私はきっと幸せな日々を過ごしていく。
愛する人の手をとりながら。
ひとつ幸せの欠片が満たされるたびに
遠い場所に旅立ったあなたの顔が浮かんでは消えるだろう。





雪が積もった墓地に一人の、紫のセミロングの髪をした女性が歩いている。
ミサトだ。彼女は腰まで伸びていた髪を肩のところまで切っていた。
ミサトはひとつの墓石の前で足を止めると降り積もった雪を払い落とした。墓標にはこう書かれている。
Kaji Ryouji
加持の墓だ。
ミサトは雪を払い落とすと持ってきた花束を前に置き、線香代わりにと火のついた煙草を刺した。
ミサトは加持の名前を見ながら思い出す。
彼と出会った時のこと、愛しあった日々、別れを告げて逃げたあの日、再会しまた彼の温もりに抱かれたあの夜、そしてもうこの世にはいないとわかった時・・・
それらの思い出が走馬灯のように蘇っては消えていった。
ミサトは手袋を外すと左手の薬指にはめられた真新しい指輪を見せる。
「見て加持君。綺麗な指輪でしょ?誰からもらったと思う?」
「うふふ~相手は日向君。あんたが昔、生真面目すぎて面白みがないって酷評した彼からよ。彼からプロポーズされて・・・私、受けたわ」
「私ね、結婚するの」
「あんたと一緒に見たかった景色・・・叶えたかった夢・・・彼に託すわ。私ね?幸せになるから。絶対、絶対に幸せになるから!」
「・・・だから・・・見守っていてね・・・」

ミサトは思う。きっと彼ならこう言うだろう。

『幸せになれよ。葛城』

そう懐かしい声がミサトの耳に入った気がして思わず振り返る。だが、彼女の前にはモニュメントと雪だけだ。多分彼はここにいるのだろう。ミサトはなんとなくそう思った。
風が吹き抜ける。雪の積もった場所にも関わらず、その風はどこか温かった。

綾波レイ育成計画

世界のというほどでもない中心でアイをまあまあ叫んだわけでもないケモノ 
略して“せかちゅー”



ネルフの会議室ではチルドレン5人が頭を抱えて座っている。
「み、みんな、諦めちゃダメだって・・・」
シンジが顔を上げてみんなを励ますが・・・
「そうは言っても・・・ねぇ・・・」
「あかん・・・これは想定外や・・・」
カヲルとトウジは既に匙を投げている。
「こればかりは、どうしようもないわ」
レイは深くため息をつく。アスカは勢いよく立ち上がった。
「なによ!なによ!なんなのよ!」

「アタシが音痴だからってそこまで露骨な態度示さなくてもいいじゃない!」

話の顛末はこうである。
ミサトが日向マコトと結婚することが決まり、その披露宴の席においてチルドレンみんなでひとつ余興をしようということとなった。
何をやろうかと話し合った結果、みんなで歌を歌おうという結論になったのだ。ただ、それだと面白くないということでシンジがチェロ、カヲルがピアノ、トウジがドラムを演奏しアスカとレイが歌うこととなった。
歌う曲は名曲『Fry me to the moon』
レイの一番好きな曲だ。他の4人も同様である。

