Rain  〜雨の午前グラフティ〜

by Area.2nd

 

鬱陶しい雨の日の授業中、有り余る暇を持て余しながらふとアスカは思う。
日頃何となくつるむ友人諸氏との間で、結局自分が一番まともなのではないだろうか……と。
教室を見渡してしみじみ思索に耽る自称常識人アスカの人間観察レポート。


 この時期、日本は本当に雨が少ない。

 それだけに折からの雨が少し懐かしくも思えた。

 私はふっと窓の外を見やる。風も少しある所為か、教室の窓には…ちなみに私は窓際の席だ… ぼつぼつと音を立てて、それほど激しくはない雨もそれのせいでいやに鬱にさせてくるものに化けている。 湿気のせいで教室の机の木目臭さが一層引き立つ。嫌いではないが、ああ、学校だ…という実感が今は少し億劫なのだった。

 はっふう…。

 そっと溜息を洩らすと、途端に教壇の上の老教師の話が耳につきはじめる。

 私は少しうんざりして古式ゆかしい机の木目に寝そべる。クラス委員長ヒカリのこめかみが一瞬 ぴくぴくと痙攣したように見えたが、気にしない…目を逸らすことにする。 シンジは相変わらず真面目に聞いている振りして端末で遊んでいる。

 こっち最近まで、真面目くさった奴ねえ、とか思っていたんだけど、なかなかどうして試験の点数は良くないと思ったら、 実際のところ授業は全く聞いていない。そのくせ成績はいいってのは…なかなかあれね、世渡り上手? 平常点が良すぎ。

 面と向かって居眠りくらいして見ろっつーの。

 それにしても熱心に画面を覗いている。なにをやっているのだらう。 …といっても、昨日もおとついもアイツは眉間に皺寄せて同じようなことしてんだけれどもね。

 さっきから一分に二、三回は定期的に苦虫を噛み潰しているその顔から察するに、 シンジの勘の悪さ…というより鈍さ?…は相変わらずのよう。

 そんなに地雷掘りが楽しいのかしらね?

 私は三日で飽きたけど。相変わらず暗い奴だわ。

 爆弾探しに夢中のシンジは置いといて、レイは何をやってるのかしら…。

 人一倍暇を検出する器官が発達してそうなレイのこと、もうとっくのとう寝てるのかしら? 私はいたく興味を刺激されて 上体をひねって後方のレイを覗いてみる。レイは真剣な目つきでかつ背筋をぴんと張り詰め、指先を動かしている。 彼女のほっそりした指の間には半透明の筒状の物が握られている。

 「…」

 な…何かしらあれ…??

 私がやにわ身を浮かせてレイのご執心に目をそばだてると、隣りの席からマナが膝頭をつんつん…と 呼んでいることに気がつく。

 「あれね……リリアンてゆーのよ…」

 マナは端末の陰にかくれてカップラーメンをすすっていた。

 私は湿り気に混じったほのかな豚骨の香りの発信源に眉間を押さえる。

 マナはずるずる…と小気味良い…それでいて暑苦しい音を立てながらちぢれ麺をすすりあげ、咀嚼もそこそこに 私に話し掛ける。…天井まで湯気を立てて、バレバレやん……マナの足許に置かれたポットを眺めながら私は思う。

 「50年前の…(っごっくん)お子様用お裁縫セットよ…(ずるる)」

 左手に握ったプラスティック製と思しき筒をくるくるゆっくり回転させながら、右手に持った針を器用に操るレイを じーっと眺める。その筒のお尻に当たる部分からは、先程から色とりどりの紐状のものが溢れ、床にとぐろを巻いている。

 「リリアン……」

 私は深刻そうに呟く。マナはこくっと頷き、豚骨スープを美味しそうにすする。私はレイを凝視しながらも もう少し汁音を立てずに飲めよ授業中なんだから…、と思う。環境も忘れ私が レイの行為に目を奪われてややして、その貫通するような好奇の視線に気付いたのかレイが顔を上げる。

