見つけた。御身こそ我らの望みし偉大なる・・・・・



「起きろ!バカシンジ!」




第一話 碇シンジ18歳





「うわあ!」
耳をつんざくような大声にシンジは思わず飛び起きた。
「やっと起きたわね。バカシンジ」
こめかみにピクピクと血管を浮き上がらせて肩にかかった金髪の美女がシンジの視界に入った。
「なんだ、アスカか・・・驚かさないでよ」
「なんだとはなによ!今日は収穫の日でしょ!?時間があるなら手伝いに来てほしいってアンタが言うからこの私が!ワザワザ!手伝いに!来てみれば!呑気に木陰のハンモックで寝ている姿を見る私の気持ちになりなさいよ!」
「仕方ないじゃないか。朝から昼過ぎまで訓練だったし、剪定してたら眠くなっちゃったんだよ。いいじゃないか。アスカだって自分用のハンモック作って寝たりしてるじゃないか」
「それとこれとは話が違うでしょ!?」

いつものように口喧嘩をし始める二人、今彼らがいるのはネルフジャパン本部のジオフロントの畑。言い換えれば元加持農園と呼ばれていたスイカ畑跡地である。
公務に忙しくなった加持はシンジに畑を譲った。シンジなら自分が育てた畑を大切にしてくるという確信があったからだ。
確かにシンジは加持の心に見事に応えた。誤算なのはスイカ畑が普通の農園に変わったことだ。
シンジは時間があればジオフロントの畑に来て手入れなどをしている。
アスカもシンジと一緒に手入れをすることが多い。その頻度は畑の近くにある木にハンモックと机が備わっているほどだ。シンジが手入れをしている畑は茄子やトマト、ゴーヤやジャガイモなど多数の野菜が育てられており、それらの野菜はネルフ職員に分けられている。無農薬、有機栽培で育てられたこれらの野菜はネルフで働くスタッフに大人気なのだ。

「はあ、口喧嘩したら疲れちゃったわ。さっさと収穫して帰りましょ」
「それはいいけど、アスカその恰好でやるつもり?」
「なによ?なにか文句ある?」
シンジは思わず苦笑いを浮かべるのも無理はない。下はオーバーオールを履き腰の所に服を巻きつけ、上はスポーツブラなのだ。これで農作業をやると言われても目のやり場に困る。
「あの、さ・・・虫、つくかもよ?」
「はあ?アンタバカァ!?ここはジオフロントなのよ。虫なんてこんな場所にいるわけないでしょ!?それより早く終わらせないと、暑くなって汗かいちゃうわ」
アスカの言う通り、日当たりのよいこの畑で半日作業しているだけで夏場は汗だくになる。すぐに畑に水を撒けるようにと側に地下水を使った人口の小川が流れて気温の上昇は幾分かマシかもしれないがそれでも暑い。それもそうかと思い直し彼らはいつも通りに収穫を始めた。


収穫をしながらシンジはアスカを横目で見る。
腰まで伸びていた長い髪を肩のラインまで切り、赤みのかかった彼女の髪はCMでも使えそうなくらい見事な金髪へと変わった。そしてくびれた腰はそのままに、より大人の女性らしい体つきになった。彼女は大人の女性へと変貌をしているのだということにシンジは改めて気づかされる。
なによりも嬉しいことはトラウマを克服した彼女の笑顔が本当に眩しくなったことだ。一緒に住んでいた時はアスカに対して特に興味が沸かなかった。しかし、お互いがお互いの家族と過ごすようになるとシンジはその生活に物足りなさを感じ始めたのだ。家で空いた時間があるとふとアスカのことが気になり始める。もし自分の知らない男性とデートにでも行っているならと考えただけでも胸が張り裂ける思いがした。最初はそれがなんなのかわからなかったが次第に彼女を意識し始めるようになり、それが恋心であるとようやくわかった。
太陽の様に明るい笑顔を見せるアスカ。向日葵という花が彼女ほど似合う女性をシンジは知らない。だからこそ彼女の笑顔を独り占めしたいと思う。一番近い場所にいたいと思う。でも、そのことを彼女は許してくれるのだろうか?わからない。
シンジは心の奥で湧き上がる衝動に目を逸らすと何事もなかったかのように作業を進めた。


