それは不思議な"再会"だった。現実世界においては一度も顔を合わせたこと
がないはずなのに、次の瞬間、一目見ただけで、僕には彼女が"誰"であるのか
が理解できてしまったのである。

 「母さん……?」

 


 NEON GENESIS EVANGELION "K≠S"・・・第4話「火蓋」_b(後編) 


 

 …、………。

 

 暫し後、その女性は僕と対面するよう反対側の座席に腰を下ろした。

 終始無言だが、その瞳にこれ以上ないと言うくらいの母性を讃え、
じっと僕の様子を見据えていた。一方、僕の方はといえば、彼女の
そのまるでみじろぐことのない視線に晒され、動揺を隠せなくなって
しまっていた。…今、目の前にいるその女性は"母親"として受け入
れるにはあまりに年若く見えるせいもあった。だがしかしそれ以上に、
彼女は僕が良く知っている"同い年の少女"と、あまりにも似すぎて
いるのである。髪の色、瞳の色は違ったが、その面影はうり二つと
言っても過言ではないほどだった。

 そんなわけで、自分の母親らしきヒトに見つめられ図らずも胸を高
鳴らせてしまっていたのだが、しかし次の瞬間、不意にその女性の
趣が変わった。それまでの、母性を讃えた穏やかな表情を何やらい
たずらっぽい笑みにすり替えると、彼女はいかにも楽しげに言った。

 「あらあら、シンジったら…わたしがレイちゃんにそっくりだから、
見惚れちゃってるのね

 「なっ?! …ちっ、違うよっ!! …僕はただ……」

 「ふふっ…いいのよテレなくても  でも意外だわ…てっきりシンジは
"A"属性だと思ってたのに。いつのまに"R"属性に乗り換えちゃった
のかしら。…あ、そうそう…一応念のために言っておくけど、"Y"属性
だけはやめておきなさい。いくら"R"属性に近いからといっても、そこは
やっぱり………ねぇ?」

 「あっ、あなたが何を言いたいのか、僕には解らないんですけど?!」

 「クスクス…とぼけたってムダよ。"この中"にいる限り、あなたの考えて
ることは全部わたしに筒抜けになんだから

 「…えっ??」

 「あらあら…。その様子じゃ、まだ気がついてないみたいね。…それ
じゃ、これでどう?」

 そう言いながら、彼女は懐から手鏡を取り出した。そしてそれを僕の方
へ向けてみせる。…すると次の瞬間、そこに映し出されたのは、唖然とし
た表情を浮かべた"碇シンジ"の顔であった。

 「…あっ?!」

 「…。今あなたが目にしてる光景は、夢でもなければもちろん死後の世界
の情景などでもないわ。ここは、エヴァの胎内に溶け込んだ"魂"によって具
現化された世界…。抽象的だけれど、真実しか存在しない世界よ。つまり、
今この鏡に写し出されている姿は実在のものではないけれど、紛れもない
真実の姿でもあるわ」

 「…。そうか…。それじゃ僕は"また"エヴァに取り込まれてしまったのか…」

 「…。ま、もう少し具体的に言えば…このわたしが取り込んだんだけどね

 「…っ?!」

 「だってあのまま放っておいたら、あなたは間違いなく窒息死していたのよ?」

 「………う、そ、そういえば…

 「…。実を言うとね…最初は全く知らない子にしか見えなかったし、あなたが本当
のシンジだなんて思いもしなかったから………、そのまま放っておこうかしらって
おもってたのよ♪ でもまぁ、幾ら知らない子とはいえ目の前でのたれ死にされる
のも胸くそ悪いわね…ってことで結局"こっち"の方に溶かし込んであげたんだけ
ど……そしたらなんと、あらあらまあまあ  ……ってことになってね♪」

 「…。(そ、それってもしかして見殺しにされか けたってこと…?!)

 「あらまあ…どうしたの? …急に真っ青になっちゃって」

 「な、なんでもないよっ…。そ、それより…ということは、事情とかももう全部
解っちゃってるのかな…? その…僕が"現世"の人間じゃないこととかも…」

 「…。うーん…、残念ながらそうとも言い切れないわね。…わたし自身が時を越え
てきたわけではないし…。今のわたしに解ることといえば、"今"のあなたに関する
事と…そして"あの子"が教えてくれたことくらいのものね…」

 「…あの子?」

 「…、ええ。アイダ君とかいったかしら? 確かあなたのクラスメイトの。第3
使徒襲来の時に、少しだけお話しさせてもらったのよ

 「…えっ? …ケンスケにあったの?? …"この中"でっ?!」

 「ええ。第3使徒襲来のあの日にね…。レイちゃんに変わってあの子が乗り
込んできた時は、間違いなくこの子が"シンジ"だって確信しちゃってたしぃ…
その時はやっぱ十数年ぶりの再会って事で感激しちゃって、思わずエヴァの
中に取り込んじゃった
のよね…。でも、いざ溶かしてみたらなんだか見た事
もない全く別の子だったってことがわかって…。あの時は、さすがにわたしもビ
ックリしちゃったわ  …でも、そんな得体の知れない子にエヴァの秘密を
知られるわけにはいかない
し…しょうがないから目が覚める前にディラック
の海にでもポイ捨て
しちゃおうかしら♪…とかって考えてたら、ちょうどその時
にあの子が目を覚ましちゃってね。いくらわたしでも、さすがに意識のある魂を
あんな虚無の亜空間葬り去るのは気が引けちゃうわ…ってことで、一応無
難な範囲で"状況"を説明してそのまま帰ってもらおうとしたのよ。でも、そしたら
突然あの子が『自分は現世の人間じゃない』…って」

