Prrrrr
「もしもし?」
『シゲルかい?母さんだよ。最近ちっとも連絡をくれないから、うちからかけたよ。どうだい?元気にしているかい?』
「ああ、もちろん元気だよ。大丈夫さ」
『そういえば、この前気になっている女の人がいるって言ってたじゃないか。その娘とはうまくいっているのかい?』
「いや~それが・・・あはっは」
『笑っている場合じゃないよ。あんたもいい歳なんだから早くお嫁さんもらわないと』
「そんなにせっつかないでくれよ」
『もうお父さんも歳だから、あんたがこっちに戻ってきてもらえるとありがたいんだけどねぇ』
「そんなこと言われても・・・」
『あ、そうそう。赤石マイちゃん。覚えているだろ?あんたの幼馴染の』
「覚えているよ。正確には結婚して苗字が違うけどな」
『あの子、旦那さんと離婚して実家に帰ってきているよ。この前ばったりと会ってねえ。あんたと話をしたがっているよ』
「そう、なんだ・・・」
『連絡先を教えてあるから近いうちに連絡がくるだろう。ちゃんと相手してあげなさいよ』
「あ、ああ・・・」
『あ、お父さんが話をしたいって言うから変わるわ』
「えっ?おやじが?」
『Yo!ちゃんと飯食ってるか♪』
「なんでラップ調なんだよ!」



シゲル、魂の叫び




青葉はネルフの休憩室でコーヒーを飲んでいる。頭に思い浮かぶのは幼馴染のマイのことだ。彼女は青葉の初恋の相手であり、元交際相手でもある。青葉がギターをやり始めたきっかけをくれたのも彼女だった。いや、正確にはギター職人である彼女の父親だったが。ミュージシャンを目指していた学生時代、事務所から落第のレッテルを貼られてネルフの道を歩んだ。最初はネルフの狭き門を通過した青葉を誇りに思い応援をしていたのだが、ネルフは使徒迎撃のための組織であり、当時のイメージもかなり良くない。そして目まぐるしいほど忙しい毎日ですれ違い、彼女から別れを告げたのだった。そして、シンジが第三新東京市に来てしばらく経ったある日、手紙で彼女が結婚したことを知った。写真で見た彼女の笑顔はどこか寂しげだった。
「よう、どうした難しい顔をして」
思案にくれているところを急に声をかけられて現実に戻る。青葉の後ろには日向がいた。
「マコトか」
「なにか悩み事でもあるのか?相談なら乗るぜ」
「うん、そうだな」
青葉は日向に胸の内を話す。日向は黙って聞いている。全てを聞き終えた後、日向は一言だけ言った。
「難しいところだよな」
「まあな」
「ネルフ、辞めるのか?」
「正直悩んでる。このままずっと続けていきたいって思うような仕事でもないしな。たまに思うんだ。俺、このままでいいのかなって」
「シゲルさ、マヤちゃんと付き合ってたんじゃないのか?」
「付き合って・・・赤木博士が司令と結婚した後だったかな。一応そういうことになっちゃいるけど、あれじゃ中学生の恋愛事情だよ。キスはおろか手もまともに握ったことはないさ。彼女が嫌がるからな」
「彼女、潔癖なところあるからな・・・」
彼女がこのように潔癖症になったのは少女時代にひどいセクハラを受けて摂食障害に陥ったというトラウマのせいだ。そのせいで異性からの視線には人一倍敏感であるし、男性に対しての嫌悪感も強い。それでも彼女が青葉と交際ができているのは青葉がマヤのことを大切に想っているというのがマヤ自身わかっているからだ。それでも彼女のトラウマを拭い去ることはできない。
「シゲルさ、もしかしてお前・・・その幼馴染のことが」
「そうかもしれないな・・・」
「そうか・・・」




「ふーん、青葉君も青春しているのね」
夜、日向はミサトの家で食事をしている。たまには夕飯を食べに来てくださいとシンジから誘われたからなのだが、青葉のことを気にかけていた日向にとってはいい機会だった。
「青葉さんってナンパなイメージあるけど、そうでもないのね」
「アスカちゃんの言う通りだよ。バンドが趣味っていうことで軽く見られがちだけどね。幼馴染の子とは学生時代ずっと付き合っていたらしい。お互い思う所があったんだろうけど」
「お互い好きなのに、どうして別れるの?」
「それは・・・その人によりけりだけど・・・」
「それの何がいけないの?お互い好き同士ならずっと一緒にいればいいのに」
「好きという感情だけじゃ、いつまでも一緒にはいられないものなのよ。レイにもいつかわかる日が来るわ」
自分の過去を思い出したのだろう。ミサトはビールを一気に飲み干した。レイはふと寂しそうにアスカとシンジを見る。
「ん?どうしたの綾波」
「その話だと兄さんとアスカも、いつかは別れてしまうの?」
「アタシ達の場合はもっと特殊よ。一目会った時にお互いが惹かれた。でも、同時に殺してやりたいほど憎んだ。認めたくなかった。それはシンジも同じよ。同じことを何度も思ったって言ってたわ。殺してやりたいってね。それでも好きでいることを辞められなかった。お互いがお互い吐き気がするほど醜い部分をぶつけ合って、それも認めた上で一緒に生きることを選んだの。アタシ達は別れようがないわね。離れられないもの」
レイは少しだけ顔を逸らす。
「・・・ちっ・・・」
「オイ、今舌打ちしたよね?」


