「ん・・・あ・・・・」
深夜、シンジの部屋では夜の営みが始まっている。音が漏れないように声を抑えているせいかくもった声がする。必死に声を抑えるアスカをまるで楽しむかのようにシンジは彼女の身体中にキスの雨を降らせ、そして彼女もその行為を悦んで受け入れている。
シンジの愛撫が終わると今度は私の番と言わんばかりにアスカはシンジに跨り貪り尽くすようなキスを時間をかけて交わす。そして名残惜しそうにお互いの口から引く糸を切ると、今度はひとつひとつのDNAを眺めるようにシンジの体を見る。その目は猟奇的にも思えるほど爛々と輝いている。
アスカは呟く。
「ねえ、どうしてこんなに好きになっちゃったのかな?」
「初めて会った時に?それとも、マグマの中で助けられたから?」
シンジは答える。
「僕がシンジでアスカがアスカだからだよ」
「シンジがシンジでアタシがアスカだからか・・・うふふっ何度聞いても最高の答えね」
シンジの答えをアスカはうっとりとして聞いている。
それは二人が心から愛し合うようになったときに“どうしてここまで惹かれあうようになったのか”という些細な疑問からだった。長い時間をかけてたどり着いた答えが『シンジがシンジで、アスカがアスカだから』というものだった。リツコが口癖のように呟いていたロジックじゃないというのは正にこのことなのだろう。
以来、二人が愛し合う時に必ずアスカが問いかけシンジが答えるというのが通例となった。それは二人にとってとても大切な儀式のようにも思える。
「愛しているわ。シンジ」
「愛してるよ。アスカ」
儀式が済むとアスカはシンジの身体に頬ずりをする。シルクのようにきめ細かいシンジの肌に頬ずりをするのはアスカにとって最高の喜びだ。学校の同級生や下級生、はたまたネルフの若い女子職員が憧れの目で見る碇シンジという男が自分だけのものであることが実感できるひと時でもある。胸から段々と上へと昇っていき、頬に頬ずりをする。

じょり

「?」
いつもと違う感触に違和感を覚える。不思議に思いシンジの頬と顎の部分を撫でてみると微かに痛い。
「あ、もしかして痛かった?まいったな・・・」
「え?どういうこと?シンジ」
「いや、髭が生え始めちゃってさ。朝剃ったんだけどね。あははは」
「・・・・・」
アスカの頭の中で髭の生えたシンジの顔がリアリティ溢れる4K画像で再現される。そして、彼女の頭の中でリアリティある3Dで構築されたものは・・・・・
何故かゲンドウの顔だった。

「いやああああああああああああああああああああああ!!!!!」




髭と沈黙




「・・・・あの、さ・・・」
「なによ?文句ある?」
「いえ・・・・その・・・」
ベッドに腕組みをして座るアスカの対面には正座をさせられているシンジがある。ちなみに二人とも素っ裸である。もっと言えば時間は深夜を回っている。
「アンタに髭が生えるなんてね・・・想像もできなかったわ」
「そりゃ、僕だって男だから生えるに決まってるだろ?」
「わかってるならちゃんと処理しなさいよ!」
「してるよ!毎朝シャーバーで剃ってるよ!」
「アンタ髭が濃すぎるのよ!その歳で微かに青いってどういうことなのよ!」
「父さんを見ればわかるだろ!?髭が濃いのは父さん譲りなんだよ!」
確かにゲンドウは髭が濃い。それはわかっている。体が成長してきて顔つきが過去に写真で見たことのある若い頃のゲンドウに似てきた。これも致し方のないこととも言える。それでも髭の濃さまで似る必要はないんじゃない?とアスカは思うのだが、こればかりはどうしようもない。
「はあ・・・明日ネルフで相談に乗ってもらいましょ。流石にそれはナイわ」
「それだけのためにネルフ行くの!?」
「当たり前じゃない。MAGIでもなんでも使って対策を練るわよ」
アスカはそういうと布団を被って寝てしまった。部屋には素っ裸で正座をさせられたままのシンジがいる。
「これが、生殺しっていうんだね・・・」


翌朝、ネルフに行くことをレイに告げる。夏休みに入り遊びに行く予定もなくネルフの定期的なシンクロテストもないこの日にネルフに行くことにレイは首を傾げた。
「その程度のことでネルフに行くの?」
「ええ、レイも来なさい」
「何考えているの?ネルフは遊び場じゃないのよ」
「綾波の言う通りだよ。アスカも大げさなんだよ」
「大げさ!?大げさなんかじゃないわよ!これは深刻な問題よ!シンジに髭が生えたのは」
「だから僕だって男なんだから生えるに決まってるだろ!?」
「アスカ、流石にそこまでは・・・」
「レイ、考えても見て。シンジに髭が伸びたらお義父様みたいになるのよ」
レイはアスカの言う通りに想像してみて・・・思わず身震いをする。心なしか顔が青い。

