シンジはエヴァに乗り込むとエヴァのメディカルチェックを起動させる。
これは今後の戦いが第三新東京市のみならず長期的に平地やジャングルなどの野戦を想定して組み込まれたプログラムで簡単ではあるがエヴァ全体のチェックができる。待つこと10分、結果がモニターで表示される。
「あちゃー、やっぱり左腕の損傷がひどいな。それに足回りのレスポンスもいい結果じゃないし腰の神経伝達も良くはないみたいだね・・・オーバーホールの必要性ありか・・・エヴァは精密機械の集合体みたいなものだから仕方ないよね」
結果は動くことに問題はないが、戦闘となると心持たない結果だった。概ねシンジの予想通りだ。
「カルッカさんに言って一度元の世界に戻るようにしてもらわないとしょうがないや」



第三話 シンジ帰還。そして・・・





「ですから、最優先課題としましては、まずは壁の補修を・・・」
「壊された壁の地区など見捨てれば良い!それよりも兵の補充と訓練に力をつぎ込むべきでしょう!」
「まずは国力を上げることが優先だ!このままだと国の防衛以前の問題になってします!」
元老院では巨人の襲来から少しずつ回復した元老院が予算について話し合っている。とにかくやることが目白押しだ。まずは何から手を付けるべきか話し合っているのだが人が10人集まれば10人考え方も異なる。故に元老院では誰もが自分の国の未来を案じて議論を積み重ねている。そんな大人たちが激論と唾を飛ばしあう議会をレーティアは玉座でボーッとした顔で眺めている。
「姫!姫様!」
「はっ!」
忠臣である元老院議員のキール卿がレーティアの耳元で声を上げた。
「むっ?どうしました?」
「どうしましたじゃないですよ。さっきから心ここにあらずではないですか」
レーティアの隣で議会を見守っていたカルッカも心配そうに見る。
「もしかして体調が優れないのでは?無理はいけません」
「大丈夫。大丈夫です。少し疲れたかもしれません」
「もう少しご自愛をください。姫のお体はあなた様だけのものではございませぬ」
「キール、ありがとう。でも心配には及びません」
レーティアが再び議会の様子を見守ろうと顔を上げた時、ひとりの兵士がカルッカに近づき耳打ちをする。
「わかりました。応接間にご案内してください。姫、来客がありましたので席を外します」
カルッカはそう言って会釈をすると議会室を出ていった。議会が開かれている最中にカルッカが席を外すなどということは今までに一度もなかった。レーティアはそのことが気がかりになる。しかし議会は議論の真っ最中だ。これ以上心配をかけてはいけないと集中するがすぐに途切れてしまう。レーティアの心の淵は無意識に口の外に呟きとなって現れた。
「碇様に、会いたいな・・・」

その後、議論は纏まることなく議会は休憩となる。レーティアはカルッカに会おうと応接間へと向かう。すると応接間の扉が開いて中からシンジとカルッカが並んで部屋から出てきた。レーティアの心の中に黒い感情が沸き立つ。見るとカルッカもシンジもどこか楽しそうに話をしている。それがどこか気に入らない。シンジはカルッカに一礼すると外に繋がる廊下へと歩いて行った。カルッカはその後ろ姿を見届けると振り返ってレーティアと目を合わせた。
「姫?」
カルッカが近づいてくる。
「姫、どうなされました?」
「え?」
「怖いお顔をしておいででしたよ」
レーティアは思わず自分の顔に手を当てる。
「そ、そうですか?」
「そうですよ。いくら議会が進まずに苛々していらっしゃるとはいえ、あなたはドトルマギナ皇国の皇帝陛下代理なのですからあまり感情を表に出すのは感心しませんよ?」
「そう・・・ですね。気を付けますわ。ところで碇様がお見えになられたようですが、カルッカに何用が?」
カルッカは少しだけ難しそうな顔をするが、すぐにその質問に答える。
「元の世界に帰りたいそうです」
「えっ・・・」


「何故ですか?碇様」
次の日の朝、シンジはレーティアに応接間に呼び出された。レーティアの目の下にはくまができ、目も赤い。余程嫌なことがあったのだろう。かなり不機嫌である。鬼気迫るようなレーティアの雰囲気に思わずたじろぐシンジ。
「いや・・・その・・・」
「言い訳は聞きたくありません!」
「理不尽すぎるだろ!まだ何も言ってないですよ!」
シンジは自分を落ち着かせるように深呼吸をするとレーティアに向き合う。
「実はエヴァ・・・モトイ、巨人の調子が良くないので元いた世界に帰って治そうと思ったからです。それと、応援を呼ぼうかと思って」
「え?戦力なら碇様御一人で十分ではないのですか?それに巨人を治すのであるなら我が国の魔道士に言えば治せるかと」
シンジは首を横に振る。
「それは無理ですね。いくらこの国の魔法使いが優秀と言えあれは治せません。今までは確かに倒せました。しかしこの次が倒せるという保障はどこにもありません。万全の態勢で挑まないと負けますよ」
シンジの言うことは最もである。どんなことでも準備不足で行動を起こしても成功することは皆無だからだ。レーティアは頷く。
「・・・確かにそうですね。しかし、碇様のご友人の方は私達に協力してもらえるのでしょうか?」
「それはわかりません。僕もできる限り説得はしてみますけど」
「よろしくお願いします。良かった・・・私はてっきり碇様に見捨てられたのかと・・・」
「へ?」
「い、いえいえ!なんでもありません!」
レーティアは顔を真っ赤に染め上げて両手を振る。
「そうですか?カルッカさんは2日後には準備が整って帰ることができそうだと言ってました。それでは僕は帰ります」
シンジはレーティアに一礼すると部屋を出ていく。レーティアは部屋の中でシンジを見送った後、考え事をするように部屋の中を歩き回り、呼び鈴を鳴らした。
「誰か!誰かここへ!」


