12月も半ばになり、3年生は受験に向けて最後の追い込みに突入し学校全体がピリピリした空気に包まれている。その中で既に進路が決まっている一部の生徒たちは一般入試やセンター試験など、まだまだこれからという仲間に気を遣いながらも一足先に羽を伸ばしている。進路こそ確定はしていないのだが、先生から太鼓判を押された生徒ものんびりと最後の高校生活を満喫している。
そんなさなかにソレは発覚した。

ヒカリの自宅ではアスカとレイが彼女の部屋で静かに座っている。アスカの表情は固く、レイは落ち着かないようにソワソワしている。ドアが開くとヒカリが部屋に入ってきた。顔は俯いておりその表情を見ることはできない。ただ、彼女の身体は震えていた。
ヒカリが部屋に入るとアスカが勢いよく立ち上がる。
「ヒカリ、どうだったの?」
ヒカリは何も言わず黙って小さい体温計のような器具をアスカに渡す。アスカはそれを見るや否や天井に顔を向けて大きく息を吐いた。
「アスカ?」
レイが恐る恐る声をかける。アスカは何も言わない。レイのことを見ようともしない。ただじっと天井を見上げている。
「ヒカリさん?」
ヒカリは体を震わせている。彼女の足元にはいくつかの水滴が落ちている。そこで初めてレイは彼女が泣いていることに気が付いた。
アスカは黙ってレイに器具を渡す。レイが受け取った器具は中央に円形の窪みがあり、その中央にははっきりと一本の縦線が浮かび上がっている。
「これ、は・・・」
「思った通りよ・・・」
今レイが手にしているのは体温計ではなく、妊娠検査薬である。そして結果は

陽性

レイはもう一度二人を見る。ヒカリは声を殺して泣き、アスカは顔を上げたままだ。レイにはわかった。ヒカリはどうしたら良いのかわからず、アスカは苛立ちを隠しきれないのだと。
レイはもう一度検査薬を見る。

「イデの発動?」

「「違うわよ!」」



妊婦、誕生





思えば予兆はあった。それは確か最後の高校生活の夏休みにヒカリの家にアスカとレイが泊まりに来た時だ。
「で?どうだったの?」
「どうって・・・なにが?」
「あの、その・・・」
ヒカリは顔から火が出るんじゃないかと思うくらいに真っ赤に染まった。
「もしかして、シンジと初めて寝たときのこと聞いてるの?」
ヒカリはためらいがちに頷く。
「は~まさかヒカリの口からそういうことを聞かれるとは思いもしなかったわ」
「べ、別にいいじゃない!」
そういう話になれば相手が女子だろうが男子だろうが不潔というワードが飛び出た彼女からしてみれば意外の一言である。
「だって、アスカはその・・・碇君と婚約しているくらいだから・・・したこと・・・あるでしょ?」
「そりゃ、まあ・・・」
「いつごろなの?はじめては・・・」
「中学を卒業した後くらいかな?」
一応そういうことで口裏は合わせてある。
「怖くなかった?」
「そりゃ怖かったわよ。でも、相手がシンジだから安心感もあったわ。ヤリ逃げなんてアイツは絶対しないし、何よりアタシがそう望んだからね」
「そうね、あの時はすごかったわ。所構わずズッコンバッコン・・・・」
「しゃらああああああああああああああああああっぷ!」
慌ててレイの口を塞ぐ。