「よし!今日のお仕事終了!マコト、先に帰るぜ」
「おう、お疲れ」
「青葉さん、お疲れ様」
「マナちゃんはまだ仕事かい?」
「ええ、先輩の穴埋めが大変で」
「そっか、先に帰るよ」
青葉がネルフを出ると外はもう真っ暗だ。冷え切った風が身に染みる。
「うぅ~寒い寒い。帰りがけにバーでも行こうかな」
その時、青葉の携帯が鳴る。電話に出ると幼馴染からの電話だった。
「もしもし?」
『あ、シゲル?私よ。わかる?』
「もしかして、マイなのか?」
『そ!大当たり~』
青葉は歩きながら幼馴染と話をしている。数年連絡を取っていなかったとはいえ、彼らの付き合ってきた時間がそれを感じさせないほど会話は弾んだ。
『そういえばシゲルは今第三東京にいるんだよね?』
「ああ、そうだけど」
『今度、遊びに行ってもいいかな?なんか話をしてたら会いたくなっちゃって』
「ああ、いいよ。そうだな、今度の土曜の夜なら時間が空いているぜ」
『OK!その日に遊びにいくね!』
青葉は電話を切ると携帯電話を眺める。ふと周りを見渡すと第三東京市の繁華街はクリスマスムード一色に染まっている。
「もう、そんな時期になるんだな・・・」
青葉はポケットに携帯電話を仕舞い込むと家路を急いだ。


土曜日の夜、青葉は待ち合わせのため駅前のクリスマスツリーの下で彼女を待つ。すると、彼の視界が突然真っ暗になった。
「だ~れだ!?」
「マイだろ?」
「うふふ~当たり~」
「お、おい!?」
青葉が彼女と向かい合うといきなりマイは抱きついてきた。
「いいじゃない別に、知らない間柄でもないんだから」
体を離した彼女を改めて見る。セミロングの髪を後ろで束ねた髪型で優しそうな雰囲気を持つ彼女は雰囲気がどこかマヤに似ている。
「久しぶりね。元気そうで安心したわ」
「そっちこそ、随分綺麗になっちまって」
「傷入りだけどね~。さ!どこか食べに行こう!」

二人の会話は本当に弾んだ。この間長電話していたにも関わらず会話はいつまでも続く。
「そういえばさ、シゲルったら飛び込みでコバルトスカイのギタリストやったんだって?聞いたわよ」
「あれか~頼まれてな」
「やっぱシゲルは音楽に関係したことをやったほうが合うのよ。ネルフなんてとこじゃなくてさ」
「そう、かな?」
「そうよ。私が言うくらいだから」
「・・・・・」
初めて会話が途切れる。マイは続ける。
「私のお父さんさ・・・もう歳でさ、ギター作るの大変みたいなんだよね。それで弟子を募集しているみたいだけど、人が来なくてね」
「そうか」
「ねえ・・・シゲル、こっちに戻ってきてギター作ってみない?」
「え?」
「子供が遊ぶような玩具のギターだけど何回か作ったことあるでしょ?シゲルは器用だから大丈夫よ」
「俺は・・・」
青葉は言葉に詰まった。マイは本気だ。ギターに関わる仕事をやれるというのは青葉にとって非常に魅力的な仕事だ。ネルフで稼いだお金は忙しいためあまり使われずに預金口座にダンクシュートされている。そこで一人前になって稼いでいけるまで贅沢さえしなければ十分やっていける金額だ。ただ、地元に帰るとなるとマヤはどうなるのだろう?青葉はそれが気になった。
「別に今すぐ返事が必要ってわけじゃないからゆっくり考えて。私、待ってるから」
「ああ、わかった」
「随分遅くまで遊んじゃったわ。ねえ、シゲル。今夜泊めてくれる?」
「ええ?それは・・・ちょっと・・・」
「なによ。いいじゃない」
「いや、色々溜まってるし・・・」
「今更よ。大体、私を初めて抱いたのはシゲルじゃない。別に私はシゲルならいいわよ」
結局青葉はその夜はマイを自宅に泊めることとなった。