2日後、シンジはプラグスーツに身を包むとエントリープラグ入口に立つ。地上では異世界とシンジの世界が互いに行き来できるように異空間転移の魔法の固定をカルッカが行っている。彼女が作る異世界への出入り口は簡素な門の中にあり、その中はブラックホールのように闇が渦巻いている。
カルッカは魔法を固定するとシンジが待つエントリープラグ入口へと上がる。
「参りましょう」
シンジがカルッカを連れてエントリープラグの中に入ろうとした時だ。
「お待ちください!」
突如白い竜が舞い降りてレーティアがエントリープラグに降り立った。
「姫様?如何されたのですか?」
「私もご一緒させていただきます」
「「えええええ!?」」
レーティアの言葉に二人は思わず大声をあげた。
「な、何を驚いているのですか」
「姫!正気ですか!?いくら碇様のいた世界に行くとはいえ異世界なのですよ?何が起こるかわかりません。お戻りください」
「何を言うのですカルッカ。碇様のいらっしゃる国にご助力をお求めにいくならば皇女である私も同行するのは至極当然のことではありませんか」
「し、しかしですね・・・」
「そうですよ!カルッカさんの言う通りですよ。レーティアさんが残ってくれないとこの国の政治が止まりますよ!?」
「碇様、我が国は立憲君主制です。私は最終決定をするだけです。私がいなくてもこの国は回ります。それより、碇様の国にご助力を求めるのは我等です。なれば私が行くのは最低限の外交儀礼ではありませんか?」
「そうかもしれませんけど!」
シンジはレーティアを思い止まらせるように説得を試みるも聞く耳もたない。どうしても行くと言って聞かないのだ。二人の様子を見ていたカルッカはため息をつく。
「仕方がありませんね。姫もご一緒させましょう」
「カルッカさん!?」
「しかし、私たちが行くのは異世界であることに変わりはないのです。そのことを重々承知の上で御願い致します。責任は・・・持ちませんよ?」
「もちろんですわ」
カルッカの言葉にシンジ戸惑う。カルッカなら止めてくれると思っていたからだ。
「あの、いいんですか?」
「ああなったら姫は動きません。それにここから先は自己責任、姫の身に何があろうと私も、碇様も一切の責任を持たないことを姫もわかっておいでです。大丈夫ですよ。姫は賢明な方ですから」
カルッカはそういうとシンジに笑いかけた。その笑みからはシンジへの信頼が感じ取れる。
「もう、知りませんからね」
シンジは渋々彼らの要求を受け入れるとエントリープラグに乗り込む。そして二人も続く。
(まったく、強引な所はアスカそっくりだよ)
起動準備に入るシンジ。その横顔をレーティアは見る。その横顔はどこか嬉しそうだった。
「エヴァンゲリオン初号機改。起動します」
初号機改を起動させるとシンジは匍匐前進で門の中に漂うブラックホールへと進みその姿を消していった。




その頃、ネルフジャパンではシンジが消えたその時から原因の究明とシンジの捜索が続けられていた。グレードアップしたMAGIが休むことなく稼動し、ありとあらゆる観点からのアプローチで原因を探っているが何一つ掴めていない。彼らの目を離した隙に堂々と神隠しが行われたのだ。まるで自分たちをあざ笑うかのように。
キョウコがMAGIを使ってシンジの行方と原因の追究に躍起になっているとユイが部屋に入ってきた。その顔は憔悴しきっており、頬はこけ目の下にクマができている。
「ユイ、ひどい顔よ。もう少し休んだらどう?」
「さっきまで休んでいたから大丈夫よ。コーヒーを飲んで頭を冴えさせるわ」
「休んだって・・・まだ30分も経っていないわよ?あなたここのところまともに食事はおろか睡眠もとっていないでしょ!もう少し寝なさい!体壊すわよ」
「大丈夫。まだ大丈夫よ」
「ユイ!いいから休みなさい!シンジ君が帰ってきたときにあなたが倒れていたらシンジ君に申し開きが立たないわ!」
「いいから私のことはほっといてよ!」
「ユイ!」
ユイとキョウコが睨みあい一触即発の険悪な雰囲気が部屋中を包み込む。その時、研究室の扉が勢いよく開き、オペレーターの阿賀野カエデが飛び込んできた。
「失礼します!はあ、はあ、はあ」
息を切らせて部屋に飛び込んできたカエデは手を膝につきながら顔をあげる。
「し、シンジ君が!」
「シンジ!?シンジがどうしたの!?」
「シンジ君が帰ってきました!」



ユイとキョウコは発令所に飛び込むと正面のモニターには元気そうなシンジの顔が映し出されていた。
「シンジ!」
『あ、母さん?碇シンジ、只今帰還しました。ごめんね。心配かけて』
「ううん、あなたが無事ならそれで・・・それでいいの」
『そこに日向司令と菅原副司令はいますか?』
日向はかつてゲンドウが座っていた席からマイクを向ける。
「シンジ君、僕と菅原さんに何か急ぎの用でもあるのかい?」
『ええ、実はお願いがあって・・・』
「わかった。時間を取るよ」
この時、日向は元よりその場にいる全員が今までどこにいっていたのか直接司令である日向に報告をするものだと思っていた。
よもやシンジの口から聞かされた話が異世界の話とは想像すら誰一人としてできなかったのである。



ジオフロントにあるシンジの畑ではアスカが畑の手入れをしている。畑はまるでシンジが手入れをしてきたかのようにとても綺麗になっている。アスカは畑仕事が一段落すると小川から水を汲んで頭から被った。そして持参してきたペットボトルを手に取るとゆっくりと飲む。
「ふー」
一息つきながらアスカは畑を見る。植えられた野菜は良く育ちどれも生き生きとしている。それだけでもアスカがどれだけ丁寧に手を入れて来たのかが伺える。
もう少し頑張ろうか。そう思った矢先だ。キョウコが血相を変えてこちらに向かってくるのが見えた。
「アスカ!アスカちゃん!」
「ママ?どうしたのよ。何かトラブル?」
「はあ、はあ、・・・シンジくんが・・・」
「え?」
「シンジ君が帰ってきたの!」
アスカは思わず手に持ったペットボトルを落とした。