 「…っ?!」

 「『なんでこういう状況になったかは解らない。でも、ここに還ってこられた
からには、自分にはやらなくちゃいけないことがあるんだ』…ってね。そし
てそれがなんなのかも、あの子は正直に話してくれたわ。…で、それを聞
いたわたしは…正直迷ったんだけど…それでもあの子のやろうとしてる事
はとても価値のある事に思えたから、協力してあげることにしたのよ」

 「…。そっか…。それでケンスケも初号機で戦えたのか…。でも、 ケンスケがやろう
としてることってなんなの? それって僕に関係あることなの??」

 「……ええ。大いに関係してるわね…。でも、それが何なのかは教えて
あげられないわ。…それがあの子との約束だし、それに何より、今のあな
たには教えるべきではないと思えるから…」

 「………。」

 意図したわけではなかったが、その時の僕はたぶん不満げな表情をして
いたのだろう。そしてそんな僕の表情を見て、彼女は穏やかに微笑みなが
らも、諭すように言った。

 「実はね…あなたのこと試したのよ」

 「…、? …試した??」

 「あなたが"シンジ"だって解った後にね…。あなた、ここにくる前に誰かと
あわなかった?」

 「誰かとって……………、あっ?! もっ、もしかしてそれって…?!」

 次の瞬間、ふと脳裏に過ぎったのは、思い出すことさえもはばかるような
知り合いの女性達との出会いであった。図らずも真っ赤になってしまった僕
の顔を見て、彼女はいたずらっぽい顔つきになって言った。

 「ふふっ…。なかなか刺激的な再会だったでしょ?」

 「ううっ…。てっきりアレは夢の中の出来事だ思ってたのに…。…僕の事
からかったの?」

 「クスクス…そうじゃないわ…。あなたが何の為 にここへ戻ってきたのか…。
それについて敢えてわたしは聞かないでおくわ。けど、わたしが協力する
って決めたあの子は、たぶんあなたと相反することをしようとしているわ。
すごく強い意志を以てね…。…あなた達は、前世では親友同士だったので
しょう? だとすれば、もしこの先あなたが中途半端な気持ちであの子と相
対すれば、それはお互いにとってきっと不幸な結末を招くことになる。…だ
から試したのよ。あなたが、心の平穏を捨ててまで初志を貫けるかどうか
をね…。もしあの時、彼女たちの誘いに身をゆだねていたら…今頃あなた
という存在は消えてなくなってしまっていたかもしれないわ…」

 「あ、あれってそんな重大なモノだったんだ…。なんだか 成り行き上の選択
だったような気がするけど…

 「………。でもまぁ…アレは仮想空間での抽象的な出来事だから…。
過程そのものに大した意味はないのよ。それよりも、今ここにあなたが
いるという、この現実こそが"価値ある選択"の証なのよ」

 「う、うん………。そうなのかな………

 「…。あなたは、もう少し自分に自信を持ったほうがいいわ…。あなた
には、あなたの帰りを待ってくれている人がいるんでしょう…?」

 「………!」

 その台詞を聞いた瞬間、まるでスイッチが入れ替わったかのよう
に、僕はそれまですっかり忘れていた事を思い出した。現実世界で
も『"ここ"に還ってきて』といってたくれた人がいたことを。

 「そうだ…。……………僕、還らなきゃ…!」

 本能的な反応に制され、僕は彼女の方を見やった。彼女はそんな僕の視線
を受けると、『解っている』といった風に頷いて見せた。

 すると次の瞬間、周囲の風景が俄に変質し始めた。一瞬、まるで海中の波
に漂うが如くグラリと揺らいだ後、徐々に周囲の景観を彩る色彩が失われて
行くのが解った。脳裏の底で揺らぐ断片的な記憶の中の景色であったかの如
く、セピア色に染め上げられていく情景の最中で、僕は咄嗟に、彼女に対し一
番聞きたかったことを聞いておこうと思い立った。

 「あ、あのっ………母さん…」

 「…。なぁに?」

 …彼女は"母さん"という僕の呼びかけに、何の違和感もなく穏やかな笑みを
浮かべて反応した。その彼女のその反応で勇気を得た僕は、続けて言った。

 「母さんは…僕の…味方だよね……?