収穫をしながらアスカはふとシンジを見る。
女性のような中性的な顔立ちから大人の男性らしい顔つきに変わった。以前ユイから見せられた若かりし頃のゲンドウに似ている。そして、身長もアスカが見上げるほど伸び、線の細かった体は鍛え上げられ頼もしい体つきになった。学力も同学年ではアスカには敵わないものの常に上位にいる。本当に魅力的な、そして理想的な男性に変わった。そんな生まれ変わったシンジを周りにいる同級生や他校の同世代の女性がほっておくわけがない。ラブレターから始まり、中にはストーカー紛いの行為をする女の人もいた。その中にはアスカが危機感を覚えるほど魅力的な女性も少なからずいる。だからこそ歩いてすぐというアスカが頻繁に足を運ぶ僅かな家と家の距離感でさえアスカはもどかしさを感じてしまう。アスカはいつもシンジとつかず離れず夫婦のような距離感を保っている。
シンジは誰に対しても優しい。
それは彼なりの蘇生術だからだ。少なくても昔はそうだった。しかし自分に向けられている優しさは他の人たちに向けられる優しさとは違う。そんな気がする。そう思いたい。
その特別な優しさを受けられる座がひとりだけならその座は自分が是が非でも欲しい。でも先に進むのが怖い。それはシンジの前だといつも高圧的な態度を取ってしまい素直になりきれないから。自分は嫌われているのでは?と考えるだけで涙が出てくる。そんな可愛くない自分の近くにいつもシンジはいてくれて微笑んでくれる。それはアスカにとってとてもとても特別な自分の居場所だから。今はまだこのままでいい。誰よりも近い場所で、丁度いい距離感で。
アスカは漠然とした不安感とほんの少しの安心感を抱きながら目の前にある野菜を籠に詰めていった。



二人は収穫が終わると長いエスカレーターの前に置かれている長机に収穫された野菜を並べていく。これじゃあまるで農家の無人販売だと誰もが口を揃えて言う。それを並べている彼らは夫婦そのものだ。それはネルフにいるスタッフ全員の総意だ。
「ねえ、アスカはここへどうやって来たの?」
「決まってるでしょ。公共交通機関よ」
「ええ!?」
「なっ!いきなり大きな声出さないでよ!びっくりするでしょ!」
もう一度彼女の服装を振り返ろう。アスカはオーバーオールを履き腰に巻きつけ上はスポーツブラである。
「・・・その恰好で来たの?」
「アンタバカァ?そんなわけないでしょ。Tシャツを着てきたわよ」
「だったらその服装で作業すればいいじゃないか」
「汗かくから嫌なの!それに今更アンタに見せたところで減るものでもないわ」
「あっそ」
「そういうアンタはどうなのよ?今日もバイク?」
「うん、送っていこうか?」
「そうしてくれると助かるわ」
アスカは野菜を並べ終わるとシャワーを浴びたいと言ってその場を離れる。アスカと一緒に帰る約束をしている以上シンジがその場を離れるわけにはいかず、どうしたものか考えようとしたがあることを思い出した。
「そうだ、今日は母さん夕飯間に合うか聞かないと・・・最悪キョウコさんの分も作らないといけないからな」
シンジは携帯電話を取り出すとユイのところに電話をかけた。



「こうもエヴァが揃う所を見るとさしずめ巨人の国ね」
「なに変なこと言っているのキョウコ。始めるわよ」
ユイは発令所で実験を見守っている。その隣にはキョウコがいる。今彼らはロールアウトしたばかりの新型エヴァンゲリオンのダミープラグを使った起動実験を行っている最中だ。
「ダミープラグ、第一次接続開始」
「主電源接続。全回路動力伝達」
「起動開始します。初期コンタクト異常なし」
続々と報告があがる。今の所順調である。しかし、ユイ、キョウコは元よりオペレーターたちの緊張は緩むことはない。
「シンクロ率、上昇・・・シンクロ率35%で安定。ハーモニクス誤差0.5%以内。実験は成功です!」
その報告に発令所は歓喜の声に包まれる。ユイは肩をなで下ろした。
「ふーっなんとか無事成功したわね」
「ユイ、本番は明日よ?こんなことで安心してもらっちゃ困るわ」
そう言いつつもキョウコも安堵の笑顔を浮かべる。そこへマヤが嬉しそうに近づいてくる。
「博士!実験は成功ですね!流石は三賢者のお二人です」
ユイとキョウコは思わず苦笑いを浮かべる。
「何言っているの。これはリツコさんが残してくれたデータを基に作り上げたものよ。彼女のデータがなければこんなに早くここまでこぎつけなかったんですもの」
「ユイの言う通りよ。三賢者なんて御大層な呼び名をされているけど、その名前がふさわしいのは赤木リツコ。彼女よ」
ユイもキョウコも手放しでリツコを褒め称える。マヤは思う。もし、この場に彼女がいたらどういう反応をしたであろうかと。きっと軽く笑みを浮かべただけで照れ隠しに煙草に手を伸ばしていただけだろうと。
「実験成功おめでとう。碇博士。惣流博士」
今度は強面の軍人の雰囲気を纏う屈強な男が話しかけてくる。
「いえいえ、まだまだこれからですよ。菅原副司令」
「いえ、そうは言っても初めが肝心といいますからね」
そう言って菅原は彼女たちに微笑んだ。