そこまでは良かった・・・

いざ音合わせという段階になって発覚したのが“アスカの音痴が想像以上に進化していた”という大問題だ。あれ?ちょっとズレてるんじゃね?のレベルからジャイアンへとクラスチェンジしていた。
ここで疑問が生じる。過去に何度かアスカはヒカリとカラオケに行っていたはずである。当然その疑問に行き着いた。
「せやけど、惣流と委員長は何度か一緒にカラオケ行ってたやないか。なんで何も言われへんかったんや?」
「それはアレだね。洞木さんのことだから言えなかったんじゃないかな」
「ヒカリさんは・・・このジャイアンリサイタルを聞き続けたのね・・・尊敬するわ・・・」
「ううぅぅ・・・しんじぃ~みんながいじめるよ~」
「ごめん・・・流石の僕もこれはフォローできない」
さて、どうしたものかと考えるが、流石にジャイアンクラスの音痴を短期間でどうにかしろというほうが無理を通り越して無茶だ。余興を他の物にすればいいのではないかという意見も当然の如く出た。しかしそこはアスカがどうしてもやりたいとだだをこねていたのだ。今は全員が頭を捻って“アスカの音痴をどう克服させるか”という議題を表にだして“どう誤魔化すか”という議論をしている。
「これなら・・・いけるかもしれない・・・」
「なに?なんなの!?レイ!」
レイの何気ない呟きにアスカはひとつの光明を見出そうとする。
「そうね、まずは何回も音源を聞くの。何度も何度も」
「それはやってるわよ!」
「起きている時間のほとんどをそれにあてるのよ。そうすることで自然と頭の中に入ってくるはず」
「今まで以上に聞き続けるのね・・・」
「音が頭の中に入ってくれば当然体もそういう風に対応してくるはず・・・そうすれば・・・」
「そうすれば・・・?」

「自然とネイティブな英会話ができるようになるわ。あ、この会話スピードラーニングでやったって」
「スピードラーニングの話じゃないわよ!」
「グーデンモーゲン(笑)」
「喧嘩売ってんの!?」
「綾波!お願いだから中の人の悪口はやめて!」


今度はカヲルが手をあげた。
「惣流さん、こういうのはどうかな?」
「なんか、嫌な予感しかしないんだけど・・・」
「惣流さん、君の主義に反するかもしれないが、まずはいっぱい食べて練習して体を太らせるんだ」
「嫌よ!なんで太らなきゃいけないのよ!」
「世界的に見れば歌のうまい歌手は太っている人が多いじゃないか。特にオペラ歌手とかがそうさ」
「・・・確かにそうね」
「だから、まず体を大きくさせて歌唱力をつけるのさ。そうすれば・・・」
「歌唱力はわかったわよ。それが音程とどう関係するのよ?」

「きっと君のことを奇跡の歌声の女性ヴォーカリストとみんな思うじゃないか!」
「誰がスー○ン・ボイルよ!」

「ま、いざとなれば僕がアカペラでもう一曲歌えばいいさ」
カヲルは髪をかきあげながら言う。その言葉にトウジが頷いた。
「せやな、それもまた一興やろ。お口直しに」
「・・・ヒカリに言いつけてやる・・・」
「すんまへん」
「カヲル君、何を歌うつもりなの?」
「千の風になって」
「やめてよ!死亡フラグじゃないか!」
「じゃあ万の土になって」
「変わらないよ!どっちみち人死んでるじゃないか!」
レイはパンパンと手を叩いた。
「どのみちアスカの音響兵器をどうにかしないと話は進まないわ」
「音響兵器ってアンタねぇ・・・」
「残り2ヵ月のうちにあらゆる手を尽くしましょう。もちろん私たちの練習も忘れずに」
アスカ以外の全員が頷く。レイ、カヲル、トウジの3人は引き続き音合わせに専念し、シンジはアスカにつきっきりで練習をさせた。
そして最後の音合わせの日にはどうにか“人に聞かせられる程度”にまで仕上がることができたのだった。
そこにはシンジの涙なしでは語れない献身的な練習がある。もうしばらく日にちがあればより腕を上げることが可能では?というのもあった。
「もう少し早く動いていれば、アスカ君はもっと腕をあげていたかもしれないね」
その疑問をカヲルが何気なく呟く。シンジは哀愁漂う笑顔を送って答えた。
「無理だよ。聴覚的に僕が」


