その日はいつもと変わりのない一日の始まりだった。
そのはずだった。
見渡す限り大草原の一角にミュラ族の集落がある。ある者は火を起こして一日の平穏を祈り、またある者は誰が生んだかわからない同族の子供をあやしている。その集落に真っ白な毛で青と黄色の左右色が違う瞳を持つミュラ族の女が弓をその手に帰ってきた。
「お、おかえり。なんだい今日はボウズかい。珍しいこともあるものだ」
「ああ、今日はどこへ行っても獲物がいないんだ。こんなことは初めてよ」
その時、物見から大声が響いた。
「西の方角から大勢の集団がこっちに向かって来ている!」
「西の方角っていうと・・・丘の連中じゃないかい!」
これを聞いた族長は不敵な笑いを浮かべた。
「へぇ、この前散々叩いてまだ懲りてないのかい。みんな!戦だよ!準備しな!」
村長の号令に待ったをかけるように物見が異様なその集団の様子を伝える。
「待ってくれ。どうも様子がおかしい。戦を仕掛けにきたわけじゃなさそうなんだ。子供を抱えている奴もいる。逃げてきているみたいだね」
「逃げる?丘の連中を蹴散らした奴らがいるってのかい」
「どうする?族長」
族長は腕を組んで考えると決断する。
「なにがあったか知らないが、迎え入れてやりな」
すぐさま門が開けられるとなだれ込むように他部族のミュラ族が次々になだれ込むように入ってきた。族長が彼らに近づく。
「おやおや、あたい達に降伏でもしにきたのかい?」
半ばバカにするかのように言うが彼らはその台詞を無視して懇願した。
「こんなことは頼めた義理ではないが同胞のよしみだ!私達を助けてくれ!」
「あん?助ける?何を言って・・・」
「私たちの集落が突然現れた巨人に襲われたんだ!生き残りはここにいるので全部だ!あとの仲間は全員やられた!頼む!私達を助けてくれ!頼む!」
戦化粧もなく、ボロボロの身なりで敵に命乞いをする姿に誰もがその異常性を感じ取った。とてつもなくやばいことが起きていると。
「ああ、わかったよ。あんた達を火の神の名において受け入れよう。しかし、一体なにが・・・」
族長が彼らを受け入れ、何があったのか聞こうとした矢先だ。再び物見が叫ぶ。
「何か!何かがこっちに向かって来ている!」
その言葉に逃げてきたミュラ族全員が震えあがり頭を抱えた。
「終わりだ・・・私たちは終わりだ!みんな殺される!」
「お、おい・・・一体何が・・・」
「族長!巨人だ!巨人がこっちに向かって来ている!」



第四話 トウジの決断






ネルフジャパンが異世界に介入して2ヶ月ほどの月日が流れた。彼らが自由区域と指定したエリアはまるでひとつの街ができたかのように賑わいをみせている。
「いらっしゃい!アルゴーニュ地方から届いたばかりの品だ!安いよ!」
「さあ!ブブリム地方伝統の海鮮スープはいかが!おいしいよ!」
その活気を街の治安を守る異世界の兵士たちは見下ろした。
「まったく商人ってやつは逞しいね。あんな場所で商売なんぞ始めて」
「活気があるってことは治安がいいってことさ。ここに配属された時はこの世の終わりかと思ったが・・・今じゃ一番楽な現場じゃないのか?」
「確かにな、あんなもの見たらやましいことなんぞ起こす気にもなれねえよ」
「それで?そのネルフジャパンって連中のお頭は翡翠宮でなにを?」
「元老院と将軍達を集めて懇親会だと。羨ましいね。どんなうまいものを喰っていることやら」
そう呟いて丘の淵に目を向けた。


翡翠宮。他国の特使や来賓を招く迎賓館で宮殿の他に広場や舟遊びができる池があり、その広さは東京ドームの1.5倍くらいの広さだ。そこではネルフジャパン主催の懇親会が開かれており元老院議員と軍の幹部、そしてその家族が招かれ立食形式のパーティが開かれている。この懇談会を仕掛けたのは他でもない日向マコトネルフ総司令官だ。これまでに何度も議員や軍の重鎮などの食事会などの会合に参加していたが、彼らの間にネルフジャパンに対する畏怖が少なからずしてあるとこを敏感に感じ取っていた。それならばと自分達が敵でないことを示すためにレーティアにこの懇親会を提案しレーティアも快く了承した。会場にはレーティアからみて異世界の料理や酒が数多く並び、その味の良さに酔いしれている。そして子供たちは保育士の資格を持つネルフスタッフが面倒を見ているため子供は子供らしく、大人は大人の楽しみをそれぞれ心置きなく楽しんでいた。
「司令やりますね。大人を味方につけるにはまずは子供からですか」
「ええ、よかったですよ成功してくれて。皆さん楽しまれているようで」
菅原の隣でマコトはみなが楽しむ様子を見てその胸をなで下ろした。そこへシゲルとマヤが近づいてくる。
「マコト、反応は上々だぜ。子供達も喜んでいる。あ~俺もギター持ってきて演奏でもすればよかったかな?」
「シゲルさんやめてよ。この世界の人たちにロックは理解されないわ。シンジ君のチェロならわかるけど」
「おいおい、お前ら婚約しているからって俺の前で惚気るなよ。独り者にはキツイぜ」
3人は思わず笑う。そう、青葉シゲルと伊吹マヤは先月婚約をしたのだ。このことにはマコトも驚いたのだが、気難しいマヤをうまくコントロールできるのはシゲル以外いないのも事実でもある。なんだかんだいってお似合いなのだろう。そんな二人が実に羨ましく思う。
「日向さまー!」
3人が菅原も交えて談笑をしているとマコトを呼ぶ声がする。マコトを覗く3人が目を向けると、そこには12.3歳くらいの少女がいた。恐る恐るマコトが振り返る。
「しゃ、シャーロットさん・・・」
シャーロットはいそいそと日向の隣に立つとその手を引く。
「日向様、私に是非紹介してくださいな」
「あらら!可愛いお嬢様ね」
「この子は・・・確か元老院のロー家のご令嬢の・・・」
「なんだ、この子と知り合いなのか?」
三者三様の反応が返ってくる。シャーロットは貴族の令嬢らしくスカートを上げて頭を下げる。
「初めまして、元老院議員マーシャル・ローの娘。シャーロット・ローと申します。以後お見知りおきを」
菅原はシゲルとマヤに彼女の父親について話す。彼女の家は代々皇国の元老院の議員として仕え、歳も近いせいかマコトのことを随分と気に入っている人物だ。保守派の中でも話せる人物として日頃から接点が多い。
「日向様、私にも紹介してくださいませ」
「シャーロット様。無礼講の場とはいえこれは仕事なのです。少々お控えください」
態度から察するにマコトはどうもこの少女のことが苦手なようである。しかし相手は子供なのだ。そんな言い方はないのではないかとマヤ、シゲルが口を揃えようとしたとき、爆弾が見事に炸裂する。