コキャ

「なんか変な音がしたわよアスカ」
「気のせいじゃない?」
「なんかレイさんぐったりしているけど」
「眠いのよきっと」
アスカはレイを瞬殺するとヒカリと向かい合う。
「ヒカリ、もしかして鈴原に強引に求められてでもいるの?」
「そ、そんなわけないじゃない!寧ろキスまでしかしてないわよ!それ以上は・・・」
「じゃあなんで・・・」
聞けばヒカリの友人の数人は高校生活最後の夏休みを利用して思い出づくりにと彼氏と泊りがけのデートに行って女になったらしい。彼女たちはヒカリとトウジのように長い付き合いを経てそういう関係になったわけではなく、半年か3ヶ月とかヒカリからしてみれば短い期間でそういう風になった彼女たちを軽すぎると感じる一方で、そんな友人から見ればヒカリは奥手すぎるわけだ。
「そんなんじゃ、飛んだ鳶にかっさわれるわよ」
何気ない一言がヒカリに突き刺さった。
普段のトウジの生活を見ればネルフの用事に家の掃除や片付けなどの力仕事の家事、それ以外の時間のほとんどは勉強に費やされている。そんな日々を送ってきているトウジに他の女と遊ぶ余裕などない。本人もその気などない。ただ、ネルフをはじめ自分たちが通う学校には自分より綺麗な女性は多いとヒカリは思っている。話を聞けば下級生の中にはトウジのファンも少なくはないそうだ。トウジがそんな彼女たちの誘いを受けたら自分は捨てられるのでは?という不安がヒカリにはあった。
「そんなに焦ることないじゃない?時期がくれば自然とそうなるものよ」
「そうかな?」
「・・・アスカの時も、そうだったの?」
「・・・どうだろ?よくわからないわ」
「でも碇君なら優しくしてくれそうな感じがするから・・・」
「そんなことなかったわよ。最初は体が壊れるかと思ったわよ」
「そんなに激しかったの!?」
「まあ、ね」
アスカは思い出す。まだ海が赤かった頃を。
振り返ればあの時の自分たちは気でも触れたかと思ってしまうほどセックス三昧だった。食べる。寝る。お風呂。排泄。それ以外の時間はベッドの上だ。目の前に広がる悲惨な光景から目を背けたいからなのかもしれない。貪るように相手を求めあった。腕の中に抱かれることで“自分は一人じゃない”という安心感があった。その安心と快楽と温もりを片時も手放したくはなかった。喉が手が出るほど欲し、殺したいほど憎んだ碇シンジという少年を思い返したくないほどの犠牲を払って手に入れたのだ。その執着心たるや尋常という言葉が陳腐に聞こえるほど渇望していたのだった。
復興から日常生活へと戻った時、自然とセックス三昧の日々から抜け出すことができた。以来、月に1.2回あるかないかの営みだがそのことに不満も不足を感じたこともない。
盛りのついた兎の様に避妊もなしに後先考えずに欲に溺れるのはあの日々にやってやりつくした。
「碇君て、すごく淡泊そうに見てるけど・・・」
「そんなわけないじゃない。文字通り一晩中付き合わされたこともあったわよ。今はそういうのをやり尽くしたって感じかしら?時間をかけたスローセックスしかしないわ」
「お、大人ね・・・」
「アタシは他人の床事情に口を出す気はないけど、避妊だけはしっかりしなさいよ」
「そうね・・・」
アスカはヒカリをしっかり計画性をもった女性と思っているでそれ以上のことは言わなかった。そうでなくても彼女は慎重に物事を進める人間である。バカなことはしないだろうし、トウジはヒカリの尻に敷かれている。彼女がちゃんとしていれば大丈夫だろう。
そう思っていた。
それから実際ヒカリとトウジが寝るまで3ヶ月以上の時間がかかっている。単純に初めて経験することに対する恐怖感があったからだ。そして11月末日。ヒカリはデートの帰り際に今夜は帰りたくないと言った。その意味がわからないトウジではない。そしてヒカリはトウジと夜を共に過ごした。ホテルで夜を明かしたヒカリはそのことをアスカに学校で明かす。アスカは良かったわねと笑みを浮かべた。内心は決して穏やかではなかったが・・・
そして数週間後、ヒカリの身に変化があった。生理が来なかったのだ。今まで遅れることもなくほぼ定期的に来ていたものが来ないことに違和感を感じ、そしてそれは不安へと変わっていった。そして、いても経ってもいられずにヒカリはアスカに相談を持ちかけたのだ。そして今日に至る。