「失礼しました」
司令室からレーティア、カルッカを連れてシンジが部屋を出ていく。3人が部屋を出たのを見届けると日向は深々と椅子に座りなおした。その横で菅原も椅子に座り大きく息を吐く。
「司令、彼らの話をどう思いますか?」
菅原は率直な意見を日向に聞く。
「正直な所、夢と現実の区別のつかない人の話を聞いている気分でしたよ。菅原さんもそうでしょ?」
「ええ・・・まあ・・・」
「ただ、シンジ君が消えて約1か月。そして今、彼は異世界の人を連れて帰ってきた。これは紛れもない事実のようです」
「鵜呑みにはできませんが・・・ね」
「どう思います?菅原さんは私達ネルフジャパンが異世界の出来事に介入するべきと思いますか?」
菅原はうーんと唸りながら思案する。話を聞く限りシンジはかなり深く介入してしまっている。ここで引き返すのは不可能に近い。しかし介入するとなると政治的な立場としてかなり危ない橋を渡る可能性が高い。それだけネルフジャパンは政治的に信用されていないのだ。最悪「箱根事件」の二の舞だ。しかし、菅原の腹の中は決まっていた。
「そうですね、限定的に介入しても良いかと」
「なぜです?」
「我々ネルフジャパンはゼーレの残党が再びエヴァを使って人類補完計画に乗り出す可能性を示唆して存続している組織です。当然そうなれば彼らを戦場に送らざるを得ないでしょう。しかし、圧倒的に実戦経験が不足しております。その不足を埋めるには良い機会かと」
「実戦に勝る訓練はないと言いますからね」
マコトは静かに頷く。
「それだけでは・・・ないでしょう?」
マコトの言葉に返答するかのように菅原は彼らが異世界から手土産にと持ち込まれた宝石や黄金を手に取り眺める。
「日向さん、金銀が採掘されるということは、その他の地下資源もあると思いますか?」
「・・・多分、あるでしょうね。菅原さんはそれをネルフが独占するつもりで?」
「いえ、これを使って日本政府の庇護を求めるのも手かと・・・」
「なるほど、今の内閣は景気対策に力を入れていますからね。資源が格安で手に入るならそれを武器に雇用を増やすこともできる」
「そういうことです。それでは日本政府には加持君から話を通すことにしましょう」
「そうですね」



シンジはレーティアを連れて休憩所に来た。
カルッカは日向司令との面談の後に異空間転移の魔法を使ったために体を休めたいと言って用意された部屋へと向かった。シンジを召喚したときは数日起き上がれないほど憔悴したが、二回目は繋げる異世界がわかっていたために比較的軽めに繋げることができたという。それでも膨大な魔力を使ったことには変わりはない。
レーティアは興味津々に自動販売機を見入る。
「この箱の中に人が入っているのですか?」
「入っていませんよ。電気で動いているのです」
「デンキ、ですか・・・」
様々なものが電力によって動くこの世界の技術はレーティアの興味を大いに引く。
「世界が異なるとここまで文明も異なるものなのですね・・・」
「それは僕も同じです」
シンジはペットボトルのお茶を飲むとしみじみ自分の世界に帰ってきたのだということを実感する。異世界では豆を炒って煎じる豆茶が支流でシンジあらしてみれば粗悪品のコーヒーでしかなかった。おいしいお茶が飲めるというだけでも帰ってきた甲斐があったというものだ。
「あ、あの・・・」
シンジが感傷にふけっているとレーティアが恥ずかしそうに声をかけてきた。
「どうしました?」
「あの・・・はしたないお話で申し訳ございませんが、お花を摘みにいきたいのですが・・・」
「え?ああ、わかりました」
シンジはレーティアをすぐ近くのトイレに案内すると入口で彼女を待つ。レーティアとカルッカはネルフジャパンからVIPとしての丁重な御もてなしを受けることとなるだろう。カルッカは片言ではあるがシンジから英語を教わったため意思の疎通はできないわけではない。問題はレーティアである。レーティアはこちらの言葉はほとんど話せない。しばらくはカルッカが付き添ってくれるであろうが肝心の本人は私用でいない。しばらくは二人のガード兼通訳で付き添う形になるのかと考えていた。その時。
「シンジ!」
聞き慣れた懐かしい声がシンジを呼ぶ。見るとこちらへと走ってくるアスカの姿が見えた。
アスカはシンジの目の前まで駆け寄るとシンジの両肩を掴む。
「シンジ!本当にシンジなの!?」
「うん、ただいま。アスカ」
そう言ってアスカに微笑む。その笑みはアスカが待ち望んでいた笑顔だ。
「おかえり。シンジ」
アスカは太陽の様に明るい笑顔で返した。そしてその表情はすぐにいつもの顔に戻る。
「ところでアンタどこに行っていたのよ?いくら探しても手掛かりひとつ掴めなかったし」
「あ~話せば長くなるけど、ちょっち異世界に・・・」
「・・・頭でも打った?」
「違うよ!本当に行ってたんだよ。無理矢理連れてこられたんだけどさ」
「なにその宇宙人に攫われましたって感じの話。笑えないわ。ムーにでも投稿したら?」
「いや、笑う所でもないような・・・」
シンジはできる限り簡単に異世界と自分の世界に帰ってきた時のことをアスカに説明する。丁度話が自分と一緒に来た異世界の住人の話をしている時だ。レーティアがトイレから出てきた。
「お待たせしました。碇様!こちらの世界のトイレは大変摩訶不思議な作りになっているのですね!トイレからお湯が噴き出てくるなんて驚きましたわ!」
レーティアはトイレから出てくるとシンジの隣に当然のように立つ。
「ああ、丁度良かった。アスカ、この人だよ。異世界から僕と一緒に来た人の一人は。レーティア姫って言うんだ。姫、こちらは僕の同僚の惣流アスカ・ラングレーさんです」
二人に言語を変えながら説明するシンジ。レーティアとアスカ。世界を隔てる人物がここに顔を合わせた。シンジはお互い似たような人物だからすぐに仲良くなるであろうと思っていた。しかし、二人がお互いに感じたのは純粋な嫌悪感だった。
「シンジ」
「碇様」
「え?」
「この女はなに?」
「この人は誰ですか?」
違う言語で同じことを同じように尋ねる二人。
「さっき言ったじゃないか」
当然のことのように返答するシンジ。アスカとレーティアは目を釣りあがらせてシンジを見る。
「この女はアンタの何なのよ!」
「この女性は碇様のどのようなご関係なのですか!」
「え、えっと・・・その・・・」
ほぼ同じ顔の二人に詰め寄られてシンジは思わず顔を青くした。