それからというもの青葉は何をやるにしても繊細さが欠けていた。
「青葉君ちょっちいい?この書類、不備があるけど」
「え?あ・・・すみません」
「もう、しっかりしてよ。最近だらしないわよ」
「本当に、すみません」
書類不備など些細なことではあるがミスを連発するようになり、休憩所では缶コーヒーを片手にボーッとしている姿をよく見るようになった。ある日、いつものように休憩所でコーヒー片手にボーッとしているところをマヤに声をかけられる。
「どうしたの青葉君、ボーッとしちゃって」
「マヤちゃんか・・・いや、少し考え事」
「ふーん・・・」
「マヤちゃんさ・・・この仕事、続けていくの?」
「え?なに言い出すの急に。当たり前じゃない。先輩の後を継ぐように頑張らないといけないんだから。そういえばこの間先輩がね?」
マヤは嬉しそうにリツコとの出来事を青葉に話す。青葉はそれをどこか遠くの出来事のように聞いていた。
「ねえ!青葉君!ちゃんと聞いてる?」
「え?ああ、ごめん」
「もう、本当にどうしたの?悩み事があれば聞くわよ」
「いや・・・その・・・」
「あの、さ・・・マヤちゃん。俺さ、ネルフ辞めようかと思うんだ」
「ええ!?ネルフ辞めて何する気なのよ!?」
「ギター作ろうかなって・・・俺、音楽の才能ないけど、それでも音楽に関わることをやっていきたいって思って・・・工作とかなら得意だし・・・それでね?できればマヤちゃんにもついてきて欲しい」
青葉はありったけの勇気を振り絞り胸の内を開ける。その中にマヤに対するプロポーズの言葉もあった。マヤにネルフをやめてついてきて欲しいと言うのは彼女の仕事に、リツコに対する思いの丈を知る青葉にとっては言いづらいものだった。その言葉にマヤは悲しそうに首を振った。
「ごめん・・・それはできない。私、この仕事ずっと続けていきたいから」
「そっか、そうだよな」
マヤは居づらくなったのか早々にその場から離れる。青葉は大きくため息をつくと天井を見上げた。

数日後、青葉がネルフをやめるという噂はネルフの間ですぐに話題となっていた。本人もあっさりと認めたため使徒戦役の頃からずっと一緒にやってきた仲間達は寂しそうではあったが笑顔で彼の門出を祝福したのだった。
マヤはリツコの部屋で黙々とキーボードを叩いている。
「マヤ、聞いたわよ。青葉君、辞めるそうね」
「はい」
「あなたのことだから青葉君と付き合っていても手を繋ぐことも、キスもしていないしょうけど」
「キ、キスなんて!そんなのできません!」
「マヤ・・・」
彼女のトラウマがとても根深いものであるとリツコは改めて知る。
「キ、キスなんかしたら・・・・」
「赤ちゃんできちゃうじゃないですか!」
「あ、キャベツ派じゃないのね」
というわけでもなかった。


その頃、青葉が休憩室でぼんやりとしているところを声をかけられる。
「青葉さん」
「レイちゃんじゃないか。珍しいね」
レイだった。レイはどことなく怒っているようだ。
「話は聞きました。ネルフを辞めるそうですね」
「ああ、そこまで話が広まっているのか。レイちゃんも知ってるとなると情報源は葛城さんかマコトかな?」
「伊吹さんはネルフに残るって聞きました。彼女のこと、どうするつもりですか?」
「どうするもなにも、これで彼女とは終わりだよ」
「連れていかないんですか?」
「ああ、誘ったけど断られたからね」
「どうして?」
レイの口調が変わったことに気が付いた青葉はレイを見る。レイは赤い目に涙を浮かべそれを拭うことなく青葉を睨み付けている。
「どうして一度断られただけで諦めるのですか!伊吹さんに対する青葉さんの想いってその程度なんですか!?」
「レイちゃん・・・」
「こんなの!こんなのって・・・悲しすぎます・・・・」
レイがここまで感情的になるのを青葉は初めて見た。最近は笑顔を見たりなど、感情表現が大分豊かになっていることを知ってはいたが、ここまで感情をシンジやアスカ以外にぶつけるなど想像もできなかった。青葉は言葉を選びながらレイに話す。
「別に、お互いが嫌いになって別れるわけじゃないさ。ただ、同じ景色を見ていなかっただけさ。レイちゃん、ありがとう。ここまで彼女のことを心配している人がいるってわかっただけで俺は満足さ。それに、綺麗な別れ方だからね。もし、今後同じ想いがお互いにあれば、また出会う未来もあるさ」
「そんなの、詭弁です」
「別れたからってすべてがゼロになるとは限らないものさ・・・」
「わかりません・・・そういうのは」
「そうだよな。俺にもわからないからな」
青葉は最後におどけるように笑いながら言った。


