その日は朝から雨が強かった。
彼らの住む第三東京市も梅雨入りをし、雨の日が続いている。家ではシンジは洗濯物が干せないと嘆き、乾燥機はイヤとアスカが駄々をこねる。それはこの時期の風物詩ともいえるだろう。
レイは学校の帰り道、あまりにも強い雨脚に帰り道から少し外れた公園のベンチに避難をした。ハンカチを取り出して濡れた髪と制服を拭く。
「ひどい、雨ね」
レイは呟きながら空を見上げると雲がものすごいスピードで流れていく。天気予報ではまだまだ雨の強い日が続くと言っていた気がする。放課後、休んだクラスメイトの代理で出た委員会の会議が長引いたせいで下校する時間が遅れに遅れた。もう少し早めに終わっていればこんなことにはならなかったはず、そう思うと流石のレイの気分も憂鬱になりがちだ。
早く家に帰ってびしょ濡れの髪を乾かし服を着替えたい。しかし、この雨の強さの中を歩いて帰るのも気が引ける。どうしたものかと悩んでいた時だ。何かの鳴き声が聞こえた。
ふと周りを見渡すとベンチの下にダンボールの箱が置いてあり、その中からひょっこりと顔を出しているものがいた。
「あら・・・」



ネコ、侵入




レイが家に帰ると玄関先にシンジとアスカの靴が並んでいた。
「ただいま」
レイが言うと奥からアスカの声が響く。
「おかえり~タオル持っていくから少し待ってなさい!」
パタパタと足音が近づいてきてダインングにつながる扉が開いた。
「おかえりレイって・・・アンタなに抱えているのよ・・・・」
「見てわからない?」
レイは真っ白の子猫を大事そうに抱えている。
「ネコ?」
「わかってるじゃない。帰る途中拾ってきたの」
レイは大事そうに子猫を抱えていたのだ。そこへシンジもやってきた。
「綾波おかえり。って・・・それどうしたの?」
「拾ってきたの」
「ミ~」
レイの言葉に賛同するかのように子猫は鳴く。その鳴き声にアスカは萌えた。
「かわいい~~~~!!!レイ抱かせて!」
「ダメ。この子は抱かせない。私が抱くもの」
「ケチ!」
「ケチで構わないわ」
「いいじゃない!抱かせてよ!」
「イヤ」
子猫を抱こうとレイの周りをぐるぐる回るアスカと我が子を守るようにアスカに背を向けるレイ。この不思議な光景にシンジは思わず笑ってしまったが、ふと現実的な問題に直面する。
「綾波、その子猫飼うつもりなの?」
「ええ、何か問題でも?」
「ミサトさんに聞いてからのほうがいいよ?」
「どうして?」
「だって、ここの家主はミサトさんだし、このマンションがペットを飼ってもいいか聞いたことないから」
「大丈夫よ。ミサトさんならOKしてくれるはず。もし断るなら、こうして脅すから」
そう言ってレイはアスカの前に子猫を両手に抱えた。
「ほ~ら、あなたはだんだんこの子を飼いたくなる~」
「やめて~!私の心をネコで犯さないで~!か、飼いましゅ~❤」
子猫を前にメロメロになっているアスカとドヤ顔のレイ。その二人を前にシンジはこいつら本気でアホなんじゃないかと心配になってきた。

「たっだいま~」
ミサトが帰ってくるとレイはアスカと一緒に猫を飼っていいか聞いてみる。もちろん子猫を抱えた状態でだ。こうすれば優しいミサトならしょうがないと言って飼うのを許してくれるはず、そう思っていた。
「ダメよ。飼うのは」
ミサトの口からは予想を反した言葉が出てきたのだ。
「なんで飼っちゃいけないのよ!」
案の定アスカが激怒する。ミサトはあくまでも冷静に話す。
「だって、このマンション、犬猫のペットは原則禁止よ」
「ペンペンがいるじゃない!」
アスカはペンペンを指差す。
「ペンペンは鳥類よ。鳥とかなら飼っても問題ないけど、犬猫はダメなのよ。それが一つ目の理由」
「ひとつの理由・・・じゃあ、もうひとつあるのね」
レイの言葉にミサトは黙って頷くとビールを一口飲む。
「なによ!言いなさいよ!」
アスカの激昂にミサトは真剣な目を向ける。そして、語りだす。