ネルフジャパン副司令、菅原ヨウジ。元特戦群隊長の経歴を持つ生粋の軍人である。そして箱根事件においてネルフ本部を襲撃した部隊を引いた張本人でもある。
そんな曰くつきの彼が何故ネルフジャパンの副司令になれたのか?それは箱根事件の後の彼の処遇のひどさだ。
彼から出された報告書があまりにも支離滅裂すぎたため精神の疾患を疑われた。カウンセリングを受けたが結果はシロだった。しかし、戦略自衛隊は彼を異常者であると決めつけ彼を除隊処分し精神病院に強制入院させたのだった。銃殺刑にされないだけありがたくおもえという嫌味も添えて。
そんな彼に愛想を尽かすように妻が離婚。子供の面会権すら奪われた。
全てを失った菅原に手を指しのべた人物がいる。他でもない葛城ミサトだ。彼女が彼をスカウトしたのは軍人としての能力の高さだけでなく、彼の軍人にしておくにはもったいないほどの政治的手腕の高さと日本政府関係閣僚、及び武官としての国際的な顔の広さだ。それともうひとつある。
菅原はネルフジャパンに転職後すぐに頭角を現し全職員の支持を勝ち取ったのだ。


「碇博士、話は変わりますが本当にこのエヴァンゲリオンは子供しか動かすことができないでありますか?」
「ええ、その件に関しては以前お答えした通りですが。よもや副司令は私をお疑いに?」
「いえいえ、滅相もありません。ただ、資料を読む限り博士たちの開発した新しいエントリーシステムなら誰にでもシンクロできると書かれてあったものですから、それならば大人でもシンクロするには可能ではないかと」
確かにそのとおりである。新型エヴァンゲリオンは基本的には誰でもシンクロできるように開発されたのだから。
「ええ、副司令のおっしゃる通り“シンクロだけなら”大人でもできます。しかし、エヴァを動かせるのは子供だけなのです」
「何故ですか?あのロボットは・・・」
「ロボットではありません。人造人間です。だからですよ。エヴァは機械で造られたロボットではなく人造人間だから心があります。子供ならその心を受け入れてくれるでしょうが、固定概念が形成されてしまった大人がエヴァに心を開けるとお思いですか?」
「なるほど、そういうことですか」
菅原は納得したように頷いた。しかしその顔は苦渋に満ちている。
「現在の技術ではエヴァを遠隔操作することも不可能であると惣流博士より伺っております。ゼーレの意志を継ぐ者が現れた時に対抗できるのはチルドレンとエヴァだけであるということも・・・しかし、私は元とはいえ自衛隊の人間です。軍人であります。軍人である以上は我が国の国民を守る義務が、とりわけ子供は国の宝であります。故に、致し方がないこととはいえ子供を乗せて死地へ送ることに私は納得ができません」
それは菅原の軍人であるという矜恃である。ユイとキョウコは彼の言葉を聞いて何故ミサトが周囲の反感を買ってでも彼を副司令に置いたのかわかった。菅原ならミサトができなかった方法を使っても、外道に落ちるようなことをしてでも子供たちを守ろうとするからだ。その分敵が女子供でも一切の容赦はしない。決して能力の高さのみなら彼をスカウトしなかったであろう。彼女は自分ができなかったことを彼に託したのだ。
ユイとキョウコは嬉しそうな顔をしてお互いの顔を見合わせた。
「もちろん、それは私もユイも歯がゆく思っています。できることなら変わりたいくらいです。ですが、私たちは彼らをサポートすることしかできません。もっとあのシステムの研究が進めば大人でも動かせるようになるかと思いますが・・・いつまでかかるか」
「新しいシンクロシステムですね?」
「はい、“ドールシステム”。ふふっ・・・最高の皮肉だわ」