「ケンスケ!シンジは休憩室におるって言うてたよな!?」
「ああ!こっちだ!」
迷路のように入り組んだネルフジャパン本部をケンスケとトウジが駆け抜けていく。シンジが帰ってきたという情報はすぐに二人にメールで送られてた。二人はいても経ってもいられず学校を早退してネルフジャパン本部へと駆けこんできたのだ。休憩室が近くなるとアスカの怒鳴り声が聞こえる。
「なんや、センセ惣流の奴にいきなりいびられとるんかいな」
「惣流の元気な声がするってことはシンジがいる証拠さ。しかしもうひとりいるみたいだな」
二人がアスカを下手に刺激しないように休憩室を覗くと・・・
「だから!この女はアンタのなんなのよ!」
「碇様!この女性は碇様とどういうご関係なのですか!」
二人の女性に囲まれたシンジの姿だった。

「うぉ・・・こいつは・・・」
「惣流が二人?いや・・・違う?けど・・・」
「これは・・・あかんやつや」
「・・・やばすぎだろ」
目の前に繰り広げられるのは見ている側すら命の危険を感じるくらいの見事な修羅場だった。
詰め寄っているアスカとレーティアはケンズケとトウジが見ているのも気が付かないほどヒートアップしている。そして・・・
「こんの!バカシンジ!」
ばちーん
「うが!」
「破廉恥な!」
びちーん
「ぐへ!」
二人の修羅にシンジは殴られ綺麗にKOされた。
「「シンジー!!」」



「あのバカ!帰ってきたと思ったらどこの馬の骨かもわからない女と一緒だなんて!ふざけんじゃないわよ!」
夜、アスカは久しぶりにヒカリの家に泊まりに来ている。シンジへの不満の愚痴をヒカリは黙って聞いている。
「しかもなによあの女。どこの国も知らないような女だし!アイツの好みは洋物かっつーの!」
「あはははは!」
ヒカリは思わず腹を抱えて大笑いする。
「ちょっとヒカリ!笑う所じゃないわよ!」
「な、なに言っているのよ。あはははは!笑うわよ。アスカだって外人じゃない。あははは!」
「そ、そりゃ・・・見た目はそうかもしれないけど、帰化したわよ・・・ママと一緒に」
ヒカリは腹を抱えて笑ったあと自分を落ち着かせるように大きく息を吐く。
「は~~、こんなアスカ見るのも久しぶりね。怒っているときは大抵碇君の愚痴だもの。やれ鈍感だの、ニブチンだの」
「そ、それは!アイツが悪いのよ!」
「はいはい、それくらいにして・・・良かったわねアスカ。いなくなった碇君が無事に帰ってきて」
「・・・うん」
アスカは心底嬉しそうに頷いた。
「・・・ん?」
アスカは急に眉をひそめる。
「どうしたの?難しい顔して」
「・・・どうしてヒカリがシンジがいなくなったこと知っているのよ?」
アスカの知る限りシンジがいなくなったことは外に漏れないようにネルフ内部でも箝口令が敷かれてその事実を知る者はさほど多くない。対外的にはシンジは任務で日本を離れているということにしてある。ネルフ内部でも情報統制されているにも関わらず、ヒカリは“シンジがいなくなった”とアスカに話した。
ヒカリは自分が口を滑らしたことに気付くと目を泳がせる。
「それは・・・その~」
「ヒ~カ~リ~?」
ヒカリは観念したかのように顔を伏せる。
「あの・・・怒らないでね?」
「実は・・・・・」
「はああああ!?相田がしゃべったああ!?なに考えてんのよあのバカ!」
「アスカ怒らないで!お願い!」
「でも!」
「お願い。確かに相田君のやったことは許されないことかもしれない。でも、相田君のおかげで・・・私は色々と腑に落ちたことがあったから」
「腑に落ちる・・・どういうこと?」
訳が分からないというアスカの顔にヒカリも思わずキョトンとする。
「あ、あれ?アスカもしかして知らないの?」
「なにがよ?」
「実は・・・」



「は~お前も苦労してたんだな」
シンジが緊急入院した病室でケンスケはしみじみと頷いた。シンジは苦笑いでそれに答える。さっきまでトウジもいたが先に帰ったためケンスケと二人きりだ。
「まあ、ね」
「ま、シンジが無事に帰ってきてくれて良かったよ。お前がいなくなってからこっちも大変だったからさ」
「なにかあったの?」
ケンスケは少しだけ考えるとその口を開く。
「いや、惣流がさ・・・最初の頃はひどい有様だったんだよ。落ち込んで・・・いや、放心状態だなあれは、本当に見てられなかったぜ。声もかけれなかったよ」
「アスカが・・・そんなに?」
シンジは実に意外そうな表情を浮かべる。
「ああ、お前が乗ってたエヴァが置かれていた所をボーッと眺めてたんだよ。ずっとな・・・2.3日はそんな状態だった。しばらくしたらいつも通りに学校に来て明るく振舞っていたよ。無理している感じだったけどな。でもよ、こういう時に限って空気の読めない奴ってどこにでもいるもんでさ、そんな惣流を口説こうって奴がいたんだよ。最初は相手にもされなかったけど、ある時そいつがシンジのことを小馬鹿にしたような口をきいたのさ。それで惣流の奴キレちゃってその場でボコボコだよ。病院送りでしばらくは流動食生活だってよ。それで惣流は3週間の停学処分さ」
「そんなことが・・・」
シンジは思わず絶句する。それと同時にアスカに申し訳なく思ってしまう。その心情を察してか、ケンスケはやれやれという顔をした。
「そう気に病むなよ。あと、俺が言ったこと惣流にはバラすなよ。殺されるから」
「わかってるよ。他にはなにかないの?」
シンジの問いにケンスケは珍しく難しい顔を浮かべる。
「ケンスケ?」
「ああ、これは・・・どうすっかな・・・でも、すぐにわかることだしな・・・でもな・・・」
「なんだよケンスケ。もったいぶって」
ケンスケは難しい表情をそのままにシンジのその表情を向ける。
「実はさ・・・トウジと委員長。別れたんだよ」
「え?」