「リツコ~クッキー買ってきたから一緒に食べない?」
リツコの部屋に紙袋を持ったミサトが入ってきた。リツコは丁度研究が行き詰っていたのか眼鏡を外すと大きく息をついた。
「そうね、ちょうどよかったわ。マヤも少し休憩しましょう」
「はい、コーヒー入れますね」
「マヤちゃん私がやるから休んでて」
ミサトの思いがけない台詞に思わずマヤの目が点になる。
「え?葛城さんがですか?」
「なによ~その目は。私だってコーヒーくらい入れるわよ。それに新しいコーヒー豆を買ってきたから試したくてね」
「はあ・・・」
「マヤ、ミサトの言葉に甘えましょう。どうせ寿退職してネルフにいるのも長くないでしょうから」
「・・・まだ辞めないわよ・・・」
コーヒーを飲みながらクッキーを摘まむ3人。
「このクッキーおいしいですね。どこで売ってたんです?」
「駅前に輸入専門の店があるでしょ?あそこよ」
「へ~今度行こうかな」
「このコーヒー、いつものと違うわね」
「流石リツコね。舌が肥えてるじゃない」
いつものように平凡な会話をする3人。リツコはコーヒーカップを置くとカレンダーを見てしみじみと呟く。
「そういえば、もうすぐね」
「なにが?」
「なにがってミサト。あなたの結婚式でしょ?」
「ああ、そのことか」
「そのことかって、もう!葛城さんしっかりしてください」
「だあってやること全部済ませてあとは当日を待つだけよ?そりゃドレスを着るわけだからダイエットしている最中だけどさ」
「そういえば日向くんの姿が朝から見えないですね?」
「マコトさんなら連休取って遠出しているわ」
いつのころからだろうか?日向君ではなくマコトさんと言うようになっている。それだけ順調な証拠なのだろう。
「どこへ行ってるの?」
「友人に会いによ」



その頃、日向は第三東京市を離れて第二東京市に来ていた。日本の首都でもあるここは日進月歩で街並みが変わり、すでにそこは世界でも有数の近未来都市へと変わっていた。日向はその街から外れにある郊外へと車で走っている。そこは中心部とはうって変わって自然が溢れる田舎の街だった。そこで日向はある工場の前で車を止める。日向は呼び鈴を鳴らした。
「はーい」
ドアが開くとお腹の大きい妊婦が顔を出した。
「どちらさまですか?」
「初めまして。僕は日向マコトと言います」
「ああ、あなたが・・・主人を呼んできますね」
女性が工場の奥へと消えると今度は長い髪を後ろで縛り顎鬚を生やした青葉シゲルが顔を出した。
「おお!マコトじゃねえか。久しぶりだな」
「よ!シゲル遊びに来たぜ」


夜、ネルフで活躍した親友たちは酒を酌み交わした。
「そういえばシゲル。いつの間に結婚してたんだよ。聞いてないぞ」
「ははっ。実は先にできちゃったもんでな。急遽籍を入れることになったんだよ」
「式は?」
「やってねえよ。写真だけ撮ったのさ。それより、お前こそ葛城さんと結婚か。良かったな。ずっと片思いだったもんだ」
「まあな。お前が式に来れないのが残念で仕方がないよ」
「ああ、仕事が忙しくてな。俺がギター職人に転職したってコバルトスカイのメンバーに話をしたらよ、どうしても俺の作ったギターとベースが欲しいって言うから急ピッチで仕上げなきゃいけないんだよ。困った話さ」
「しかし、お前が来れないとなるとどうもしっくりこないんだよな」
「俺もできれば行きたかったけどな。納期が近づいているし、なによりかみさんの状態もあるしな」
「席だけ用意してお前の写真でも飾ろうかかな」
「俺死んでないから!」
この後も近況の話から使徒戦役の頃の話まで話題は尽きることがない。二人は朝まで酒を酌み交わしあった。



そして結婚式前夜。ミサトはシンジ、アスカ、レイの3人の家族と最後の晩餐をしている。最後の夜ということでシンジ、アスカ、レイからの心づくしの料理が食卓に並べられる。ミサトはそのひとつひとつをゆっくり味わう。せめて最後くらいはと冷蔵庫に入ったビール缶は開けられることがなかった。
「こうしてみんなで食事を囲むのもこれが最後かしら?」
ミサトは呟く。
「そんなことないですよ。機会があればこうして食卓を囲むこともありますよ」
「そうよ。ミサトらしくない」
「そうは言ってもね~」
レイは箸をおいた。
「葛城さん」
「なに?レイ」
「私は、後から合流したけど、でも、私はここで過ごした時間は紛れもなく心の繋がった家族との時間でした」
「レイ・・・」
レイは続ける。
「私は、家族というものが、人の絆というものがどういうものか、全くわかりませんでした。そもそも、こんな私が人を名乗って良いのかもわかりませんでした」
「レイ!それは!」
「最後まで聞いて。それでも、葛城さんは私が最初にここに来た時、私は『ただいま』と言って葛城さんは『おかえり』と言ってくれた。その言葉を教えてくれたのは葛城さんです。『ただいま』って言うたびに、『おかえり』って言うたびに、私の心がポカポカしました。私は、リツコ母さんの娘で、兄さんの妹で、アスカの妹でもあって・・・葛城さんの妹でもあります。私は、葛城さんの家族になれて嬉しかったです」
レイは最後に本当に清々しい笑顔でミサトに笑いかけた。ミサトは泣いた。本当は恥ずかしくて茶化したかったが言葉が出なかった。言葉が出ない代わりに涙が溢れた。