「そんなことおっしゃらないでくださいな。日向様のご友人を知りたいのは将来の妻として当然のことではありませんか。もう5年もすれば日向様にふさわしい女性になりましょう」

「ブーッ!!!!」×3


思わず吹き出す3人。マコトが誤解を解こうとするも時すでに遅し。
「シャーロットは日向様にお会いできなくて夜な夜な寂しい思いをしておりました」
「夜な夜な!?」←マヤ
「ちょっ!おま!」
「日向様はシャーロットに飽きてしまわれたのではないかと思うと悲しくて・・・うっ」
「飽きて!?」←シゲル
「いや!だから!」
「日向様が初めて(自分の部屋に入った親族以外)の殿方ですゆえ・・・」
「初めて!?」←菅原
「ちょっ!誤解!誤解だから!」
3人はにこやかに笑いながらマコトの肩を叩く。ただし目は笑ってない。
「若い奥さんをもらえて羨ましい限りですね司令。はっはっはっ(棒)」
「責任は取らないとなマコト(棒)」
「大切にしなかったらダメだぞ❤(棒)」
「なにこの四面楚歌!」
これを切欠にシャーロット・ローはネルフジャパン総司令官日向マコトの正式な婚約者として(マコトの意志は含まれず)認められることとなった。そしてマコトはロリコン司令官として陰口を叩かれることになる。



その頃、ネルフジャパンが解放している交流地区でひと騒動が起きていた。白い髪でオッドアイのミュラ族の女性が巡回する皇都の警備兵に捕まっていた。
「頼む!彼らに!巨人を使役する彼らに話をさせてくれ!」
「ダメに決まっているだろ!ここから先へは立ち入り禁止というのを知らないのか!?貴様よそ者だな?どこから来た!」
「ここより南、ラテーヌ大平原からだ!」
「ら、ラテーヌ大平原だって!?それじゃ貴様、敵国の傭兵じゃないか!」
「待ってくれ!私は傭兵でも間者じゃない!ただ、彼らに救いの手を差し伸べてもらいたく!」
「敵国の傭兵の言うことなぞ信用できるか!この場で・・・!」
「待ちな」
あわや手に持った槍で刺されそうなところを皇国兵の鎧を着たミュラ族の女に止められる。
「ミリ副将!こやつは敵国の人間ですよ!?」
「ああ、わかってるさ。でも・・・こいつはシロだね。なにか仕掛けにきたとしてもマヌケすぎる。それに・・・」
ミリは白い髪の女の顔を覗き込み匂いを嗅ぐ。
「こいつは嘘は言ってないね。どうだい?同胞のよしみだ。こいつの身柄はあたいが持つよ。構わないよね」
そう言って兵士に金を握らせた。
「・・・責任、持ってくださいよ」
兵士はそれだけ言うとその場から離れた。
「よし、話を聞こうじゃないか。あたいはこの地域の治安維持を担当しているミリ・アリ=アポーってもんだ。あんたは?」
「セミ・ラ=フィーナ」
「OK。フィーナ、あんたオイタをするにはタイミングが悪すぎたね。あたいがいなかったら問答無用で殺されていたよ。あんたがラテーヌ大平原を管理するアノール・ロンドの人間でなかったとしてもね」


アノール・ロンド。
ドトルマギナ皇国と100年以上も敵対関係にある大国である。その歴史は古く300年ほど前に当時奴隷として虐げられていたエルヴィス族が支配していたヒューム族に反旗を翻したことが建国の由来で国民の8割がエルヴィス族という珍しい国だ。その出来事は全てのエルヴィス族に希望を与え、周辺国から奴隷として酷使されていた者や逃避行を続けていたエルヴィス族が集まり、いつしか初代グウィン王は太陽王とも呼ばれた。学問に人一倍長けた彼らはそれを武器に高度な魔法と高度な技術力を生み出し発展し、急速に拡大していったアノール・ロンドは太陽の沈まぬ国として今なお諸外国から恐れられている。


「アポー、それはどういうこと?見る限りこの街は発展し治安もいいじゃない」
確かに交流地区の付近は様々な店が立ち並び活気があり笑い声が絶えない。
「あんたにはそう見えるかもしれないけど、この壁の中は少し前まで警備を担当する衛兵ですらビビッて近寄れない、皇都の中でありながら見捨てられた場所だったのさ。信じられるかい?それまではマフィアがここを支配していたんだぜ。今じゃマフィアがビビッて足を洗うほど健全な街さ」
「そんな・・・一体なにが・・・」
「・・・いいものを見せてあげるよ。ついてきな」

「これ、は!」
フィーナが目の当たりにしているのは剣や鎧が置かれた盛り土だった。驚いたのはその数だ。300以上はある。
「これは彼ら。ネルフジャパンに喧嘩を売った奴ら、あれはカークとミッドガルとその仲間の末路さ・・・」
「カークとミッドガルだって!?皆殺しのカークと人食いミッドガルなのか!?」
神出鬼没に大陸中を荒らしまわり正規軍ですら手玉に取ることもある泣く子も黙る山賊集団だ。そんな彼らがいとも簡単に、しかも一人残らず殺されたとあってはどんな悪党でも震え上がる。
「ここに住む奴らや商人からしてみれば嬉しい話さ。住みやすくなったんだからね。でもあたいらは違う。あたいらが手を焼いていた連中をいともたやすく全滅。ここまで返り討ちにしたんだ。ここにいるだけで恐怖だよ」
アポーは恐怖からかその身を震わせる。しかしフィーナは違った。それだけの力がある傭兵集団なら巨人を倒せる。仲間達を救い出すことができると考えた。
「アポー、改めてお願いします。彼らに取り次いでほしい」
必死の眼差しをアポーに向ける。彼女は仕方がないというような仕草を見せた。
「わかったよ。話は通してあげる。ついてきな」
アポーは早速ネルフジャパンの周辺警備にあたる自衛官に取り次いでもらうように頼む。自衛官は建物の中に入るとすぐにアポーの元へと戻り話をした。アポーは話を聞くとフィーナの元へと向かう。
「どうだったのだ?」
「今日は立て込んでいるみたいだから明日にしてほしいってよ。明日の朝一番に話を聞くってさ」
「そうか!恩に着る!」
「ところで、あんた今夜泊まる宛はあるかい?ないならうちに泊まりなよ」
「なにからなにまで・・・本当にすまない」