「え?別れたって・・・ヒカリ?」
それはアスカが想像もできないことだった。アスカにとってヒカリとトウジは理想的なカップルだったからだ。自分もいつかはシンジと彼らの様になりたいと密かに憧れていた。それだけにヒカリの言葉はアスカにとって衝撃的だった。
「なんだアスカ知らなかったのね。無理もないか~アスカが碇君のことで頭がいっぱいのときだもんね」
「べ、別にいいじゃない!それよりなんで別れちゃったのよ・・・」
それは聞いてはいけないような気がしたが聞かずにはいられなかった。
「トウジが他の女の子のこと好きになったから」
その瞬間、アスカの頭の中が真っ白になった。何も言わずに席を立とうとするところをヒカリに止められる。
「アスカ!」
「ヒカリ、止めないで。あのバカ一発殴らないと気が済まないわ」
「最後まで人の話を聞いて!」
「なによ!なんであんな最低男の肩を持つのよ!」
「いいから人の話を最後まで聞いて!」
アスカはヒカリに強引に座らされると再度向かい合う。
「確かにトウジから別れ話を切り出された時にそう言われたわ。でも、本当は違うって。ほら、さっき言ったでしょ?相田君のおかげで色々腑に落ちたって」
「なんでそこで相田の名前が出てくるのよ」
ヒカリはジュースを一口飲んで喉を潤し、語り始める。
「アスカが学校休んでいた時よ。トウジに呼ばれて行ったらそう別れ話を切り出されて一方的に振られたの。そりゃショックだったわよ。その日どうやって家に帰ったのかわからないくらい・・・気が付いたら部屋で泣いてたわ。次の日、学校行きたくなくてズル休みしたの。そしたら夜に相田君が家に来たの。そしたら彼どうしたと思う?」
アスカがわからないと首を振るとヒカリは思い出し笑いを抑えながら言う。
「いきなり土下座よ土下座!意味がわからなかったわ。それで言われたのよ。トウジのこと嫌いにならないでくれって本心じゃないって・・・その時に聞かされたの。碇君のこと」
「碇君がいなくなってアスカ放心状態になっちゃったでしょ?気の毒すぎて声もかけられないほど・・・その姿を見てトウジは私にこんな思いをさせたくないって、そう思ったんだって。自分が嫌われてでもいいから幸せになって欲しいって・・・本当、バカだよね」
ヒカリはどこか嬉しそうにアスカに顛末を話す。確かにそういう不器用な所はトウジらしい。しかしアスカはどこか納得ができずにいる。
「ヒカリは・・・それで良かったの?」
「そうね、最初は納得できなかったけど今は吹っ切れてるから」
「ヒカリは、本当にそれでいいの?」
「うん、今は色々な経験をしてみたいの。そうすればもっと広い視野で色んなことが見れると思うから。その上で・・・トウジのことが忘れられなかったら・・・その時はその時でまた考えればいいわ」
ヒカリは最後に笑いながら言った。


「そっか、そういうことがあったんだ」
シンジは病室でトウジとヒカリが別れたことの顛末を聞いた。シンジの心情を察してからか、ケンスケは強い口調でシンジに話しかける。
「シンジ、お前のことだから自分のせいでトウジ達が別れたと思うかもしれないけどそれは違うぜ。前々からトウジは考えていたのさ、このままでいいのかって・・・そりゃシンジがいきなり消えちまったのがきっかけなのかしれない。でもな、これはあいつが考えに考え抜いて出した結論なのさ。シンジが謝ること自体お門違いさ。だから絶対にアイツの前で謝るなよ。アイツに失礼だからな」
「でもさ・・・」
「言っただろ?これはあいつらが考えて出した結論だって。それにあいつらのことだ。気が付けばヨリを戻しているに違いないさ」
ケンスケは最後にこの話はこれで終了と言わんばかりに手を叩いた。それから面会時間が終わるまで二人は語り合った。その最中もシンジは浮かない顔をしている。ケンスケは思う。多分自分が必要ないと言ってもシンジはトウジに謝るだろうと思う。それは彼にとって容易に予測できることだ。シンジがシンジたる所以と言ってもいいだろう。
(ま、しょうがないよな)
ケンスケは心の中で呟いた。


「そういえばね、アスカに聞きたいことがあったの」
「へ?」
布団に寝っころがりながらポテトチップスを食べるアスカにヒカリは唐突に話を切り出した。
「碇君が消えちゃった後、アスカはトウジと相田君が声もかけられないほど落ち込んでいたでしょ?それがしばらくしたらいつも通りに元気になって学校来るし。何があったの?」
アスカは顔を真っ赤に染めて実に答えにくそうな顔を浮かべる。
「え~っと・・・それは・・・」
「なによ恥ずかしがっちゃって。今更隠し事するような間柄でもないでしょ」
確かにヒカリの言う通りかもしれない。そう思ったアスカは恥ずかしそうに口を開いた。
「えっとね・・・レイの・・・おかげなのよ。情けないけどね」
「レイって・・・碇君の妹の?」
アスカは頷くとその時のことを話し始める。