「ヒカリ、もしやとは思うけど、ちゃんと避妊はしたんでしょうね?」
「安全日だから・・・大丈夫と思って・・・」
「アンタバカ!?そんなの確率論でしょうが!」
「だ、だって!最初くらいはちゃんと繋がりを感じたいって思って・・・」
「そうかもしれないけど!もう少し考えなさいよ!」
「アスカ、落ち着いて。そのことはアスカも人のことは言えないんじゃなくて?」
レイに言われてアスカはグッと口ごもる。確かにそうだ。あの時はアスカも何も考えずにシンジのことを受け入れたのだから。
「そ、そうかもしれないけど・・・今とあの時じゃ状況が」
「確かにそうね。状況は全く違う。でも、ヒカリさんと同じことをしていたアスカが責めるなんておかしいわ」
レイの正論にアスカは押し黙った。
「でも、おめでたいことでよかったわ」
「よくは・・・ない・・・」
ヒカリの言葉にレイは首を傾げる。
「どうして?新しい命が芽生えたことは嬉しいことでしょ?」
確かに喜ばしいことではある。しかし彼女たちの立場を考えれば微妙でもある。
「ヒカリ、このことは鈴原に?」
「・・・まだ言ってない」
「そう・・・」
レイもアスカも、これ以上は言えなかった。一番不安なのはヒカリ自身なのだから。どうするのかは明日に持越しという形でその日は家に戻っていった。


「ねえアスカ。なにかあったの?」
夕食後、リビングでくつろいでいたアスカにシンジは唐突に言った。
「え?ええ?な、なんで?」
「いや、その・・・なんか思いつめた顔してたから」
思わずしまったというバツが悪そうな顔つきになった。何か些細なことであってもなにかしら変化があればシンジは見逃さない。このときばかりはシンジの鋭さを呪う。
「別に、なんともないわ」
「そう?」
「そうよ」
言えるわけがないじゃない!心の中でアスカはそう思った。すぐに表情に出てしまうアスカはポーカーフェイスのレイが羨ましく感じる。しかし、そんなレイのポーカーフェイスもシンジには通用しない。
「ならいいけどさ、なんか綾波も表情が硬いからさ。委員長の家でなにかあったのかと」
ガタン!レイはつい手に持ったコップを落とした。
「綾波?」
「大丈夫。割れてないわ」
さも気にしていないようにコップを拾うがその手は震えている。その震えをシンジが見逃すわけがない。しかし、シンジは何も聞こうとはしなかった。アスカもレイも何も言ってこない以上は並々ならない事情があってのことだろう。そう思った。自室に戻る時にシンジは一言だけ言う。
「相談があるなら、いつでも言ってよ。力になるからさ」
シンジの姿が消えるとアスカは思わず机にひれ伏す。
「やっぱシンジに隠し事はできないわね。アタシ達」
「そうね、こういう時の兄さんは本当に鋭いから」
「でも、こればかりは・・・ねえ?」
アスカの言う通りだとレイは思う。しかし、それでもレイには納得できない部分がある。それは子供を授かったのに誰一人としてその命の誕生を喜ばしく感じていない様子だからだ。少なくともゲンドウとリツコの間にユウタが生まれた時はその場にいる誰もが喜び、笑顔になった。しかし、ヒカリの場合は全くの真逆ともいうようにみなが複雑な顔つきになるのだ。レイはそれがどうしてなのかわからなかった。
レイはアスカには内緒でリツコに相談に乗ってもらうことにした。


