NO.5



注意!



このお話は、大変汚い言葉で進んでいきます。

エヴァのキャラがそんなことを言うのは耐えられない、という方は読まないほうが良いかもです。

シンジが色々な人を罵倒したりします。シンジが、残酷なことを考えたりします。

特に、リツコさんファン、レイファンの方は、彼女たちはシンジにかなり・・・・・・。

また、僕の私的観念や、その瞬間瞬間に感じたことや、思ってもいないことも多々出てきます。アテになさらないでください。

シンジが、こんな弱虫な人間にならないように信じて……



































愛と夢の蘇生

first resuscitation version


終人











「アスカ」と言った時の喪失感が、俺は、嫌いだ。最後の「カ」を言った時の、鼻の、喉のちょうど真上辺りに残る何かは、例外なく俺を失望させる。あれほど熱中したアニメが、なんの解決もなさないまま終わってしまったように。
 アスカは、死んだ。残された俺は、ただ、失望するしかなかった。アスカは、悲しい死を迎えた。国連の男たちに捕まった彼女は、裁判にかけられ、死刑となった。




「殺せ」
 俺は言った。赤木リツコは、無表情だ。「ネルフなら、それくらいできるはずだ」
「確かにできるわ。でも、シンジく―――碇司令、あなたは人殺しをしようとしているのですよ」
 俺は、呆れてため息をついた。赤木リツコは不愉快そうな顔をした。
「赤木博士。奴らは、アスカを殺したのですよ」
 俺は失望した。
「しかし、憎しみは、憎しみを生むわ」
「そんなことは分かりきっている。だから、殺せ」
「あなたの父親も同じようなことを言ったわ」
 俺は、イライラした。なんでコイツに説教をされなければいけないのだ。
「あいつの話をするな」
「いいえ。あなたは、あの人と同じ道を歩もうとしている!やめなさい、こんなことは!」
「俺は、お前が、憎い」
 俺が言うと、赤木リツコは青ざめた。「お前は、俺や、綾波レイや、アスカが苦しんでいるのを、自分には関係ないといって無視していただろう?」俺は、失望した。
「そんなことはありません」
 赤木リツコの眼には、怒りが浮かんだ。俺に返す言葉がなくて、怒っているのだ。
「なら、何故、アスカは死んだ!?何故、殺された!?何故だ!お前ならもっとできたはずだ!そうだろ!?答えろ!」俺は、激しい怒りとともに、また失望した。
 赤木リツコは、黙った。
「逃げるな。黙るのは、逃げだ。話せ」
 俺の言葉に、彼女はその怒りで震え始めた。
「シンジ君!もう、バカなことはやめましょう?みんなアスカが死んで悲しいのよ」
「嘘つきめ」赤木リツコの頬に、冷汗が流れた。「お前は、嘘ばかり言う。お前は、自分を見失っているだろ?嘘ばかり並べてきて、その嘘がサードインパクトで見破られたからだ。それでも、以前と変わらずに接してくれた友人を喪っても、お前は、悲しくなかっただろ?それは、ミサトさんが幸せそうだったのが羨ましかったからだ!人が不幸になって、安心していたんだろ」
 赤木リツコは、また、黙った。
「もう、いい。行け」俺が言うと、赤木リツコは、扉へ向かった。
「アスカは、もう、戻ってこない」
 俺は何か言い返そうとしたが、ちょうど扉が自動で閉まり、部屋には俺一人になって、何を言おうとしていたか、忘れてしまった。




「何の用だ、シンジ君」
「加持さん。俺は、もう、あなたしか信じられない」
「そいつは、光栄だね」
「UNの奴らの、暗殺リストを作ってもらいたい」
「おいおい、この前渡したじゃないか」彼は笑って言った。
「俺は、毎晩、夢を見る。アスカといる夢です。アスカは繰り返し言うんです。愛と夢の蘇生、って」俺は、失望した。
 加持さんは、煙草を出して吸った。
「俺は、何としてでも、アスカに会いたい。しかし、前にも言いましたが、今、俺を支配しているのは、奴らを殺すことなんです。アスカを殺した連中が、まだ息をしているのが許せないんです。この前のリストは、直接アスカを殺した人間だけだった。でも、それでは、それだけでは、ダメなんです。アスカを殺したのに少しでも関わった者も殺さなければダメなんです」俺は、再び失望した。
「……それは俺も同じさ。しかしな、シンジ君。そうなると、死ぬべき人間は軽く千を超えるよ。それは、暗殺じゃなくなっちまうぜ?」
「じゃあ、全員殺しましょう。別に暗殺にこだわる必要なんてないでしょう?堂々とやりましょう。ネルフなら、できます。あと、同時に、ゼーレも潰しましょう。ゼーレは、俺をネルフの司令に任命した時点で、もう、不必要なものとなりました」
「シンジ君。まずはネルフの掌握の方が優先した方が良い。せめてこの本部だけでも。クーデターを起こされたら、いくら諜報部でも一番優秀な俺の課でも、負けてしまう」
「ネルフに集まる奴はみんな腰抜けだし、弱虫ですよ」俺は、途中で赤木リツコの顔が浮かび、付け足した。「そういう輩は、嘘ばかりつく」
「弱虫は、密集すると、手強いぞ」
「……分かりました。で、その方法は?」
 彼は、苦笑した。
「まぁ、金を払えばついてくるだろう。弱虫には、金が一番効果的だ。ついでに今は大不況だ。そしてたとえ俺たちが金をばらまき尽しても、ゼーレを潰せば、その金は俺たちに入ってくる。裏から世界を乗っ取れるほどの大金がね」
「分かりました。あと、赤木博士の件ですが……」
「とりあえず、粛正するのは、まだ早い。彼女にはまだ役に立ってもらわなければならない。……リッちゃんか。彼女は手強いぞ。彼女中心にクーデターを起こされたら、まず間違いなく大敗するな、俺たちは」
「俺たち側に引きずり込みたいです。それには、弱みを握ることが一番だと思います。弱虫は、ただでさえ弱いのに、一番大切なものさえ暴かれれば、もう、何も、残らなくなります」
「それは、君の経験からかい?」
 加持さんは、鋭い。
「そうです」
「そうか。早急に取り掛かるよ」
「お願いします」