シンジがいなくなって数日、アスカはほとんど食べることもできないほど落ち込んでいた。ユイはシンジを見つけるために朝から晩までMAGIと格闘していたためレイのことまで構う余裕がない。そのためレイを保育園に預けたり、身の回りの世話は全てキョウコと同じマンションに住む加持ミサトが行っていた。
ある日の晩、レイとキョウコ、アスカの3人で夕食を食べている時だ。アスカは数口食べただけで席を立って自室に籠った。日に日に痩せ衰えていくアスカにどうにか元気になって欲しかったが気安く『シンジ君なら大丈夫』なんて言葉をかけることなどできなかった。そうすれば余計にアスカを落ち込ませるのがわかっていたから。どう声をかけて良いものかとキョウコがため息をつくと、レイが椅子から降りてアスカの部屋へと入っていった。
ふと自分の頭に手が触れる。誰がこんなことをとアスカが顔を上げるとレイがアスカの頭を撫でているではないか。
「いいこ、いいこ。あしゅかおねえねはいいこ」
「レイ・・・」
普通なら幼い子供相手でもその手を振り払っていただろう。しかしできなかった。ただ呆然とレイに頭を撫でられた。アスカと目が合うとレイは手に抱えた人形をアスカに差し出した。
「あのね?れいちゃんね?ひとりでもねんねできるからね?れいちゃんのすてふぁにーねえねにかしてあげる」
ステファニー。それは2歳の時にシンジとアスカと3人で買い物に行った時に珍しくレイが欲しいと自らおねだりをして買ってもらったお猿のぬいぐるみだ。その日以来いつもレイはそのお猿の人形を大事に抱えていた。それをアスカに貸すというのはレイなりの精一杯の慰めだ。シンジがいなくなって一番寂しい思いをしているのはこの子のはずなのに。なんと健気なことだろうか。
アスカは思わずレイを抱きしめる。
「レイ、ありがとう。おねえちゃんすぐに元気になるからね」
アスカは泣きながらレイを抱きしめる。レイはまたアスカの頭を優しく撫ではじめたのだった。

「ふーん、そういうことがあったんだ」
「だ、誰にも言わないでね!3歳児に慰められたなんて知られたらアタシ確実に死ねるわ・・・」
(そりゃ確かに)
ヒカリは口に出かかった言葉を飲み込んだ。そうなるほど碇シンジという青年がアスカという女性の中で必要不可欠な人物なのだろう。ヒカリはそう思った。
その夜、アスカはヒカリにシンジに対する不平不満を心行くまでぶちまけた。ヒカリは最後まで苦笑いを浮かべながら付き合った。



数日後、レーティアとカルッカは司令室に呼ばれた。彼女たちの目の前には日向司令官と菅原副司令官がいる。彼女たちに異世界の事件にネルフジャパンが介入するかしないか返答するためだ。レーティアの表情は厳しい。マコトは菅原とアイコンタクトを交わす。菅原は黙って頷いた。そして、二人に向かい合う。
「そちらの一連の騒動に関して我々ネルフジャパンの返答をお伝えさせていただきます」
「はい」
「結論としましては・・・我々ネルフジャパンはそちらの国に介入することに決定しました」
「まあ!本当ですか!?」
マコトの言葉に二人の表情が明るくなる。
「そこで私たちの世界から1個師団、5000人ほどの兵士を護衛と機密を守る意味で送らせていただきますがよろしいですか?」
護衛としては多すぎる人数だ。もちろんこの人数はもしもネルフジャパンが反旗を翻した時に即座に制圧するための人数なのだ。
「ええ!構いませんわ!それでは早速同盟を・・・」
「あ、待ってください」
喜びを露わにする二人にマコトは制止し、言葉を続けた。
「但し、我々が介入するのは巨人討伐の防衛戦のみです。そちらの世界の国家同士の争いには一切の介入はいたしません」
その言葉にカルッカは眉をひそめる。
「それでは、我が皇国が他国から侵略を受けてもネルフジャパンは関与しないと?」
「はい、エヴァとネルフジャパンのスタッフの防衛に当たらせていただきます。仮に戦争に発展して難民が出ても彼らを受け入れることは致しません。それが皇女様であっても」
「それはあまりにも無責任なのではないのですか?確かにあなた方にご助力を頼んでいるのは私達であります。異形の巨人であろうと蛮族であろうと皇国を守るということは即ち我が国の民を、強いては姫様をお守りことなのではありませんか?」
カルッカは怒りを露わにするように強い口調で尋ねる。
「我々はそちらの世界に深入りするつもりは毛頭ありません。それに、我々を強引に巻き込んだのはそちら側なのですよ?ご存じかと思われますが私たちの世界とあなた方の世界は文化も価値観も全く異なります。急激な異文化との接触は控えるべきです。それはそちらの国のためになりません」
「しかし!」
「待ちなさい!カルッカ!」
レーティアはカルッカを制止させる。
「わかりました。そちらの言い分も尤もな話です。私たちの国は私たちで守ります。ただ、同盟関係でない以上壁の内側に他国の軍を駐屯させるわけにはまいりません。壁の外に巨人を含め皆さまは駐屯していただきます。但し、流通を含めた人の出入りの自由は保障させていただきます。よろしいですか?」
「人の出入りを自由にですか・・・それは何故です?」
レーティアのこの要求には流石のマコトも難色を示した。エヴァの技術などはレーティアの世界のどんな知恵者であっても理解することは到底不可能であることは間違いないだろう。しかし、その流出が原因でその世界にどんな影響をもたらすのか見当もつかない。
「それはあなた方、ネルフジャパンの皆様が私達皇国の民に対して敵意がないということを証明して欲しいからです。無暗に制限をかけてしまえばそこから疑心暗鬼が生じます。碇様個人に対しまして我々は信頼をしておりますが、集団ともなると話が違います。皇国とネルフジャパンとの信頼関係を築くためとご理解ください」
「ほぅ」
菅原は小さく感嘆の声をあげた。子供と内心侮っていたが伊達に一つの国を治める人物ではない。
マコトの視線に菅原は静かに頷いた。
「わかりました。自由に出入りできる空間をつくりましょう。しかしエヴァ、つまり巨人に関するエリアは全面的に禁止をさせていただきますがよろしいですか?」
「異論はございません」
「それでは文書を作成し、私と姫のサインを調印して協定の締結とさせていただきます」
協定文書は速やかに作成され双方の代表者のサインをもってドトルマギナ皇国とネルフジャパンの協定は締結となった。そのことは加持を通じて日本政府にも報告され外交官、及び自衛官が数名ネルフジャパンへと急遽派遣されることとなった。当然異世界のことは箝口令が敷かれその存在を知る者はごくわずかの関係者のみだ。