 「…。ええ。…もちろんよ♪」

 …僕の問いかけに彼女は忌憚なく頷いた。次いで穏やかな笑みを称えると
静かに言い聞かせるように言った。

 「あなたを見護るためにわたしはここにいるのだから…」

 「母さん…。…ありがとう。でも、母さんはそれでいいの…?」

 「…"全ては流れのままに"よ。わたしはあなたの中の真実が正しい選択
を導いてくれると信じているわ。…だって、わたしはあなたの母親ですもの

 …それは正に僕が最も欲してやまない言葉だった。次の瞬間、耐えきれず
涙腺が緩み始めてしまったのだが、それは母さんも同じようだった。穏やか
な笑みをたたえているが、その瞳はしっとりと揺らぎ始めていた。

 「母さん…」

 「シンジ…」

 頬を伝わる一滴の滴を拭い、僕は母さんを見やった。母さんは僕の心を悟り
僕を迎え入れようと両手を広げた。そこで遂に感極まった僕は、母さんの胸に
飛び込んでいった。

 …。しかし。母さんに触れるよりもほんの一瞬速く、全く予想外の衝撃が僕
の下顎を迸った。…何が起きたのか理解できず一瞬頭が空白になるも、やが
て目に入ってきたのは、素晴らしいアッパーブローの弧を描く彼女の右腕であ
った。…その瞬間、ようやく僕は、実の母親から見事なカウンターアッパー
を喰らった
のだということを理解した。

 「なっ、何故っ…?!」

 「あらあらまあまあ…わたしったら何でこんなことを……」

 彼女の足下で崩れ落ちいていく僕に対し、彼女は自分自身でもなぜそんな
ことをしてしまったのか、理解できていないようだった。

 「その顔が近づいてきた瞬間、何故か身体が拒絶反応を起こしてしまって…」

 「…??」

 「…、そっか…。サルベージしたから、本来の素顔に戻っちゃったのね♪
ほら…」

 …そう言って再び僕の方へ手鏡を向けてみせる彼女。そしてそこに写る己の姿
を見た瞬間、あまりのショックに僕の気は再び遠のいていってしまったのだった…。

 「ちょ、超イヤーンな…カンジ………(ガクッ)
 
 

 「あらあらシンジったら…すっかりその色に染まっちゃったのね
 


 <ネフル本部・中央作戦司令室>

 

 「一体何が起きたというの…」

 思わず漏れた葛城ミサトの呟きは、その場に居合わせた全ての人間
の心境を端的に代弁していた。…彼らは皆例外なく、驚愕の眼差しで中
央モニターを見やっていた。…たった今そこに映し出された映像が、あ
まりにも非・現実的であった為である。

 しかもそれはほんの一瞬の出来事であった。…活動停止に陥り抗う術
を失った初号機。もはや敵に余力なしと見切った使徒はいよいよトドメ
を刺さんと初号機に突進を仕掛けた。…しかし、その次の瞬間に、その
出来事は起きたのだった。

 …活動限界をとう超えもはや動くはずのない初号機が、その瞬間突如
再起動したのである。しかも咄嗟に使徒の突進を交わすと、起きあがり
ざま、虚を突かれたに使徒に対し強烈なカウンターブローをお見舞い
たのだった。見事な弧を描き一閃されたその右拳は使徒のコアと正確無
比に貫き、そしてそのその起死回生の一撃によって使徒は完全に沈黙す
るに至っていた。

 使徒の沈黙と同時に、初号機も再び活動を停止してしまっていた。
 しかしその一撃がいかに凄まじいモノであったのかは、そこに居合
わせた人間達の反応と共に、実際に計測された数値としても端的に
表わされていた。

 メインオペレータの一人、伊吹マヤの端末には、初号機再起動の際
のシンクロ率が表示されていた。しかしその数値があまりに現実離れ
していたために、彼女はその数値をすぐに読み上げることができずに
いた。

 "シンクロ率200%"…それは彼らにとって全く未知の領域に至る数値
であった。

 「ミサト…

 「…ン? ああ、そうね…

 そんな最中、いち早く我に返った赤木リツコの視線を受け、その意味
を悟ったミサトは、ようやくとその頭脳を回転させ始めた。唖然とした
ままのオペーレタ1号、日向に声をかけると、彼へ戦後処理班に加え保
保諜報部にも連絡を取るように伝えた。…パイロットを即時拘束させる
為である。…諸礼を発し一仕事終えると、今度はミサトがリツコに視線
を当てつけた。すると視線を察知したリツコは、険を込められたその視
線をもろともせず悪戯気な表情を浮かべていった。

 「…。操作技術だけだったなら、類い希な"天才的感覚"の 持ち主…とでも説明して
おいてあげたトコロだったけどね…」

 「……………。」

 「ふっ…。そんな顔しなくても、約束は守るわ…。…あなたには言う必要が ないと
思ったから黙ってただけよ。…今の彼、そしてレイやシンジ君も含めて、あの クラス
の子供達には元々"共通点"があったのよ…」

 「…っ?! …それってもしかして……」

 「そう…。別に大したことじゃないわ。ただ単に"候補者"を纏めてあるだけな のよ。
…警護しやすいようにね……」

 「…。なるほど。全ては仕組まれていたってこと、か…。でも…って、日向君?
…どうかしたの??」

 その瞬間、ミサトは言いかけた台詞を飲み込み彼の背に目をやった。
 …諜報部に連絡を付けている日向の様子が、何かおかしかったから
である。その一方、当の日向も彼女に声をかけられると、怪訝そうな顔
つきで彼女を振り返った。

 「それが…現在、重要な打ち合わせをしているとかで…。『こっちに回
せる余剰人員はない』とのことなんですが…」

 「なっ、なんですって〜?!」
 


 <ネルフ保安諜報部 第1会議室>

 