 三日後、加持さんは現れた。
「リッちゃんは、元司令と、肉体関係を持っていた。彼女の母親も、だ」
 俺は、勝ちを確信した。




「あなたは、元司令と、肉体関係を持っていたそうですね」
 赤木リツコは驚いた。
「俺はもう、あなたを卑下したりはしない、むしろ、あなたに同情する、あのバカのせいで、あなたは傷つき、嘘をついた、あのバカさえいなければ、あなたは、嘘をつく必要なんてなかったはずだ、この前は、良く知らずに、ひどいことを言った、許してください」
 俺はできる限り申し訳なさそうな声と、顔でそう言った。赤木リツコは、無表情だ。俺の言うことを聞いていない。
「俺はこれから、ゼーレを壊滅させます。UNの連中には、手を出しません。しかし、ゼーレの老人たちは、殺さねばなりません。奴らはまだ、野望を抱いています。それに、あなたは、奴らに辱めを受けたでしょう?本当に、アイツはバカです。そういえば、あなたの母親も、あのバカと関係を持っていたそうですね。辛かったでしょう。ごめんなさい」今度は、できる限り、優しい声で言った。お前は、俺に全てを知られているんだぞ。
 当然、赤木リツコは驚いた。そして、その眼からは、何らかの光が失われた。俺が、彼女の奥深くまで入り込んだ証拠だ。赤木リツコの中にいる俺は、ウイルスとなり、彼女の心を菌で飽和させた。
「分かったわ、シンジ君。ゼーレ壊滅には賛成します。あなたの指示に従うわ」
 赤木リツコは、俺の中に、碇ゲンドウを見つけたのだ。……自分の中は、俺のウイルスで満たされているというのに、それに気づかずに。彼女は、碇ゲンドウを愛していたのだ。
「ありがとうございます」
 俺は、赤木リツコに対する憎しみを失ったわけではない。失えるはずがない。俺は、奴を憎み続ける。もちろん、他の奴らもだ。




 加持さんは、よく働いた。彼も、俺と同じで、大切な人を喪ったのだ。俺は、加持さんに頼り切っている。加持さんに全ての決定をしてもらっている。2人の、美しい女性が、俺たちを変え、そして俺たちは世界を変えていくのだ。その美しい女性たちを殺したのは、人間であり、俺はそいつらを許さない。彼女たちには、まだ、未来があったはずなのに、そんな微かな、無邪気な希望さえ奪われたのだ。奴らは、彼女たち、そして俺たちを信じなかった。当然、俺は奴らを信じることはない。真っ向からぶつかってもいい。滑らかに奴らの背後に忍び寄り、あっさりと奴らを殺してもいい。とにかく、俺は、奴らを掃討しなければならない。




 俺は、鈴原トウジと、相田ケンスケ、あと洞木ヒカリと会った。彼らは、ネルフ本部まで、俺と話すために来た。彼らは俺の行動を暴走と呼び、止めさせようとしているが、彼らには何も分からない。彼らは、喪うことに中途半端に慣れている。母親を喪い、住処を戦いの中で失ったが、結局、それ止まり。実に中途半端だ。中途半端な奴は、勝ちも負けも知らない。勝ちは快楽だ。負けは苦痛だ。俺は、あの戦いで、常に苦痛を味わった。使徒を倒そうが、俺にはいつも苦痛が伴った。あの頃の俺は気が付いていないだけで、学校でも、彼らとゲームセンターで遊んでいるときでさえ、俺には苦痛があったのだ。とはいえ、俺ほどではないにしても、みんな苦痛を味わったのだ。その中の幾人かは、赤木リツコのように、快楽への夢を目指し始めた。……幻想の快楽だ、宗教的なものだ。その他のごく一部は、俺や加持さんのように快楽を求めず、失望の打破へ歩みだした。残った大多数の中途半端な奴らといえば、その2つのどちらかに転ぶか迷っている。そして決着がつきそうになったとき、ここぞとばかりに有利な方へ転がり込み、何かを成し遂げてすっきりしたような顔ぶりで、快楽に浸る。偽りの快楽、と俺は一瞬思ったが、そうではない。馬鹿馬鹿しい、惨めな快楽だ。




 俺は勝つことならできるが、そんなものは目指さない。だから勝つことはない。しかし、負けることもない。だからといって中途半端になんか逃げない。俺が目指すのは、フォースインパクトだ。かつて誰も成し得なかった、神への道。神は、勝ちも負けもしない。そういうことだ。




「シンジ。バカなことはよせ。お前は怒りに任せて人殺しをしてしまう人間じゃない」
 お前は、俺の何を知っていてそんなことを言うんだ?
「シンジ。もう、よさんか。ワイはもう、こんなお前を見とうない」
 これが俺だ、トウジ。見たくなければ、見るな。
「アスカはきっと喜ばないわ」
 黙れ、お前は、アスカの名前を口にするな、お前はアスカを傷つけたんだぞ、と俺は言った。俺はイライラした。洞木ヒカリに対して、殺意すら憶えた。
「……お前らは、もう、ここに二度と来るな、俺のことを忘れろ、俺は中途半端な奴ら―――お前たちのことだぞ―――みたいに暇じゃないんだ」
「アスカは、あなたのことが好きだったのよ。好きな人が人殺しなんて絶対に女の子は嫌よ」
 何を言っているんだ、コイツは。
 なぁ、トウジ、コイツ殺していいか、俺は言った。
「何バカなこと―――」
「そういうことだ。奴らは、バカだ。俺は、彼女の処刑されるところを見ていたよ。俺は作戦を立てて、彼女を救い出すことに成功したんだぜ?でも、みんな冷静じゃなかったんだ。俺たちが救い出したそいつは、奴らの手先の、女戦闘員だった。影武者だったんだ。俺はただただ悔しかったよ。そいつを殺しても、ずっと悔しかった。俺は、アスカじゃない女をアスカだと勘違いしたんだ!あんなに近くにいたのに!あんなに一緒にいたのに!あんなに心を重ねたのに!あれほど認め合うことができたのに!
 そのとき、俺は理解したよ。奴らは、バカだ。しかし、俺はバカ以下の、クズだ。お前たちはまだ、バカだ。これはお前たちが知っている、碇シンジの願いだが、もう、俺に関わるな。俺は、お前たちをクズにはしたくない。クズは、放っておいてくれ」
 もちろん、そんなのは俺の考えではない。奴らはバカで、クズだ。これが、俺の考えだ。
 俺は、彼らが帰るために扉に向かっていくときに、自分が失望していたことに気が付いた。