 目が合った。

 私がレイの赤い視線にとらわれて目を逸らせずにいると、彼女は私を上目遣いで見つめ、両の手にもっているものを こっそりと私に見せる。

 『やりたいのか?』ということらしい。

 とんでもない…! 私はさっと背中を丸めて上半身をもとの向きに戻す。背中に視線を感じ、「休み時間になったら さっさと購買に行こう」と私は思う。同士にされるのはごめんだからだ…。マナは相変わらず端末の陰でラーメンの汁を 啜っていた。ふと隣りの席であるマナの机の中を見ると、あらかじめビニールの剥かれたカップヤキソバの姿があった。

 私は豚骨スープの匂いの中で深深と溜息をつく。

 「……?」

 前の席のマユミが何か一生懸命にキーボードを叩いているのが見える。 彼女はメモ帳を起動しているようだ……授業のノートを取るならば普通ワープロを使うのではないか…?  私は怪訝そうに、つややかな長い黒髪に隠された彼女の丸まった背中を眺める。

 つんつん…。

 「あっ私の箸…」

 私は隣りのマナから箸を一本奪い、背中をつつく。

 「ひいいっ! …ああ、アスカさんでしたか」

 「し、し〜〜っ!! 大きな声だすんじゃないわよ!」

 まさかこれほどまで吃驚されるとは思わず、逆に私が狼狽する。

 誰も授業に集中していないのが幸いした。ヒカリのこめかみに青筋が立っていたのを除いて。

 「な、なんですかアスカさん?」

 マユミが前方(多分ヒカリか老教師だろう)をしきりに気にしながら私に小声で言う。 彼女は優等生ということで通っている…確かにそれは間違っていないわけだが、私をはじめ彼女をある程度以上 知っている人間に言わせればそれは単に小心なだけなのだ。

 「根詰めて何やってんの?」

 私は興味本位でそれを聞いてみる。彼女は頬をぽっ…と染めて言う。

 「え? …いえ…その……」

 「? ん、何? ハズカシ〜小説でも書いてたの?」

 冗談半分からかい半分の冷やかし口調でマユミに言うと、 彼女は僅かに目を伏せて、頬を一層高潮させて答える。

 「……え、ええ…その……はい

 私は自分の冗談が現実だったことに内心激しく狼狽する。

 「…あ…そ、そうなの……はは……、将来…小説家にでもなんの?」

 「いえ、その……」

 「…何?」

 「売るんです…………………お台場とかで………………」

 何故か背筋に凍るような恐怖が走り、私は引き攣った笑いを浮かべながら視線を落とす。 一瞬だけ見えたマユミの端末の画面の中央には、「LMS_18」という何かの暗号のようなファイル名の フォルダが見えた。きっと国連あたりの機関の略称だ、と私は私に言い聞かせる。

 

 

 鬱陶しい雨の日の授業中、有り余る暇を持て余しながらふと思う。 日頃何となくつるむ友人諸氏との間で、結局自分が一番まともなのではないだろうか……と。

 

 私は机の隅っこに通算37匹目の1cm折鶴を並べながらしみじみと溜息を洩らす。 ヒカリの拳の辺りから何かが軋むような音が聞えた気がした。

 

■了■


-----あとがき-----

どうも、皆さん初めまして(ニヤリニッコリ)、Area.2ndという者です。
怪作さんには何時もお世話になってます御礼…のはずであるのに
このような烏賊さないものを送りつけてしまいまして心苦しい限りであります(汗)

こんな短篇でしたが読んでくれて感涙でした。
きっとArea.2ndも喜んでいることと思います…。

それでは!


 Area.2ndさんから電波びりびりのアスカモノローグ(笑)をいただきました。

 素敵であります。類は友を呼ぶというのは‥‥こういうことをいうのですね。
 友人たちのおかげでアスカはおかしなところが目立たずに済んでいるのでしょう。

 アスカ本人は友達のありがたさに気づいていないようですが‥‥(爆)

 真面目そうなシンジ、平気で物喰うマナ‥‥‥。
 リリアンを楽しむレイ。そして‥‥謎の『恥ずかしい』モノを書いているマユミ‥‥LMS、それはいったい‥‥?(笑)

 このあと、アスカの最大の親友であるヒカリの大爆発を予想させる終わり方。

 きりりと引き締まった素敵な電波でした!(爆)

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