「私、犬猫アレルギーなのよね」

ミサトの言った言葉を正確に理解したのはシンジだけだった。
「いぬねこ、あれるぎー?」
レイの言葉に黙って頷くミサト。
「冗談でしょ?」
「冗談じゃないわよ」

しばしの沈黙の後、葛城宅では大爆笑の笑い声がマンション中に響いた。
「あはははははっはははっは!あははははっはははは!」
「ネコアレルギー!(笑)ネコアレルギーだってぇ!おっかしい!あはははは!あり得ない!あり得ない!」
「ぷっ・・・くくくっ・・・・」
「だから言いたくなかったのよ!大爆笑されるから!加持にリツコにも大爆笑されたの思い出しちゃったじゃない!」
「当たり前じゃない。今世紀最高の体を張ったギャグよ」
「兎に角!このマンションで猫を飼うのはダメです」
ミサトは厳しい顔つきで3人をけん制する。
「じゃあ、ミサトさんはこの子をどうするつもりなの?」
「他の所に出ていってもらうしかないわね」
レイの目が厳しいものに変わる。
「そう、ミサトさんはこの子を大雨の降る外に放り出すのね」
「そこまで言ってないでしょ!」
「そして川のところにこの子を捨てて見捨てるのよ」
「あたしゃぁ鬼か!」
「そしてアタシたちもネルフからもらったお給料はミサトのビール代に消えてアタシたちは身ぐるみ剥がされて路頭に迷うのね」
「ちょっちおまえら表に出ようか」

ミサトから拳骨をしっかり頂戴した3人は現在、ミサトの前に正座している。シンジは内心(なんで僕まで・・・)と不満たらたらであるが口にしない。つーかできない。
「里親が見つかるまでなら預かっていてもいいわよ。できれば一週間以内に、それ以上は流石に私の体調が悪くなるから」
「ミサトさん、一週間以内なら大丈夫なんですか?」
シンジが心配そうに聞く。
「多分・・・ね」
「一週間以内で見つからなかったらどうするのよ!」
「そのときは・・・・考えたくもないわね」
「そのときは、ミサトさんが出ていけばいいと思う」
「それいいわね!」
「いやいやいや!ミサトさんが家主だから!それマズイって!」
案の定、ミサトの顔は般若のようにマジでキレていた。
「今すぐおまえらが出てけやコラ」
「「「マジすみませんでした」」」



こうして3人は子猫の里親を探すべく親交の深い友人たちに聞いてみる。
ヒカリ
「子猫か・・・うーん昼間はみんな出ちゃってるからな~すぐっていうのはちょっと厳しいかも」
トウジ
「すまんのぉ。ワシはええけど、サクラが猫嫌いやねん」
ケンスケ
「ネコ?あ~ダメだよ。精密機器が多いから」
カヲル
「僕はネルフの独身寮だからね。あそこはペット禁止なんだ。ごめんね」