協定締結後、レーティアとカルッカはすぐに異世界に戻り元老院に報告。ネルフジャパンから兵士が防衛のため派遣されることに一部難色を示したが、彼らが拠点を置く場所が場所なだけにそれならばと納得をした。そしてシンジ達が住む世界とレーティアの異なる世界はネルフジャパン最深部のセントラルドグマに門が作られそこから互いが行き来するようになった。
そしてネルフジャパンの異世界への介入は本格的となる。
地面を揺らしながら大型の重機と戦車が何台も異世界へと入ってくる。異世界に住む人々はそれらの重機や戦車がなんなのかわかるはずもなくその見たことも聞いたこともないスケールに誰もが腰を抜かした。そして突貫工事で門の外に作られたネルフジャパンの拠点は宿舎や研究施設などもプレハブではあるがいくつも作られた。短時間で街ができていくような光景に目を疑い、自分の頭がおかしくなったのではないかと思う人まで出てくるほど異世界の人々から見た光景はすさまじい物があっただろう。
そして、人の生活区とエヴァの格納区が完成すると2体のエヴァが早速運び出されることとなった。
そして・・・



「マジか!異世界ってマジであったんだ!スッゲ~!」
「ホンマ、お前はどこに行っても騒がしいのぉ」
異世界にトウジとケンスケが現地入りした。ケンスケは初めて見る人族以外の種族を見るたびにシャッターをきる。トウジは退屈そうに頭の後ろに腕を組んでぼんやりと街並みを眺めていた。二人は戦略自衛隊の隊員に護衛されながらネルフジャパン駐屯地に入る。
そこにはレーティアが待っていた。レーティアは二人の姿を見ると深々と上品に頭を下げる。
「初めまして、私はドドルマギナ皇国、レーティア・ドラギーユです。どうぞお見知りおきを。鈴原様と相田様でいらっしゃいますね?お待ちしておりました。私どもの都合であなた様方を巻き込んでしまったことを心よりお詫び申し上げます」
そのお辞儀ひとつでもなんと気品を感じることができるだろう。普通の人なら恐縮してしまう状況であるが、二人には違うものに見えたようだ。明らかに顔が引きつっている。
「あの、さ・・・トウジ・・・」
「あかんで・・・言うたらあかん・・・」
レーティアとアスカの顔がほとんど同じことが災いしてか、彼女の社交辞令は彼らにとって薄気味悪いものに感じるのだ。
「惣流から礼を言われているみたいで怖えよ・・・」
「ワシは教育っちゅーのが如何に大切か身に染みて理解したわ・・・」


エヴァの格納庫に着くと二人は早速各々のエントリープラグに乗り込み起動させる。2体のエヴァがゆっくりと立ち上がる姿を見て異世界の住人は思わず歓喜の声をあげた。デーミッツから通信が入る。
『お二人さん、調子はいかが?』
「オールグリーン。問題ないです」
「問題ありまへん。敵さんが来てもすぐにいけまっせ!」
『それは良かったわ。相田君、まずは全方位にわたってレーダーを出して。地形を調べるから』
「了解」
ケンスケの乗るエヴァSタイプからマイクロ波が射出されると、すぐに返ってきた反応を基に大まかな地図が作成されていく。その中に奇妙な反応があった。
『ねえ相田君。そこから3時の方向、15キロほど先だけど何か見える?』
「ちょっと待ってください。・・・・岩の塊・・・いや、岩山かな?」
『岩山?それは確かなの?』
「ええ、そうですが何か?」
『生体反応があるのよ。結構大きめの』
「ははっ!もしかして岩でできた巨人という奴かもしれまへんな」
トウジは笑って言ってみた。それは100%冗談のつもりだった。
「・・・トウジ、ビンゴだよ」
「へ?」
「あの岩山、動いてやがる・・・多分・・・シンジが言っていた巨人って奴だ」
「・・・マジか?」
即座に警報が鳴ってネルフジャパンのスタッフは慌ただしく動き始めた。


「デーミッツ指揮官、現地の住人に確認を取った所、あの方角の先には確かに鉱山があるそうですが岩山ではないそうです」
「こっちに来て早々に戦闘とはね・・・ツイてないわ。敵の状況は?」
「まもなく10キロ地点を通過。時速7から10キロの速度でこちらに向かってます」
「人の歩く速度より少し早い程度か・・・」
「どうします?作戦指揮官」
オペレーターの言葉に視線がデーミッツに集まる。デーミッツはほくそ微笑んだ。
「例の武器の試し打ちにはいいんじゃない?」


用意されたのはエヴァSタイプ専用のスナイパーライフルだった。
「これを撃てと?」
「そ、ヘッドショットで」
「言ってくれますね・・・」
「敵が遠距離攻撃してきたらどないします?」
「あなたの両腕は盾みたいなものよ。それで受ければいいじゃない。あ、衝撃を受けた時のデータ欲しいからガードだけはしてね」
デーミッツの言葉に流石のケンスケとトウジも呆れ顔だ。彼女が立案したのはヤシマ作戦のパクリだ。砲手はケンスケ、防御はトウジの布陣である。違うのはシールドがないのと、ライフルは陽電子を使わない火薬を起爆して撃つことだ。但し火薬はN2クラスで使用されるものだが。しかも相手を倒すことよりデータの収集にこの戦闘は重点が置かれている。
「新型のスナイパーライフルの有効射程距離は最大で2キロ。でもこれはあくまでも理論値でしかないから効果的なダメージを与えるために距離1800メートル以下で撃って」
「ポジトロンライフルは使えないんですか?」
「陽電子は外部の影響を受けやすいの。情報が少なすぎる現段階で使用するにはリスクが高すぎるわ」
「ワシはケンスケを守ればいいんですか?」
「ええ、遠距離からの攻撃で投擲の可能性があるの。もしなにかしら来たら両腕のアームガードで防御。可能なら叩き落としてくれても構わないわ」
デーミッツは二人の顔を見る。二人とも初の実戦であっても臆することがない。むしろ強い意志を瞳に宿し頼もしさすら感じる。
「質問がなければ解散。・・・出撃!」