夜、フィーナはアポーの部屋で酒を飲みながら彼女のことを聞く。
「それで?異世界の連中に助けを請うと言っていたな。受けてもらうように手土産でも用意したかい?」
「これだ」
フィーナは鞄の中から何重にも羊皮紙に包まれた物を取り出す。紙を取ると光り輝く赤ん坊の拳くらいの大きさの珠がその姿を現した。
「こいつは・・・!太陽石じゃないかい!」
「ああ、我が部族の秘宝だ。これなら問題ないだろう」
太陽石とは異世界にしか存在しない虫。太陽蟲から取り出される石のようなものだ。真球で自ら強い光を発するその石は太陽国を名乗るアノール・ロンドにおいて重宝され高く買い取られている。通常は真珠程度の大きさが一般的だが、それ以上となるとかなりの高額になる。
「なるほどな、手土産としては十分かと思うが・・・なにせ異世界の連中は変わり者でな、ゴミ捨て場にある銀に似た屑を喜んで買い取るような連中だ。どうなるかわからないぞ」
「そう、なのか?」
「それで?それでダメならどうするつもりだ?」
「そのときは火継ぎの儀を行い、私自身を差し出す」
「ブッ!」
アポーは思わず吹き出すとむせんだ。
「火継ぎって・・・あんた処女かい」
「・・・悪いか・・・」


火継ぎの儀。これはミュラ族に伝わる秘儀中の秘儀であり、この儀式が行われたという記録もほとんどない。何故ならばこの儀式は行うミュラ族の女にとって最大の屈辱と苦痛を伴うからだ。まずは髪の毛と尻尾の毛以外のすべての毛を剃り落す。この行為そのものがミュラ族の女にとって死んだほうがマシと思えるほどの最大の屈辱なのだ。そして全ての毛を剃り落した後は女王蜂の蜜を秘部に塗り、その男に身を任せる。これはドラッグをきめてセックスするようなものでこれを味わうとその相手から二度と離れることができなくなる。そしてその効果は自らが死んで輪廻転生しても有効で死んでも尚相手に尽くすと信じられている。自由奔放なミュラ族にとって強制的にひとりの男に生涯、死して尚尽くすのは手枷足枷を生涯つけて生活する以上の苦痛なのだ。
但しこの儀には条件がある。相手が一族に対して多大な恩義を与えること、そして儀を行う女が18歳以上の処女であること。ミュラ族は狩猟民族で個々の能力が高く戦慣れしていることから正規軍が戦争を仕掛けてこない限り部族が危機に陥ること事態が少ない。(但し同胞同士の争いは除く)そして処女であること。ミュラ族の女は10歳前後で初潮がきてこの頃から気に入った男とつがいとなりはじめるため、成人女性である処女のミュラ族の女は皆無に等しい。以上の条件のハードルが高いため秘儀と言われる所以でもある。


「私は色が白く両目の色も左右違う。そのせいか男達に気味が悪いと思われていて、どんなに肌を求めても私を選ぶ男など一人もいなかった。多分、それはこの日のためなのだろう。同胞のためにわが身を捧げるなら・・・本望よ」
「いや、でもさ・・・いや、やめておこう」
フィーナの悲痛とも言える覚悟はアポーにも痛いほど理解できた。だからこそ何も言えなかった。
「その話、受けてもらえるといいな」
「そうでなくては、困る・・・」
二人はその後杯を重ねた。


翌朝、フィーナは朝一番にマコトと面会ができた。地図の置かれたテーブルを挟み彼女の前にはマコト、菅原が座る。
フィーナは彼らに自分たちが置かれている状況、場所、巨人の風貌など事細かに伝える。
「風の噂で貴殿らが巨人を使役し、そして襲い掛かる巨人を倒したという話をお聞きしました。私たちは確かに皇国にとって敵国の者でありましょう。しかしながら今、我々は貴殿らの袖にすがることしかできません。何卒!何卒ご慈悲を!」
「・・・話はわかりました。しかし、あなたの国の王はこのことをご存じか?」
「わかりません。ただ、あの後すぐにアノール・ロンド本国に使いを出しましたが、なんの音沙汰もありません・・・」
「そうでしたか・・・」
マコトはじっと地図を睨み、菅原は腕を組んで天井を見上げた。
「あの・・・」
フィーナが何か言う前にマコトは深々と頭を下げた。
「セミ・ラ=フィーナさん。遠路はるばるお越しいただいたにも関わらず申し訳ございません。我々ネルフジャパンは介入することはできません」
「・・・・え?」


フィーナのことはネルフジャパン全スタッフに伝わった。彼女がスタッフ休憩室の椅子に座ったままボーッとしているからだ。まるで魂が抜け落ちた様に焦点が定まっていない。
「これを飲んで少し落ち着きなさい」
彼女の様子を見かねた大井サツキがブランデーの入った紅茶を差し出す。フィーナはそれを機械的に飲む。そしてもう一杯注がれるとそれも機械的に飲み干す。
「・・・なんだか・・・悪い夢を見ているようだ・・・」
少しだけ落ち着きを取り戻したのか、フィーナは呟く。
「何故・・・ここの人たちは・・・助けてくれないの・・・?」
「他国に了解のないまま軍が進めばどうなるか。わかるでしょ?ましてやドトルマギナ皇国と太陽国アノール・ロンドは百年続く怨敵とも聞いたわ。そうなれば、巨人討伐の話では済まない。戦争よ。血で血を洗う」
「軍を派遣しなくてもいい。ひとり・・・ひとりでいいの。巨人を使役する召喚士を貸してくれるだけで・・・!」
「それは無理よ。細かいことは省くけどあんたたちの言う巨人、エヴァは強力すぎるの。それこそ簡単に国一つを滅ぼすほどに」
「何故だ・・・何故それほどの力があるのに・・・何故!それほどの力があるのに我が同胞一人救うこともしてくれないのか!」
「個人の心情としてはどうにかしてあげたいと思うわ。でも、ごめんなさい」
「・・・それでは!・・・それではあまりにも!・・・うわああああああああああああああ!!!!!」