 俺には、いくつかの、問題がある。
 その一つに、綾波レイがある。綾波レイは、カヲル君と共に帰ってきた。そのとき俺は喜んだが、今では、彼らの存在は、不愉快でしかない。
 そもそも、何故アスカだけがパイロットの中で殺されたのか、というと、記憶の消去に間違いがあったからだ。リリスは気を遣って、俺たちが戦自と戦った記憶を人々から消そうとした。俺や、ネルフ職員がしたことの記憶は上手く消えたが(俺は憶えている。忘れるわけにはいかない)、アスカに関しては、人々の記憶に残ってしまったのだ。リリスが何故そんな間違いを犯したか、俺には分からない。
 綾波レイは、戻ってきて俺と顔が合った瞬間、「ごめんなさい」と言った。俺は何のことかさっぱり分からなかった。そのとき、俺の隣には、アスカがまだいたのだ。
 俺は、彼女も憎い。しかし、彼女は自分の犯したミスに囚われて、俺が何もする前に心が不安定になった。俺は、アスカが死んでから、ほぼ植物状態のような状態となった。その俺を、彼女は見たのだ。今、彼女は、ネルフの地下深くで、カヲル君と共に生活している。俺はその二人がお似合いのように見えたし、カヲル君は優しいし、そしてカヲル君が俺の邪魔をするのを防ぐためでもある。彼らは、俺の弱点だ。彼らには、俺の、この、強い意志でさえ消してしまう、強い力を持っている。もし彼らが俺の敵に回ったら、俺は、アスカのことなんて忘れさせられるだろう。あの声も、あの香りも、あの手の柔らかさも、あの強い目も、あの弱い目も、あの温かさも、みんな忘れてしまうだろう。そして俺は何事もなかったと勘違いして、快楽を得るだろう。馬鹿馬鹿しい、惨めな快楽だ。
 ふざけるな。俺は俺だ。俺は全ての人間に潜む碇シンジを誘惑し、引き連れてアスカと会うのだ。仲間はずれなんか作らない。そして、その誘惑に必要なのが、アスカの死だ。これが、これこそが、俺だ。苦痛ばかり味わってきた俺に残されていた微かな、ささやかな光がアスカだったのだ。あのとき、アスカが俺の頬を撫でてくれたときから。それまでは、一方的なアスカへの思いは通じるはずもなかった。なぜなら、いろんなものが激動していたからだ。俺がその思いを自覚したときには、加持さんは死に、綾波レイが死に、アスカは弱っていた。俺は、そんな中アスカへ思いを伝えることなんてできなかった。そしてアスカは、それまで俺を拒絶していた彼女は、俺を受け入れてくれたのだ。光を掴めた………。
 だが、綾波は俺たちに謝り、アスカは死に、ミサトさんは死に、俺は植物状態になり、綾波は発狂した。カヲル君を彼女に付けておけば、俺の弱点は地下におのずから沈んでくれる。いざとなれば、彼らを殺すことだって俺にはできる。だが、それをするための勇気が、俺にはない。彼らを殺せば、俺はアスカではない、かけがえのないものが、消えてしまうような気がして、不安になるからだ。実質、俺は彼らを殺せない。誰かが殺しても、俺はそのかけがえのないものを失ってしまうだろう。
 それはきっと彼らは俺の希望だからだ。しかし、彼らにとっての希望とは、俺なのだ。彼らの中にいる俺は、彼らの希望なのだ。今の俺を彼らが知ったら、俺は彼らに希望を与えず、失望を、彼らに与えるだろう。俺に失望した彼らは、俺を殺すだろう。




 俺は、日向マコトを呼び出した。
「何のご用でしょうか」
 彼は苛立ちげに言った。今のネルフは、忙しい。そんな中、何もしていない子供司令に呼び出しをくらったのだから、いらいらするのも当然だと思う。
「あなたは、ミサトさんが好きでしたね?」
 彼は驚いた。
「ミサトさんは、どうなりましたか?」
「君が一番それを知っているはずだ」
「そうです。俺が一番それを知っています。ですが、あなたに言ってもらいたいのです」
 コイツも、弱虫だ。俺は、弱虫の教育をする。今のがまさにそうだ。
「何の為に?」
「いいから言え」
「葛城さんは、セカンドチルドレンを助けようとして死んだ」
「その通りです。ねぇ、ミサトさんに会いたくありませんか?」
 彼は何も言わない。それは肯定の印だ。
「会えますよ。アスカやミサトさんを殺した人間たち、そして俺たちの邪魔をする奴らを殺せば」
「シンジ君……」
いいか、ミサトさんは殺されたんだ、殺されたんだぞ。ただ、大人に命令されて、世界を救うために戦わされていた、可哀想な少女を救おうとしただけで。もう、いないんだぞ。……あなたはあのとき、あの場所にいなかったから知っているはずもないが、ミサトさんはね、アスカが処刑される前に行動を起こしました。しかし、取り押さえられた。その取り押さえた男はなんて言ったと思いますか?……『いい女だ。殺さずに連れて行こう』。加持さんと俺は、その声を聞きました。だから、加持さんは、俺と行動しているんです。そんなことがなければ、加持さんはきっと俺の敵となっていたでしょう」
 日向マコトの目に、炎が燃え出した。
「ミサトさんは抵抗して1人の男を撃ち殺しましたが、すぐにその仲間の男に抑えられました。―――俺たちは、何もできなかった」
 嘘だ。事実は、ミサトさんは、ただ一人本当のアスカの居場所を特定し、増援を待ちきれず単独で救出しようとしたが、発見され、殺された。俺は、意識して優しい声で言った。
「UNの連中を許しておけますか?あれほどいい人が、人を殺すようなクズに殺されたのですよ?あんなに綺麗な女性たちが、UNの汚い男たちに犯されたのですよ?俺は、そんなのは許さない。俺はさっき、人を殺すようなクズ、って言いましたけど、理想を実現させるためだったら、俺はクズにでもなります。カスにでもなります。俺の理想が望むならば、俺はならず者の独裁者にだってなってみせます。今頃奴らは、あの時の女は良かったなぁ、なんて言いながら酒でも飲んでいるんですよ」
 嘘だ。彼女らは犯されてはいない。しかし蹂躙は、された。アスカはどれほど苦しかったろう?
「俺は奴らみたいなクズが生きているのが、悔しい。奴らが偉そうな顔して快楽に浸っているのが、悔しい。あんな奴らに、かけがえのない人たちが殺されたのが、悔しい」
「もう、いい。分かったよ、シンジ君。君に協力する」
 俺たちは、握手した。 
 もうすぐだ、アスカ。俺は君に会う。俺は無意識に呟いていた。決意と共に、胸にしみる失望を、俺は感じていた。