巨人襲来。そのことはすぐに皇国にも知らされて敵襲の大鐘が鳴り響いた。竜騎兵が次々と空に上がり遠くに見える巨人を待ち受ける。そして、竜騎兵の前にはトウジとケンスケの搭乗するエヴァンゲリオンが座っている。
ケンスケの乗るエヴァの前に新型のスナイパーライフルが用意されると、その場に寝そべり射撃体勢を取る。初めて見る銃火器に異世界の住民は興味より不安が広がった。
「あんな馬鹿でかい鉄でできた筒で何をしようってんだ?」
「ありゃ異世界で使われる魔法の杖かなにかかね?」
「なんで地面に寝そべっているんだ!やる気あるのか!」
「お願いだから碇様を呼んできてよ!」
大体が銃火器に対する興味か、射撃体勢をとり、敵の攻撃を待ち受けるトウジとケンスケに対する批判だった。それもそのはず遠くから大きな足音が少しずつ近づいてきていたのだから。

『タリホー。(目標確認)目標を肉眼で確認』
野戦司令室にケンスケの通信が届く。
「OK、距離と風の向きと強さは逐一こちらから伝えます。距離2000を通過。GPSがきかないからこちらかの補助は気休め程度、照星で狙いをつけて。いつもの射撃と同じよ」
この作戦はケンスケの射撃の腕にかかった。流石のネルフスタッフも不安の色を隠せない。
「あの、デーミッツ指揮官」
「なにかしら?」
「彼、本当に大丈夫ですか?」
「・・・そうね、いけるか否かは神のみぞ知る。でも、確率は高いわよ。彼の最高射撃距離知ってる?最高記録は・・・」

『距離1800を通過。風、南南東より5ノット』

「1000よ」


スコープを覗いて狙いを定めるケンスケ。いくら自動で弾道計算やスームで遠くを見やすくしても限度というものがある。今のケンスケの目には敵の姿が微かに人型に見える程度だ。
(いつもの訓練よりも難易度高いな・・・集中、集中)
LCLで満たされたプラグ内で大きく息を吐いて気持ちを静める。ここからは呼吸の動きすら影響していくため自然と呼吸が浅くなる。
残り1600をきった頃だ。巨人は今までと変わった動きをし始める。自分の体を掻くような動きをすると、何かを投げた。投げた物体は大きく放物線を描きトウジが乗るエヴァの200メートル先に落ちた。それは1メートルくらいはある大きな岩だった。
その投擲はデーミッツが予測していたよりも遥かに長い距離からの投擲だった。
「鈴原君!相田君の前に出て彼を守って!予想より距離が長い!」
『了解!』
トウジが射撃体勢のケンスケを守るように立ちふさがる。トウジは射線を外すように大きく足を広げるとしっかりと足をふんばって両腕を構える。所謂ピーカーブのように。
「シャアッ!バッチこいや!」
岩の巨人は距離を修正するように近づくと再び投げる。今度はトウジの10メートル先で落ちた。次は来る。
岩の巨人は数歩足を進めると自分の体につく岩を剥がして投げる。確実に岩はトウジに向かってきた。そして・・・
「シュッ!」
掛け声と共にトウジから鋭いジャブがとび、岩は砕け散った。巨人は続けて岩を投げるもすべてトウジの拳によって粉砕されている。
「なんや!もうしまいかいな!」
トウジは挑発するように手で相手を招く。トウジの挑発に乗ったのか巨人は前にまた歩き出した。

その間もケンスケは集中して撃つタイミングを計っている。それは一本一本の糸を編んで束ね一本の太い糸を紡ぐように。
やがてケンスケの耳に音が聞こえなくなり、そして目標以外の風景の色が灰色に色あせてきた。そして次第に大きくなる頭の中で何人もの自分が大騒ぎしているような幻聴。その幻聴が遠くなると距離が離れているのにかかわらず目標の息遣いや行動まで手に取るようにわかる感覚。それはケンスケが訓練中に何度か経験した必中の感覚。
そして、ケンスケしか見えないひとつの線が銃口から相手の頭へレーザーポイントのように伸びた瞬間、ケンスケは引き金を引いた。
爆音のように大きな銃声が響き一発の銃弾は吸い込まれるように巨人の頭を貫いた。

『目標。沈黙を確認』
オペレーターの声でやっとトウジとケンスケは肩の力を抜くことができた。
「流石やなケンスケ」
「トウジのおかげさ」
二人はエヴァを使ってハイタッチした。


新たに送り込まれた2体のエヴァの活躍を遠くから眺める人物がいる。ドドルマギナ皇国軍将軍バラモスだ。
「将軍、流石は碇様の同胞でありますね」
側近がバラモスに話しかける。バラモスは固い表情のままだった。
「確かに、彼らの活躍によって我が皇国は巨人の脅威から逃れられているが、楽観はできぬぞ」
「将軍?」
「見たかね?あの魔法の鉄の筒の威力を。あのようなもの私は今まで見たことも聞いたこともない。もし、あのようなものが我が国に向けられていたのならばと思うと・・・私ともあろう者が恐怖を感じるのだよ」
「しかし将軍、碇様達はこの国に刃を向ける気などないと・・・」
「わかっている。彼らのおかげで我が軍の編成はいたずらに減らすこともないと・・・しかし、な・・・」
巨人が再びシンジがいた世界からの戦士によって屠られた。このことにある者は歓喜し彼らを讃え、ある者は言いのようのない漠然とした恐怖を胸の内に抱える。この先このそれぞれの思いがどのような形になるのか、それはまだ誰にもわからない。
恐怖と歓喜を入り混じらせながら、異世界でネルフジャパンはその名を皇国の民に刻み付けるのだった。
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