数日後、その日は朝から雨が降っていた。
「辛気臭いったらありゃしないわね」
「そんなこと言わないでよアスカ。そりゃ同情するしかないけどさ」
「気にしたって仕方がないじゃないか。俺たちはチルドレンって言っても所詮はヘイタイみたいなもんだから・・・っと」
チルドレンの待機室ではシンジとアスカはチェスをケンスケはプラモデルを作って暇をつぶしている。そんな中、トウジは雨が降る外をじっと見ていた。その先には雨ざらしになり泥まみれのフィーナの姿があった。
フィーナはあの日からずっと禁止区域の前から離れず、ネルフジャパンのスタッフが通るたびに懇願し続けているのだ。
「なあ、あの子のこと・・・ホンマにどうにかならへんのか」
トウジが吐き出すように言う。
「アンタバカァ?日向司令官がダメだって言ったからにはダメに決まっているでしょ?」
「んなことわかっとるわい!なにか、こう・・・うまいやり方があるんちゃうかって話や!」
「そんなのあるわけないだろ?うちらは必要以上に関わる気なんてないからさ。こればっかりは仕方がないさ」
「シンジ!シンジはなんも思わんのかい!なんとかしてやりたいって思わんのかい!」
「・・・僕だけじゃない。ここにいるみんながそう思っているよ。でも、下手に動けば軍事的にこの世界に介入することになる。そうなるわけにはいかないんだよ。残念だけど」
「あのさ、アンタもわかっているでしょ。ネルフジャパンが動けるのは日本政府の庇護があるからよ。下手に軍事介入したら箱根事件の二の舞よ」
「せやかて!ワシらの後ろでオナゴが泣いているんや!ワシらは止める力がある。それにも関わらず何もせえへん!こんなムナクソ悪いことがあるかい!おまえらは何も思わんのかい!クソが!」
トウジはゴミ箱を蹴り飛ばすと部屋を出ていく。アスカは呆れ顔で、シンジは悲痛な顔で、ケンスケは複雑な表情を浮かべた。
「トウジ・・・」
「アタシ達は時に残酷な選択をしなければいけない時もある。平穏を守るためにもね・・・シンジ。アンタは間違っていない。もうたくさんなのよアタシもアンタも・・・」
強力な力は時として自分自身を滅ぼす。それを過去の経験からわかっているからシンジもアスカも何もしようとはしなかったしできなかった。
「よぉ!シンジ君、アスカ」
トウジと入れ違いのように珍しく加持が顔を出した。
「加持さん!」
「お久しぶりです。加持さん」
「なにかあったのかい?トウジ君、随分と荒れていたぞ」
「いや、その・・・」
「加持さんが気にするほどのことでもないわ。それより何か用でもあるの?」
「お!そうだった。シンジ君とアスカはそろそろ帰るだろ?よかったら一緒に帰らないか?」
「うん!加持さん帰ろう!」
「お願いします」
「そこでだ、ウチのカミさんも君たちに久しぶりに会いたがっている。よかったら夕食はウチで食べないか?」
「外食ですか?」
「いや、ウチのカミさんの手料理」
「・・・アタシ死にたくないわ」
「入院の手筈は?」
「・・・いやいやいや、あれから腕が上がっているから。大丈夫だから」


夜、シンジとアスカはレイを連れて恐る恐る加持の家を訪ねる。
「いらっしゃーい❤シンちゃん、アスカ待ってたわよん。レイちゃんいらっしゃい」
ドアが開くとミサトが嬉しそうに出迎えてくれる。リビングに上がるとテーブルに所狭しと数々の料理が綺麗に並べられているではないか。
「これミサトさんが?」
「そうよシンちゃん。あれから私もお料理うまくなったんだから」
「またまた、どうせ加持さんが全部やったんでしょ?それか全部レトルトよ」
「あははっアスカ、俺は何もしちゃいないよ。全部ミサトが作ったんだ」
シンジとアスカはそのまま回れ右。
「僕宿題があるので」
「いっけない!ヒカリのところ電話するんだった」
「逃がさねえわよ~~~~~~」
触手の様に伸びたミサトの手が二人を捕まえてダークホース渦巻く中へと強制的に連行されていった。そして・・・

「・・・これ本当にミサトが作ったの?」
「信じられない・・・」
一口食べて二人は驚いた。ミサトが作った料理はトラウマレベルのカレーが遠く昔の出来事だったかのように味、切り口、歯ごたえなどなど文句のつけようがないほどにおいしかった。
「そりゃ私はこれでも二児の母親ですもの。自分の子供に惣菜やレトルトなんて食べさせたくないでしょ?そりゃ必死になるわよ。欧米ではレトルトや冷凍食品ばかり食べさせておふくろの味っていうのがわからないなんて話をよく聞いたわ。少なくてもこの子達ができた時にそんな不憫な思いだけは絶対にさせたくない。そう思ったのよ」
ミサトはさも当然の様に言う。これが母親になるということなのだろう。アスカは心の中でミサトの言葉を刻んだ。
「ま、シンちゃんやアスカを見返してやりたいって気持ちもあったけどね」
「ミサトさん、本当にお母さんになったんですね」
「やめてよシンちゃん。恥ずかしい」
最後はシンジとアスカの良く知るミサトの表情も浮かばせた。
食事を終えて子供たちを寝かしつけた後、4人はティータイムを楽しむ。そこでそういえばと思い出したかのように加持が聞いてきた。
「そういえば、鈴原君は一体どうしたんだ?随分と荒れていたけど」
「なに?アスカがいらない挑発でもした?」
「するわけないでしょ!」
「実は・・・」
シンジは事の顛末をミサトと加持に話す。話を聞き終えた二人は腕を組んで難しそうに唸った。
「あのミュラ族の子のことか~いや、実はその子のことについてはみんな頭を悩ませているんだよ。そりゃ俺たちだって手助けをできることならしてやりたいさ。そうすると色々と厄介なことが起こりそうだしな」
「そうね、可哀想だけど・・・」
「そんなことはみんなわかってるわ。わかってないのはあのバカだけよ」
「ミサトさん、何かいい手だけはないですか?ほら、せめて彼女たちを難民として受け入れるとか・・・」
「シンジ君、一人難民を受け入れれば次から次へと押し寄せてきて受け入れなければならないことになるわ。こちらのキャパを超えた人数が押し寄せてくる。その先にあるのは・・・些細なことから生まれる差別と偏見、そして暴動よ」
「しかし・・・」
「シンジ君、セカンドインパクト後に人道的配慮から災害難民を無条件に受け入れた国はいくつもあるわ。でも、そのほとんどがその後暴動や治安の悪化で結果的に失敗しているの、知っているでしょ?」
セカンドインパクト以降の近代史においてヨーロッパにおいて難民による暴動やテロは何度も起こった。そのせいでヨーロッパの復興に遅れが生じたのは事実でもある。そしてその火種は鎮静化こそされているが今なお消えたわけではない。ミサトはあえて世界情勢の醜い部分をシンジに曝け出した。それは優しさだけでは人は救えないという現実を教えている。そして今のシンジならそれを受け入れられる器量もあるとミサトは理解している。シンジは苦々しい表情を浮かべながらもその事実を受け入れ頷いた。
「それよりも・・・」
「どうしたんですか?ミサトさん」
「シンジ君なら理解してくれると私は断言できたけど・・・危ないのは鈴原君ね」
「あの鈴原が?」
「あの子は下手に正義感が強いから・・・それが裏目にでなければいいけど」
ミサトの言葉は正鵠を得ていた。


