ってきた。
「あら、シンジじゃない。今日はどうしたの?ネルフじゃないの?」
「母さんに相談したいことがあって今日は少し早めに上がらせてもらったんだ」
「なにかしら?」
「ちょっと、進路のことで悩んでてさ・・・」
「そう、もうそんな時期になるのね」
「それで、母さんは・・・どうして研究者になろうとしたの?」
「そうね・・・」
リツコは今の自分の道を決めた遠い昔の自分を思い出す。
「私の母がMAGI構成理論の提唱者なのは知っているわね?母は偉大な研究者だったわ。だから私も母のようになろうって思ったのが切欠ね」
「そうなんだ」
「でも、それは上辺だけの理由」
「えっ?」
「本当は、母を超えたかったのよ。研究者としても、女としても」
シンジはリツコの顔を見る。リツコは続けた。
「母は忙しい人でね。家のことなんてほとんどお手伝いさんまかせだったの。研究に没頭しすぎて、学会で異端児扱いされて、家庭のことすら顧みずに父に見切りをつけられて・・・実はね、母の料理なんてほとんど食べたこともないの。学校の行事とかも父も母も来てくれたことなんてなかった。そんな母を憎んだこともあったわ」
「家のことは置き去りでも研究者としては偉大だった。そんな母を尊敬もしていたの。だから、私がこの道を選んだのは母を超えたかったから・・・元々こういう仕事に憧れてもいたのもあるかも。どう?参考になったかしら?」
そう語り終えたリツコは母親の顔をしていた。
「うん、ありがとう」
シンジは席を立つ。
「待ってシンジ」
部屋を出ようとしたところをリツコに呼び止められた。
「なに?母さん」
「いいこと?十年後の自分が、どこで、何をしているのか?それを決められるのは自分自身よ」
「未来は待つものじゃないわ。自分で創り上げるものなの」
強い意志を込めて語ったリツコの台詞はシンジの心の奥に染みわたる。リツコはシンジのことを全面的に信頼しているからこそ言えたのだ。そのことがシンジにもわかった。
「ありがとう。母さん。・・・僕、母さんの子供になれて良かったよ」
「うふふっ・・・バカね」
「あ、そういえば、そろそろ予定日だね。女の子だったよね。もう名前は決めた?」
「ええ、冬月副司令が考えてくれたわ。シンジやレイ、アスカのように優しい子に育ってほしい。そう願って優しい子と書いてユウコに決めたわ」
「ユウコか・・・いい名前だね」
「そうね・・・うっ・・・くっ・・・」
急にリツコが苦しみだす。
「母さん?」
「シンジ・・・人を、呼んで・・・」
「た、大変だ!」
シンジはナースコールを押してナースを呼んだ。


「シンジ君!リツコは!?」
病院にはミサトがアスカとレイを連れて来た。リツコが予定日より早く産気づいたということでネルフへ連絡をいれたのだ。ネルフに連絡すれば普段連絡の取れないゲンドウにも話は伝わるからだ。
「今、分娩室に入ってます。父さんは?」
「司令は今防衛省長官とテレビ会議をしているから病院に来るのは遅れるわ。終わり次第冬月副司令が連れてきてくれる手筈になっているわ」
「そうですか・・・」
その話を聞いてアスカトレイが憤慨する。
「なによそれ!奥さんが出産で大変なときに仕事だって!?」
「お母さんは心細いはず・・・仕事を投げてきてもいいのに」
「それは違うわ。アスカ、レイ」
ミサトの言葉にアスカとレイは納得ができない顔を向ける。
「リツコなら、もし司令が仕事を放り投げてきたら帰れって言うはずよ。それに、出産のとき男は見ていることしかできないの。痛みを分かち合うことも苦しみを変わることもできないわ。お互いがお互いのことを信頼して自分のやるべきことをやっているのよ。決してリツコのことを軽く見ているわけじゃないわ」
「でも・・・」
「それに、リツコにはあなた達が近くにいるじゃない。それで十分よん」
ミサトは二人にウィンクして場を和ませる。落ち着きを取り戻したアスカとレイは静かに備え付けられた椅子に座った。シンジはじっと分娩室につながる廊下を眺めていた。