 特務機関ネルフの暗黒窟"保安諜報部"の全容は漆黒の闇に覆われている。

 ネルフ内はおろか、あらゆる組織に同根の芽を吹かせ、常に猟犬の如き
目をギラつかせているのである。また、その職務の性質上、彼らの個人情
報はおろか個々に従事する職務内容に至るまで全てにおいて排他的な秘
密主義がとられており、その徹底さは極まれではあるものの、互いにそれと
知らず身内同士で角逐を演じてしまうケースを生じさせるほどである。

 それ故に、ネルフ本部最深部に位置する彼らの部署には厳格な警備体制
が敷かれているものの、いわゆる監視モニター類は例外的に外されており
人の通りなどは殆ど見られないのが常である。…しかし。この日だけは何故
かいつものその趣とは些か異なっていた。

 年を通じて殆ど使われることない、いわば形骸化していたはずの"諜報会
会議室"内は、何故か陽気な喧噪に包まれていた。会議用のカンファレンス
デスクは全て中央に寄せられ、その上にはアルコール類を含めた様々な飲料
物や"おつまみ"系のスナック菓子が大量に用意されている。また、通常時に
おいて揶揄の対象となっている必要以上にただっ広い会議室内が、この日ば
かりはやけに狭々とした雰囲気を醸し出していた。何故ならこの日、会議室内
には黒服に身を包んだ強面の大男達が大挙して押し込まれていたからである
。彼らは皆一様に思い思いのグラスを手にとって談笑にふけっており、その趣
はイベント会場にセッティングされた立食パーティーか何かのようである。

 「え〜、みなさん、ご静粛に願いま〜す…」

   やがて室内スピーカーを通じ、陽気な司会口調の声色が鳴った。すると室
内は俄に静まっていき、彼らの視線は否応なく、室内前方に形成された"壇上"
に集まった。

 ドハデな装飾の施されたステージ上には、黒服男達の中でもひときわ大柄な
大男と、そしてこの場には大凡場違いと思われる"黒ジャージ"姿の一人の少年
がたっていた。大柄の黒服男が満面の笑みを浮かべているのに対し、ジャージ
姿の少年の目はどこかうつろである。

 そして彼らの頭上には、趣味の悪いキンピカのリボンで装飾された横断幕が
掲げられており、そこにはリュウミン書体で

『歓迎! 新入部員・鈴原トウジ君

…と、書かれてあった。やがて周囲が静まったのを見計らい、司会と思しき黒服の
大男はうれしそうに声を張った。

 「えー、それではこれより、我々の新たなる仲間として正式採用がきまった、
彼…鈴原トウジ君の前途を期し、簡単な席ではありますが…歓迎会を催したい
と思います!」

 彼のそのかけ声に呼応し、会場名に歓声が起き起こった。しかし彼らくらいの
レベルになると常人とは声の発生源が異なってしまっているらしく、その瞬間会
議室内は異様な重低音と低周波振動にみまわれた。

 その一方、この会場の主役と思われるジャージ姿の少年だけは、かのような
歓声の中にあっても相変わらずうつろな表情を称えていた。周囲の喧噪にかき
消され殆ど聞こえないが、先程から何事かブツブツと呟いているようである。

 <ジャージ>: 「何でや…何でこないな事になったんや………

 <司  会>: 「みなさん既にご存じかと思いますが…なんと彼は自らを鑑み、
己の能力を役立るべく、勇敢にも自ら志願して我々の門戸を叩いたのであ
ります! しかも、我々が課した厳格たる各種適性検査を、彼は若干14歳
の若さながらかつて類を見ない好成績で全てクリアし……」

 <ジャージ>: 「何でや…何でこないな事になったんや……??

 この時、ジャージ姿の少年は、朧気になってしまっている己の記憶を呼び
覚まそうと努力していた。しかし何故かそれらは遠い対岸の岸辺を見るよう
にぼやけてしまっており、鮮明に思い出す事がどうしてもできないのだった。

 …ただなんとなしに覚えているのは、何処かの薄暗い部屋に監禁されて
いたらしきこと。そしてその後、何故かマークシート式の学力検査体力測
を受けさせられたことである。学力検査に関しては殆ど理解不能な問題
ばかりであり、ロクな答えを書いた覚えがないのだが、何故か成績は満
だったらしい。

 …ただ、解答用紙を回収した後に、今、彼の横で司会を務めている大男が
『必要事項の記入漏れをチェックする』と称し提出済みの答案用紙にイロイ
ロと書き足している所を見た
ような気がするのだが、その部分に関しては
特に記憶の白濁がひどく、どうしても思い出せなかった。

 体力測定に関しても、自己ベストですらほど遠い出来だったような気がした
のだが、終わってみればトップアスリートもビックリな素晴らしい記録にオ
ンパレード
となっていた。

 …ただ測定を始める際に、今、横で司会とつとめている大男が『測定器具
の誤差をチェックする』と称し、測定前の器具をいろいろとイジっていた所
を見た
ような気がするのだが、その部分の記憶に関しても特に白濁がひ
どく
、どうしても思い出せなかった。

 結局の所、肝心な所は何一つ思い出すことはできなかった。

 …ただここへ来る直前、今、横で司会を務めている大男に『このペンライト
に注目しろ』と言われ、そしてそのペンライトから発せられた奇妙な白光を
見るまではもう少し記憶がしっかりしていたような気がする
のだが、その部分
に関しては特に記憶の白濁がひどく、どうしても詳細を思い出せないのだった。