「ダメか~」
「予想、していたけど」
「仕方ないよ。僕らの世代は片親が多いわけだし」
猫は特に手がかからないから簡単に飼うことができる。しかし、一人暮らしの場合だと外に出ないように籠や柵がないといたずらをされたときに取り返しのつかない事態になる可能性も決して高くはないのだ。家に誰かしらいれば問題は解決するのだが、現状は難しい。
「べ、別に同級生に頼まなくてもいいんじゃないかな?ほら、母さんのところとか」
「昨日聞いたわよ。リツコのところもダメだって」
「なんで?母さん無類の猫好きだろ?」
「ユウタがまだ小さいから、なにかあると困るって」
「そうか、それじゃ仕方ないね」
「母さんのおばあちゃんの家なら問題ないって言っていたわ」
「それなら問題解決じゃないか」
「アンタバカ?おばあ様の家がどこにあるのか知らないわけじゃないでしょ?県外に預けられたら気軽に遊びにいけないじゃない!」
「ええ、できる限り親しい関係の人じゃないと、会いにいきにくいし」
有力候補だったゲンドウ宅が断られたということでレイとアスカは初っ端から焦りを感じている。良くて県外、最悪のケースでは拾ってきた子猫は保健所へと送られてしまう。それだけは避けねばならないと二人は学校、ネルフ問わず里親を探すようにしたのだった。
しかし現実はどこまでも厳しい。ネルフの親しい関係者のほとんどが独身寮やペット禁止のマンションに住んでいるため飼うことはできない。
シンジ達が学校へ行っている間はリツコ達がネルフで面倒を見ているのだ。それならばいっそのことネルフで飼えばいいのではとレイとアスカはゲンドウに直談判したのだが、当然の如く却下されている。そうこうしているうちに約束の期限の半分が過ぎていた。
「困ったわ。誰も飼うことができないなんて」
「は~なんで誰もこの子を預かってくれないのよ!」
アスカは不満をぶちまける。レイの心に慈しみが芽生え始めたことに純粋な喜びを感じているアスカはどうにかしてレイとそのきっかけを与えてくれた子猫を距離の遠いところに預け離れ離れにさせたくなかった。もちろん自分が子猫と触れあいたいというのもあるが、それ以上にレイのためにどうにかしてあげたかったのだ。
もちろん、それはアスカだけではない。シンジもミサトも、そしてネルフ職員全員の気持ちも同じだった。シンジはシンジで別行動をして里親を探しているし、ミサトもまたネルフ職員にとその身内で飼える人はいないかと探しているが、条件に合う人はどうしても遠い人になってしまう。
「どうしよう・・・この子保健所にいかなきゃいけなくなっちゃうよ・・・」
アスカは泣きそうな顔をしてレイに抱かれた子猫を撫でる。レイは強い決意を表すかのように顔を上げる。
「その気になれば、私がこの子と一緒にミサトさんの家を出ていくわ」
「それはダメよ!レイがアタシ達と同居し始めた理由を忘れたわけじゃないでしょ!?それこそ本末転倒よ!レイが出ていくなら、アタシが出るわ」
「アスカ、あなたが出ていったら兄さんも出ていってしまう。そうしたら誰がこの部屋の掃除とご飯を作ってくれるの?それはダメ」
「それくらい自分でできるでしょ!」
「夢の島は流石に入りたくないわ」
悲痛な面持ちで俯く二人、レイはもう一度顔を上げた。
「こうなったら・・・アレをやるしかないわ」
「アレって?」
「耳を貸して」
レイはアスカに策を進言した。



「ただいま」
シンジが家に帰ると部屋の奥から子猫の鳴き声とレイとアスカの声が聞こえる。きっと子猫とじゃれているのだろう。こうした微笑ましい光景ももうすぐ終わりになると思うとシンジも寂しかった。ドアを開けてダイニングに入ると・・・
「ミー」
「ニャ~」
「ほらほら、猫じゃらしよ」パタパタ
なにかしてる。
「次!アタシ!」
「はい」
レイがアスカに猫じゃらしを手渡す。
「ほらほらほら~」パタパタ
「ミー」
「ニャー」

状況を説明しよう。
今、シンジの目の前にはアスカ、レイ、そして子猫がいる。そして2人と1匹はリビングルームで猫じゃらしで遊んでいる。ここまではみなさんもご理解いただけるかと思う。
そしてアスカとレイの二人は・・・・制服にネコミミをつけていた。