リツコが分娩室に入って数時間が経過した。分娩室からは時折リツコの苦しそうな声がする。その間シンジ、アスカ、レイの3人は何度もトイレに行き、売店で飲み物を買ったりなどと落ち着きがない。ミサトはじっと椅子に座ったまま動かない。この時間の一分一秒が彼らにとって何時間にも思えるほどだ。
廊下を歩く音が聞こえ、扉が開いた。ゲンドウと冬月が病院に到着した。
「リツコは・・・?」
「分娩室にいます。まだ、生まれてはいません」
「そうか」
ゲンドウと冬月は分娩室に一番近い席に座る。アスカとレイは落ち着いた二人の姿を見て流石はネルフのトップと感心したのだった。だが、二人の手はこのとき微かに震えていたのだ。それを見せないように二人は必死に自分を抑えた。
ゲンドウが到着して数十分経過したときだ。分娩室から大きな赤ん坊の声がした。思わずその場にいる全員が立ち上がる。分娩室からナースが生まれたばかりの子供を抱えて歩いてきた。
「おめでとうございます碇さん」
ナースはゲンドウに赤ん坊を差し出す。ゲンドウは恐る恐る受け取った。毛布でくるまれた赤ん坊は疲れていたのかすやすやと眠っている。冬月はゲンドウの肩越しにその寝顔を見る。
「やったな、碇」
「はい・・・」
「かわいい女の子じゃないか。リツコ君に似たのかな?」
「はい・・・碇ユウコ。いい名前です」

「早産でしたが体重も身長も問題ありません。元気な男の子ですよ」

「「え?」」
「え?」

違う。何かが違う。冬月はせき払いをひとつすると改めて聞く。
「あの、この子の性別は・・・女の子ではないのかね?」
「いいえ?男の子ですよ」
「では、ついているのかね?・・・アレが」
「パーフェクトです」
ナースはそれだけ言うとお辞儀をして戻っていった。
「え?話を聞いた限りだと女の子って聞いていたけど・・・・」
「それはアレね。検査の時に足が影になってアレが見えなかったのよ。そういうのってたまにあるみたいよ」
アスカの言葉にミサトが答える。ゲンドウと冬月は呆然としている。
「碇、女の子じゃないそうだぞ」
「・・・はい、聞きました。ところで冬月」
「お前が女の子というから女の子の名前しか考えていないぞ」
「そうですか・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「ユウタでいいな」
「・・・ああ」

「適当すぎるだろ父さん!!」

碇ユウタ 誕生。


一週間後、母子ともに問題もなくリツコの体調も回復したため退院ということとなった。迎えにはアスカとレイが来ている。ゲンドウがどうしても外せない会議があるということで自ら彼女たちに頼んだのだ。
病院の待合室でリツコの腕に抱かれる新生児をアスカとレイはまじまじと眺めた。
「かわいいわね~羨ましいわ」
「あら、シンジ君と結婚するでしょ?アスカもすぐに同じ立場になるわよ」
「でも、早くて後1年よ?先が長いわ」
「そんなこと言ったら私の立場がないじゃない。レイ、あなたの弟よ。可愛がってあげてね」
「弟・・・新しい絆・・・嬉しい」
レイは愛おしそうにユウタの頬を撫でた。ユウタはくすぐったそうにその身を震わせた。
「私、この子が生まれる瞬間に立ち会いたかったわ。どんな風に生まれるか想像もできないから・・・」
「レイ、大丈夫よ。あなたにもすぐにわかるはず。産みの苦しみも・・・喜びも・・・」
「やっぱり、口から卵を吐き出すって苦しいのね・・・それを遠くに飛ばすなんて・・・私には無理だわ」
「レイ?その知識はどこからなの?」
「ドラゴ○ボール」
「私はピッ○ロ大魔王じゃないわよ!」
「リツコ、もう手続きは終わったでしょ?早く帰ろうよ。シンジが出産祝いに料理を振舞うんだって朝から張り切っていたから」
「そうね、シンジの料理は久しぶりね。楽しみだわ」
こうして3人は実家へと帰っていった。