 そんなわけで、相変わらず少年はうつろな表情を称えたままだった。しかし
そんなことは全くおかまいなしに、宴は全く以てスムーズに進行していく。

 <司  会>: 「そしてご覧ください! この記念すべき日に彼の前途を直
に祝っていただこうとゆーことで、彼の親族の方々を戒厳令が敷かれてい
る最中
、敢えてこちらへお呼びいたしました!!」

 台詞とともに左腕を開きステージ脇を指し示す司会者。するとそこには
"親族一同"と張り紙された椅子が3席用意され、それぞれ明らかに部外
者と思しき
3名が腰掛けていた。

 <親族_A>: 「まいど! トウジチチ兼、資材開発課課長の"鈴原ヤスシ"
や! …競艇場でその話聞いた時はショーミのハナシ度肝抜かれたで!
 …ナニ? …"何で研究所に出勤してないんや"やて? …ショーミのハナシ
向かい風がきつくてなぁ。めっちゃアゲンストやってん。しゃーないから競艇
で風が止むの待っとったんや! …なに? "ウソもたいがいにせい"やと?
 …あほんだらっ! …ワシをダレや思っとんねん! …日本一の科学者
鈴原ヤスシやで! お前ら凡人はだまっとらんかいっ!!」

 <親族_B>: 「にーちゃん、契約金ナンボ入ったん? 正確な金額わからん
と"就職祝い"何こーてもろたらえーか解らんやんか? …え? …"就職祝いと
は当事者に送るモンや"やて? …なんやそーやったんか全然知らんかったわ。
 …ま、それはともかく、ウチはPRADAの新作ポーチでええわ。早いトコこー
たってや!」

 <親族_C>: 「あらあら…これでトウジ君も、正真正銘のブラックメンね

 <司  会>: 「…。ご、ごらんのように、ご親族の方々も彼の門出を心より
祝福
してくださっております! …そこで、彼が正式に我々の仲間となるに先
立ち、その証として、第二の氏名とも言うべき彼の"コードネーム"をいよいよ
この場で発表したいと思います!」

 <黒服一同>: 「おおおおぉぉぉ…」

 <ジャージ>: 「何でや…何でこないな事になったんや……

 <司  会>: 「彼のコードネームに関しては、若輩ながらこの私が命名さ
せていただきました。彼にこそふさわしい、素晴らしいネームであると自負
しています。しかして、そのコードネームは………」 

 <黒服一同>: 「そのコードネームは…??」

 <司  会>: 「…"サブ"! コードネーム・"サブ"です!! …どうだトウジ君…
気に入ってもらえたかな?!」

 <ジャージ>: 「何でや…何でこないな事に………って、そんな"いかにも"なコード
ネーム絶対いややああぁぁっっ??!!!!

 <司  会>: 「因みに私のコードネームは"アドン"だ。今後ともよろしくネ

 <ジャージ>: 「いやああぁぁっっ??!!!!


 <ネフル本部・中央作戦司令室>

 

 いくら事の重大さを説いてみても、諜報部の回答は判を押したように"拒否"の一点
張りであった。ラチがあかないと判断した日向は困惑顔で背後を振り返った。

 「どうします葛城さん…?」

 「…。仕方ないわ。わたしに諜報部を動かす権限はないもの…。代わりに警備班の
人手をフォローに回して。あと、初号機が落下した付近に救護班を向かわせてちょう
だい。レイの容態が気になるわ…」


 <初号機落下付近・小高い丘にある雑木林の中>

 

   「う〜ん…クロくカタい物体との接触…初めての経験…とても痛い経験……
…な、何を言わせたいのよ……ムニャムニャ…………
って、ハッ?!」

 薄暗い雑木林の中で目を覚ました綾波レイは、今現在の己の状況を認識し
思わず唖然となった。…何故なら彼女は、縦に掘られた地面の中に首だけ
出した状態で生き埋めにされていた
からである!

 「な、何故わたし埋まってるの…? …ん?! …なに、このニオイは?!」

 思わず茫然自失に陥るも、次の瞬間、鼻につくある種のニオイを嗅ぎ
取った彼女は、その時点でようやく自分の目の前におかれているある物
体の存在を認識した。

 なんとそこには、アウトドア仕様の焼き肉セット一式がセッティングして
あった。しかも固形燃料の火力でちょうど食べ頃に焼き上がっており、網
の上からはカルビやタン塩などが、如何にも食欲をそそる香ばしい香り
のハーモニーを奏でて
いた。

 もっともそれを"香ばしい"と称するのは極一般的な見解であり、大の肉
ギライであるレイにとってみれば、それらはただ単におぞましい異臭の集
合体
でしかなかった。

 たまらず懸命にそこから逃げ出そうとするレイ。しかしよく見ると彼女
の周りだけ何故か粘着性の強い"赤土"で頑丈に固めて
あり、微塵
も身動きがとれなかった。

 普段生白い顔色を真っ赤にし、もはや恥も外聞もなくもがき始めるレイ。
 しかしそんな彼女をあざ笑うかの如く、地面に埋まった彼女の肢体はピク
リとも動かない。次の瞬間、為す術のない彼女の頬を一筋の滴が伝った。