ミサトが泣き止むのを見計らい今度はアスカがミサトに話しかける。
「ねえミサト。今だから聞けるけどさ、なんで日向さんと付き合い始めたの?」
それはアスカが心の内でずっと聞きたくて聞けなかったことだ。今夜を逃せば二度と聞くチャンスなのないであろう。アスカはあえてぶつけてみた。
ミサトはアスカの言わんとすることが理解できた。ミサトはずっと加持リョウジのことを愛し続けてきたからだ。忘れたくても忘れることができなかったミサトが新しい一歩を踏み出せたのは家族として喜ばしいと思う反面、納得ができないところもあったからだ。
ミサトはひとつ呼吸をおいた。そして静かに話し出した。
「そうね、今ならあなた達にも話をしても大丈夫ね」
「サードインパクトが起きてみんながLCLになった・・・世界中の人々がひとつになりかけた海の中でね・・・加持に会ったのよ」
シンジとアスカは思わずハッとした。赤い海から還ってきた人々はみなサードインパクトの記憶がない。そのときの記憶を持っているのはシンジとアスカ、レイを覗けばカヲルくらいだ。だからこそミサトの言葉は衝撃を与えた。
「あの赤い海の中で私は探し続けたのよ。加持のことを・・・でも、わかっていたのよ。あいつがこの海の中にいないってことも・・・死人は蘇ることなんかないってことも・・・でも万が一ってことがあるじゃない?実は生きてましたーなんて、あいつならそれくらいやりそうだったしね・・・だから、必死で加持君のことを探し続けたの・・・」

どれだけの時間が過ぎたのだろう?加持を求めて赤い海を漂い続けたミサトの前に一筋の光が見えた。その光はとても温かくて、優しくて・・・ミサトはその光の中に飛び込んだ。
彼女の世界のすべてが真っ白になり、思わず目を伏せた。


ふと目を開けるとそこにはどこかで見慣れたような屋根のようなものが見えた。ゆっくり起き上がり辺りを見渡すと木々に囲まれた遠くに青い三角の建物が見える。見間違えるはずもない。ネルフ本部だ。そして彼女の後ろにはスイカ畑が広がりその中央にはじょうろを持って水を撒く男の後ろ姿があった。男は後ろを振り返りミサトを見るといつものように笑った。
『よぅ葛城。今お目覚めか?』
『加持・・・くん?』
加持はじょうろを地面に置くとミサトに近づく。ミサトもまたゆっくり起き上がると加持に近づいて行った。二人は芝生とスイカ畑、それぞれに場所に立ち足を止めた。
『どうした?何か言いたいことでもあるんじゃないのか?』
言いたいことは山ほどあった。何故何も教えてくれなかったのか?どうして今自分の前にいるのか?言いたかった。でも言えなかった。涙が溢れ、蓋をしめていたはずの心の内が洪水のように流れ出したから。
『バカ・・・バカ!バカバカバカ!』
子供の様に泣きじゃくり加持の胸の中に飛び込むとただをこねる子供の様にその胸を叩いた。加持は何を言わずにミサトを抱きしめ頭を撫でた。
泣き止むとミサトは力いっぱい息を吸い込む。嗅ぎなれたきつい煙草の匂いがする。学生時代に同棲していた頃に散々嗅いだ同じ煙草の匂いだ。ずっと吸う銘柄が変わっていない。そのことが何故か嬉しかった。
きっと私達も変わっていない。きっとまたあの頃の様に愛し合えるはず。
そう思いミサトが加持に話をしようとした時だ。加持は抱きしめていたミサトの体を離した。
「え?」
思わず加持の顔を見るミサト。彼の顔はどこか寂しげだった。
『葛城、お前はまだ俺のところに来ちゃいけない』
『かじ、くん?』
『お前にはまだやるべきことがある。そうだろ?』
『そして、お前は誰よりも幸せにならなきゃいけない。俺は、お前を幸せにすることができない』
『加持くん、私は』
『俺はここで水を撒く。そんなことももうできない人間だ。そんな男の面影を追いかけるな』
『加持くん!』
『気が付いているだろ?俺はもうお前とは一緒にはいられないんだ』
『そして、お前のことをずっと見ていた男もいる。わかるだろ?』
『加持くん!私は!』
『ずっと・・・葛城のことを愛している。これからも・・・』
『加持くん・・・』
『だから、幸せになれ。シンジ君とアスカもそれを望んでいる』
『加持くん』
『じゃあな、元気でな』
加持はそれだけ言うとミサトに背を向けて木々が生い茂る森の中へと消えていった。