「そう、そういうことがあったのね」
リツコはしみじみと呟く。
「それで、ユウタが生まれた時はみんなすごく嬉しそうなのに、ヒカリさんは喜んでいないのが不思議で・・・」
「そうね、洞木さんとレイの立場を置き換えて考えて見なさい。もし洞木さんと同じ境遇になったら、レイはどう思う?」
「嬉しいと思う。私もいつかは、子供を授かりたいと思っているから」
「そう、レイは産みたいのね」
「ええ、そう思うのもきっと母さんのおかげだから・・・母さんがユウタを産んでくれたから、私はそう思えると思うの」
「嬉しいわ。そう言ってくれると・・・でもね、レイの歳で子供を産むのは社会的にリスクが大きすぎるの。そして、レイがそう決断しても相手の人が喜ぶと限らないわ」
「そうなの?」
「そういうこともあるってことよ。兎に角相手の男性に相談するべきだわ。そうしないと話が進まないから」
「わかったわ。そうする。もし・・・私が同じ境遇になったら・・・母さんは、そのときになったら応援してくれる?」
「応援してあげると言いたいけど、相手と状況によるわね。洞木さんと同じ立場なら反対するわね。あなたの母親として」
「どうして?」
リツコは一口コーヒーを啜るとレイの目を見た。
「自分の娘には自分以上に幸せになって欲しいからよ。私を犠牲にしてでもね」
そう語るリツコの目には強い意志が込められている。
例えレイが妬ましい対象であった碇ユイの生き写しであったとは言えレイはリツコにとって紛れもなく自分の娘である。そして彼女の境遇を一番理解している理解者でもある。レイに幸せを掴んでほしいという思いは一番強いではないだろうか。リツコもレイも過去のわだかまりはない。レイはそのことがただただ嬉しかった。
「私、母さんの子供で良かったわ」
「ありがとうレイ」
「あ・・・」
「どうしたのレイ?」
「私がこの年齢で子供を産むとなると、母さんは30代でおばあちゃんになるのね」
「マジやめろください」


同日、葛城宅
「シンジ、ちょっといい?」
「なにアスカ?」
「実はさ・・・」




次の日の放課後、ヒカリ、アスカ、レイの3人は屋上に来ている。話の内容は言うまでもない。
「ヒカリさん。鈴原君に言った?」
レイは単刀直入に切り出す。
「い、言えないわよ!こ、こんなこと・・・」
ヒカリは涙目になりながら首を振って答える。
「ヒカリさん。この話ばかりは、ちゃんと鈴原君に相談したほうがいいと思う」
「レイの言う通りよ。ここで私たちが話し合っても解決しないもの」
「で、できない!そんなことできない!」
「なんでよ!」
「だ、だって、トウジは医大に行くために頑張ってるから・・・こんな大事な時期にこんなこと言えるわけないじゃない!」
「そんなの関係ないじゃない!この問題はヒカリだけの問題じゃないのよ!?」
ヒカリはトウジが医大に入るためにどれほどの努力をしてきたのか熟知している。彼の夢を叶えるために支えてきたのはヒカリ自身だ。だからこそ、トウジの重荷になるような事態だけはヒカリは何が何でも避けたかった。しかし、事はそれで済む話ではない。
ただ、アスカもまたヒカリという人物がどういう人間かわかっている。ここまではアスカの予想通りだ。できればその予想は外れて欲しかった。
「実はね、この話、シンジに話をしてあるのよ」
アスカの言葉にヒカリは顔を真っ赤に染め上げ激怒する。
「な!なんでそこで碇君の名前が出てくるのよ!これは私とトウジの問題でしょ!?」
「ええ、その通りよ。でも、実際にヒカリは鈴原に何もアクション起こしてないじゃない。アイツに迷惑かけるからって黙ったままじゃない!アタシはヒカリなら自分ですべて抱え込むってわかっていたわ。だからシンジに話をしたのよ。アイツをここに連れてくるためにね」
その時、屋上のドアが開いた。中からシンジとトウジが現れたのだ。
「なんやヒカリ。ワシに大事な話って」
トウジはわけがわからんという表情だ。
「アスカ。このことは本人の口から言うべきだと思って」
シンジの言葉にアスカは頷く。レイはヒカリの横に立つと軽く背中を押した。
「ヒカリさん。私にはヒカリさんがどれほど悩んで、どれほどの不安を抱えているか推し量ることができない。でも、この話だけはちゃんと言ったほうがいいって、母さんも言っていたわ。私も同意見よ」
「レイさん・・・」
「ヒカリさん。自分がこの人ならばと選んだ人が信じられない?鈴原君なら不誠実なことをしないのはヒカリさんが一番知っているでしょ?大丈夫よ。鈴原君ならきっと答えてくれるから」
ヒカリはレイの言葉に頷くとゆっくりとトウジの前に歩み寄る。
「ヒカリ。なんの相談や?」
「あの・・・・ね?」
ヒカリは胸に手を当て深呼吸する。そして・・・
「あの・・・できちゃった・・・みたいなの」
「なにがや?」
「赤ちゃん・・・・」
トウジの体が強張る。ヒカリは不安そうに顔を逸らした。
「ホンマ・・・か?」
「・・・うん・・・」
「さよか・・・」
しばしの沈黙の後、トウジが切り出す。
「ヒカリはどうしたい?」
「・・・私は産みたい。トウジとの間にできた子だから・・・」
「そうか」
トウジは一度空を見上げるとすぐにヒカリを見る。
「ほな、結婚しよか。本当ならワシが医者として一人前になったらしよかと思うたけど、そんなこと言っておれんもんな。医者になるの諦めて働きにでも出るわ。ワシも男や。ちゃんと責任は取ったる」
「トウジ!」
「おまえも、子供も・・・ワシが幸せにしてる」
「うん・・・」
ヒカリは流れる涙を拭うことなくトウジに強く抱きつく。トウジもまたヒカリを優しく抱き返した。
「良かったわね。ヒカリ」
「おめでとう」
「トウジ。おめでとう」
アスカとシンジも涙を浮かべ祝福する。レイも嬉しそうに微笑んだ。
「アスカ、レイさん。本当にありがとう。私、あなた達と友達で良かった」
「センセ、心配かけてすまんのぉ」
二人は照れ臭そうに笑う。
トウジの進路は予定より大幅に狂ってしまったが、新しい息吹が色々な人たちに祝福されて生まれてくるのだ。きっとその子も幸せな人生を歩むことになるだろう。兎に角良かった。レイは心の中でそう思った。
レイだけでない。シンジもアスカもそう思った。


