「総員戦闘態勢に移行!やむを得ない場合彼らと交戦します!」
デーミッツの激が飛ぶ。そんな中、隊員のひとりがこそこそと上官に耳打ちをする。
「あの、なんで俺たちがネルフの作戦指揮官の元で戦わなきゃいけないんすか?」
「簡単なことさ。ここまでの大規模戦闘の指揮経験者は菅原さんと彼女しかいない。でも、菅原さんが指揮を取ったとなるとお偉いさんが黙っていない。だからこそ彼女なのさ」
「でも大丈夫なんですかね?彼女で」
「・・・お前、彼女のこと知らないのか?」
「はい、そんなに有名人なんですか?」
彼は大きくため息をつくと面倒臭そうに話す。
「6年ほど前、彼女がネルフドイツにスカウトされる直前だったかな。中央アジアで過激派の連中が勢力を拡大して紛争になったことあるだろ?そこで奴らの主力部隊を半壊、重要拠点の奪還も何度も成功させている。正規軍が許されるギリギリの反則まがいの戦術を駆使して幹部の心をへし折るほど叩きのめした部隊を率いていたのが彼女さ」
「まさか!そんな・・・」
「世界を敵に回し、死を恐れなかった過激派の連中が彼女だけを恐れた」
「それが・・・彼女ですか?」
「そう、エミリー・デーミッツ」




第五話 ケンスケの憂鬱





デーミッツはVTOLからアノール・ロンドの軍勢を見下ろす。
「古代ローマの軍隊もこんな感じだったのかしらね?」
「なにがです?」
「陣形よ。蟻一匹入り込めないほど一分の隙もありはしないわ。しかも行軍していても一糸乱れない。素晴らしいわ~彼ら、相当強いわね」
「それは見ればわかりますよ。なんなら白旗でも上げましょうか?」
「グッドアイディア!でもそれはあくまでもこの世界での基準。私達の相手じゃないわ。とりあえず相手に呼びかけてみましょうかね。交戦する気はないから帰ってくれって」
「無駄だと思いますけどね・・・」

『あー、あー、こちらネルフジャパン。私は作戦指揮官のエミリー・デーミッツ。我々はあなた達と剣をまみえる意志はない。よってこのまま帰国することを強く望む。こちらの言うことに従うなら行軍を止め、180度転身せよ。受け入れられない場合は交戦の意志があると受け止める。以上』
デーミッツの声が拡声器からアノール・ロンドの軍相手に響く。しかし相手は止まることなくこちらに近づいてくる。
「・・・くすん、無視された」
「だから無駄だって言ったじゃないですか」
呆れたように補佐官が言うとデーミッツの表情が変わる。その顔は実戦を経験した軍人の顔だ。
「仕方がないわね。諜報班から彼らの大将については何か情報は?」
「戦上手でキレ者と評判みたいです。後、銀の鎧で武装しているのは常勝無敗の銀騎士団。竜騎兵を使っても追い返すのが手一杯な相手です。隊長クラスは金の鎧を着ている人です。言わずと知れた歴戦の猛者ですよ」
「ふーん、じゃあ相手は自信家なわけね」
デーミッツは僅かな時間目を閉じ、そしてマイクを握る。
「みんな聞いて。相手は私達とやり合うことを選んだわ。数では圧倒的に向こうが有利。相手は数で押し込んでくるわ。距離80まで相手を引き付けて一斉射撃。目の前にいる奴らを根こそぎ撃ちなさい。一人も生き残らせないように」
デーミッツの指揮に自衛隊隊員はそれぞれ戦闘準備にかかる。整列した銀騎士団が隊列をなして近づいてくる光景は並みの兵士では恐怖で逃げ出してしまいたくなるほどの威圧感だ。
「まだよ・・・まだまだ」
デーミッツは指示を出しながらも、こういうときにどんな言葉をかけていいのやらと悩む。結局頭に浮かんだのはありきたりの、そして一度は言ってみたい台詞だった。