このとき、トウジは自分達の世界には帰らずじっとベンチに座って考えにふけっていた。
雨に濡れて泥だらけになりながら自衛官やネルフのスタッフに懇願する姿が脳裏に焼き付いて離れない。彼女の泣き顔が、悲痛な叫びが頭から離れることはない。自分には彼女を、そして彼女の家族や仲間を助ける力がある。しかしそれを行使することができない。その苛立ちがトウジを縛り付ける。
(ワシは・・・一体どうすればええんや・・・)
『自分より弱い者は守らなきゃいけない。とりわけ女と子供は大事にしろ』
それは幼い頃から家族から繰り返し繰り返し何度も言われ続けた言葉だ。だからこそ過去に結果的に自分の妹に怪我をさせたシンジのことが許せず殴りつけた。一番殴られなきゃいけないのは自分だという現実から目を背けて。そのことに気が付いているからこそ余計にトウジを縛る。
「こんな夜更けにどうされました?」
いきなり声をかけられてトウジは現実に戻った。ふと見上げるとカルッカが不思議そうにトウジを見下ろしている。
「あ・・・」
「鈴原様、ですよね?皆さんはもうお帰り・・・ああ、夜警当番でしたか?」
「ええ、そうなんですけど・・・」
「お悩みのようですね。私でよければ、相談には乗らせていただきますよ」
カルッカはそう言ってトウジの隣に座る。カルッカのことはシンジから聞いている。永劫とも言える時間を生きてきた彼女なら正しい答えを導き出せるのではないか?トウジはそう考えた。
「ワシは・・・情けない男です。力があるのに、ワシは近くで泣いている女の涙ひとつ止めることができやしない。ホンマ、情けないです」
「・・・ラテーヌ大草原から来られたミュラ族の方のことでしょうか?彼女のことは私も聞き及んでおります。ネルフジャパンの対応も・・・」
「そうですか」
「我々皇国も彼女に手を差し伸べることはできません」
「なんでですか!?敵国の人間だからですか!?」
「そうです」
カルッカは実にそっけなく答える。それが当然と言うように。
「助けを求めている人がいながら見捨てるのですか!?それがこの国のやり方ですか!?」
「彼女と、その仲間たちが我が皇国に亡命を希望し、我が国に忠誠を誓うというのであるなら受け入れると姫は申されております。当然その見返りは要求させていただきますが」
「見返りがなければ助けへんっちゅーことかい!」
「当然です」
「そんな非人道的なことが許されるんか!」
「この世界にジンドウテキというのは存在しません」
カルッカの言葉にトウジは愕然とする。世界はここまで非情なのかと。それもそのはず、獅子身中の虫を入れて滅んだ、あるいは衰退してしまった国は彼らの世界にもごまんとあるからだ。
また自分は見捨てるのか。何もできやしないのか。トウジは血がにじみ出るほど唇を噛む。そんなトウジの心中を察したのかカルッカは呟いた。
「自らの信条を貫くならば、時として愚か者にならなければならない時が殿方にはあると、過去に聞いたことがあります。女の私には理解できませんが・・・」
カルッカはそう呟くと頭を軽く下げてその場から離れた。トウジの頭の中にはカルッカの最後の言葉が繰り返し響いていた。



「うーっさみいさみい」
「お、お疲れさん。コーヒー飲むか?」
「ああ、サンキュー」
警備をしている自衛官がたき火の前に集まってコーヒーを飲む。夏の気候になれてしまったせいか秋風が随分と冷たく感じる。コーヒーを流し込み、煙草に火をつけたその時だ。
ビーーーッ!ビーーーーッ!
けたたましくサイレンが鳴り響く。そしてゆっくりとエヴァDタイプが起き上がった。
「た、大変だ!」

サイレンはフィーナの耳にも響いた。聞いたことのない鋭い音に思わず飛び跳ねた。
「なに?なんなのこの音は?」
サイレンのするネルフジャパン駐屯地に目を向けると白い巨人がこちらに向かってくる。そして手の平に乗れといわんばかりに彼女の前に手を差し出した。フィーナは一瞬だけ躊躇したが、その手の平に飛び乗った。彼女が飛び乗ると大事そうに抱える。
『すんまへん!少しだけこいつ借ります!すぐ帰ってきますさかい!』
トウジの声がスピーカーを通じて辺りに木霊すると、エヴァDタイプはフィーナを手の平に乗せたまま闇夜に消えていった。
「無人機だ!無人機を飛ばして追跡しろ!」
偵察用の小型無人機がすぐに発射されエヴァDタイプが走っていった方角へと飛び立っていった。