「しっかし、手を繋いで寝るだけで子供ができるとは思わんかったわ」
「そうね、うふふ」






「「「ん?」」」







「「ん?」」




「ちょっと待って?どういうこと?」
「二人は・・・寝たんじゃないの?」
狐に包まれたような顔をしてシンジとアスカが尋ねる。トウジとヒカリは当然のように答えた。
「寝たで。一つのベッドで手ぇ繋いでのぉ」
「私が手を繋げたまま寝たいって言うから・・・アスカ、全然痛くなかったわよ。トウジは優しいから❤」
「もしかして、服着て?」
「なに言うとるんやセンセ。寝るとき裸で寝たら風邪ひくやろ」


疲労感が押し寄せ思わず3人は頭を抱えた。
「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

「どうしたの?アスカ。レイさんまで」

シンジ、アスか、レイの3人は口を開きたくなかった。自分たちがここまで神経すり減らして、友情を失ってでも幸せになって欲しいと起こした行動はすべて無駄だった。それはいい方向で無駄に終わったことでもなるが、蓋をあけてみればふざけるなの一言でもある。
「あの、さ・・・トウジ、イインチョ」
「なんやセンセ」
「今からネルフの病院へ精密検査受けてきなよ」
「なんでなの?」
「いいから行きなさいよ!二人とも!」
「走りなさい。今すぐ」
ブチギレる寸前の3人を前にトウジとヒカリは慌ててネルフの病院へ精密検査を受けた。
結果はもちろん陰性。ヒカリの気持ちが昂ぶったがゆえの想像妊娠だった。


次の日曜日。ユウタの面倒を見るためにアスカとレイはリツコの家に来ている。ユウタが昼寝をしはじめるとアスカとレイはこの前の騒動について話題になった。
「でも、良かったじゃない。ただの勘違いで」
二人が座るテーブルの前に紅茶を置く。アスカとレイは近くにあったお菓子をつまみながら不満そうに語った。
「良くないわよ。心配して夜も寝つけなかったんだから」
「ええ、すごく心配したわ」
「心配して夜も眠れなくなるほど気を病むような友人ができたことを喜びなさい。なかなかそういう友人はできないものだから」
「リツコ~そうは言ってもさ~」
「私なんてアレ(ミサト)よ?そりゃ昔は色々心配したわよ。でも、そのうちどうでもよくなったわ。大抵のことは」
「母さん。それは言っちゃダメ」
なにかと公私ともにトラブルの多いミサトの友人は伊達ではないということなのだろう。それはシンジを始めアスカ、レイも同様の境地にあると言えよう。寧ろ心配なのは日向の胃袋のほうである。「愛しているけど胃袋が君を拒絶する」なんてことにならないようにシンジ達がミサトに料理を教えている。その甲斐あってか合格点にはほど遠いがマシなレベルにまでレベルアップしたのだ。まあなんとか結婚してもどうにかなるだろう。そこまで行き着くまでの過程たるや涙なしに語れるものではない。