「奴らに戦争を教えてやれ」




人は想像が及ばないほどの衝撃的な光景を目の当たりにしたとき、誰もがこう言う。
『悪夢だ』
太陽王グウィン王とてそれは例外ではないようだ。
「これは・・・なんなのだ」
その目に映し出されるのは、まるで火山が噴火したかのように次々と上がる火柱、土煙、閃光のように飛び交う銃弾。反撃を試みようともまるで未来が見えているかのように一歩二歩先の手を正確に、的確に潰されていく。誰もが恐れ慄く騎士団がなす術もなく蹂躙されていく。
力、技、戦術、名誉、矜恃。彼らの根底にあるものを全て否定し、根こそぎ狩り尽くす圧倒的な破壊力。これは悪魔の所業か神の逆鱗か。
そんな王の元に続々と入る悲報。
「報告します!一番から三番隊全滅!」
「スノウ将軍、討死!ペトロス将軍も討死しました!」
「五番隊壊滅!ジークマイヤー将軍、討死!」
誰もが恐れる手塩にかけた銀騎士団がいとも簡単に壊滅または全滅し、泣く子も黙る武将たちも何もできずに死んでいった。
「こんな・・・こんなことがあっていいのか・・・奴らは一体!」
苦悩するグウィン王をあざ笑うかのように彼の前にVTOLが姿を現し、ドアが開き、銃を構えた兵士が姿を見せるやいなやグウィン王を取り囲む護衛の親衛隊がものの数秒で肉塊に変えられる。そしてグウィン王だけが取り残されるのを確認すると兵士の間からデーミッツがその姿を現した。
「だから言ったでしょ?引き返せって・・・人の忠告を聞かないからよ」
「き、貴様何者だ!」
「私はあんたの軍を蹴散らした軍の指揮官。あんたは私に負けたのよ」
「女如きが・・・余は・・・余は負けていない!こんなのが、こんなのが戦であってたまるか!卑怯者めが!」
デーミッツが小馬鹿にするように笑う。
「いいえ、これが戦争よ。数で有利なあんたはそれで押し切れると思ったでしょ?数で押し切る。それ自体は戦術として正解よ。でもね、私達と戦い方が根本的に違うから相手にもならなかったわ」
唇から血が滲み顔を真っ赤に染めるグウィン王。
「認めん!認めんぞ!」
「ぐふふ、真っ赤に怖い顔したら負けを認めるようなものよ。策士ってのは」
「なん、だ、ど・・・・」
「笑え。笑うのよ。こうするのよ」
そう言って邪悪な表情で笑うデーミッツ。グウィン王はそのままのけぞる興奮しすぎたせいかそのまま落馬した。
作戦補佐官が思わずぼやく。
「あの大王さん大丈夫ですかね?立ち直れますかね?」
「無理に決まってるでしょ?彼のプライドを粉々にしたんですもの。ストレスで死ぬんじゃない?」
「・・・過激派の連中が恐れるのもわかるわ。人の心を根こそぎへし折りやがる。えげつねえ」
こうしてネルフとアノール・ロンドの衝突は圧倒的な破壊力を見せつけてネルフの圧勝で終わった。そしてこの出来事はアノール・ロンドに不満を持つ周辺国や属国、並びに皇国にも驚きをもって報じられた。

ネルフ駐屯地に帰るとフィーナをはじめとするミュラ族は皇国軍にその身柄を保護され皇国の民として迎え入れられた。ここまで彼女たちを迎え入れられたのもアノール・ロンドの脅威が大幅に後退したことにより、実質上ラテーヌ大平原が皇国領内となり、その恩赦でもある。そしてトウジは帰還するなりすぐに拘置所に身柄を送られた。

ここで問題になるのはやはりトウジの処遇である。ネルフの規定によるとトウジの犯した罪は重く一歩間違えば反逆罪として即処刑レベルの重さだ。しかし貴重なチルドレンを処刑するとなると戦力の低下となり、今後起こるかもしれないゼーレの残党との戦いのことを考えると大きな痛手となる。かといって有耶無耶にしてしまうと規律が保てない。マトコ、菅原、デーミッツは連日落としどころを探った。
そして数日間トウジの処遇が決まらないと今度は皇国内でトウジが処刑される。あるは処刑されたのではないかという噂が立ち始めた。
ネルフジャパン駐屯地の出入り口ではトウジに助けられたミュラ族の女たちがフィーナを筆頭に膝をついてトウジの命を奪わないよう嘆願している。
「お願いします!トウジ様は私の願いを聞き届け我が同胞をお救いくださいました!トウジ様が処刑となられるのであれば、代わりに私達がこの命を捧げます!お望みとあらば今、この場で見事この首を切り落としましょう!何卒!何卒お慈悲を!」
ネルフジャパン駐屯地の目の前で集団自決など後味が悪すぎる。保安員が説得をこころみようとも彼女たちはトウジの処刑が決まった瞬間にはその場で自決する気満々なのだ。いや、目を離した隙にフライングで自決する者までいそうな雰囲気である。
そして、悩みに悩んだ末にトウジの処分が決定した。
手錠をかけられ、白い服を着たトウジが駐屯地を出る。フィーナはトウジの姿を見て覚悟を決めた。愛用の鉈を抜くと自らの首に当てたときだ。
「待ちなさい」
デーミッツが彼女を止める。
「止めないでください!トウジ様が処刑されるのであれば私も生きていくなど許されないのです!」
「はあ?鈴原君は処刑なんかしないわよ」
「・・・本当ですか?」
「ええ、本当よ。ただし!罰は受けてもらうわ」
デーミッツはニヤリと顔を歪めた。その罰とは・・・



「トウジ、そこ汚れが落ちてないよ」
「ケンスケ!言わなくてもわかっとるわい!」
「ほら~アンタさ、モップなんて便利な物を使おうなんて考えるんじゃないわよ。しっかり手で拭きなさいよ」
「鬼か!お前は!」
「でも良かったじゃないか。それで済んで」
「センセー!そないなこと言うなら変わってくれ!」
「アンタバカ?それじゃ罰にならないでしょ」
トウジが受けた罰とは“2か月の便所掃除”それだけなら大したことはなさそうだが、掃除する場所が異世界のトイレであちこちに糞尿が巻き散らかしてある恐ろしく汚いトイレなのだ。それをモップも使わず手袋をして丁寧に手で綺麗にしろという。もはや苦痛にもほどがある。
ミュラ族がひとりでも手伝ったら1か月延長というペナルティもあるためフィーナも手出しができず見守ることしかできなかった。