1時間後、ネルフジャパン首脳陣と警備に当たっていた自衛官の責任者が野戦作戦司令室に集まる。シンジ、アスカ、ケンスケはパイロット待機室で命令を待っている。
「状況を説明します。今から約1時間前にエヴァDタイプが突如起動。エントリープラグから手動で起動した模様です。脱走兵は鈴原トウジ。彼は例のミュラ族の女性を乗せた後、南に向かったようです。無人機を飛ばして追跡しましたが・・・ロストしました」
「そうですか、ありがとうございます」
マコトは警備責任者を責めようとはせずこれからのことを考える。まずは情報を集める。
「ここから南・・・もしかしてラテーヌ大平原へ?」
「多分そうでしょう。あのミュラ族の女性が生活していた場所ですから」
「しかし、その名の通り大平原ですからかなりの広さがあります。ざっと・・・四国ほどの広さです。そこから絞り込むのは困難かと」
「現地をよく知る商人の話ですとそこには多数のミュラ族の部族が住んでいて、縄張り争いで小規模の戦闘がほぼ毎日だそうです」
現地の情報が続々と上がる中、加持が手をあげた。
「加持部長、なにか?」
「アノール・ロンドに潜入している諜報員からの情報で数日前にミュラ族の女性が宮殿に駆け込んできたそうですが翌日には死体で見つかり、今日も1名来たそうですが外に出た形跡はないようです。それともうひとつ、詳しいことはわかりませんが軍のほうで動きがあったようです。どうも戦闘準備のようで」
「なるほどね、アノール・ロンドの奴らは彼女たちを見殺しにしてこっちのほうから軍を侵攻させようとしたのさ。そうすれば領土侵犯で戦争をふっかけることができるからね。常套手段よ」
「では、鈴原君の身柄も危ないと・・・」
マコトは腕を組んで目を閉じる。その傍らで菅原は後ろで手を組んでじっとしている。
「どうされますか?日向総司令」
菅原がマコトが目を開けたのと同時に聞く。
「我々ネルフジャパンはエヴァと鈴原君の身柄を守らなければいけません。しかし我々はこのような事態に対応できる武力は持っておりません。そこで・・・戦略自衛隊に協力を仰ぎたいのですが・・・よろしいですか?」
「ネルフに協力はできませんな。我々は護衛と監視ですから」
そう断りながらも自衛官も、ネルフスタッフどこか他人事のような顔をしている。
「しかし、鈴原トウジ君。彼は日本人です。日本人を守るためでしたら、致し方ありませんな」
自衛官はニヤニヤと笑いながら締めくくる。自衛官もネルフも彼を助けるために出撃する腹は決まっている。当然日本政府も了承済みである。結局はお互いが落としどころを探っていただけに過ぎない。それすらも見えていたのだが。
「指揮は誰が取ります?なにせ大規模戦闘となると私には少々荷が重いのですが」
「それならネルフからエミリー・デーミッツ二佐をお貸ししましょう。なにせ経験者ですから」
「是非に」
「あらら、大役ね。困ったわ」
デーミッツは口ではそう言いながらも目は輝いている。
作戦会議室でミーティングをしている最中、続々と自衛隊員達が準備をしている。そこへ菅原副司令が来ると準備の手を止めて敬礼をする。菅原は彼らの前に立つ。
「みんな聞いてくれ。フォースチルドレン鈴原トウジが駐屯地を脱走しミュラ族の救出に独断で向かっている。彼は貴重なチルドレンである前に一人の日本人である。自衛隊を除隊した私がこんなことを言う資格はないが邦人を助けるのは日本国自衛隊として当然の責務である。各自己の責務を全うしてほしい。全員、必ず生きて帰れ。これは私から君たちに下す最初で最後の命令だ。以上!」



トウジ、フィーナを乗せたエヴァDタイプは途中休憩をはさみながら2日かけてラテーヌ大草原につくことができた。そしてフィーナの仲間達が巨人からその身を隠していたのはラテーヌ大草原の南の外れにある岩場だった。
「・・・これだけしかいないの?」
フィーナは愕然と呟く。ミュラ族の1つの部落は大体300人弱はいる。そしてこの岩場に隠れている部落は4つ。その4つの部落が集まっても200人くらいしかいなかった。
「族長は!族長はどこへ!?」
「死んだよ。私たちの目の前で巨人に食い殺された・・・うちの部落だけじゃない。ここにいる他の族長もみんな死んだ・・・ラテーヌ大草原にいたミュラ族の生き残りはこれで全部さ・・・アノール・ロンドに使いを出したはずだが誰も帰ってきてない・・・巨人にやられちまったかもな・・・それで・・・あんたの後ろでみょーちくりんな恰好しているやつは?」
「ああ、紹介しよう。ドトルマギナ皇国に巨人が現れた時に巨人を返り討ちにした傭兵の話は聞いたことがあるだろ?その傭兵集団のひとりで鈴原トウジ殿だ」
思わず感嘆の声があがる。まさか敵国と協力体制を取っている組織が自分たちのために立ち上がるとは思いもしなかった。
「こんな辺鄙なところまで私達を助けに来てくれて本当に言葉もない・・・」
「べ、別に男として当然のことをしたまでや」
トウジは照れを隠すように目を背ける。
その日はトウジのことを歓迎する会がささやかながら行われた。果たしてこんな青年で大丈夫なのかと思ったが、外にあるエヴァはトウジが乗ってきたのは事実である。不安を感じながらも微かに希望を感じていた。

「ん・・・眩しい・・・」
朝日が差し込む岩穴の中でフィーナは目を覚ました。ゆっくりと体を起こして辺りを見回すと同胞たちが一様に雑魚寝をしている。しかしその中にトウジの姿はない。
(どこへ?)
フィーナが外へ出ると岩穴の下にトウジはいた。気配を感じたのかトウジはゆっくりと振り返る。
「なんや、起きたんかいな」
「ええ、朝日が眩しくて」
「・・・こっちの世界も、ワシの世界も太陽は変わらないもんやな」
そう言いながらトウジは朝日に目を細める。フィーナはトウジの隣に腰を下ろすと両手でトウジの手を包む。
「鈴原様。鈴原様が私たちの仇である巨人を見事討ち取りました暁には、醜い私ですが鈴原様に私の魂と体を火の神の名の元に捧げさせていただきます。願わくばご寵愛を・・・」
「・・・なんや?早い話が巨人を倒した商品がお前の体っちゅーことか?」
「体だけではありません。我が魂も死して生まれ変わって鈴原様の・・・」
「やめい!そんなことのためにワシは来たんやない」
「鈴原様!確かに私は醜い女です。同胞を助けていただいて何も返すものがありません!体でお返しできないのであればせめて奴隷として鈴原様のおそばに!」
「奴隷なんぞいらんわ!それに、フィーナやったの。お前、醜くないやん。メッチャ美人やで」
「鈴原さま?」
「ワシは正しいことをやるために来たんや。礼をもらうようなことやない。オナゴを守るのは男として当たり前や」
トウジは吐き捨てる様に言うと常備されている携帯食料を取りにエヴァに向かう。フィーナはトウジの背中を見つめる。
今まで薄気味悪がれたことはあったが、美人だと面を向かって言われたことなどフィーナはなかった。鼓動が高鳴る。それは彼女にとって初めての経験だった。この時、フィーナは心底この男の腕の中に飛び込みたいと思った。