「ミサトのことより私はレイのことのほうが気にかかるわ」
「どうして?」
リツコの何気ない一言にレイは首を傾げる。
「もうレイもお年頃なんだから好きな人くらいはいても良い頃なんじゃない?」
「そういえばレイの浮いた話は今までにひとつも聞いたことないわね」
確かにレイは学校で同級下級問わずファンは多い。彼女にアタックをかけて見事玉砕した男子も少なからずいる。
「どう?好きな人はいるの?レイ」
「好きな人・・・いるわ」
予想外の回答にアスカは身を乗り出した。
「ええ!?誰よ!?」
「兄さんのことが好き」
「・・・・え・・」
絶句するアスカ。レイは続ける。
「あと、鈴原君のことも好き。相田君のことも好き。渚君のことも好き。みんな好きです」
「えっと、そういう意味じゃなくて、ほら、あるじゃない。ずっと一緒にいたいっていう人が」
「みんなよ。みんなとずっと一緒にいたい」
レイは実に素直に“好きな人”について答える。もちろん論点はズレてはいるがレイの本心でもある。リツコはアプローチを変えてみた。
「じゃあ、みんなのこと、どう思うの?」
「そうね、兄さんはいつも私が至らないところがあると教えてくれる。理由もちゃんと教えてくれる。鈴原君は、色々な遊びや食べる所を教えてくれた。色々な所に連れて行ってくれた。相田君は雑学が幅広いの。授業では教えてくれないような、それはどうでもいいことだけど、でもそのおかげで私の世界は広がった」
「渚君は・・・他の人と少し違う。教えてもらうことはほとんどないけど、彼と一緒にいるとすごく落ち着くの。なんでも話せるような・・・そんな感じ」
レイはひとりひとりのことを実に丁寧に話をする。トウジとケンスケにはレイを育てるという概念は欠片もないだろう。それでもレイの世界が急速に広がりを見せたのは彼らの功績が大きい。つくづくレイという人物が周りの友人に恵まれているというのをリツコとアスカは改めて知った。
そして、カヲルのことを語るとき、レイは今まで見せたことがないような穏やかな表情を見せた。それがなにを意味するのか彼女たちはわかった。
(それって、好きってことじゃない)
だが、リツコもアスカも何も言わない。それはレイ自身が自分の感性で気づいてほしかったから。
レイはアスカの目をまっすぐ見ると話を続ける。
「私が、こうしていられるのも、アスカのおかげよ。アスカが一番私に色々なことを教えてくれた」
「あ、当たり前でしょ!?アタシはレイの義姉なんだからさ」
それはレイからの感謝の言葉だった。予想外のことにアスカは赤く染めて顔を逸らした。
「だから・・・ね?」
「なに?」
上目づかいにアスカを見るレイ。レイもどこか恥ずかしいのか顔を赤くしている。アスカは優しく次の言葉を促した。


「私達愛し合いましょう!」
「だが断る」




そして、年が明けて1月の中旬。再び、涙目になりながらヒカリがアスカとレイに相談を持ちかけた。
「本当に妊娠しちゃった・・・」
「「アンタ(あなた)バカ?」」

あぐおさんからのお話であります。
妊婦になっただけでは誕生ではなく、9ヶ月程してから誕生ではないでしょうか(名推理)

素敵なお話でありました、ぜひ皆様あぐおさんに読後の感想をお願いしたいです。

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