ドールシステム。
ユイとキョウコが開発したシンクロシステムである。エヴァと直接シンクロすると大変危険なのは前のモノと同様である。しかし誰かをコアに入れるなどという非人道的な行為など今できるはずもない。そこで目についたのがダミープラグの元であり、保存用として一部冷凍保存されていたレイの素体だった。レイの素体をベースに幼児なみの心をデジタル化することに成功。それがドールシステムである。心が幼い故に受け入れてくれれば誰でもシンクロは可能なのだ。どんなに偉そうなことを言っても自分たちのやっていることは綾波レイをお人形として扱っている旧ネルフのトップと変わらないのだ。自分たちはそういうクソみたいな人間と大差ないのだという皮肉からその名がつけられた。
このことはネルフジャパンでもユイとキョウコしか知らない。


ユイが自傷気味の笑うと彼女の携帯が鳴った。相手はシンジからだった。
「もしもし。シンジ?ええ、大丈夫よ・・・・・ええ、・・・そうね・・・」
チラリとキョウコを見るユイ。キョウコは首を横に振る。
「ごめんね。今夜は遅くなりそうだから夕飯はいらないわ。ええ、レイのことお願いね」
ユイは携帯を切ると呆れた顔をキョウコに向ける。
「キョウコ。本気なの?」
「当たり前でしょ?明日はシンジ君の誕生日。仕込みバッチリ。この手を利用しない手はないわ!」
「だからって・・・アスカちゃん大丈夫かしら」
「大丈夫よ。一生懸命練習してたから。それに秘策も用意してあるわ」
「なによ秘策って・・・」
キョウコは鼻で笑う。
「裸にエプロンをさせるわ!!名付けて『夕飯食べたらもれなく私も食べなさいよ作戦』よ!」
「あんた自分の娘に何させようとしてくれやがるの!!」




シンジがアスカを待っていると聞き慣れた声が近づいてくる。
「お、碇じゃないか。どうしたんだこんなところで」
「ケンスケ~そんなん聞かなくてもええことやないか~」
トウジとケンスケだ。二人は如何にもわかっちゃいるけど聞いてみたというニヤニヤした顔だ。
「アスカを待ってるんだ」
シンジは苦笑いしながら答える。二人はやっぱりねというシタリ顔だ。
「センセーそろそろケジメつけたほうがええんちゃうか?」
「そう言うなって。周りが言うだけ野暮ってもんだ」
二人はシンジがアスカに好意を持っていることは十分わかっている。お前ら両想いなんだからいい加減にくっつけよというのが本心だ。しかしアスカとシンジの距離感は一向に縮まない。そして離れることもない。はっきり言えばじれったい。
それはここにはいないトウジの恋人の洞木ヒカリも同様である。密かに3人でいつ付き合うかトトカルチョしている始末である。そのトトカルチョも何度も更新しており、いい加減終了してしまいたい。

シンジは改めて二人を見る。トウジは体中に痣と絆創膏だらけでまるでリンチを受けた後だ。ケンスケもまた右目の周りが円形に内出血している。
「訓練大変そうだね」
二人を労わるかのようにシンジは呟くがトウジとケンスケはそれを鼻で笑う。
「へっ何言っているんだよ。お前に比べたらこんなの大したことじゃないさ」
「せや、使徒とやりあってた時なんぞシンジは素人やったやないか。ワシらは2年続けてこの程度や。訓練を積めば積むほど遠くなるシンジが末恐ろしいくらいや」
二人はチルドレンとして登録してからほぼ毎日訓練に明け暮れている。ネルフジャパンとしては彼らの戦力アップが急務であったために鬼軍曹なみのブートキャンプが組まれたが、トウジとケンスケはそれ以上の訓練を自らに課して現在に至る。彼らの体に生傷が絶えない日などない。
トウジは持ち前の腕っぷしの強さからボクシングを習い毎日保安部のリンチと見られるような攻撃を受けきっている。もしボクシングのリングに上がらせたら間違いなくプロアマ問わず国内で上位に食い込む。
ケンスケは元々素質があった射撃訓練を受けており、その腕前は国体で優勝できるくらいの腕前を持つ。それだけの腕がありながら毎日宙吊りの状態から気絶する直前までアサルトライフルを撃ち続けているだ。
彼らは間違いなく命を削って訓練をしている。それは強くなりたいとかカッコいいからとかではない。二人とも今度こそシンジの役に立ちたいと切に願っているからだ。
トウジはシンジが自分に取り返しのつかない傷を負わせたという罪から解放させるため。
ケンスケはシンジが壊れかけていた時、シンジを見捨てたことへの罪悪感から。
今度こそ自分が認める親友の手助けをしたいと二人は思っているのだ。