そしてトウジが彼女たちの隠れ家である岩穴に来て2日目の朝だった。彼女たちの仲間を食い散らかした巨人が現れた。
「来たぞ!あいつだ!巨人が来た!」
巨人襲来の一報を聞いたトウジはすぐさまエヴァに乗り込み起動させる。巨人は四つん這いでこちらに向かってくる。その姿たるや巨人というより口が裂けた化け猫だ。
「キシャアアアアアアア!」
涎をまき散らしながら巨人はトウジに飛び掛かる。トウジはバックステップで避けて距離をとるとまるで初めて見るエヴァンゲリオンを品定めするかのように周りをゆっくり回り始めた。それはまるで獣が獲物をどう仕留めようか思案しているかのように。
(ワシはシンジのように才能があるわけやない。惣流のように戦術を駆使できるほどの頭もない。ワシにできることは限られとる。ワシの武器は・・・拳だけや)
トウジはビーカーブの構えを取った。トウジの武器はボクシングだけだった。

ボクシング。誰でも見たことがある格闘技でありスポーツでもある。
その歴史は古く、確認されているのは紀元前3000年以上まで遡り、当時から軍隊格闘技として現在も学ばれている。現代世界各国で多種多様な格闘技はあるが“最も血を吸ってきた格闘技”は間違いなくボクシングである。

巨人はひっかき、蹴りなどを使い息を尽かせないほどに攻撃をしかけているがどれもトウジが乗るエヴァに掠ることもなくスウェー、ダッキング、パリィなどで回避されている。
「すごい・・・巨人の攻撃を紙一重で躱している・・・」
「・・・なんて奴なの・・・あの速さで回避できるなんて・・・」
巨人の攻撃は決して遅いわけじゃない。むしろ速いほうであろう。それでも体に掠らせることすらできないのは、それだけ彼のディフェンステクニックが優れている証左だ。
エヴァDタイプは主に囮役で使われることを想定しているためスピードを殺して防御力を高めている創りだ。それでも囮が被弾して動けなくなるようでは話にならない。少しでも被弾率を減らして生存率を上げるために徹底的にディフェンスを磨いてきたのだ。
体に当てられないことに苛立ちを感じたのか、段々と攻撃がより大振りになる。そうなると巨人の繰り出す攻撃の軌道すら予測が容易となりトウジに心の余裕が生まれてくる。そしてトウジの反撃が始まる。
まずは相手の攻撃に合わせたカウンター始まりワンツー、ボディーなどの攻撃。そして巨人の攻撃の合間合間に攻撃を積み重ねる。『蝶のように舞い。蜂の様に刺す』この言葉を体現しているのだ。そして・・・トウジ渾身のストレートが巨人の顎を捉え、顔が180度回転し巨人は膝から崩れ落ちた。無理もない。顔の向きが完全にあり得ない方向に向いているのだから。
「はあ、はあ・・・やった・・・やったで!」
「オオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
トウジの勝鬨に呼応するかのようにエヴァもまた吼える。その声は遥か遠くまで木霊していった。


その夜、トウジは大変な歓迎を受けた。自分たちが多大な犠牲を払っても手も足も出ず逃げることしかできなかった同胞たちの仇を見事討ち取ったのだ。飲めや歌えやの大騒ぎだ。出される飲み物がアルコールしかないだけにトウジは食べるだけ食べて少しだけ酒を飲むと早々にテントの中で大いびきをかいて寝てしまった。トウジがいなくなっても宴会は続きそのまま雑魚寝してしまう者はもちろん、裸で大騒ぎする者もいた。
深夜、満月の月明かりが降り注ぐ中、フィーナは剃刀を手に取ると服を脱ぎ棄てて水を浴びる。そして剃刀で毛を剃りだした。そんな彼女の後ろから同胞のひとりが近づいた。
「あんた、本気で火継ぎの儀をやるつもりなんだね」
「ええ、最初から決めていたことだから」
「あんたが決めたならそれでいいさ。ところで、同胞の危機はこれで去った。この危機を救ったのはあんたが連れて来た男だ。つまりはあんたの手柄だ。古の掟に従い族長がいない以上、あんたがこの族の族長だ。これからよろしく頼むよ」
「ええ、私こそ」
フィーナは毛を剃り落し、蜜を乗るとローブを軽く羽織りトウジが眠るテントの中へと入っていった。しばらくするとテントの中から男と女の交わる音と声が聞こえてきた。火継ぎの儀はこれにて完成した。
「火継ぎをした女が族長か・・・これでうちらもあの男次第ってわけか。しかし、アノール・ロンドに行った連中はどうしちまったのかね?もう戻ってきてもおかしくはないはずなんだが・・・」
同胞は二人に気遣うようにその場から立ち去る。二人の交わりは朝が来るまで何度も続けられた。