 俺の目標は、残り青葉シゲルのみとなった。伊吹マヤは、赤木リツコが俺に賛同した時点で、俺側だ。青葉シゲルは、伊吹マヤに説得させることにした。オペレーター三人を引き込めたのは、俺の夢へとかなり近づいた。俺には、世界トップクラスの科学者たちと、世界最高のコンピューターがある。軍事力は乏しいが、それも今だけだ。ゼーレを占拠し、奴らの俺に利益のあるものすべてを吸収してやる。そのあとは、お前たちだぞ。待っていろ……。もうすぐだ。




「司令、おはようございます!」
「お、おはようございます……」
「かわいい……。今日も頑張りましょうね!」
 俺は、ほとんどのネルフ職員の前では「僕」であることに努めた。だから、こんなように、からかってくる女性職員もいる。弱虫は、騙されやすい。アスカが殺されて、俺が変わっていないことに、疑問を感じないのだ。彼らは、副指令の加持さんがゼーレ攻撃の指示を出したと信じている。しかし、言い出したのは俺だ。
 2週間ほど前だ。俺は、加持さんと、話を始めた。
「もう、我慢できない。UNに攻撃しましょう。殺しましょう。なんでアイツらは生きているんですか。奴らは生きていても、何の価値もないのに。俺は今にも狂ってしまいそうだ。今の俺を動かしているのは、奴らを殺すことだけなんです」
「その件だが、シンジ君。三週間だけ待ってくれないか?その間に俺はネルフを掌握するし、薄っぺらい軍事力も見違えるほどにしてみせる。そして、三週間後、俺たちが攻撃するのは、ゼーレだ」
「俺が殺したいのは、UNのクズなんですがね」
「分かっているよ。しかし、いくらネルフを掌握するからといって、いきなりUNに攻撃するのはほぼ不可能だ。俺たちが命令したところで、賛同する奴は少ない」
「じゃあ、どうするんですか?」
「いいかい?ゼーレは俺たちの上層組織だが、それはUNにとっても同じ事が言える。そのゼーレを壊滅させたネルフを、UNの連中は放っておかないだろう。その腐った脳で「ネルフは世界征服を企んでる」とか言い出すだろう。アイツらは、ネルフの職員よりも弱虫だからね。金持ちの弱虫さ。……とにかく、そうなったら、奴らはネルフに攻撃するだろう。そうなったら俺たちはもちろん反撃する。もしかしたら、UNは海外のネルフ支部も彼らの中に紛れさせて攻撃してくるかもしれない。サードインパクト前は、そうだったんだろ?だがそのときは、ネルフは対人の兵器なんて少なかったし、警備も甘かった。俺に言わせてみれば、逆にネルフに攻め込んだ奴らは然るべき才能がなかったんだとさえ思う。俺が指揮していたら、きっと奴らの半分の人数で半分の時間で占拠してみせる。……話が逸れたな。とにかく、そういう準備も、三週間の内にやる。どうだ?」
「……逆に三週間でいいんですか?」
「綿密にシナリオを練るのだったら、半年欲しいよ」
「三週間でお願いします」
 俺たちは、笑った。
 その様子を、隠しカメラ見ていた赤木リツコは、会話の内容をネルフ中に流した。が、それを信じる者は少なかった。その時まで、俺と加持さんは極力良い司令と良い副指令を演じていたからだ。朝礼で加持さんが冗談の一つでも言って皆を笑わせ、俺は、何もできない14歳の「僕」を演じた。給料も、戦いの時よりむしろたくさんくれてやった。職員たちは、ネルフは使徒を倒す組織だったが、これからは人を救う組織になると俺たちは吹き込んだ。赤い海を元の色に戻す研究をする機関になるのだ、と。そのとき、誰もが思っただろう。ネルフは、人類は、明るい一歩を踏み出したのだ、と。これから頑張るぞ、と。
 ………弱虫の想像、いや、妄想ほど滑稽なものはない。そして、それは怒りを伴う滑稽さ、だ。俺は日に日に我慢が出来なくなっていったのだ。




 俺は、ゼーレに、ネルフの司令という立場を与えられたのだが、それは俺がまだ植物状態のときだ。植物状態の、14歳の少年が、何かをするとは思えなかったのだ、彼らには。そして、彼らは俺のことをよく知っていた。蘇生の前の俺は、優しい少年だった。例え憎い相手がいても、そいつを殺してしまおうなんて考えない少年だった。だから、もし、ネルフがゼーレ壊滅なんてことを考えても、司令の碇シンジ君が多少なりとも干渉するだろう、そのための手段ならくれてやる、と彼らは考えたのだ。俺が蘇生すると、彼らは俺にボタンを送ってきた。それと一緒についていた紙には、誰も殺したくなければ、このボタンを押せ、と書いてあった。俺は、ゲームセンターでガンゲームをしていた男の子に、そのボタンをあげた。誰も殺したくなければ、このボタンを押せ、と言って。
 奴らは、俺を司令にして身の安全を図ったが、バカなことを、と俺は思う。お前たちは、俺に殺されるのだ。きっと会議にでない俺のことをいろいろ考察しているのだろう。アイツらこそ、世界一の弱虫だ。
 俺が司令に任命されると同時に、冬月コウゾウは、副指令を退任させられ、ゼーレのスパイである加持さんが副指令となった。それに対して、ネルフは特に反応を見せなかった。加持さんの有能さを、皆が知っているからだ。才能は、人を導く。