 「これは涙…? 泣いているのは、わたし…ゲホゲホッ」

 …どうやら煙に巻かれて目がしみてきたらしい。ドバドバと滝のように
涙を溢れさせながら、耐えきれず顔を背けかけようとするレイ。しかしそ
の際に何やら置き手紙らしき物が置かれていたのに気付き、視線を配った。

 風で飛ばされないよう受け皿を文鎮代わりにしてあり、しかもそれは最早
イヤミなくらい絶妙なポジションにセッティングしてあったため、身動きの
とれない彼女ではあったが労なくその手紙の内容を読むことができた。

 …しかし。その手紙を読み終えた瞬間、突如彼女の目が般若の如く
つり上がった。何故ならその手紙には、以下の如き"禁句"が綴られて
いたからである。

 "前略 ファーストチルドレン綾波レイ様
好き嫌いばっかしてっからいつまでたっても幼児体型のままなんだよ!
これでも喰って、ちょっとは胸にも栄養まわせよな!
 by "2-Aのカリスマフォトグラファー" K.A

 「…。 K.A…ケンスケ.アイダ…。そう…そーゆーことだったのね…」

 暫し後…そろりと周囲を見渡し、そして周りに誰もいない事を確認すると
突如彼女の瞳がギラリと光った。そして更に次の瞬間…不意に彼女は、
大凡彼女らしからぬ"気合い"の一声をあげた。

 「………ッ!」

 その瞬間、それまでびくともしなかった地面がぼこっと盛り上がり、彼女
の右腕が地面を突き破って現れた。

 「………ッ!」

 続いて次の瞬間、反対側の地面が同じくぼこっと盛り上がり、彼女の左腕
が引き抜かれた。…そして続けざまに両掌を地面へつけると、それまでとは
一線を画す凄絶な唸り声を発した。

 「…。うぉりゃああぁぁっっっ!」

 次の瞬間、彼女の周囲全体の赤土がボコリと泡吹くように盛り上がった。
 次いで彼女の下半身が大量の土砂を蹴り上げながら地中より現出した。

 なんと彼女は、腕二本の力だけで地中深く埋められた己の半身を強引に
引き抜いてしまったのだった。そのか細い二の腕の何処にそんなパワーが
あるのかと疑わずりはいられない、いかにも非現実的な現象であった。

 もっとも、さすがに普段使わない声色を発したせいか心身共にかなり
消耗したようである。四つん這い姿勢のまま、大きく肩を揺らしていた。

 だがしかし、その時不意にあらぬ方向から"ガサリ"と物音が鳴った。
 …咄嗟に物音がしたようへ視線を向けるレイ。するとそこにはネルフ
救護班のビブスを纏った若い男が佇んでいた。

 その男の顔は恐怖に歪んでいた。明らかに見てはいけないモノを見て
しまった時の表情
である。

 「…。あなた、見たわね…今の………」

 …そろりと立ち上がり、意味深な口調で呟くレイ。その異様なまでの
プレッシャーに、図らずも男は金縛り状態に陥ってしまった。

 「い、いやそのっ…………あわわわわわ…

 「そう…。見たのね…………ふふふふっ」

 男の態度から大凡を悟った彼女は不気味な嘲笑を漏らした。そして次の
瞬間…彼女の赤い瞳が突如"ぎゅぴ〜ん"妖しげな光を放った!

 その光を見た瞬間、彼は彼女のその怪しげな瞳から完全に目をそらせなく
なってしまった。咄嗟に見開かれたその目つきには懸命に抵抗する様が伺
えたものの、しかしそれはつかの間だった。

 「…。あなたは何も見ていない…このポイントには誰もいなかった…

 「…。ぼくはなにもみていない…ここにはだれもいなかった…」

 惚けた口調で彼女の台詞を反芻する救護隊員。その瞳はいつしか
完全に"ぐるぐる"状態となっていた。

 「…。ファーストチルドレンは今日も"いたいけな美少女"でした…

 「ふぁーすとちるどれんはきょうもいたいけなびしょうじょでした…」

 「…。…。いいわ。それじゃ、いきなさい…

 「はい…。いったんほんぶにもどります…それではみなさんさようなら…」

 …ゾンビみたくふらふらした足取りで丘を降りていく救護隊員。その背中
が遠く見えなくなるのを見届けると、そこでようやくレイは深い溜息を漏ら
した。

 「………。このわたしにここまで手間をかけさせるとは…。おのれアイダ
ケンスケ…おぼえてなさい…!


 <ネルフ本部内・第2外科病棟1101号室>

 

 「…。天井のシミが女体に見えてしかたがないや……って、ハッ?!」

 …病室のベッドで目を覚ましたシンジは不意に異様な気配を察知し
思わず跳ね起きた。すると彼のヘッドの脇には彼のファーストチルドレン、
綾波レイが佇んでいた。

 「綾波…? も、もしかしてお見舞いに来てくれたの…って、なに?!
…その注射器はっ?!!」

 …喜びもつかの間、彼女が異様にぶっとい注射器を片手に怪しげな
笑みを浮かべていた
のを知ると、彼の顔色は一気に悪化した。

 「…、チッ! …もう少しの所で…

 「…っ?!!」

 「…。 なに? その顔。それがわざわざお見舞いに来てあげた、同僚
に対する感謝の表情…?」

 …自分がしようとしていたことを棚に上げ、むっとした表情で彼を睨み付
けるレイ。まるで何事もなかったかのように後ろへ注射器を隠すその仕草
を見てシンジの顔は更に引きつった。…が、暫くして彼女の台詞の中にふ
と違和感を覚え、彼はレイに問い返した。