「確かに、深刻な問題だわ」
「でしょ!?」
「兄さんに髭なんか生えたら・・・

まるで
ダメな
お兄さん 

略してマダオになるわ」
「そこまでひどくないだろ!」
「リツコに相談しましょ。リツコならいい脱毛薬を知っているはず」
「ええ、行きましゅう」
「・・・」
「噛んだわ」


こうしてシンジの髭対策でネルフを訪れた3人は早速リツコの部屋へと向かう。
「シンジに髭が生えたから薬をくれですって?」
「ええ」
さも当然のように言うアスカ達に流石のリツコも頭を抱えた。
「あのね、シンジは男よ?生えて当たり前じゃない。そんなことで・・・」
「そんなことじゃ済まないわ。あの顔であの髭の濃さは反則」
「レイ、あなたまで・・・」
「ごめんね母さん。二人が変なこと言って」
申し訳なさそうにシンジがリウコに謝る。リツコは仕方がないと言わんばかりに苦笑いを浮かべる。それはアスカとレイの気持ちも幾分かは理解できるからだ。
「二人の気持ちもわかるわ。私がまだ学生の頃に好きだった初恋の男子生徒に久しぶりにあったら顎が青くなっていてひいたことがあったもの。頭でわかっていても、現実のものとみるとどうも一線ひいちゃうのよね」
「そういうものなの?母さん」
「そういうものよ。綺麗なイメージを持ち続けているなら尚更よ」
「リツコ、その話はいいから薬出してよ。脱毛の」
「そんなすぐに出せるわけがないでしょ?脱毛クリームなんてネルフには置いてないわよ。しばらく待ちなさい。できたら渡すから」
「母さん、できるだけ早めに」
二人に急かされるリツコは深くため息をつく。
「本当はお奨めしないけどね」
リツコは疲れた様に呟いた。

後日、アスカとレイの元に脱毛クリームが届く。
「ついにきたわね・・・」
「ええ、これで青い兄さんとさよならできるわ」
ここまで言われると流石にシンジでも本気で落ち込む。
「そこまで嫌悪感を抱かれると軽くショックだよ・・・」
取扱い説明書を熟読し使い方も完璧に頭に叩き込んだ。後は実践のみである。
「さっそく髭が生える部分に」
「待ってアスカ」
レイがアスカを止める。シンジはすでに諦めている。その心境はまさに刑の執行を待つ死刑囚だ。
「髭の生える部分だけじゃ物足りないわ。この際全身の毛を抜きましょう」
「「えええええ!!?」」
かなりぶっとんだ発言である。これには流石のアスカも躊躇する。
「全身は流石にやりすぎよ。一部分だけでいいわよ」
「綾波、それはやめてよ・・・髭が生えるところだけにしてよ・・・」
しかしレイは譲らない。
「ダメ。一部だけに使っても、他の所が気になりはじめるわ。それならいっそのこと全部の毛を抜いたほうがいいわ」
「それは・・・そうかもしれないけど・・・」
「綾波。綾波は僕に何を求めているの?」
「脱毛メンズクリニックのCMのモデル。それで全裸をさらしてもらうの」
「・・・僕はGacktかなにかかな?」
「・・・それいいわね」
「納得するの!?」
アスカとレイは手にたっぷりの脱毛クリームを塗ってじりじりとシンジににじり寄る。シンジは涙目で逃げるが、すぐに壁にぶつかって逃げ場を失う。
「や、やめてよアスカ、綾波・・・怖いよ・・・」
「さあ・・・シンジ・・・」
「さあ・・・兄さん・・・」
「やめてよ・・・ねえ!やめてってば!」