「トウジ様。お勤めご苦労様です」
シャワーを浴びて戻ってきたトウジをフィーナが迎える。その光景はまるで古い日本の夫と妻のような関係だ。
「トウジ、その女の人は?」
「あ~そう言えばみんなに紹介しとらんかったのぉ。彼女はセミ・ラ=フィーナっちゅー名前や」
フィーナは深々とシンジ、アスカ、ケンスケに一礼する。
「どういう関係?危ないところを助けたにしては随分と距離が近いわね」
トウジが実に説明しにくそうにしていると、代わりにフィーナが説明をする。
「私はトウジ様の永遠の奴隷で、未来永劫トウジ様の所有物です。火の神の名の元に身も心も捧げました」
「ええ!?」
「んな!」
フィーナからしてみればこの発言は至極当然のことで驚くものではない。強いて言うならばミュラ族の奴隷を手に入れたということで羨望の眼差しで見られることだろう。しかしシンジ達は違う。奴隷などというのはもってのほかなのだ。
「トウジ、どういうこと?」
「いや、それは・・・ワシはいらん言うたけど、その・・・なりゆきで・・・認めてないんやけど・・・」
「ヒカリのことどうするのよ!」
「洞木のことは関係ないやろ!?」
詰め寄るシンジとアスカからトウジを庇うようにファーナが立つ。
「トウジ様のご友人とはいえ、危害を加えるのであるなら私が相手をします!」
「やめい!そういうんやない!」
「しかし!」
トウジがフィーナの肩に手を置き庇うように体をずらした時だ。
「トオウウウウウジィィィ!!!!!」
ケンスケが大声をあげてトウジに殴りかかった。




数日後、シンジ達のいるクラスは一触即発の雰囲気で空気がピリピリしている。原因は言うまでもなくトウジとケンスケだ。互いに口も聞かず声もかけない。
「ねえアスカ。あの二人喧嘩でもしたの?」
「ん・・・まあね」
ヒカリは顔中に絆創膏を貼っている二人を見てアスカに話しかけた。ただ喧嘩の原因がヒカリに関するということだけは話せなかった。シンジに聞いてもお茶を濁すばかりで要領を得ない。
(しょうがない。相田君にでも聞いてみようかしら?)

放課後、帰り支度をするケンスケをヒカリが呼び止める。
「相田君」
「あん?なんだ、イインチョウか。何か用か?」
「うん、用ってほどでもないけどさ。たまには一緒に帰らない?」
「いや、これからネルフに・・・」
「碇君から聞いたわよ。今日はネルフの用事もないでしょ?たまにはいいじゃない」
「あ、ああ・・・」
強く断ることができずなし崩しの様にケンスケはヒカリに誘われるがまま一緒に帰ることとなった。ヒカリの真意をケンスケは気が付いている。トウジと喧嘩したことについて聞くつもりなのだろう。適当に街をぶらついた後にケンスケはヒカリを連れて最近通うようになった喫茶店に立ち寄った。
モダンな作りでBGMにはジャズがレコードで流れている。
「いい店知っているじゃない。女の子ってこういう店に弱いのよね~誰か他の子と来た?」
「シンジに教えてもらった店だよ。シンジと何度か来ている」
「あ~、わかる気がする。碇君こういうの好きそうだよね」
シンジは音楽に拘りがあるためBGMの良い店ばかりチョイスする。デジタル音源に慣れていたケンスケはレコードに針を乗せた時に生じるノイズが耳障りに感じていたが、慣れてくるとそのノイズすら調和された温かみのあるBGMに感じるようになった。
レコード独特の丸みのある音を聞きながらコーヒーを啜る二人。カップを受け皿に置いたところでヒカリが切り出した。
「ところでさ、相田君なんで鈴原と喧嘩なんかしたの?」
「・・・別にいいじゃないか」
「良くはないわよ。気になるじゃない。あんたが喧嘩をふっかけること事態あり得ないことだもん」
「別に大したことじゃねえよ。いちいち気にするな」
吐き捨てる様に言うと顔をカップで隠すようにコーヒーを飲む。ヒカリは何かを悟ったように「ふ~ん」と意味深に呟く。
「わかった。私のことでしょ?」
「ぶっ!」
「ちょっと!汚いわね!」
ヒカリは服にかかった部分をおしぼりで拭く。ケンスケはむせ込みながら「わりぃ」と謝りながらテーブルを拭いた。
「なんでそこでイインチョウが出てくるんだよ」
「付き合いが長いせいかしらね。な~んか相田君のことはわかっちゃうのよね~」
ヒカリはどこか嬉しそうに言う。確かにケンスケとヒカリは小学校3年の頃からずっと同じクラスで生活してきたため、下手な同性よりも相手のことが理解できる。それが良いことなのか悪いことなのか判断はできなかったが。
「どうせ私に隠し事なんかできやしないんだから言っちゃいなさいよ」
大したことないでしょと言わんばかりに言う。ケンスケはヒカリに話すべきか悩んだ。他の人には飄々とした態度や言動で話題を逸らしたり誤魔化したりできるのだが、どうしてかヒカリには通用しない。どうせ今回もはぐらかすだけ無駄だろう。諦めにも似た気持ちになり話すことにした。
「トウジがさ、イインチョウと別れた後、他に女作ってやがってよ・・・それで俺がなんのために土下座までしたのかって思うと頭にきちまって」
「え?そんなこと?」
ヒカリは目を丸くして驚くように言う。
「そんなことって・・・」
「だって、鈴原と別れたの知っているでしょ?」
「だからって」
「私はもう決着ついていることなのよ。何を今更って感じ」
「それでいいのかよ!」
「な、なに怒っているのよ」
納得ができないと言わんばかりにケンスケは声を荒げるが、ヒカリは不思議そうに反応するだけだ。
「なにがそんなに納得できないの?まるで私は鈴原と結婚して子供でも産まなきゃいけないような口ぶりね」
「いや、だってよ・・・イインチョウとトウジってさ。憧れていたんだ。なんかこう・・・すごくお互いを想いやっているような・・・そんないいカップリングだって」
「そうかしら?そう思っているの、他人だけかもね」
「そんなわけ・・・!」
「付き合っている時さ、会話が続かなかったのよいつも・・・それで共通の話題って話になると碇君とか相田君の話ばっかよ。よく相田君を出汁に使って無理矢理会話を続けようとしてたっけ」
「俺は出汁かよ」
「別れた後ね、色々考えたわ。考えてみれば自分の固い考えで自分を縛っているだけなんじゃないかって、それじゃいけないって・・・もっと色々なことを経験しなきゃって思えるようになったの」
ヒカリは遥か昔の話のように話す。ケンスケはヒカリの話を聞きながら彼女の中では既に過去の話になっていることがわかった。ひょっとしたらヨリを戻すことすら難しいのかもしれない。当事者同士の間で決着がついている以上、第三者が出てきたところで無意味なだけだ。それはわかっている。わかっているけど、ケンスケはどうしてもそのことを理解できない。いや、したくなかった。
「相田君ってさ・・・変に潔癖症っていうか、頑固なところあるわよね。昔から」
「え?」
「なんか“これはどうでなきゃいけない”って思うと固執して、自分の理想を人に押し付けることがあるわ。いつも飄々としているのにさ」
突然のヒカリの言葉に言葉を失う。それはケンスケにとってまったく無自覚なことだったから。それは自分が他人にされて一番面白くないことだったから。
「でもね、相田君のそういう所、嫌いじゃないわよ」
「イインチョウ・・・」
最後にヒカリははにかむ様に笑いながら言った。