 「…、あ、あの…"同僚"…って?」

 「…。あれから丸三日も惰眠を貪ってたあなたは、知らなくて当然ね。
あなたはエヴァの4人目のパイロット…フォースチルドレンとして登録さ
れたのよ。…もっとも、本採用って訳じゃないみたいだけれどね…」

 「………。そう…」

 「…。冷静な反応ね…」

 …彼の、意外なまでに物静かな反応を、レイは怪訝そうに見据えた。

 「…えっ?! …そ、そっかな…」

 「………。ま、いいけど…。それより、碇君があなたのこと呼んでたわ。
…話したいことがあるそうよ」

 …彼女の台詞に、一瞬ポカンとした顔つきになるシンジ。しかしすぐに
今現在の自分の境遇を思い出し、取り繕って言った。

 「………。い、碇君、もうだいぶ良くなったんだ…。なんだか大怪我した
ようだったけど…」

 「今はもう一般病室に移ってるわ。同じ病棟の6600号室よ。…あの程度
の戦闘で三日も寝込んでた、誰かさんとは大違いね…」

 「あ、あうぅ………

 「…。じゃ、碇君からの伝言は確かに伝えたから」

 シンジをヘコませてニヤリとほくそ笑むレイ。そのままきびすを
返し彼の背を向けるも、しかし何か思うところがあったらしく立ち
止まり、後ろを向いたまま言った。

 「ところで…あの手紙は、わたしへの宣戦布告として受け取って
もいいわけね…?」

 「…え? …手紙? …な、何のこと…??」

 「クスクス…。今更とぼけたってムダよ…。今日からわたしも臨戦
体制
に入らせてもらうから」

 「…り、臨戦態勢って…あの…綾波さん…?!」

 「あなたの明日からの生活に、ひとつだけアドバイスしといてあげ
るわ…。駅のホームに立つ時は柱の影にしておきなさい。…最近
何かと不慮の事故が多いらしいから、ね…」

 意味深な台詞にあわせ、チラリとその横顔を覗かせるレイ。そし
てその横顔に浮かんだ世にもおぞましい嘲笑を垣間見たシンジ
は、たまらず震え上がった。

 「…ヒッ?!」

 「クスクス…。それじゃ、サ・ヨ・ナ・ラ…」

 失笑を漏らしながら振り返ることなく部屋を出ていくレイ。身に覚え
がなく、何がなんだかまるで理解できないシンジだったが、どうやら
自分が命さえ狙われかねない境遇に陥ったらしきことだけは理解
したようである。

 …ショックから立ち直れず暫し青い顔で硬直していたものの、やがて
何かを思い出したのかビクリと反応し、ベッドを降りた。

 「"アイツ"のとこにいっとこ…。一人でいるのコワイし…


 <ネルフ本部内・第2外科病棟6600号室>

 

 中にいた少年は、その瞬間彼が訪れたのをシャッター越しに察知
していたかのようだった。シャッターが開いたその瞬間には、もう既
にシンジの瞳をじっと見据えていた。

 「よう…。待ってたよ、アイダケンスケ君」

 「…。あ、あの…」

 「とりあえずこっちに来いよ…」

 入り口の所でとまどった風に口を濁せれるシンジに対し、少年は彼
の台詞を制し穏やかな口調で言った。

 「う、うん…」

 戸惑いがちに歩みよるシンジ。彼がベッドのすぐ脇にまで来ると、
少年はそこでようやくと半身を起こした。そして次の瞬間…突然
彼はシンジの胸ぐらを掴み上げ、強引に懐へぴっぱりこんだ。
 …全く予想外の出来事でっあったため、シンジに抵抗の余地は
殆どなかった。

 混乱する彼を余所に、少年は不遜な笑みを浮かべながら顔を
寄せ、そして彼の耳元にぼそりと呟いた。

 「この部屋での会話は盗聴されてるらしい…

 「………っ?!

 「場所を変えよう。…そこに松葉杖があるだろう? …悪いが手を貸してくれ


 <ネルフ本部内・第2外科病棟屋上>

 

 幸いにして屋上に誰もいないようだった。もっとも、こことて本部
敷地内の一角であることにはかわりなく完全に落ち着けるような
場所とは言い難いのだが、しかし、彼本人はすっかりリラックスし
たムードを醸し出していた。

 シンジの手を借り、入り口脇のベンチに腰掛ける彼。各所に包
帯をまとわりつかせてはいるが、体調自体は良さそうである。"事
故"当初の様子からすれば、今現在の彼の回復振りはむしろ異
常とも言えるほどである。