「ということがあったのよ。まったくあのバカらしいわ」
ミサトは寂しげではあるがどこか嬉しそうに最後の言葉を締めくくった。
「そうだったんだ・・・」
アスカは一言だけ呟くとシンジと目を合わせる。シンジは頷いた。
「あの、ミサトさん」
「んー?」
「実は僕とアスカも、加持さんと会ったんです。夢の中で」
「え・・・?」
「シンジと話をしてさ、ミサトには言えない話だと思ってたけどね・・・」
シンジとアスカはそれぞれその時のことを語り始める。
彼らが夢の中で加持と会ったのはサードインパクトからしばらく後のこと、シンジとアスカが喧嘩別れをした数日後のことだ。彼らの夢の中に加持が出てきた。
シンジは彼の遺品でもあるスイカ畑で、アスカはドイツにいた頃に加持とよく出かけた公園だった。二人は随分と加持と話をしていた気がする。加持はシンジにはアスカという少女がただの女の子であること、アスカにはシンジという少年にアスカがどれだけ支えられてきたということを。彼らが目を覚ましたとき、目の前に広がる赤い世界におきた微かな変化、青い空、白い雲を見た時にどうしてもお互いがお互いに会いたくなった。話をしたくなった。でも、認めたくなかったから、会うのが怖かったから、自分の気持ちを無視し続けた。そして、自問自答を繰り返して二人は戻ることを決めたのだ。

「そっか・・・そういうことがあったのね。まったく、あいつらしいわ」
ミサトは嬉しそうに微笑む。その笑みは相手のことを理解しているからこそ浮かべられる笑みであろう。
「加持さんは、最後まで僕らのこととミサトさんのことを案じていました」
「加持さんには感謝がしきれないわ。加持さんのおかげでアタシは自分の気持ちに向き合えるようになったから」
「ふふっあいつのお墓に行ったときに言ってあげなさい。苦笑いして照れてる姿が思い浮かぶわ」
「そうします」
「どうせ加持さんのことだからどこかで聴いてるんじゃない?」
3人は各々に加持のことを思い出し笑いあった。

「ねえアスカ、さっきの話だけど」
「なによ?レイ」
唐突にレイが話しかける。
「ほら、さっき言ってたでしょ?どこかで聞いているって」
「ええ、それがなにか?」
「そこにいるわよ。加持さん」
レイはそう言ってリビングの窓を指した。
「あはは・・・なに言ってるのよレイ」
「いるわよ。窓の外で顔だけ出してこっちを見ているわ」
「レイ、お願いだからやめて。マジで」
「綾波が言うと洒落にならないよ・・・」
「お化けはイヤ・・・・お化けはイヤ・・・」