数日後、異世界でトウジは交流地区の屋台で食事をしている。その後ろでフィーナはじっと待っていた。
「セミ、おまえはなんも食わないんか?」
「私はあとで・・・」
そう言いかけたときにまるでタイミングを見計らったかのようにフィーナの腹の虫が豪快に鳴った。
「お前、腹減っとるやんけ。お前もなんか食べろや。すんまへん、同じのをもうひとつ」
「いえ!そんな・・・トウジ様と同じものを食べるなんて、そんな卑しい・・・」
「ワシがええっちゅーとるんや。かまへん」
フィーナは自分がトウジの奴隷という自覚がある。しかし彼女の心境はお構いなしに注文をすると同じ席に座らせて半ば無理矢理食事をさせる。トウジにその自覚はないが、フィーナにとってトウジは絶対的な存在だ。そんな彼女にとってトウジと同じ席に座り同じ食事を摂るなど無礼極まりない。だが、トウジの言葉もまた絶対なのだ。
(ご主人様と奴隷が同じ食事を摂るなど聞いたことがない。トウジ様は私のことをどうお考えなのか・・・)
フィーナはとまどいながらも半身で席に座ると注文された食事に手を付けた。食事が終わりかけた頃、フィーナは体を翻して人ごみを睨み付ける。
「どないした?」
「・・・敵が来ます」
鉈の柄に手をかけると、人ごみを掻き分けながらケンスケがトウジの前に現れた。
「貴様、何用だ」
フィーナな問いかけを無視してケンスケはトウジを見る。
「トウジ、少しいいか?」
「・・・わかった」
「トウジ様?」
「大丈夫や」
トウジはそれだけ言うとケンスケの後について行った。