「そういえば、新型エヴァンゲリオンが今日ロールアウトされたってな。さっきデーミッツ作戦本部長に会った時に聞いたぜ」
「明日テストらしいのぉ」
「え?そうなの?母さんから何も聞いてないよ」
「お前の母ちゃんもボケっとしとるのぉ」
「後で言うつもりだったんじゃないのか?家に帰った時にでもさ。それより早く行こうぜトウジ。こわ~い赤鬼に会ったら俺たちまた嫌味言われるぜ」
「せやの、シンジもあの性格ババのどこがいいのか。考え直したほうがええんちゃうか?」
「そんなこと言うなよ。アスカは表現の仕方が下手なだけだってば」
トウジの一言にシンジはムッとした表情を浮かべる。
「まあまあ、碇が良いって言うならいいじゃないか。俺たちは草場に隠れて見守るだけさ。じゃあな碇」
「センセーまた明日な~」
「うん、またね」
トウジとケンスケが入れ替わるようにアスカが帰ってくる。
「お待たせ。うん?誰かと話してたの?」
「うん、トウジとケンスケ。二人とも帰るところでさ」
「あっそ。それより早く帰るわよ。レイのお迎えいくんでしょ」
「うん、そうだね。夕飯の準備もあるし」
「あ、あのさ・・・シンジ」
「なに?」
シンジがアスカを見る。アスカはいつものようにどこか不機嫌な顔で横を向いており赤く染まっている。
「今日はさ・・・私の家に食べにきなさいよ。いいでしょ?」
「え?」
アスカが料理をしているのをシンジは知らない。それもそのはず、キョウコが家に帰ってくる時以外はシンジの家でご飯を食べているからだ。キョウコが帰ってきてもシンジの家に夕飯をたかりくることも多々ある。その疑問は当然口にされる。
「アスカ、料理できるの?」
「できるわよ!失っ礼ね!」
「なに言ってるんだよ!いつも僕の家にたかりに来ているんだからそう思うだろ!?」
「もう頭来たわ!今夜はウチに来てご飯を食べる!いいわね!」
「わかったよ。レイも連れて行くから」
何を食べさせられるのか正直不安でしかない。しかし昔のミサトの殺人料理よりは幾分かマシなものは出てくるだろう。そこだけは安心できた。
(胃腸薬あったかな?母さんに頼んで買ってきてもらおうかな・・・)
アスカはというとこれから起こりうることに胸を躍らせていた。
(まずは第一段階クリア!明日はシンジの誕生日!その前にまずは胃袋を掴む!やるわよ!アスカ!)



シンジはアスカを乗せて自宅マンションに帰るとその足で保育園にレイのお迎えに行く。園内に入ると保育士がシンジの姿を見て駆け寄った。
「あら、碇君いらっしゃい。レイちゃんのお迎え?」
「はい、お願いします」
保育士は施設内に入るとすぐにレイを連れて来た。
「にぃに~!おかえり~」
「おかえりじゃないよレイ。これから一緒に帰るんだよ」
「えへへ」
愛らしく微笑むレイ。シンジはレイと手を繋いで家路を急ぐ。
「レイ、今夜はアスカの家でお夕飯だよ」
「あしゅかねぇねのおついでごはん?うん!いいよ~」
シンジが保育園からレイを連れて帰るとレイを着替えさせてからその足でアスカの住む部屋へと行く。ドアが開くとエプロン姿(裸ではない)のアスカが出迎えくれた。
「さ、上がってシンジ。いらっしゃいレイ」
「アスカ、手伝うことある?」
「ないわよ。椅子に座って待ってなさいよ。こら~レイ、余所様のお家に入ったら言うことあるでしょ?」
「えっと・・・たのもー!」
「・・・違うから」