そして、ミサトの結婚式当日。レイとアスカはミサトに招かれ花嫁姿を誰よりも早くお目にかかることとなった。
「これ、は・・・」
「ミサト、なの?」
レイ、アスカは思わず言葉をもらす。その直前まではカッコ悪かったら笑ってやろうとかそんな会話をしていたのだが、そんな考えなど一目見ただけで吹き飛んでしまった。葛城ミサトが美人であることは言うまでもないだろう。彼らからしてみればプライベートの気さくでだらしのないミサトの印象が強くある。しかし、それでも目の前の花嫁姿のミサトはそんな過去の印象を粉々に打ち砕くほどの文字通り息をのむほどの美しさだ。
「どう?私の花嫁姿は」
ミサトはからかうように二人に問いかける。
「すごい、特殊メイクです」
「ハリウッドに頼んだ?」
「殴るわよ」
いつもの毒舌に安心したレイとアスカはクスリと笑った。
「冗談です。すごく綺麗です」
「本当にミサトかと思っちゃったわよ」
「二人にそう言われると本当に嬉しいわ」
ミサトはこみ上げるものを必死に抑えて微笑む。
「ところでアスカ」
「なに?結婚したあとの生活はアタシもレイもフォローしないわよ?」
「いや、そうじゃなくてさ。シンちゃん借りていい?」
「はあ?」


扉の前に立つシンジとミサト。この重厚な扉の向こうにはミサトの伴侶となる男性が彼女を待ちわびている。
そう、ミサトはエスコートをシンジに頼んだのだ。シンジはミサトの頼みを快く引き受けた。腕を組むミサトは改めてシンジを見る。昔はおどおどして見るもの全てに怯えていた少年が今では背を追い抜き、猫背だった姿勢はなくなり大きく胸を張っている。女の人のような中性的な顔立ちはその面影だけを残して父親のような重みのある顔になった。人はここまで大きくなるものかとミサトは改めて思う。
「ミサトさん。行きましょう」
シンジはミサトを優しくエスコートしようとする。
「待ってシンジ君」
ミサトは止めた。そしてシンジの目を見る。
「シンジ君は、初めて会ったときのこと。覚えている?」
「はい」
「あれから、色々なことがあったわよね」
「・・・そうですね・・・」
「シンジ君にとって私はいい家族だったかしら?」
「そうですね・・・」
「僕はミサトさんのことがとても怖かったです。ミサトさんだけじゃなくて、周りにいる人全員でもありますが・・・でも、心のどこかでミサトさんのことを母親のように思っていました。それをミサトさんに押し付けていたような気もします」
「嫌なことばかりでした。辛いことばかりでした。でも、こういう日を迎えられて、すごく嬉しいです。ですから、ミサトさんは僕にとって、最高の母親でもあり、最高の姉でもありました。ミサトさんは紛れもなく僕の家族です」
穏やかな笑顔で語るシンジ。ミサトは静かに涙を流した。シンジは何も言わずにハンカチを渡す。
「ありがとうシンジ君。そう言われると本当に嬉しいわ」
「ミサトさん。嬉しい時は、笑うんです」
涙を拭いて笑ったミサトの顔は本当に美しかった。
「さ、行きましょう」
「待って。最後にシンジ君」
「なんですか?」
ミサトはそっとシンジに耳打ちをする。
「大人のキスの続き。してあげられなくてごめんね」
シンジはクスリと笑った。
「構いませんよ。それ以上のことを教えてもらいましたから。それじゃ、行きましょう」
そして、重厚な扉が音を立てて辺りに響き渡ると、まばゆいばかりの光と鳴り止まない拍手が沸き起こる会場の中へと二人はその一歩を、輝かしい未来に向けて踏み出した。