そして、青葉がネルフを去る日がやってきた。
作戦部とオペレーター達は青葉の送別会のために早めに仕事を切り上げて居酒屋へと繰り出していった。
リツコがユウタの子守りをゲンドウに頼みネルフに戻るとマヤがリツコの部屋でキーボードを叩いていた。
「マヤ?あなた送別会に行ったんじゃなかったの?」
「いえ、私はまだ仕事がありますから」
「でも・・・」
「今更会わせる顔もないですから、これでいいんです」
淡々と事務的に言うマヤ。リツコは優しくマヤを諭す。
「マヤ、これで最後になるのかもしれないのよ?ちゃんと顔を出してきなさい」
「先輩・・・青葉さんからついてこないかって言われて私、断ったんです。そんな私がどんな顔をして会えばいいんですか!」
「マヤ・・・」
「遅いんです・・・今更遅いんです!」
大粒の涙を流しながらリツコに言うマヤ。リツコはあくまでも優しく諭すように話を続ける。
「それでもマヤ、あなたは青葉君のことが好きなんでしょ?」
「えっ?」
「あなたは気が付いていないかもしれないけど、あなたと青葉君が付き合い始めてすごく笑うようになったのよ。マヤ。眉間に皺を寄せて難しい顔をすることがなくなった。私の後継者になるんだって頑張って、頑張りすぎてイライラしていた時期もあったけど、それでもあなたはいつも笑っていたわ。青葉君のおかげで・・・いつも張り詰めていた空気を出していたあなたが変われたのよ。青葉君と付き合い始めてからね」
「先輩・・・」
「行ってきなさい。やらなかった失敗は後悔しか残せないけど、やった失敗なら取り戻せるわ」
「先輩・・・はい!」
マヤは勢いよくドアを開けると飛び出していった。リツコは嬉しそうに彼女の背中を見送った。

素敵な別れさ 出会いの未来があるから
夢叶う日まで いまここでそう Bye For Now


マヤは走る。早くこの想いを届けたいから。

君の旅立ちを 誰にも止められない
心に決めた 君だけの勇気だから


「青葉さん!・・・青葉さん!」

素敵な別れさ 出会いの未来があるから
夢叶う日まで いまはここでそう Bye For Now


「青葉さん!」
マヤは会場の居酒屋があるビルを見つけると階段を駆け上がる。

すべての明日は いつだってきっと君の味方さ
夢叶う日まで いまはここそう Bye For Now


店に入ると奥からみんなの笑い声が聞こえる。
(あそこね!)
自分をおちつかせようゆっくりと歩く。
「青葉!来ていない伊吹マヤちゃんに向けて一言!3!2!1!どうぞ!」
(青葉さん!)

「ヤラせろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「 」


リツコがコーヒーを飲んでいるとマヤが帰ってきた。
「マヤ・・・あなた送別会に行ったんじゃなかったの?」
「あーはい、でももういいッス」
「え?」
「男って生き物はどいつもこいつもクソムシだってことがよくわかったからいいッス」
(何があったのかしら・・・)



あとがきと言う名の言い訳
こんにちはあぐおです。今回は青葉シゲルと伊吹マヤにスポットを当てた話です。この話そのものはゲームのエヴァ2の二人のストーリーをベースにその後の話として膨らませていきました。というよりも好きだけどお互いのために別々の道を歩むというのは恋愛話においてはよくある話なのですが、綾波レイという人物から見ればこういうのはずるい大人の領分に入るのではないかと私は思いました。だからこそ、彼女を成長させていくうえで早すぎるかもしれないけどひとつの経験としてこういうのも見せようかと思いました。この話の主軸は青葉とマヤにありますが、主人公はあくまでもレイであり、彼女が成長していくのがメインストーリーです。青葉とマヤにスポットを当てた話もないから作りたかったというのもありますが・・・
作中に出てきた歌はT-BOLANの「Bye For Now」です。書いていてふと思い出したのでぶちこんでみました。青葉のキャラからすれば洋楽なのですが、何分洋楽の知識が薄いので大目に見てください。気になった方はようつべなどで是非聴いてください。


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