ダイニングの席に座り待つこと数分。匂いだけで腹が鳴りそうないい匂いが部屋中を包み込みアスカの手料理が振舞われた。
「おお~~~~~」
「おー♪」
シンジとレイは思わず感嘆の声をあげる。
「ふっふっふ、これぞ惣流家一子相伝の豚の生姜焼きよ!」
肉厚の生姜焼きが彼らの前に堂々と鎮座する。恐る恐る一口食べてみると・・・
「おいしい!アスカこれすごくおいしいよ!」
「でっしょ~~」
その味は老舗の定食屋クラスの味だ。一子相伝は伊達ではないということか。
満面の笑みを浮かべながら食べるシンジ。それは本当に美味しいものを食べた時でしか見ないリアクションだ。その表情を見てアスカも嬉しくなる。ただ、レイは浮かない顔だ。
「どうしたのレイ。ご飯さめちゃうわよ」
「・・・れいちゃんおにくきらい・・・」
肉が嫌いなのは相変わらずのようだ。
「好き嫌いしたら大きくなれないわよ。おいしいから食べないさいよ」
「むー」
「むー、じゃない」
レイは顔全体を使って不満を表す。アスカは思う。彼女は“綾波レイ”であるはずなのに、何故こうもコロコロと表情が変わりその雰囲気も同じように見えないのかと。やはりそこには人として育てるか、物として扱うかの違いであろう。同じはずなのに同じに見えない。それがどこか嬉しい。
しかしレイがシンジに弱いのは変わらないようだ。シンジは諭すようにレイを促す。
「レイ、アスカの言う通り好き嫌いしちゃダメだよ」
「う~わかった」
渋々フォークをお肉に刺して一口。
「おいひい!」
そのかはすぐに満面の笑みになった。
「ねぇね!おいひい!」
おちょぼ口を一生懸命動かして食べるレイ。その光景は若い夫婦とその子供に見えるというなんとも微笑ましい光景だ。
3年前の辛い戦いの対価がこのありふれた、そして自分たちが喉から手が出るほど望んだものであるとするならそれも悪くはない。3人は和気あいあいと食事を楽しんだ。

食事が済みレイはジュース。シンジとアスカはお茶を飲んでいる。するとレイの頭がふらふらと揺れ始めた。どうやら眠いみたいだ。
「レイ、眠い?」
「うん・・・」
「アスカ、レイが眠くなっちゃったみたいだけど・・・」
「ええ、早くベッドで寝かせなさいよ。風邪ひいちゃうわ」
「ごめんね」
シンジはレイをだっこすると部屋を出ていく。
「アスカ、ご馳走様。おいしかったよ」
「ま、まあ、私だって料理くらいできるんだから。アンタが言うならまた作ってあげてもいいわよ」
「うん、頼むよ」
シンジが部屋を出ていこうとした時。
「あ、あのさ・・・明日なんだけど・・・」
「明日?ああ、僕の誕生日会の話?」
「そうそう、2バカとヒカリ。あとミサトと加持さんとで盛り上げてあげるわ。楽しみにしててね」
「うん」
シンジはいつものように優しい笑顔をアスカに送るとドアを閉めた。アスカは自室に戻ると机の上に置かれたプレゼントの箱を大事そうに手に取る。
「アイツ、喜んでくれるわよね?」
そこにはアスカが買ったペアルックの腕時計が輝いていた。




6月6日 AM10:15
ネルフジャパン 格納庫
横に並んだ最新型エヴァンゲリオンを眺める人物がいる。
「エヴァをこんなに近くで、しかも4体並べると壮観ね」
「デーニッツ作戦本部長。本日午前11時よりシンクロテストをエヴァを使って行います」
「わかってるわ。準備は?」
「既に終了してます。最終チェックも終わりました。問題ありません」
「わかりました。チルドレンは?」
「作戦会議室で待機してます」
「わかりました。行きましょう」
眼鏡をかけ長いブロンドを後ろで束ねて黒のネルフジャパンの制服に身を包む女性。ネルフジャパン作戦本部長エミリー・デーミッツ。ミサトがドイツにいた頃の友人であり、彼女が自らの後釜にドイツネルフ作戦補佐官から引き抜いた人物である。
ミサトとは真逆のタイプであり、ミサトが大胆不敵ならデーミッツは用意周到。慎重派でありながら常識に捉われない柔軟な対応を取り、まるで詰将棋のような指揮を取る。能力は間違いなく一級品だ。デーミッツは華麗に身をひるがえすと格納庫を離れ作戦会議室へと急いだ。