「「「ただいま~」」」
3人が家に着くと、客間には冬月とゲンドウ、ミサトと日向、青葉、マヤの姿もあった。
「あら、みんなそろって・・・ありがとう」
「リツコおかえり。シンジ君が誘ってくれたから。これ、みんなからの出産祝いね」
「先輩!おめでとうございます!」
ミサトはそういってリツコに集めた祝い金を、マヤが花束を渡した時だ。シンジが客間に姿を見せた。
「母さんおかえり。早速料理を持ってくるね」
シンジは全員に料理を持ってくる。それはリツコに配慮してからなのか小鉢に少量盛り付けてあり、いくつも品数を揃えていた。
「うわ~随分と張り切ったわね」
思わず感嘆の声を上げるアスカ。
「これは・・・」
「ふむ・・・」
並べられた料理にはあるテーマがあった。それがなんなのか冬月とゲンドウにはすぐにわかった。
「シンジ、これはどういうことだ?」
並べられたのはどれも伝統的な京料理の数々であった。シンジは座って姿勢を正す。
「これは、僕の決意表明・・・みたいなものです」
「え?どういうことなのシンちゃん」
シンジはまっすぐ強い決意の込めた目でそこにいる全員を見る。
「僕は、今まで自分のやりたいことがわかりませんでした。ただ、漠然と人の役に立ちたい。人から喜ばれることがしたい。そう思っていました。そんな時でした。冬月副司令から声をかけていただいたのは・・・初めて料理を教わった時は先生から必要だからと言われて覚えて・・・でも、それだけでした。ここに来てから・・・僕の料理を食べて喜んでくれる人がいる。それが嬉しくて料理を頑張ってきました。僕は、自分が作った物で人を笑顔にしたいです」
「では、シンジ君。私からの話は受ける。ということでいいのだな?」
冬月の問いにシンジは静かに頷くとまっすぐ前を見る。
「僕・・・いえ・・・」

「俺、料理人になります」



深夜、ゲンドウ宅から帰ってきたシンジはベランダで街を見下ろし夜風に当たっていた。初夏の香りがすぐそこまで来ているのをシンジは肌で感じる。
「まだ起きてたの?」
声をかけられて顔を向けるとアスカが窓際に立っていた。アスカは何も言わずにベランダに出るとシンジと腕を組み、顔を肩に預けながら街を見下ろす。
「俺、料理人になりますだなんて、ちょっとカッコつけすぎじゃない?」
「そう、かな?」
「そうよ。でも、嬉しい」
アスカはシンジの腕に顔をこすり付ける。シンジは微笑ましくそれを見ると、アスカを自分の腕から離して彼女と向かい合う。
「ねえ、アスカ」
「なによ?」
「高校を卒業したら、僕はすぐに京都の店に泊まり込みで修業に入る」
「でしょうね。それが?」
「そこに、アスカも付いてきて欲しい」
シンジはアスカの目を見て言う。アスカは思わず目を見開いた。
「なにそれ?プロポーズ?」
「えっ!?そ、そういうつもりじゃ・・・いや、そうなのかな?」
「アンタねえ、こういう時くらいビシッと決めなさいよ」
「ゴ、ゴメン・・・」
決意を込めた男の顔を見せた次には情けないいつもの顔に戻る。それがシンジがシンジたる所以であるだろう。ふと、アスカは指輪を受け取った時のことを思いだす。思えば、ちゃんとしたプロポーズなんて言葉で言ってもらえてなかった気がする。言葉にしなくてもわかり合えたし言いたいこともわかった。指輪を差し出されて「受け取って欲しい」ただそれだけだった。アスカにはそれで十分だったから何も言わずに受け取った。そして今、ちゃんとした言葉でもらえた。アスカの目に涙がこみ上げる。でも、流してはいけない。次に見せる自分の笑顔は今までの人生の中で最高のものでないといけないから。

「愚問・・・ね・・・アンタがいれば・・・どこにだって行くわよ」

ほんの少し涙目になりながら精一杯微笑むその笑顔は、シンジが見てきたなかで最高の顔だった。シンジがアスカを抱きしめた時、アスカは声を上げて泣いた。
「アスカ、一緒に行こう」
「うん・・・うん!」

ガラッと窓が開く。そこには拍手をしてみんながいた。
ゲンドウ「おめでとう」
冬月「おめでとう」
レイ「おめでとう」
ミサト「おめでとう」
リツコ「おめでとう」
トウジ「おめっとさん」
ケンスケ「めでたいなぁ」
ヒカリ「おめでとう」
加持(幽霊)「おめでとう」






シンジ「えっ?なにこの展開。聞いてない」
アスカ「なんで加持さんちゃっかり化けてでてきてるの?」
加持「え?」

あとがき
この世界では加持さんは亡くなっています。友情出演です。

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