「「ゆきゃんしーあなざわー」」
「そういうヤバイネタもやめてよ!」






「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」







次の日、シンジは部屋から出てこなかった。その扉は天岩戸を彷彿させるかのように固く閉ざされている。
「シンジー、謝るから出てきてよ~」
「兄さん、部屋から出てきて・・・」
ノックをし、二人が呼びかけてもその扉は開くことがない。二人はため息をつくとダイニングに戻る。ダイニングではミサトがビールを飲んでいる。心なしかその表情は怒っている。
「ミサト~どうしよう」
「兄さん・・・」
「当ったり前でしょ?さすがにやりすぎよ」
「そりゃ、確かにやりすぎたかもしれないけどさ・・・」
「アスカとレイの気持ちもわからなくはないわよ。でも、アソコの毛までやることないでしょ!?」
シンジは文字通り髪の毛以外の毛は見事につるつるなのだ。
「しかも毛を抜くために全身にガムテープ貼り付けて引っ張るなんてそれを聞いた時、私は鬼かと思ったわよ」
「ううぅ~」
鬼かと思うというよりは鬼の所業だ。
「アスカがやれっていうから・・・」
「はあ!?アンタが初めにやったでしょうが!」
「いい加減にしなさい二人とも!」
ミサトもこれ以上にないほど大激怒している。問答無用でアスカとレイは固いフローリングの上で正座をさせられた。
「まったく、なんであなた達はノリが合うとここまで見境がなくなるのよ・・・」
ミサトは頭をボリボリかく。
「兎に角、しばらくシンジ君にはネルフはもちろん学校も休ませるわ。リツコに頼んでなんとかしてもらうから、あなた達は学校が終わった後ネルフに来なさい!リツコからたっぷり怒ってもらうわよ!」
「「はーい」」

シンジは公用のためしばらく学校を休むということになった。何も知らないトウジ、カヲル、ヒカリ、ケンスケはシンジが危険な任務を任されているのではないかと随分心配したが、流石に理由は言えるはずもない。嘘をつくことに慣れていないレイは不器用にお茶を濁したせいかシンジは戦地に行っているとか、ヤバイ実験の被験者にされているという噂もたった。


「は~~、すごく怒られたわね・・・」
「ええ・・・母さん、怖かったわ」
ネルフに来て早々二人はリツコから大激怒された。声を荒げるミサトとは対称的に淡々とした口調で怒るためその怖さは想像以上である。『今度同じことしたらモルモットにするわよ』と最後につけられては、それはもう洒落にならない怖さだ。
「やっぱ脱毛クリームはやりすぎだったわね」
今更ながらアスカはその結論にたどり着いた。
「どうして?つるつるしていたほうがいいでしょ」
「そりゃ・・・そうだけどさ・・・今回は悪乗りしすぎたというか・・・」
「髭が濃すぎてシェーバーじゃ限界があるわ。なにか他にいい方法でも・・・」
ふと視線を感じてレイは口元に指を当てて『静かに』とジェスチャーを送る。そして視線だけを動かして辺りを探るが人の気配などない。するとアスカがレイの肘をちょんちょんと叩いた。
「なに?アスカ」
「もしかしなくても探してるのはアレじゃない?」
そう言って指をレイの後ろを指した。レイが後ろを振り向くと何故かやたらと挙動不審なゲンドウがいる。そしてチラチラとこちらを見ている。
「アレどうする?」
「無視しましょう」
ゲンドウを無視して話を進めることにした。
「ねえアスカ、電気シェーバーっていくらするものなの?」
「知らないわよ。でもシンジのことだから安物じゃないの?」

『なんと!ゲンドウが仲間になりたそうな目でこちらを見ている!』

「なんか変なログが出て来たけど」
「気にしちゃダメ」

『なんと!ゲンドウが仲間になりたそうな目でこちらを見ている!』

「さっきからめっちゃガン見されてるけど・・・」
「考えたらダメ」

『なんと!ゲンドウが仲間になりたそうな目でこちらを見ている!』

「もうなんなんですか!お義父様!」
ついにアスカが耐えられなくなった。ゲンドウはさも今しがた通りかかりましたみたいな顔をしている。
「どうした。アスカ君」
「どうしたじゃないですよ!さっきからアタシ達を見て!話に加わりたいなら声をかけたらどうですか!?」
「なんのことだ」
「父さん。父さんも話に参加したいのね」
「レイ、私には何の事だかわからないぞ。決してシンジに髭が生えてそれが濃すぎて困っているなんて私は知らないからな」
「「知ってるじゃない!」」
「シンジは私の血を引く息子だからな。髭の濃さも私譲りだ」
「そこは似て欲しくなかったです」
「アスカ君、私にまかせたまえ。可愛い義娘のために私がひと肌脱ごうではないか」
ゲンドウの口からまさか義娘という台詞が出てくると誰が予想しただろう。アスカは改めて彼らの家族の一員として認められているのだという嬉しい気持ちになった。
「お義父さま・・・」
ゲンドウはサングラスをかけなおすと真剣な目をする。それは特務機関ネルフ総司令官の顔だ。
「はじめよう・・・」
「シェーブ・インパクト発動!」
「「パクリ!?」」
ゲンドウは制服の前を開けると内ポケットから安全カミソリをその手に掲げた。
「私のお奨めはコレだ!この五枚刃で肌の弱い私でも綺麗に深剃りが!(以下略)」
松岡修造のように熱く語るゲンドウ。アスカとレイはものすごく冷ややかな視線で見ている。
「お義父さま・・・」
「アスカ、考えたら負けよ。自分が唯一メインの扱いを受けるキャンペーンだから、ここぞとばかりにねじ込みたいのよ」
「わかるけどね~いつもは洒落にならない悪役かマダオだからね」