作戦会議室。既にチルドレン達4人は気を付けの姿勢のまま動かず、彼らの前にはデーミッツ、ユイ、キョウコの他に菅原副司令官、日向司令官もいる。デーミッツが一歩前へ出る。
「ブリーフィングを始めます。今日行うのは新型エヴァンゲリオン、及び新型シンクロシステム“ドールシステム”を採用したシンクロテストです。各チルドレンには割り当てた新型のエヴァに搭乗してもらいます。それがこちらです」
画面に4体のエヴァンゲリオンが映し出される。初号機のように角を生やし紫色の機体。赤の弐号機を思わせる機体。真っ白で腕、肩の部分が異様に大きい機体。そして一つ目でありながら頭の部分はエイリアンのように細長くアンテナが張られた青色の機体。共通するのはその大きさだ。明らかに前のエヴァより一回り小さい。
「紫色の初号機改。汎用性に特化したオールラウンダーです。これはシンジ君。赤の弐号機markⅡ。白兵戦に突起したスピード重視のピーキーな作りになっています。これはアスカさん。白の新型エヴァDタイプ。パワーと装甲重視の作りになっているわ。これは鈴原君。主に囮ね。そして青の頭が大きいのはタイプSの索敵型、スピードもパワーも劣るけどその分遠距離からの支援や敵の索敵に向いているわ。これは相田君。この違う4つのエヴァを使って君たちにはチームを組んで任務にあたってもらうわ。チームリーダーはシンジ君がお願い」
シンジが手を上げる。
「あの、リーダーは僕よりアスカのほうが向いていると思いますが」
「そうね、でも彼女の能力を生かすには、いえ、みんなの能力を生かすにはこれが一番なの。もちろん彼女にリーダーの素質がないわけじゃないわ。ただ、アスカは感情の起伏が激しすぎてそれが原因で判断を鈍らせることがある。それは彼女が一番わかっているとは思うけど・・・その点シンジ君は詰めの甘さはあるけど状況判断能力はあるしその決断も早いそして何より冷静に全体像を見据えることができる。そう私が判断したからよ」
アスカはグッと唇を噛み締めた。シンジがリーダーに選ばれたのが悔しいからではない。自分が自覚する弱点をこうも的確に指摘されたことに対して不甲斐なさを感じたからだ。シンジはいまいち納得していない顔をする。そこへキョウコが援護射撃する。
「デーニッツさんが選んだのだから間違いないわ。シンジ君にはリーダーとしての素質があるの。それに・・・アスカちゃんはシンジ君の言うことしか素直に聞かないしね!」
「ママ!?」
「にゅほほほ」
真っ赤になるアスカ、口に手を当てながら厭らしく笑うキョウコ。それは天然がなせる技なのか、それとも計算なのか。
「惣流博士!お願いですからパイロットの精神に影響を与えるような発言はやめてください!」
「はーい」
デーニッツに怒られて不満そうに口をとがらせた。そのあまりにも幼い行動にアスカは頭を抱える。
「本部長、シンクロテストはいつまでかかる予定ですか?できる限り早めに今日は切り上げたいのですか」
「そうね、予定ではお昼過ぎくらいかしら。相田君何か外せない大切な用事でもあるの?」
「今日は碇の誕生日ですから」
「なるほどね・・・」
碇シンジが関わっているなら致し方ない。誕生日くらい大目にみてあげよう。デーニッツは心の中でそう思った。
「なら、必死でテストを受けることね。十分な結果が出たら早めに切り上げても構わないわよ」
デーミッツの提案にチルドレン達のテンションは一気に急上昇した。意気揚々にエントリープラグに乗り込む4人。その様子をユイ、キョウコ、デーミッツはモニター越しに見ている。デーニッツはしみじみと呟く。
「今日、シンジ君は誕生日だったのですね」
「ええ、18になります」
「新型のエヴァンゲリオンは彼へのネルフジャパンからの誕生日プレゼントになってしまいましたね。碇博士」
「そんなの・・・あの子もそして彼らもが喜ぶはずがありません。皮肉なものです」
「ユイ。早く終わらせてパーティーに私達も参加できるようにしないと。今日は大所帯なんだから。ミサトさんもリョウジ君も子供を連れてくる予定よ」
「それじゃこのテストを終わらせて買い物に行かないとねキョウコ」
「ミサト達も来るの?碇博士、そのパーティー私も参加しても良い?」
「ええ、是非に」
今日の記念すべきシンジの誕生日会は大いに盛り上がりそうだ。ユイは自分の息子がこうも周りから愛されていると思うと涙が出そうになるほど嬉しくなる。それと同時に人類のためという大義名分で幼いシンジになんと辛い思いを自分はさせてきたのだろうかと罪悪感も生まれる。故にエヴァの呪縛から解放されて再び戻ったときに自分を受け入れ、まっすぐに育った彼と支えてくれた仲間たちに感謝が絶えない。