おわかりいただけただろうか・・・・
シンジの目の前には化け猫が2匹いるのだ・・・・


「・・・なにやってるの?」
「シンジおかえり!」
「おかえり兄さん」
普通に返事が返ってきた。
「どう、これ?似合うかニャン❤」
アスカはそう言いながら猫のポーズをとる。
「うん、よく似合ってるよ。じゃなくて!なんでそんな恰好してるんだよ!」
「わからない?こうしてミサトを説得しようと思って」
「いやいやいや、流石に無理だと思うよ?僕が個人的に得をしているだけだよ。現在進行形で」
「兄さんは、こんな姿をする私とアスカを見て何も思わないの?」
「何か思うどころかドストライクだよ!どこで買ってきたんだよそのネコミミ!」
「買ってないわ。母さんからお古をもらっただけ」
「なにやってんだよ!母さん!」
「MAGI監修の優れものよ。脳波に反応してピクピク動くの」
「そんなことにMAGI使わないでよ!無駄にクオリティ高けぇな!」
「レイのしてるのがリツコの、アタシのがお義父様のものよ」
「父さんも使ってたのかよ!」
「あら、お義父様もネコ好きなのよ。別の意味で」
「聞きたくなかったよ!そんな事実!」
「ねえ、着替える前にシンジも一緒に遊ばない?」
「遊ばないよ!むしろ別の意味で聞こえるから!僕は早く自分の部屋に戻ってエントリープラグからLCL的なものを強制射出させたいんだ!」
「兄さんも一緒に遊ぼう」
「遊ばないって言ってるだろ!?今この場で『俺って最低だ』って言わせたいのかよ!早く賢者にならないととんでもないことをしでかしそうだよ!」
「シンジ、逃げちゃダメよ。なにより金髪ネコミミ制服のコスプレから」
「今は逃がしてよ!僕の初号機は限界なんだ!」
「兄さん、私とひとつになりましょう?それはとてもとても気持ちいいことなの」
「嫌だよ!気が付いたら14年経ってましたってオチになりそうだよ!」
「メタ発言はやめてなさいよ!」

「あなたたちなにしてるの?」

その問いかけに恐る恐る後ろを振りむくとミサトがいた。
「お、おかりなさい・・・ミサトさん」
「ただいま、っていうか状況を説明してくれない?」
「いつからいたのよミサト!」
「私を説得しようとという辺りから」
「ほとんど最初からじゃない!」
「だったら早く止めてくださいよ!」
「なんか面白そうだったから~というより、そんな恰好しても子猫の件は延長しないわよ。ゴホッ」
「どうしてですか?」
レイは静かに聞く。その口調は厳しいものがあった。
「この部屋のルールだからよ。レイ、あなたが自分より弱い者を慈しむ気持ちは最大限に配慮してあげたいし、この件もできる限りあなた達の希望通りの結果にしてあげたい。でもね、世の中にはルールというものがあるの。目に見えない暗黙のルールも含めてね。それを破ることは人間社会で生きていくうえでマイナスでしかならないわ」
「でも」
「わきまえなさいレイ。あなたはいつまでも子供じゃないのよ。ゴホッ」
レイは目に涙を浮かべると自分の部屋に戻った。アスカはミサトの言い方に非難する。
「ミサト!?いくらなんでも酷いじゃない!あんな言い方されたらレイだって傷つくわよ!」
「言い方に棘があったのは認めるわ。でも、外に出ればもっとひどい言い方をされるのよ。蝶よ花よでレイを育てたってあの子のためにならないわ。それにアスカ、あなたがちゃんとフォローしてくれるでしょ?」
「・・・わかったわ」
アスカはレイの部屋へと入っていく。リビングにはシンジとミサトだけが残された。
「あの、ミサトさん・・・大丈夫ですか?」
「うん?なにが?」
「さっきから、咳をしてます。それも嫌な咳を」
「・・・大丈夫よ。リツコからアレルギーの発作を抑える薬をもらっているから。今日はもう休むわ」
ミサトはそれだけ言うと自分の部屋へと戻っていった。
その夜、深夜に何度もせき込む音と水をがぶ飲みしているミサトの姿があった。
昨晩のミサトの様子からシンジは嫌な予感がしている。そして、その予感は正しかったことが次の日の朝に知ることとなる。