 冬月コウゾウは、司令部の部長として指揮していたが、彼は小さな小さなクーデターを起こした。もしそれが花だったら、今の俺でも愛でてやりたいほど、小さな小さな、可愛らしいクーデターだった。彼は、赤木リツコが流した噂を信じ、同じように信じた仲間たちと共に行動した。彼らはあっという間に加持さんの課の精鋭に鎮圧され、冬月コウゾウは地下に収容された。
「碇と同じ過ちをするな。奴は幻想に操られて、人類を破滅寸前にまで追いやった。人は過ちから学ぶから、人なのだ。君は今、人ではなくなっているぞ」
 俺は、この囚人が何を言っているのか、分からなかった。
「よく、分からないな」
「違う。君は、分かろうとしてないのだ」
「大丈夫ですよ」俺は言った。「俺は、あのバカのように、負けたりはしない」
 彼はまだなにか言いたげだった。
「しかし、あなたはあのバカの支援をしていたでしょう?俺は、お前も、憎い。殺しはしないでおきます。せいぜい、俺が、あなたの中の俺になるように祈っていればいい」
 俺は、牢屋から出ようとしたが、立ち止まり、囚人を振り返って言った。
「そう言えば、あなたは俺のことを碇の息子とばかり呼んでいたそうですね。いつかミサトさんから聞きましたよ。それは、どうしてですか?」
 彼は顔をしかめ、俯いた。彼が顔をしかめると、笑い出したくなるくらい、情けなかった。今まで偉ぶってた奴のしかめっ面は、愉快だ。
「黙るな。黙るのは、逃げだ。ファーストや、セカンドチルドレンは、使徒を前にしても逃げなかったぞ?死ぬかもしれないのに。お前は、なんだ?別に俺はお前を殺すなんて言っていないぞ?むしろ殺さないと言っているのに」
 囚人は、黙ったままだ。
「分かった。お前は、人の上に立つべき人間じゃなかったんだ。お前は、良い人のフリをしているだろう?弱虫のくせに……。残念だが、俺はそれを見抜いた。お前は、タチが悪い。みんなからは良い人として認識されているからな。お前は、弱虫の詐欺師だ。だから、弱虫の弱虫な心を揺さぶって、自分に利益ばかりをもたらそうとする」
 俺は、続けた。
「さっきのを、言い当ててやろうか。お前、俺の母さんが好きだったからだろ?惨めな男め。試しに、お前、俺のことを、『碇ゲンドウと碇ユイの息子』って言ってみろ。『碇ゲンドウと碇ユイが愛し合って生まれた息子』って言ってみろ!」
 彼は、顔を上げ、驚いた。
「そんなことは調べてないと思ったか?まぁ、いい。言ってみろ!」
「……言えない」
「弱虫め……。お前はいつか、俺とアスカに、偉そうに説教したな。アスカとの思い出だから、よく憶えているよ。俺たちは、使徒に勝つためにエヴァに乗せられていたんだよな?じゃあ、聞くぞ。お前は何のために俺たちをエヴァに乗せさせたんだ?」
 失望が、俺の怒りの増援となり、俺の血の巡りを早くさせた。
「人類の、未ら―――」
「嘘をつくな!」
 俺は怒鳴った。
「ユイ君に、会うためだ」
「そのためなら、子供たちの犠牲を顧みない、そうだな?」
「そうだ」
「………………………………気持ち悪い」
 俺はそう言って、牢屋を出た。囚人の顔は、黒い影で塗りつぶされていた。
 ネルフ職員には、冬月コウゾウは、過労によって精神状態が悪くなって、今回のクーデターを起こした、彼は今、特別な病院で治療を受けている、と伝えた。彼らは信じた。弱虫たちめ……。




 俺は起きると、見た夢を思い返した。アスカは、また言った。「愛と夢の蘇生」、と。俺は蘇った。俺は植物状態になったとき、夢をずっと見ていた。アスカと、虹を見る夢を。アスカは、虹を越えてやってきた。俺は、それに手を伸ばしたけれど、やはり掴めない。虹は、見えるだけだ。俺は、一人でシーソーに乗っているときのように、寂しくなった。俺はアスカを想い、夢を見て、蘇生したのだ。俺は、二度と死なない。死んでは、アスカへの想いも、夢も、虹のようになってしまう。




 俺は、カヲル君と会った。
「カヲル君。綾波はどう?」
「変わらないよ」
 俺は、向こうからは見えないようになっている、特殊なガラス越しに綾波レイを見た。天井についているスピーカーからは、ぼそぼそとガラスの向こうで呟く声が聞こえてきた。
『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』
 俺は、何回も聞いているうちに、「いかりくんごめんなさいわたしあなたのことがすきなの」と言っていることに気が付いた。
「彼女は、シンジ君が、本当に好きなんだね」カヲル君は言った。
『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』
「……綾波には、早く戻ってもらいたいよ」
「どうか、彼女を恨まないでやってくれ。『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』彼女は、君が好きだったから『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』記憶の改変中に、君を独占する『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』セカンドが恨めしくなったんだ。『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』きっと、君を独占する『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』セカンドを想像したんだね。『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』だから結果的に―――」
「カヲル君、スピーカー、切れる?」
『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワタ……アナ…キ……ノ』
「あ、ああ」
 カヲル君は、部屋の隅のボタンをいじり、スピーカーを切った。
『イカ…ク…ゴ……ナサイ………ワ―――』
「だから、結果的に、セカンドがしたことの記憶は消えなかったんだよ」
 カヲル君は、優しく言った。
 俺は、目の前のガラスを殴り割って、中の少女を殴りつけたい衝動に駆られた。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな。
 分かった、そういうわけで記憶が消えなかったんだな、じゃあ、何故再改変をしなかった?俺は、ガラスの中の人形のような女(アスカの言っていた通りだ)に、そう問い詰めたくなった。
 俺はそこにいると、本当に目の前のガラスを殴り割って、中の少女を殴りつけそうだったから、もう、帰ることにした。
「カヲル君、綾波を、お願い」
「分かっているよ」
 部屋を出て、俺は長いエレベーターに乗り、ガラスを思い切り殴り割った。ガラスは、ドミノが崩れるみたいに、殴ったところから割れが広がっていった。
「ふざけるな」