そして、二人が来た場所はネルフ駐屯地内にあるトレーニングルームだった。
「こんなところ連れてきて何をするんや?この前の続きかいな」
ケンスケは何も言わずに壁にかけられているオープンフィンガーグローブを取るとトウジに投げる。
「こういう暑苦しいのは嫌いなんだけどさ、今回はトウジを見習おうと思ってね」
「・・・珍しいのぉ・・・まあええわ、手加減してやるさかい。こいや」
「トウジ、俺が近接戦闘を何もやっていないと思ったら大間違いだぞ」
お互いがグローブをはめるのを確認するとヘッドギアもマウスピースもつけず、いきなり二人は殴り合った。
「何勝手に異世界の女とデキてんだよ!」
「やかましいわ!成り行きでなってもうたって言うたやないか!」
文句を言いながら殴り合う二人、ケンスケのパンチをトウジは避けずに顔や体で受け止める。ケンスケもトウジのパンチを防御することなく受けきる。
「洞木のことはどうするつもりだよ!」
「イインチョウのことはもう終わったことなんや!お前に関係ないやろ!」
「ふざけるな!俺はお前たちがもう一度ヨリを戻せるように洞木に頭下げたんだぞ!」
「そんなん余計なお世話や!」
「お前の言葉が足りないから!洞木泣かせたのてめえじゃねえか!」
「それはワシとイインチョウの問題や!他人が偉そうにしゃしゃり出るな!」
「偉そうなのはどっちだ!女は全力で守ってやらなきゃいかんとか抜かして結局捨ててるじゃねえか!」
「やかましいわ!何も、何も知らんくせに知ったような口を聞くな!」
殴り殴られ、蹴って蹴られて投げられて。近接戦闘術を駆使しながらもやっているのはまるで子供の喧嘩そのものだ。
トウジは両手でケンスケを突き飛ばすと距離を取る。そして吐き出すように心中を語る。
「ワシはホンマに惚れてたわ。イインチョウのこと・・・せやけどな、イインチョウはワシのこと本気で好きになったわけじゃないんや!ホンマに好きな男は、ケンスケ。お前や」
「な、何を言って・・・」
「ワシと付き合ってるときな、いっつも会話が続かないんや。そんなときにいつも話すのはシンジやお前のことばかりや。とりわけ、お前のことになるとホンマよくしゃべりよる!」
「それはイインチョウとは付き合い長いからに決まってるだろ!」
「それは違う。あいつが気が付いていないだけなんや。ケンスケの話を始めるといっつも嬉しそうに話すねん。それがどれだけ虚しいかわかるか?ワシのことじゃなく、別の男のこと嬉しそうに話すのを聞くワシの気持ちがわかるか!?」
「知るか!好きなら最後まで捕まえておけ!」
「惚れとるからこそ、身を引いたんや!」
お互いが同じタイミングで渾身のストレートを相手の顔に叩き込む。
そして二人はまた同じタイミングで膝から崩れ落ちた。
「はあ、はあ・・・ケンスケ、やるやないけ」
「はあ、はあ・・・トウジもな」
そこにさっきまでのギスギスした空気はない。お互いを理解しあった明るい空気があるだけだ。ケンスケはゆっくり上半身を起こすとボコボコに腫れ上がった顔をさする。
「ったく、なにやってんだかな俺・・・だせぇ」
「なに言うとるんや。ハナから喧嘩ふっかけるなんぞケンスケらしくもない。でも、カッコ良かったで」
「こういうスポ魂展開は嫌いなんだよ。ガラじゃねえし」
「でも、たまにはええやろ?こういうむさ苦しいのも」
「ああ、悪くはない、かな」
そう言うと二人は大きな声を上げて笑いあった。
「イインチョウのこと、よろしく頼んだで。ケンスケ」
「生憎、俺は趣味に生きる人間だからな。そこまで気が回らねえよ。てめぇでなんとかしろ」
「やかましいわ。しっかしえらい汗かいてもうたな」
「ああ、シャツが汗と血でベトベトだ」
二人がシャツを脱いで上半身裸になったときだ。巨人襲来の警報が鳴った。
「げっ!こんなときにかよ!トウジ行くぞ!」
「せやな!」
トウジはすぐに飛び起きたがケンスケが立ち上がれない。
「なにしとるんや?」
「いや、足に力が入らなくてな・・・」
「しゃーないな。手貸せ」
トウジはケンスケの手を握ると彼を起こすように引っ張る。が、勢いが付きすぎて逆にケンスケが押し倒すような形になった。
「ケンスケ!重い!」
「わかってる!ちょっと待て!」
起き上がろうとした時だ。オペレーターの最上アオイが部屋に入ってきた。
「鈴原君!相田君!出げ・・・・き・・・」
アオイの目が点になる。
「も、最上さん!」
「すんまへん!起こしてください!」
「え、えっと・・・その・・・」
アオイは目を合わせない。心なしか顔色が青い。
「お二人が愛し合っているのはわかりますが、もう少し自重を・・・」
「違う!違うから!」
「ちゃいます!マジで!」
「べ、別にいいですよ!お二人がLTKという新しいファン層を開拓しようと努力しているのはよくわかりましたから!」
「ちっがーーーーーーう!」
「あかーん!」