朝、シンジは布団から起きると顔を洗いに洗面台へ向かう。ダイニングではアスカが既に起きていてみんなの分のお弁当を盛り付けていた。
「シンジおはよう。ご飯できてるわよ」
「おはよう。いつもありがとう」
「なんか、こうしてるとさ。本当に夫婦になったみたいね」
「あ、朝から恥ずかしいこと言わないでよ・・・」
シンジは顔を真っ赤にしながら洗面台に向かい顔を洗う。さっぱりしたところでシンジはミサトを起こそうと部屋の中に入った。
「ミサトさん起きてください。朝ですよ」
返事がない。ただのしかばねのようだ。
ではなくて、返事がないかわりにひどくせき込んでいる。シンジがタオルケットをはぐと、苦しそうに顔を歪めたミサトがいた。
「ミサトさん大丈夫ですか!?」
「ああ・・・シンちゃん・・・ゴホッゴホッ!ごめんね・・・」
よく聞けばミサトが息を吸うたびにヒューという音が聞こえる。
「ミサトさん!薬を持ってきます!」
シンジはミサトの部屋を飛び出すと自分の部屋に駆け込み自分用の常備薬が入った箱を空ける。シンジの異常な行動を見たアスカもまたシンジの部屋を覗く。
「シンジどうしたの?」
「ミサトさんに発作が起きたんだ!ネルフに連絡を!」
「わかったわ!」
シンジは自室から気管を拡張する薬を取るとミサトに薬を吸わせる。シンジもまた過呼吸になることが過去にあったため念のためにこの薬を持っていたのだが、もらって時間が経ちすぎているせいかシンジが望んだ効果がでない。ミサトは連絡を受けた保安部の黒服に連れられてネルフの病院へと運ばれていった。


放課後、シンジから学校へ行くように言われたアスカとレイはその足でネルフへと向かう。病院の間違いではないかと思ったが、発作の症状そのものは病院で処置をするとすぐに治まり普通に仕事ができるようになっていた。預かってもらった子猫を抱えてミサトの部屋に行くと部屋にはシンジとリツコがいた。
「ミサト大丈夫?」
「ええ、今のところはね。でも、家には帰れないわ」
ミサトは最後に言いづらそうに話した。
「母さん、ミサトさんに発作を抑える薬を処方してたんじゃないの?」
「レイ、そのことなんだけど、確かにミサトに薬は処方していたわ。でも、私の予想を超えるほどのアレルギー反応がでてしまったの。いくら薬で抑えていても限界をこえてしまったのよ。子猫をどこかに預けて家の中を徹底的に掃除するまで正直今の部屋に帰るのはお奨めできないわ」
「そんな!」
リツコの言葉にレイは悲痛な声をあげる。レイの腕に抱かれている子猫は不安そうにか細く鳴く。
「しばらくは仕事忙しいし家に帰れそうにないから期限までにどうにかしてくれればいいよ」
ミサトは自分の体のことを後回しにして子猫のことを優先するよう伝える。確かに期限にはまだ時間はある。しかしミサトの体調が崩れてしまった以上早めに解決したほうが良い。そう判断した。
「あの、母さん」
「なに?シンジ」
「母さんのおばあさんの家に預けてもらえませんか?」
「兄さん!?」
「・・・それでも構わないけど・・・いいの?」
「嫌です。絶対に嫌です!ねえ、アスカも何か言って」
レイは強硬に反対する。悲痛な思いでアスカに同意を求める。しかし・・・
「・・・・」
アスカは悔しそうに唇を噛み締めたまま何も言わない。言えなかった。
「そんな・・・アスカ!アスカ!」
「綾波、別にもう会えないわけじゃないからさ、それに・・・」
「兄さんは何もあの子の面倒を見てないから、そういうことが言えるのよ」
「なっ!そんな言い方ないだろ!?」
「レイ、残念だけど、ここは・・・」
「アスカ・・・・」
アスカの言葉にレイは目に涙をためながら厳しい視線で周りを見渡す。
「それなら、私があの子と出ていくわ」
「レイ!?」
「もう、頼まないわ。あの子を見捨てるなら、あなた達は用済み」
レイはそれだけ言うと子猫を抱きかかえたまま部屋を飛び出していった。ネルフにアスカと一緒に来たときはどんよりとした曇り空だったが、彼女が飛び出した時は大粒の雨が降り注いでいた。
レイは雨の中を子猫を抱いたままひた走る。
「渡さない・・・絶対、渡さない・・・」
呪文のように呟くレイ。出ていく決意はしたものの、彼女がいける場所は極めて少ない。友人たちの家などはすぐにでも見つかってしまうだろう。レイは子猫を見つけた公園に向かった。
公園で子猫を抱きながらベンチに座る。夏とはいえ雨で濡れた服は容赦なくレイの体温を奪う。子猫もずぶ濡れで寒そうに身を屈めていた。
「大丈夫、あなたは私が守るもの」
愛おしそうに子猫を撫でるレイ。奇しくも子猫と言う存在がレイに対して母性というものを目覚めさせていた。
これからどこへ行こう?思案にくれるレイに足音が近づく。
「レイ・・・」
「綾波・・・」
シンジとアスカだった。レイは二人に顔を向けることなく話しかける。
「何しに来たの?」
「帰ろう。そんな恰好じゃ風邪ひいちゃうよ」
「嫌、帰らない」
「レイ、その子のことだけど・・・」
「嫌!聞きたくない!」
レイは子猫を抱きながら片手で耳を塞ごうとする。しかし、その手はシンジによって阻まれた。
「嫌!離して!」
「綾波!最後まで人の話を聞けよ!」
「嫌!いやああ!」
「レイ!その子はヒカリが預かってくれるそうよ!」
アスカの言葉にレイの動きが止まる。
「いま、なんて?」
「ヒカリがね、再来週からなら里親になってもいいって・・・レイが出ていった後にアタシの携帯に連絡が来たの」
「うそ・・・」
「本当だよ綾波。委員長の祖母が再来週から一緒に住むみたいなんだ。向こうも了承済みだよ。その子は委員長の家で飼うことになったんだよ」
「ヒカリが言ってたわよ。いつでも会いに来てくれて構わないって、よかったわね。レイ」
アスカはそういってレイの体を抱きしめる。レイの体は驚くほど冷え切っていた。
「ちょっとレイ!?体冷やしすぎよ!早く家に帰ってお風呂入らないと!」
このまま歩いて帰るのも時間がかかるため、緊急措置として黒服たち呼び、シンジ達を迎えに来た。家についたレイはすぐにアスカと一緒にお風呂に入る。子猫も一緒だ。冷え切った体にアスカ好みのぬるま湯でも熱く感じられた。体が温まると気分が落ち着き始めたのか、レイは声をあげて泣き始めた。アスカは何も言わずにレイの頭を抱きしめる。レイの泣き声はいつまでも響いていた。
あれほどひどく降っていた雨はいつのまにか上がっていた。