 着実に、ゼーレへの攻撃の準備は進んだ。ネルフの職員は皆、戦自に殺された記憶を持ち(一体綾波レイは何がしたかったんだ?)、戦自に指示を出したゼーレを恨んでいたから、職員の説得は不要だった。俺は、元司令の残した資金をつぎ込み、軍を拡大した。
 そのネルフ本部の軍事力の拡大に、各国のネルフ支部やマスコミは、批判をした。
「ネルフ本部は、世界を乗っ取ろうとしている」
「世界大戦を起こそうとしている」
「世界的地位を獲得しようとしている」
 大体、どこもこんなことを言って批判した。うるさかった。腰抜け連中が騒ぐと、その騒ぎは拡大するから、タチが悪い。俺は、会見を開かされた。それは、俺のみが会見に出るという、いかにも腰抜けらしいものだった。か弱い子供司令に総攻撃を仕掛けようというのだ。俺はそんなことを考えて笑った。か弱い?俺が?しかし、奴らは本当にそんなことを考えているのだろう。そう考えると、いらいらした。




「今回の、ネルフの軍備拡張の意図は何ですか?」テレビ局の記者が言った。
「言うわけにはいきません。言えば、台無しになるからです」
「何が台無しになるのですか?」
「それを言うと、台無しになるのです」
「では、続いて、日本国憲法第9条に関して―――」
「待ってください。あなたは、我々ネルフの何を調べているのですか?ネルフは、国連直属の組織です。最近までネルフは非公開組織だったので、不明な点も多々あると思われますが、それに関する質問は、別のところでやってもらいたい。まぁ、答えるならば、我々は日本ではないし、もちろんドイツでもアメリカでもない。たまたま、本部が日本にあって、そこが何らかの理由によって軍備を拡張しているだけです」
「そのお金があるのでしたら、寄付するという考えは出なかったのでしょうか?」
「出ませんでした」
「アフリカでは一日に何千と言う子供が死んでいます。大人も含めれば死者はもっと増えます。それなのにネルフさんは人々を脅かすようなことをする、何故ですか?」
「それを言うわけにはいかないと言っているんです」
「アメリカなどの大国や、本部のある日本まで、今回の件で批判をしていますが」
「関係ありません。我々は、強い意志を持って行動しています。例えアメリカが核爆弾を落とすと脅してきても、我々は動じません。我々のすることが、その後の人類のためになると確信しているからです」
「この前の裁判に関して、元チルドレンである碇司令はどうお考えですか?」
 海外のテレビ局の記者が、言った。意外と滑らかな日本語に、俺は少し感心した。
「俺は、そのとき、かけがえのない仲間を喪った。俺を支えてくれようとしていた人も死んだ。俺は、あの裁判を認めない。あの裁判で、彼女らを殺した人間は、史上最も残酷で、人間性の欠けた人間だ」
「今回の件は、その報復によるものですか?」
「違います」
「あなたとしては、報復はしたいですか?」
「はい」
 目が壊れそうなほどのフラッシュがたかれた。俺は、今、どんな顔なのだろう?
「殺意を抱いていると?」
「その通りです」
「それがどれほどの人を苦しめることになるか、考えをお聞かせ下さい」
「まず、あなたは、もう、発言をするな」
 俺が言うと、今までも静かだった会場が、より静まり返ったような気がした。スーツのすれる音が、良く響く。外国人は、顔を歪めた。
「俺はただ、あの悲劇を絶対に、確実に、明確に、的確に、忘れないだけですよ」
 俺は、しっかりと先を見据えて言った。




 その後、俺は加持さんと共に、海外のネルフ支部にゼーレ攻略の応援を求めた。それまで激しく批判していた彼らは掌を返して俺たちにすり寄ってきた。どこもかしくも、一人残らず弱虫だと、俺は思った。俺はそれによってさらに軍事力を大きくし、金銭的問題も皆無となった。エヴァがあと3体作れるほどの金が、俺にはあった。




 あの会見は、ネルフの司令ならば、はっきりとした信念と目的を持ち、強い態度で臨むべきだという加持さんの言葉により、俺はいつもの口調で話した。とても14歳の少年の会見には見えない。テレビも、盛大にこのことを報じた。加持さんが、俺の指示で、シンジ君はあんな会見をしたんだ、と言うと、必要な演出として、ネルフ職員らは納得した。それと同時に、俺が彼らをも憎んでいることに、うっすらながら気づいたはずだ。俺は、逆に不安になった。こんなに人の命令をはいはいと聞く弱虫たちばかりだとは……。俺は、多少なり反抗があるだろうと見込んでいたが、期待はずれだった。いや、確かにクーデターはあったが、冬月コウゾウのクーデターは、多少にも及ばないほどのあまりにも小規模なものだった。




 残念だが、俺の身体の中には、碇ゲンドウの血が流れている。だから俺はバカだし、弱虫だし、クズだ。否定のしようがない。
 誰しも必ずいいところを1つは持っている、というのは嘘だ。そんなのは、良いところがない、自分に都合のいい嘘に縋ることでしか、安心できない雑魚の思考だ。碇ゲンドウには、良いところなんて皆無だった。イコール、俺にもいいところはない。碇ゲンドウが唯一立派だったのは、自分の目的を最後まで貫き通したことだ。つまり、そういうことだ。
 俺は、ゼーレ攻撃の前夜、そんなことを考えた。