そして、数日後。
彼らの住んでいたマンションではシンジ、アスカ、レイの3人が部屋の掃除をしていた。ウェットペーパーで床を拭き、出たゴミを袋に入れてはゴミ袋を下の集積場へと捨てに行く。そのマンションには家具は一切置いてなく、あるのは簡単な掃除道具と3つスポーツバックだけだ。
「ふーっこれで大掃除は完了したわね」
「ええ、綺麗になったわ」
何もなくなり掃除の行き届いた部屋を見てアスカとレイは満足そうに頷く。今日、彼らは住み慣れた部屋を出ていく。
ミサトは現在新婚旅行中で帰国したら日向との新居へと移り住む。そしてシンジとアスカはその足で京都へ行き、レイは大学の近くに借りたワンルームのアパートへと移り住む。
「アスカ、綾波。そろそろ行こうよ」
シンジの声を合図に3人はバッグを抱えて部屋を出て鍵を閉める。3人は閉まったドアをしみじみと眺めた。
「今日こことお別れか~」
「そうね、これからは別々の道を歩むのね」
「思えばここで色々なことがあったね」
思い出すこの部屋で起きた出来事を。
「本当、色々なことがあったわね。毎日うるさかったけど」
「でも、楽しかったわ。どれもこれも・・・」
(碌な思い出がないって言っちゃだめだよな・・・)

ゲンドウに無理矢理連れて来られて始まった生活。ひと波乱から始まった生活は静かに幕を下ろす。
「行きましょう。これから私たちの物語はまた始まるわ」
3人はバッグを抱えると各々が待つ新しい世界へと歩き始めた。




次の日、レイは呼び出されて駅のプラットホームに来るとキョロキョロと人を探す。その人物はベンチに座って本を読んでいた。レイが近づくとその人物は本を閉じてレイを向き合った。
「やあ、本当に来てくれたんだね。嬉しいよ」
カヲルは本当に嬉しそうに笑った。
「あなたが呼んだでしょ?なに言っているの?」
「いや、そうなんだけどね・・・君にこれだけは伝えておこうと思って」
「なに?」
カヲルは大きく息を吸い込む。
「僕は、碇レイ。君のことが好きだ。僕はこれから防衛大に行くために第二東京で生活しなければならい。だから、その前に僕の気持ちを伝えたかった。よければ・・・僕と付き合って欲しい」





そして3年後・・・

「ごちそうさま。また腕が上がったんじゃないのかい?レイ」
「そう?それにしても、すこし食べ過ぎじゃない?カヲル」
「仕方ないさ。君の料理がおいしいんだ」
私の部屋にカヲルが来ている。
私はカヲルとの交際を始めた。月に一度、カヲルは連休を利用して私の家に泊まりに来る。どんなに厳しい訓練で疲れていてもそれだけは欠かしたことがない。ひどいときは私の家で寝ただけで、起きてすぐに帰る時もあった。
第二東京市にある防衛大学ではネルフと関係の深いカヲルに対して教官たちが厳しすぎる訓練を与えてきた。カヲルに対するいじめだろう。彼は歯をくいしばって耐え、訓練をこなしてきた。白い目で迎えられたカヲルは3年という月日をかけて教官たちも舌を巻くほどの士官候補生へと変わっていった。その道のりは決して順調ではない。何度も挫折しかけ、時には泣いて電話をしてきたことも何度もあった。
改めてカヲルを見る。線の細かった体はいつしか屈強な体へと変わっていった。
「どうしたんだいレイ?じっと僕のことを見て」
「なんでもないわ」
「そうだ、折角だから借りてきたDVDを見ようよ」
「お茶、いれてくるわ」
お茶を入れてカヲルの隣に座りDVDを見る。思えば彼と私の好むジャンルも変わっていった。以前はカヲルはドキュメンタリーかサスペンスを、私はホラーを好んで見ていたが、最近ではヒューマンドラマや恋愛ドラマが多い。気が付けばそればかり借りている。
カヲルが優しく私の手を握りしめる。私も彼の手を握り返す。
誰かが言っていた。ドラマのような恋愛などこの世にはないと・・・
私もそう思う。でも、そのことを否定すればするほど、そんな恋愛もあるような気がしてしまう。
そんなこともこの世の中にはある。きっと、ある。
そう思わなければ、私は伝わるこの手の温もりに耐えられない。








ゲンドウ宅
「ギリリリ・・・使徒擬きのくせにレイに触りやがって・・・」
「ゲンドウさん!いい加減レイの部屋の盗撮と盗聴はやめてください!」


あぐおさんからのお話であります。
みなさま感想をどうぞ…。

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