ヒカリに預けられる間、子猫はそのままミサトの家で預けられることとなった。これはミサトからの提案でその短い時間の中レイは子猫といつも一緒だった。
そして、子猫は予定通りヒカリの家で飼うこととなった。

ヒカリの家で飼うことになって2週間、レイとアスカは日々の用事やユウタの面倒をする忙しい日々の中合間を縫って子猫に会いに行った。ヒカリもまた彼らを歓迎した。ただ、家の家事が疎かになりがちではあったが、そこはシンジが積極的にフォローをし事なきを得ている。
そんなある日のこと、いつものように家に帰ったシンジが夕飯の準備をしていると携帯電話が鳴った。番号を見るとヒカリの携帯だった。
「もしもし?どうしたの委員長」
『もしもし?碇さんですか?ノゾミです!』
「あれ?ノゾミちゃん?どうしたのさ?」
『突然電話してすみません。あの、レイさんとアスカさんのお迎えに来てもらえませんか?』
「え?それはいいけど・・・」
『お願いします!』
それだけ言うと電話は切れた。何かヒカリの家で不都合なことでもあったのか?シンジは不安を感じながらヒカリの家に行く。ヒカリの家に着くとノゾミが玄関を開けた。
「あ、碇さんすみません!レイさんとアスカさんをどうにかしてもらえますか?」
「え?なにかあったの?」
「見てもらえればわかります」
ノゾミに案内されて通された部屋では・・・
「ミー」
「ニャー」←レイ
「ニャ~」←ヒカリ
「よしよし~いい子ちゃんたちでしゅね~❤」←アスカ


ネコミミを装着したアスカ、レイ、ヒカリが化け猫と化して子猫と戯れていた。


「すみません・・・猫が来てからお姉ちゃんもアスカ達もずっとあの調子で・・・」
「化け猫が増えてるね」
「どうにかしてください!お姉ちゃんもあんな調子じゃ気が狂いそうになります!」
「うん・・・無理だね」
この日以来、洞木宅は通称化け猫屋敷と言われるようになった。そして数日後・・・
「なんかワシもこの恰好されたわ」
「エヴァファンの最下層を掘り下げてもない需要だよ。むしろトラウマだよ。トウジ」
トウジもネコミミを強制的につけさせられていた。

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