 あの日―――アスカが殺された日だが―――、俺はアスカの公開処刑所にいた。俺は行くなと止められたが、無理に連れて行ってもらった。そう、アスカは、公開処刑されたのだ。革命を起こされた王政のように。公開処刑所は、意外と広かった。中央の断頭台に向かって、観客席は並んでいた。俺たちは、何故断頭台なんかを使うのか、分からなかった。しかし、そんなのは問題ではなかった。いかにしてアスカを救い出すか。それだけが問題であった。断頭台には、既に白い服を着た細い女が固定されていて、俺たちは一人残らずそれがアスカだと思った。女の顔には白い布が被せてあって、その女がアスカだと判断するには、垂れ下がる髪の毛しか判断材料はなかった。そしてその断頭台は、透明な強化ガラスで四方八方を囲まれ、それは小さな部屋を作っていた。それは、血が観客まで飛び散らないようにするためと、俺たちのようなことをさせないためだ。
 俺はたちは最前列に座った。一所に固まらず、あちらこちらに散らばった。俺は、加持さんと一緒にいた。処刑場には、加持さんの先鋭の6人プラス俺の7人の一チームのみ入った。怪しまれないためには、そこまでチーム数を削減しなければならなかった。その他は、処刑場の周りにいて、いつでも突入できるようになっていた。最前列には、おそらくアスカにあのとき殺された者たちや、その家族がいて、映画を待つ子供のように、今か今かと落ち着かない様子だった。俺は感情を抑え、アスカ救出のみを考えた。
 電動の断頭台は、いよいよ動きだそうとしていた。そこで俺たちは行動を起こした。照明が落ちると、バックに入れておいた黒い服、それから黒いマスクを被った。俺はそのとき、執行人が、何度も断頭台のボタンを押しているのを見た。しかし、断頭台は、動かない。MAGIの力だ。処刑場の電気を、全てストップさせた。俺と加持さん以外の仲間も断頭台前に飛び出し、小型爆弾を使い、強化ガラスを破壊した。悲鳴が、響いた。俺はそこで、外の仲間に連絡を入れた。警備員は何発も発砲し、一人が撃たれた。断頭台に固定されていた女をそこから出すと、タイミングよく、天井が開いた。上を見上げると、ネルフが押収し、改造した、JAがいた。それには、綾波レイが乗っていた。JAの差し出した手に俺たちは乗り、外へ出ると、ヘリに乗り込んだ。
「アスカ……良かった……」俺が言うと、女は、その白い布をめくり、正体を現した。そいつは、アスカじゃなかった。俺は布がめくられた先に、あの、綺麗な顔が出てきてくれると信じて疑わなかったから、実際に出てきた顔に、がっかりし、ショックを受けた。女は、どこからか出した銃で俺を撃とうとしたが、加持さんが俺を突き飛ばし、俺には当たらず、その先にいた仲間に、銃弾は、当たった。俺はハッチを開き、それを見た加持さんが、女をそこから突き落とした。女は、叫び声をあげながら、誰も知らないような森に堕ちていった。俺は、絶望した。
 本物のアスカは、どこにいるんだ?まさか、もう殺されているんじゃ……。それより、なんで僕は、あんな女をアスカと思ってしまったんだ?あの女は、アスカの足元にも及ばないほど醜かった。思わず、目を逸らしたくなるような、醜さだった。
 そこで、処刑場の外にいた、ミサトさんから連絡が入った。
『アスカ発見』
「それはどこだ?すぐ行く」加持さんがマイクを持って言った。
 俺の中に、微かな希望が生まれた。
 今度こそ、助け出してやる。
『もう、だめよ、間に合わない……、クソッ!』
 ボウ、ボウという音が聞こえたのは、きっとミサトさんがアスカの元へ走った時の音だろう。次に、ミサトさんの叫び声が聞こえた。うおぉぉぉぉぉ!という声だ。次は、銃声だ。ミサトさんが発砲したのだろう。すると、遠くからパン、パンという音がゲリラ豪雨のように激しく鳴った。うっ、という、鈍い声が、聞こえた。加持さんはマイクを握り、しきりに何かを言っている。
「葛城!」加持さんは叫んだ。
『彼女を、解放しなさい!殺すなら……、彼女に命令したわた………』ミサトさんは、息を呑んだ。『いやああああああああああああああああああああああ!』
「葛城!?どうした!?」
『加持君、シンジ君、アスカが……アスカがぁ!私……まだ、2人に何もしてあげてな―――』銃声により、ミサトさんの声はかき消された。バキッっという音を最後に、通信は途絶えた。
 そのときからだ。俺が「アスカ」と言うと、失望するようになったのは。加持さんは泣き、俺も泣いた。俺は、そのときから長い眠りに入ってしまった……。あの女は、別に顔立ちが悪いわけではなかった。しかし、俺があの女を醜いと感じたのは、きっと、みんな弱虫なのだと、悟ってしまったからだ。弱虫の女は、醜い。
 その後、加持さんらはネルフにはかなりの制裁がされると確信していたが、何故かネルフは物理的な攻撃もされなかったし、経済的な制裁も加えられることはなかった。奴らは、まるで何事もなかったかのようにネルフに接した。あんな盛大な罠まで張って、俺たちを解体させようとしていたのにだ。俺は、何が起こっているのか、知る由もなかった。俺はそのとき、暗闇の奥深くでアスカの名前を呟き続けていたのだ。