トウジが発令所に着いた時には既に臨戦態勢で敵を待ち受ける。デーミッツがエヴァに搭乗したシンジ、アスカ、ケンスケに命令を下すべくマイクを握った。
「鈴原君が乗るDタイプは点検のために出撃は見合わせます。今回はあなた達3人で巨人を撃退して」
『『『了解!』』』
「アスカとシンジ君がフォワード、相田君はバックアップ。まずは敵を映像で捉えて」
『了解』
指示通りにケンスケは目標の巨人をカメラで捉える。ズームでその姿を拡大していくと思わず血の気が引いた。
『こいつは・・・』
「どうしたの?」
『映像送ります。正直これは見るだけでもキツイです』
画面に映し出された巨人は人型というにはあまりにも歪な巨人だった。
「これは・・・・!」
足は4本、手は左右合せて4本。胴は途中から二つに分かれて頭も2つ。その歪な巨人は声を荒げてこちらに向かってくる。
「これは・・・結合性双生児の症例によく似ているわね。いえ、奇形性双生児かしら」
「異世界でもこういう症例はあるものなのね」
ユイとキョウコが映像を見るなり医学的な見地からの感想を述べる。
そして巨人が出す声もトラウマを受け付けられるような叫び声というよりうめき声だ。
『これは、確かにキツイね』
『使徒でもこんなグロテスクのはいなかったわよ!』
流石のアスカとシンジも見るなり嫌悪感が走る。
デーミッツはユイとキョウコの見地からひとつの推論が頭に浮かぶ。
「碇博士、結合性双生児ということは、あの巨人は1体ではなく2体。つまり元々は双子であるという可能性は?」
「そうね、その可能性は高いわ」
「双子・・・ユイの言う通りかもしれないわね。だって、こっちに向かってくる動きがまるでひとりの生き物のようにシンクロしているから」
「シンクロ・・・ではあれは2体で1体ですか・・・それならば彼らにまかせれば問題ないですね」
「ユニゾンアタックね」
ユイの言葉にデーミッツは力強く頷き、そしてマイクを握る。
「聞いた通りよお二人さん。あの巨人は2体の巨人が1体にまとまった奇形タイプよ。ふたつでひとつ。別々にアタックをかけても倒せないことはないけど骨は折れるでしょうね。あの巨人にはユニゾンアタックが有効と判断します。シンジ君、アスカ、あなた達に任せます。相田君は遠距離から彼らを援護して」
デーミッツはマイクをきると誰にも聞こえない声で呟く。
「多分、援護の必要性はないと思うけどね」


「聞いたわね?相田は弾幕つくって視界を塞いで。弾幕ができたらいくわよシンジ」
「わかっているよアスカ。62秒でケリをつける」
「二人で勝手に決めるなって・・・仲が良いことで」
「うるさい!アンタはさっさと弾幕作りなさいよ!」
「へいへいっと・・・」
ケンスケは気怠そうにパレットライフルを装備すると巨人の手前の地面を撃って土煙を巻き上げる。そして、土煙で相手の姿が見えなくなった時、シンジとアスカは合図もなしに同時に攻撃を仕掛けた。

二人がユニゾンアタックを習得して早3年。今日までユニゾンの訓練など行ったことないはずなのに二人のユニゾンはより進化していた。例えて言うなら熟練の名工が接着剤なしで作り上げた寄木細工のように1ミクロンの誤差もないような完成された芸術品だ。
思い返してみればシミュレーターで訓練をする時、二人はお互いの名前だけを呼び合ってカバーしあっているのだ。時には名前すら呼ばないでカバーしあうこともある。
『熟年の夫婦かそれ以上だ』
これは二人のシミュレートの結果を初めて見たデーミッツが思わず口にした言葉だ。
そのユニゾンアタックが実戦の場でついに開幕した。
シンクロした動きから別々の動き、そして不規則な動きと次々と繰り出される。ひとつひとつ見ると全く調和がとれていない別物だが、ひとつの流れで見るとそれはまるで物語の様に変化に富んだストーリーとして完成されているのだ。
後ろで見ていたケンスケが思わずぼやく。
「なんだよ、俺の出番ないじゃないか」
ユニゾンアタックを初めて見るユイとキョウコもまた思わずため息をつく。
「流石はシンジ君ね。アスカちゃんの動きに完璧に合わせている。その逆も然り」
「これを見たらあの二人の間に入り込むことなんか不可能って思わざるを得ないわね」
ユイとキョウコは感心すると同時に羨ましくもあり、嫉妬すらしてしまう。
巨人の沈黙はこの後すぐにオペレーターより報告された。巨人を悉く迎撃するネルフジャパンは異世界の住人から畏怖と敬意、そして恐怖の目で見られ、その視線はそれはまるで彼らが無敵の神兵を見たような信徒にも感じられる。そしてその視線は日に日に強くなっていった。


そして学校の昼休み時間、ケンスケが屋上で手すりを背を預けて一人パンをかじっていると屋上のドアが開きヒカリが顔を出した。
「ま~た随分と派手に喧嘩したみたいね。二人とも顔がパンパンよ?」
「ほっとけよ。これでも少しは引いたんだ」
ヒカリはケンスケの隣に立つと手すりに捕まり遠くの景色を眺める。
「仲直り、できたみたいね」
「・・・一応な。しっかしなんでそんなことまでわかるんだ?」
「私ってニュータイプだから。ビビッときちゃうのよ」
「何がニュータイプだ。なんか盗聴か盗撮されているみたいで怖ええよ」
「あら?そっちは相田君の専門じゃない。女の子限定で」
「生憎カメラは最近やっていないよ。ご要望とあらばイインチョウを撮ってやるぜ。今度な」
「いやよ。何に使われるかわからないもん」
「信用ないんだな・・・」
「・・・冗談よ」
ケンスケは最後の一口を口に詰め込むとコーヒーで流し込む。そして、手すりを使って立ち上がると校内へ戻ろうと歩き始めた。ヒカリは何も言わずにケンスケが去った後も景色を眺めていた。