トウジはテントを出るとふらふらと水汲み場まで行き頭から水を被る。空を見上げると太陽は随分と高い位置にある。多分昼過ぎくらいなのだろう。
「あかん。やってもうたわ・・・」
如何にも間違いを犯しましたと言わんばかりに深くため息をついた。トウジの後を追ってフィーナも水汲み場へ来る。
「トウジ様。おはようございます」
「あ、ああ・・・その・・・体、大丈夫か?」
「お気遣いありがとうございます。痛みよりも、トウジ様をお迎えできて嬉しく思います。昨夜のことはご心配に及びません。私が勝手にやったことと思っていただいても結構です。私の体も魂もこれから死しても生まれ変わっても永遠にトウジ様のものです。どうぞなんなりと」
「いや、そないなこと言うても・・・そのできてもうたら責任持たな・・・」
「ミュラ族は部族の女がみなで育てる風習です。仮に子を授かってもトウジ様にご迷惑になるようなことはありません。いくらでもこの体を使ってください」
思わずトウジの男の部分が反応する。フィーナは嬉しそうに笑う。早速誘おうかとした時だ。フィーナはどうも嫌な空気を察する。どうも表情に出ていたのだろう。
「ん?どないしたんや?急に怖い顔しおって」
トウジが聞いてきた。フィーナがどう説明すれば良いのか考えているうちにそこらじゅうで雑魚寝していたミュラ族の女たちが一斉に起きだしてフィーナと同じ場所を睨み付けている。
「これ、どう思う?」
「・・・あまりいい匂いじゃないね。ひどい戦の前に嗅ぐような・・・」
「この方角からというと・・・アノール・ロンドからの援軍?今更?」
援軍と口では表現しつつも友軍とは思っていないような口ぶりだ。そして彼女たちが睨む方角がやけに眩しいことにトウジは気が付いた。フィーナたちの顔が青ざめる。
「まさか・・・銀騎士団・・・」
「フィーナ、あんたが族長だ。あたしたちはあんたに従う。どうする?」
「そうね、グウィン王が他の種族に対して疑い深いと聞く。まずは出方を見るのがいいわね。それから、子供とその母親は北へ向かってドトルマギナ皇国へ逃げて。あそこには同胞もいたから悪いようにはしないはず。その他の者はここで待機。王を出迎えましょう」


銀の鎧を着こんだ騎士団が一糸乱れぬように整列する。そして列が2つに分かれると馬に乗り黄金の鎧を着たエルヴィス族の男が赤いマントを翻して現れた。
「あい、誰やねん」
「馬に乗っているのがアノール・ロンドの太陽王グウィンです。あの国は王に就いた者がその名前を受け継ぐの」
トウジはグウィン王を一目見るなり嫌悪感が走った。グウィン王からしてみればフィーナ達ミュラ族は辺境に住む田舎者とその国の統治者という立場であり、自分たちを上から見下ろすのはわからない話ではない。しかし見下ろすその目が如何にも軽蔑の目なのだ。相手を人間ではなく虫けらを見るような。
「族長は誰か」
グウィン王が尋ねるとフィーナが返事をする前に別のミュラ族の女が名乗りを上げる。
「私です」
「巨人を使役する者を捕えるとは大義である。その者を連行せよ」
「お待ちください!彼の者は我等ラテーヌ大平原に住むミュラ族を巨人の脅威から救ってくださいました恩人であります!そのような方に無礼な真似は!」
あまりにも理不尽な要求に抗議する女性に銀騎士はいきなり一刀両断。目の前で有無を言わさず斬られた。
「余に意見するとはなんと無礼な。貴様ら下賤の者どもはこの男を誘い出す餌ぐらいしか利用価値はないであろう」
「餌?・・・どういうことですか・・・我が同胞が数名アノール・ロンドに救援を求めて旅立ちましたが誰ひとり帰ってきておりません・・・まさか同胞達を・・・」
「巨人とやらは我が太陽国に攻め込んできておらぬ。我が勇敢なる銀騎士団を貴様らのような虫けらを助けるために削るわけがなかろう。ドトルマギナには巨人を使役する傭兵集団がいると聞いた。ならばその傭兵どもが貴様らを助けにくるのではないかと睨んでいた。そしてそれは成った。その傭兵集団はドトルマギナの政治には介入しないと聞く。ならば余が巨人の力を有効に活用して奴らの国が弱った隙に攻め込むのが上策であろう」
さも当然のように言うグウィン王。ミュラ族はある者は血が出るほど拳を握り、ある者は血の涙を流す。
「では・・・故意に我等を見捨てたと・・・?同胞が殺され!絶望と!悲しみにくれる我らの叫びを!聞く耳すらなかったと!」
「無礼だぞ。余を誰と心得る。太陽国アノール・ロンド王、グウィン王であるぞ!安住の地を与えた余の恩を裏切るのか?」
「黙れ!誰が貴様如きに恩などあるものか!我らが恩を受けたのは初代太陽王グウィン王だ!貴様ではない!」
ひとりがそう叫ぶと騎士団の正面に対峙していたミュラ族が一斉に襲い掛かった。それと同時に後ろのほうで睨み付けていたミュラ族は背を向けて北へと逃げはじめる。フィーナはトウジの袖を引っ張る。
「トウジ様!逃げましょう!」
「なんやて!?じゃあ戦っている仲間見捨てるんかい!」
「彼女たちは同胞を逃がすために死兵となったのです!時間がありません!彼女たちの命を無駄にしないためにも!」
トウジはフィーナに言われるがまま、逃げるようにエヴァに乗り込み起動させる。そしてちりぢりに逃げる彼女たちの仲間を集めると、逃げる時に手に絡んでいたテントの布の中に入れ彼女たちを抱えて逃げ出した。トウジ達が逃げ出した頃には死兵となった仲間たちは全滅。逃げたトウジ達の後を追う。
エヴァと重装の騎士団。スピードはエヴァのほうが遥かに早いのは明白だがフィーナの仲間達を抱えている以上あまり早く走ることができない。騎士団は確実にトウジ達の後を追いかけてくる。振り切るのは難しい。最悪このまま皇国まで進軍してくるのは明白だ。トウジは初めてここで自分の行動の浅はかさを知る。トウジは心の中で自らの行いに悔みながら走ると、遠くで土煙を上げながらこちらに向かってくる集団が見える。
「トウジ様、前からなにかが・・・」
「・・・仲間や・・・ネルフが来たんや」
エミリー・デーミッツが指揮する戦略自衛隊一個師団が向かって来ていた。トウジの元に通信が入る。
『鈴原君、デーミッツよ。随分とおいたが過ぎたわね』
「デーミッツさん!ホンマすみません。ワシがバカでした」
『帰ってきたら処分を伝えます。まずは後ろにいる連中をどうにかしないとね。彼らを振り切れない?』
「すんません。それは無理です。ミュラ族の仲間を抱えてますんで」
『OK。それじゃ道を開けるからもう少しだけスピードあげてこのまま突っ切って。後ろにいる連中は私達が相手してあげるから』
すぐさま戦車隊が左右にずれてトウジを逃がすための道が作られる。そしてその間をエヴァDタイプが駆け抜けていった。デーミッツはその後ろ姿を見送るとマイクを取る。
「さてと、今度は私たちの出番ね。総員戦闘態勢に移行!やむを得ない場合彼らと交戦します!」

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