「30分以内にお電話いただいた方に限り!もう一本プレゼント!だけどお値段そのまま!今ならネルフ特製のホルダーまでついてくる!」
「レイ、まだ続きそうだけどどうする?」
「帰りましょう。あ、この脱毛クリームは捨てましょう。流石にしばらくは使えないわ」
「そうね・・・スーパー寄って帰ろうか」
二人は使いかけの脱毛クリームをゴミ箱に捨てると家に帰る。

「さあ!今すぐお電話を!」
「って・・・いないではないか・・・ふっ問題ない」
この場合の問題とはいったい何を指すのか・・・ゲンドウ自身が大いに問題であるという事実はこの際スルーしたとして。
「フン、フ~ン♪」
「・・・・」
「はあ・・・」
歌いだした。そして落ち込んだ。ユイの生き写しであるレイと義娘であるアスカの二人に無視されて落ち込んでいる。
「フッ・・・だが、ここで立ち直れないゲンちゃんではない!」
ゲンドウは顔をあげると天に向かって拳を突き上げた。
「愛する息子!そして愛娘達のために!俺は立つぞ!」
「ふはーーーーーーっはっはっはーーーー!!」
休憩室で大声をあげて、そして高笑いをするゲンドウ。
その様子は不特定多数のネルフの職員が目撃している。日向もそのひとりだ。
「あの、葛城さんですか? 司令が休憩室で変な高笑いをしているのですが、どうすれば・・・え? 赤木博士に変わる? お願いします。もしもし、日向ですが・・・え? 無理? バカにつける薬はない? そこをなんとか・・・」


そして数日後の日曜日のお昼。シンジ、アスカ、レイ、ミサトの4人は珍しく全員で昼食を囲む。
「シンちゃん良かったわね。明日から学校行けそうで」
「はい!」
「良かったじゃないシンジ。みんな心配していたわよ」
「本当、良かったわ」
「あのさ、その原因作ったのが自分達だって自覚はある?」
「流石シンジよね~素麺だけじゃ野菜が摂れないからってめんつゆの中に漬け込んで食べやすくするなんてさ」
「枝豆おいしい・・・」
「人の話聞けよ!」
ミサトは昼食を囲みながら本来の家族の姿に戻ったことを心の中で素直に喜んだ。以前はレイがボケてアスカが怒り、シンジが止めるという構図だったが、最近ではアスカとレイがシンジをいじるという構図に変わってきている。もちろん今回のように暴走することも多々あるが、レイが明るく社交的になりつつあると考えれば結果的にはオーライでは?と思う。
「ほらほら、3人ともご飯の時くらいは静かにしなさい。折角シンちゃんが作ってくれたんだから」
ミサトは手をパンパンと叩いて3人に話しかける。3人はすぐに落ち着きを取り戻し各々に食事を再開する。それを見届けたミサトは麦茶を飲んでテレビの電源を入れた。
「ブーーーーーーーー!!!」
勢いよくミサトは麦茶を吹き出した。
「うわっ!なにするですかミサトさん!」
「ミサト!行儀が悪いわよ!」
「・・・かかったわ・・」
抗議の目がミサトに注がれる。しかし、ミサトは口を開けたまま動かない。その目はテレビに注がれている。
何を見ているのかと3人同時にテレビを見て、そして石化した。
そこには髭を剃り落してさわやかな笑顔を浮かべてインタビューに答えている。ゲンドウの姿があった。
『肌の弱い私でも、この安全カミソリを使って綺麗に剃れました』
『髭のそり残しでギクシャクしていた夫婦間も今ではアツアツですよ』
『ぜひみなさんにお奨めしたいですね!』
『さあ!この爽快感をあなたも!某国際公務員司令官もお奨め!これであなたもシェェェェブ・インパクト!』



「・・・なにこれ・・・」
「なにやってんだよ父さん・・・・」
「ひどいわ・・・」
「もうヤダこの組織・・・」




あとがきという名の言い訳
決して回し者ではないです。はい。
素麺に使うめんつゆに野菜を入れて漬け込むというのはガチです。少し濃いめのめんつゆに適当にスライスした野菜を入れてそれで終わりです。野菜のシャキシャキ感を残したいときは1時間から1時間半くらいがいいかもしれません。長時間漬けてもそのまま漬物として食べれますのでお試しあれ。
野菜は基本なんでもよいと思います。(私は胡瓜、しいたけ、たまねぎを使います。たまねぎは水でさらしたものを使用してください)


あぐおさんからのお話であります。ヒゲひとつでこんなにも話が膨らむとは……マダオなパパのせいですね(笑)

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