実験はまるで神聖な儀式の様に厳かに進められる。
続々と上がる報告。進行状況は極めて順調だ。
「シンクロ率安定。シンジ君が81.2%アスカ君が79.5%鈴原君が56.4%相田君が55.9%です」
「予想通り・・・かな」
「鈴原君も相田君もよくここまで上げてきたわね。感心するわ」
ユイ、キョウコの言葉にオペレーター達も頷く。
「碇博士。今は実験中ですよ。彼らがどこまでできるかストレステストもしないと」
「あ、そういえばそうね。デーミッツさんごめんなさい。それではハーモニクスレベルをそうね、15まで上げて」
トウジとケンスケが少しだけ苦しそうな表情を浮かべる。シンジとアスカに変化はない。
「鈴原君と相田君のシンクロ率低下。それでも50を切ることはなさそうです。シンジ君とアスカ君は変化なし」
「まったく、大した子よ。あなたたちは」
キョウコはにんまりと微笑む。ユイは続けて指示を飛ばす。
「OK。それじゃあ次は・・・」
その時だ。オペレーターが置いたコーヒーカップがカタカタと音を立てて揺れ始めた。
「ん?」
心なしかいつもより雑音が多い気がする。そして、ソレは起きた。
大きな音を立てて建物全体に大きな揺れが襲い掛かったのだ。
「な!地震!?」
「実験中止!実験中止!電源落として!」
ユイがオーダーをオペレーターに飛ばして机の下にもぐるように指示する。そしてユイ自身も机の下に潜り込んだ。
「けっこうでかいですね」
「震源はどこなのでしょうか・・・」
菅原と日向は職員が避難するのを確認してから自分達も避難する。だが・・・

「おおおおおおおおのおおおおおおおおおおお!へえええええええええええええるぷ!」
デーミッツが大泣きしながら叫んで腰を抜かしていた。


揺れが収まるとスタッフは状況確認のためにすぐに動き始める。デーミッツは目を開けたまま失神していたが放置されている。
「チルドレンの安否確認は?」
「まもなく確認が取れます。あ、今、格納庫のモニターが回復しました。出します」
発令所のモニターいっぱいに格納庫の様子を監視カメラが映し出す。
その映像を見てその場にいる誰もが唖然とした。
口をポカンと開けて声を出すことすらできない。ただ、映し出された画面を見ている。映し出されているのは3体の新型エヴァンゲリオン。
初号機改の姿は忽然と消えていた。







『御身こそ、我らが求めた偉大なるメシアなり』

その声はシンクロテストが始まってしばらくしたころからだ。耳元で囁かれている。というよりは頭の中に直接入ってくる感じだ。どこかで聞いたことあるような。そんな声。
ふと妙な不快感がシンジを襲う。それは一瞬の出来事だがなんとも言えないものがある。
集音マイクから聞こえる外の様子が随分と騒がしい。何人もの人が右往左往し混乱しているようだ。
(なにかトラブルでもあったのかな?)
シンジが目を開けると・・・・
彼の目にはまるでヨーロッパの古城のような建物と、石造りの家々と取り囲むようにそびえたつどこまでも続く高い壁。そして、その壁が崩れた先には倒したはずにグロテスクな化物。
第三使徒サキエルと酷似した巨大な化物がこちらを睨んでいた。




あとがき
あぐおです。今度は異世界モノに挑戦です。構想自体はROE終了の時から漠然と頭の中にありましたが、全然纏まらずに設定だけメモ書きしてそのまんまのを再び着色しました。
そんなに長い話にはならないと予想しています。
またよろしくお願いします。
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