その頃、デーミッツは駐屯地の自室で書類整理に明け暮れていた。そこへドアをノックする音がする。
「どうぞ~」
ドアが開くとカルッカが部屋の中に入ってきた。
「あら、珍しいですね。今日は司令も副司令もこちらには来ておりませんが」
「はい、伺っております。本日は戦勝のお祝いを述べにまいりました」
「戦勝・・・ですか・・・」
「はい、アノール・ロンドの銀騎士団を見事打ち破ったそうですね。おめでとうございます」
「いえ、大したことは・・・」
「ご謙遜を、この世界においては彼の国の銀騎士団は我が国の竜騎兵ですら苦戦する強敵です。他国なら尚更脅威です。その騎士団を敗走させたとなればこれは大変な武功です」
カルッカはどこか興奮したように話す。無理もない。皇国もまた彼らの脅威にさらされていたのだから。その強さを熟知している者なら尚更だ。
「そのような強い軍を持つネルフジャパンと友好関係あるというだけでも我が国は他国からの戦火から遠のくというものです。これなら姫様も、そして我が国の民も安心できましょう」
「ちょっと待ってください。私たちは私たちのルールの元で行動をしたにすぎません。この世界の事情に必要以上に関与するつもりもありません。あまり私たちの軍事力を宛てにするのも如何なものかと」
「そうですね。そうでしたわね。私としたことが・・・」
カルッカは忘れていたことを思い出した恥ずかしさからなのか顔を伏せて髪を撫でる。
「ただ・・・」
「ただ、なんですか?」
「願わくば、このまま我が国とネルフジャパン、並びに日本政府と今後とも友好関係が続けることができるのであるならば、我が国の軍権をそちらに渡して我が国の防衛に当たってもらうことができればと・・・」
「軍の指揮権を私達に譲るということですか?!」
それは常識からは考えられないことだ。あなりの言葉にデーミッツは椅子を倒してしまうほど勢いよく立ち上がった。
「はい、私たちの世界の戦術は既にあなたがたの世界では既存の・・・古いものであることでしょう。いつかはこの世界もそちらの世界と同じレベルになるでしょう。それが何百年後になるのかは想像もできませんが・・・それならば今のうちに新しいものを取り入れていけば他国との紛争が起こった際に有利に物事が進められることになるでしょう」
「カルッカさん、それは大変危険なことですよ。いくら私達と皇国が友好関係にあるとはいえ、下手に他国からの文明を取り入れて自国の文化や文明をないがしろにして亡国となった例はいくらでもあります」
「確かにそうでしょう。最悪、あなた方が“その気”になれば我が国を属国にしてしまうこともできるでしょう。今この時も・・・しかし、それをしないのはネルフジャパンと日本政府にとって私達に利用価値があるという証左にもなります。例えば地下資源とか・・・地下資源を採取しようにも、地理に詳しい人がいなければ不可能ですものね。幸い金銀などの鉱石には目もくれずに、銀の紛い物のような鉱石や泥をあなた方は好んで採取しております。あのようなものならいくらでも我が国から採取してもなんら問題はありません。我が国の地下資源を一部提供する見返りに、そちらが軍事力を提供する。悪い条件ではないと思いますが?」
それは資源を海外から輸入している日本政府、希少価値の高い資源を大量に使用するネルフジャパンからしてみれば涎がでそうなくらい魅力的な条件だ。
カルッカは気がついてはいないが、銀の紛い物とはプラチナ、泥とはレアアース。しかもそのどちらも下手な鉱山などから採取されるものよりも純度の高い上質なものである。皇都より離れた所にある鉱山からはその二つが面白いように採れるのだ。そのほとんどはゴミ置き場に文字通り山の様に捨てられている。それらを引き取るだけでも十分すぎるほどの価値があるがそれだけではない。
諜報部の調査の結果、石油や天然ガスなども十分期待できるのだ。それらが防衛力を対価に手に入るとしたら、それこそシンジ達の世界のパワーバランスがひっくり返るほど影響力を持つ。流石にそれはマズイ。デーミッツはその影響力に冷や汗すらかいた。
「それはとても魅力的な話ですが、やはりリスクのほうが大きいですね。こちらの世界だけでなく、私達がいる世界にもそれは多大な影響を及ぼします。私たちの世界は僅かな力加減で平和が保たれているのです。それを崩すことは大変危険なことです。もちろんこちらの世界にも」
「そうですか、良い話かと思いましたが残念です」
「それともうひとつ。私たちの名誉のために訂正させていただきますが、私達や日本政府が皇国を属国化しないのは利用価値があるからではありません。私たちの世界は“学んだ”のです。多くの犠牲と過ちを犯して・・・」
「わかりました。そういうことにしておきましょう」
カルッカはそれだけ言うと頭を下げて部屋を出ていく。デーミッツはカルッカが部屋から出ていくと大きな息を吐いて椅子に座りながら大きく背伸びをした。