 事情を知るが故に、先程からシンジは不思議そうに少年の
様子を伺っていた。一方彼本人はそんなシンジの視線を察
知してかニヤリとひにくれた笑みを浮かべて言った。

 「よくもやってくれたよな…。俺に大怪我を負わせたあげく
その間にまんまと使徒を倒してチルドレンに"再"登録…。
全ては計画通りってか?」

 「………。」

 「どうやらお前を見くびってたみたいだな…。まさかあー
までエグい事を考えつくとはね。…もっとも、次からはこう
は行かないと思えよ。おれだって……」

 「…あ、あのさケンスケ…。」

 彼の言葉を遮り、シンジは不意に言った。その神妙な趣を
見て、彼は言いかけた台詞を敢えてたたんだ。

 「…。なんだよ」

 「…。ぼく、エヴァの中で母さんに会ったよ…」

 「………!」

 …その途端、彼の様相が明らかに変化した。余裕じみた笑みが
消え去り緊張感を帯びた表情となった。

 「…。きいたのか…あの人から…

 「………。」

 …シンジは些か自嘲気味な笑みを称え、首を横に振った。

 「結局教えてくれなかったよ。"約束"だからって…」

 「………。そうか…

 「…。よかったら教えてくれないかな…」

 「…。何をだ?」

 「"ここ"に還ってきた理由をだよ。…ケンスケだって何か理由が
あったからここにいるんだろ? もしかしたら僕たち、協力しあえる
かもしれないじゃないか」 

 「…。ふっ…。お前何言ってんだ? おれがお前になりすましてる
のは、ただ単にお前の立場を利用しておもしろおかしくすごしてや
ろうってだけだぜ…。…その俺が、何で元に戻ろうとしてるお前に
協力してやらなきゃならないんだ?」

 「ケンスケ…」

 「それにな…。万が一他に理由があるとしても、お前との共闘だ
なんてまっぴらごめんだね! …俺は、お前のことをまだ許しちゃ
いないんだ」

 「…え?」

 「今のこの怪我のことを言ってるんじゃないぜ。…お前は覚えちゃ
いないかもしれないけどな…お前がトウジの奴を使徒ごと握りつぶ
した次の日、俺はお前の所に電話を入れたんだよ。…"許せない"
ってな…」

 「………。」

 当時のことを思い出し、シンジの表情に暗い影が差した。彼に
とっては到底忘れようもない出来事だった。

 一方の少年は、彼のその表情を無表情に見やっている。
 その眼差しに感情の色を全く伺えなかった。

 「…。お前のしたことに大義名分があるのは解るし、あれがお前の
意志じゃなかったことも今は知ってる。でもな…理屈では解っても、
感情が納得しないんだよ。…あの日…お前は俺の"1番大切なモノ"
をも握りつぶしたんだからな…!」

 その瞬間、無表情を称えていた彼の眼差しが俄に変化を帯びた。
 そして、そこに浮かぶ強烈な意志を察知して、シンジはたじろぎ、
戸惑った。

 「た、"大切なモノ"って………?!」

 「…。お前には言えないね。…言えば、お前はそれをまた握りつぶそ
うとするだろうかならな」

 「そ、そんな…」

 「俺には解るんだよ…。理由はどうあれ、結果的にお前は同じ事を
しようとするだろう。何故ならそれが、避けようもないお前の"性格"
ってやつだからだ。いい意味でも、悪い意味でも、な…。…性格って
のは、案外他人の方がよく見えたりするもんなんだぜ…?」

 「………。」

 「…。とにかく俺は、俺のやりたいようにやる。…例え"世界"が終わ
ろうともな」

 …彼は不意に席を立った。腰掛ける時はシンジの手を煩わせてで
あったが、この瞬間においては彼一人で、まるで何事もなかったか
の如くたちあがった。

 そしてそのままシンジの存在を無視して立ち去ろうとするも、扉のド
アノブに手をかけたところで立ち止まり、後ろ向きのまま言った。

 「そうそう…。そういえばトウジの奴が、何だか妙な事になってたな…」

 「トウジ? …トウジがどーなったの?!」

 「それは自分の目で確かめるんだな…。もっともそのおかげで、奴は"候補
者リスト"からいったん外されたみたいだ。とりあえずこの時点で、歴史は変
えられたってわけだな…」

 「………。」

 「これから先は、俺達にとっても予想外のことが起こりうるはずだ。…この先
の歴史がどう転ぶか…、せいぜい楽しもうぜ…」
 

 …扉が閉じ、そして彼の背中が見えなくなるのを、シンジはただ呆然と見送
るのみであった。

 

 eva K≠S・・・"第1部(序章)"・・・終


 <次回予告>

 諜報部に強制採用され、正真正銘のブラック・メンとなってしまったトウジ。
 彼に与えられた初任務とは、なんと『レイの生××××をカメラフィルムに
納めよ』というものだった! 

 仲良し(?)五人組(本人含む)をボーリングに誘いつつ、密かにチャン
スを狙い暗躍するトウジ。そしてその一方、他の連中から「缶ジュース買
ってきてくれよ。あ、俺ウーロンな」…と、パシらされていたシンジは場内
の自販機コーナーで、かつて見覚えのある"やたらと勝ち気な少女"との
再会を果たすのだった…。

 次回 eva K≠S 第5話・・・『M.I.B』

 この次も、イヤーンなカンジ!


 ついにエヴァの黒幕(爆)ユイ御大の登場ですね。

 どうやら、ケンスケには彼なりの深い目的と意思があったようであります。
 いったいそれはナンなのか、今のところまったくわかりかねますが‥‥。

 今回のお話で第一部完ということです。いろいろと事情がありまして以降の掲載は淡野祐騎さんのWhiteStoryでの掲載ということになるようです。そちらのサイトでも是非応援しに行きましょう。皆様。
 読後には感想メールをばお送りください〜。

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