その頃、ネルフジャパン本部の一室では青葉シゲルがヘッドフォンをしながら黙々と作業をしている。彼がしているのは襲い掛かってくる巨人の映像、音声分析である。
異世界で巨人を退けているものの、彼らに関する情報がまったくもって不足している。それは諜報部が必死で情報を探ろうとしてもまるで巨人など存在していなかったかのように情報が出てこないのだ。
そしてもうひとつ、巨人の遺体からDNAなどの採取も皇国側から禁止されている。討伐された時点で魔道士たちが死体を燃やしてしまうため採取すら困難である。よってシゲルがエヴァに内蔵されているカメラからの映像と音声を便りに情報を分析するしかないのだ。そしてその技能が得意なシゲルに白羽の矢がたった。
暗い部屋で一人何度も巨人の映像を見るシゲル。はっきり言って鬱だ。それは部屋に閉じこもって一日中ホラー映画を見ている気分なのだ。シゲルはヘッドフォンを外すと煙草でも吸おうと部屋を出ていこうとした時だ。突然ドアが開いてマコトが部屋に入ってきた。
「どうだ?少しは情報が出たか?」
「司令!」
マコトは笑いながら部屋に入るとシゲルの肩を軽く叩く。
「お前に司令なんて言われると気持ち悪いよ。いつも通りでいいよ」
「いや、それでも勤務中はそうしないと部下に示しがつかないだろ」
「そんなのどうでもいいよ。それよりどうだ?少しはわかったか?」
「なんにも・・・延々と出来の悪いB級ホラー映画を見ているようさ」
「そんだけ見てれば映画批評のひとつくらいできそうだな」
「ははっお前じゃあるまいし、できるわけがないだろ。マコトは幼女アダルト専門だけどな」
「だからロリコンじゃないっての」
マコトはそう呆れたように言いながらミキサーに腰を軽く乗せて手を置いた。
「お、おい、どこに座っているんだよ」
「す、座ってねえよ。少し腰を乗せただけじゃねえか」
「バカ!お前が座ろうとした場所にミキシングのパネルが集中しているんだよ!・・・あ~なにやってんだよマコト」
「え?なんかマズった?」
「大したことじゃねえけどさ、逆再生になっちまった・・・面倒臭いな」
「わ、わりぃ」
シゲルはもう一度ヘッドフォンを耳に当てるとパネルの操作をしようとした。しかし体が動かなかった。代わりに脂汗がにじみ出る。
「おい、どうした?もしかしてデータ壊れたとか?」
シゲルは何も言わずに早送り、そしてもう一度逆再生。そして、耳からヘッドフォンを外すとマコトに差し出す。
「何も聞かずにこいつを聞いてみろ」
「なんだよ急に・・・」
「いいから!」
「わ、わかったよ」
マコトは言われたとおりにヘッドフォンを耳に当てて音を聞く。そして、マコトもまた脂汗こそ出していないが、顔の血の気が引いている。
「こいつは・・・」
「事故の産物だけど、まさかこんなものが撮れているとは思わなかったよ」
その時、マコトの携帯が鳴った。
「はい、日向です。ああ、碇博士ですか。え?今すぐですか?・・・わかりました。司令室でお待ちしてます」
マコトは携帯を切る。
「シゲル、これから碇博士から巨人に関して重要な話があるそうだ。お前も来てくれ。さっきの音源もってな」
「わかった。コピーしたらすぐに行く」



司令室にはマコト、菅原、ユイ、シゲルの4名のみが集まった。全員が集まった所で菅原が切り出す。
「ところで碇博士、巨人のことで新事実があるということですが?」
「はい、今まで科学的な解析が異世界の事情でできませんでしたが、実は鈴原君が交戦した巨人と、アスカちゃんとシンジが交戦した巨人の遺伝子サンプルを採取することができました」
「なんですって!?どこから!?」
突然のことに菅原は驚きを隠せない。
「はい、彼らが交戦したときにエヴァの装甲に微量ではありますが血液、皮膚の一部が採取されました。そこから遺伝子を分析しましたが、そこから驚くべきデータが出ました」
「そのデータとは?」
恐る恐る聞く菅原。ユイは続けた。
「その話の前に、私達と異世界の住人との間では遺伝子の配列が全ての種族において99.89%違います。これは使徒と人との遺伝子の違いと同じです。つまり、彼ら異世界の住人は我々と兄弟関係とも言えるかもしれません」
「あの猫みたいなミュラ族や御伽噺にいそうなエルヴィス族、屈強なドラゴ族ともか?」
「はい、彼らと私たちの遺伝子の違いも0.11%程度の違いでした。そして、巨人の遺伝子も99.89%、私たちの遺伝子と一致しました。このことからあの巨人も私達とほぼ同じなのです」
「あの巨人と私達が・・・兄弟のようなものであると・・・信じられん」
「そして、鈴原君が交戦した巨人ですが・・・ミュラ族の遺伝子構造と100%一致しました。先の巨人ですが、先ほど分析結果が出ましてヒューム族の遺伝子構造と一致しました」
「なんということだ・・・」
菅原は驚きを隠せない表情を浮かべる。しかしマコトはこの事実を冷静に受け止めている。
「日向司令、随分と冷静に受け取っているようですが、もしかして予想してました?」
「ええ、推測の域を出てませんでしたが・・・実は先ほど青葉二尉に映像、音声分析の経過を聞きに行った時に少し・・・」
マコトのアイコンタクトを受けてシゲルが前に出る。
「司令の言われたように分析をしていたところ、偶然はありますが面白いことがわかりました。これをお聞きください」
そう言って流されたのは巨人のうめき声だった。
「これが何かね?」
「はい、これは先の碇君と惣流さんが撃退した巨人の音声ですが、これを逆再生したのがこれです」
そう言って流されたのは。

『殺して!殺してえええええ!』
『痛い!痛い!』

人の声だった。その声は自分を殺してくれと懇願しているのだ。そして最後に恨みがこもった言葉を絞り出していた。

『イザリスの魔女めぇ!』





寄贈インデックスにもどる

烏賊のホウムにもどる