 12あるゼーレのアジトはどれも、大層な警備が施されていたが、今のネルフの敵ではなかった。ネルフはまず、MAGIを使い、全てのアジトのコンピューターをハックした。ゼーレはこれを防げず、ネルフ軍の侵入を許した。俺は、ドイツの、キール議長がいると思われていたアジトに向かった。俺が到着したころには、既にネルフがそこを占拠していた。俺を、黒服の諜報員が出迎え、キール・ローレンツの元へ連れて行ってくれた。
 キール・ローレンツは、椅子から立つことはできなかった。彼は体を機械で纏い、生きながらえていた。俺の顔を、へんてこな機械越しに見ると、彼は言った。
「お前が、碇の息子か」
「確かにそうですが、俺はお前にお前なんて呼ばれるのは心外だ」
「よく父親に似ている。傲慢で、我儘で、偽善的で、そして、弱虫だ」
「確かにそうですが、俺はお前に弱虫なんて呼ばれるのは心外だ」
「生意気なところもそっくりだ」
「確かにそうですが、俺はお前に生意気なんて呼ばれるのは心外だ」
「こんなことをして、許されると思うのか?」
「許される。お前たちは、フォースインパクトを企んでいた。それだけのことで、お前たちは死ななければならない。悲しいな」
「……お前は、フォースインパクトを起こそうとしているな、碇の息子よ」
「そうだ」
「手助けをしてやろう」
「いらない。お前は、もう、話すな。お前は、お前が生きていた意味を全うした。知りたいか?お前の存在理由を」
 機械人間は、肯いた。
「お前は、俺とアスカをめぐりあわせるために存在したんだよ。人類を導くとか、サードインパクトとか、そんなもんじゃなかったんだ」俺は、失望した。
「そうか……」
「そうだ」
「お前の周りは、弱虫だらけだろう?」
「喋るな」
「いいや。お前の周りには、弱虫ばかりが集まる。それは、お前が弱虫の王だからだ。お前ほどの弱虫はいない」
 俺は、何故か泣き出しそうだった。俺は言い返そうとしたが、言い返せば、俺は崩れ落ちて泣いてしまいそうだった。だから俺は、胸ポケットから銃を出し、機械人間を撃った。すると、俺の眼にはもう、涙の気配はなくなった。
「お前が、弱虫の王だ。生きたいがためにそんな機械なんかに縋って、自分では何もできないくせに、弱虫を従えてなんでもできると勘違いしている。お前は、俺とアスカを出会わせるためだけに存在していたんだ。それを果たしたお前は、何も残らない、クズだ!」
 俺は、死体に暴言を浴びせていた。今までとは比べ物にならないくらいの失望が、俺を蹂躙した。
 俺が、死体のある部屋から出ると、黒服は、他のアジトも無事に占拠し、モノリスの奴らを殺したと、報告した。俺は、ありがとう、と言って、足早にアジトを出た。早くここから出たかった。それは、人を殺したからではない。それ以外の何かが、俺をそうさせた。




 俺は、日本に帰る前に、ネルフドイツ支部へ寄った。俺は、ドイツ支部の司令と少し話し、アスカの使っていた、寮の部屋を見せてもらった。しかし、当たり前なのだが、そこには何もなかった。しかし、懐かしい、アスカの香りが弱々しくそこにいた。アスカは、ここで4歳から一人で生活していたという。俺は、アスカの父親に会ってみたくなった。会って殴り倒してやりたくなった。サードインパクト中に、俺は、アスカの家庭の事情を知った。俺は、そのときから会ったこともない、ドイツ人を恨んでいた。
 アスカの家は、ミュンヘンにあった。のどかな街の端に建っているのが、アスカの家だった。俺が呼び鈴を押すと、俺より少し年齢が高いくらいの女が出てきた。俺はもちろんドイツ語なんて話せないので、加持さんと一緒だ。
「ラングレー氏はいらっしゃいますか?」加持さんが訊いた。
「ええ。でも、今はお昼寝してます」女は、クスクス笑いながら言った。
「起こせ」俺は言ったが、加持さんはその通り通訳してくれなかったのだろう。加持さんがドイツ語で何か言うと、女はハッハッハと笑って、中へ入って行った。
「なんですって?」
「ん?起こしに行ってくれたよ。あの子が、アスカの父親と、新しい母親の間に生まれた子だよ」
「……かった」俺は、小さな声で言った。
「ん?」
「アイツは、醜かった」
 加持さんは、何も言わなかった。
 しばらくすると、金髪の(後頭部が少し禿げていた)、背の高い、髭がだらしなく生えた男が出てきた。俺には最初、こいつがアスカの父親だと思えなかった。新しい母方の親戚だと思った。アスカの要素が、この男にはなかった。
「ラングレーさんですね?」俺が言い、加持さんが訳した。
「はいそうですが、何の用ですか?」彼は言った。
「私は、ネルフの加持と言います。こちらは、ネルフの司令で、元チルドレンの碇です」加持さんが言った。
「……何の用だ」彼はかなり声を低くして言った。
「アスカの父親はどんなハンサムな男か、見てみたかったんです」俺が言った。
「アスカの件は、全てお前たちに委任してある。俺の平和な生活の邪魔をするな」彼は言った。彼からは、アスカの香りがした。同じ洗剤やシャンプーやらを使っているのだろう。
 俺は、それに苛立った。こんなクソ男が、アスカと同じところがあるのが、許せなかった。
「なんて口のきき方だ、クズ野郎。お前のせいで、どれだけアスカが苦しんでいたか!」俺は失望しながら言った。加持さんは、訳した。
「アスカは、ダメな母親のせいでああなってしまったのだ。キョウコは、ダメな人間だった。それに、さっきも言ったが、アスカのことは全てネルフに任せていた。俺はアスカに何もしていない」
 ははん、加持さんは、クズ野郎を言わなかったな。
「何もしていなかったから、アスカを傷つけたんだろ?お前も、弱虫だ!お前は、心が無くなってしまった妻を放っておいて、新しい女に手を付けた!いや、それ以前から、手を付けていたんだろ?!あんな娘がいるんだから!」
 加持さんは、訳した。
「アア、カジサン、モウウソヲヤクサナクテイイヨ」男は言った。「オレハ、ドイツジントニホンジンノハーフトケッコンシタ。ニホンゴ、チョットハナセル。リカイデキル。キミハ、オレヲコロシタイ?」
 俺たちは、少し驚いた。
「いいや。俺とは全く無関係に死んでもらいたい」
「ソレハ、ムリ。オレ、ムスメイル。イマ、シアワセ」
「死んでくれ。お願いします」俺は頭を下げた。心から、そう思った。
「ソレハ、ムリ。オレ、ムスメイル。イマ、シアワセ」彼は、言った。
 俺は、自分より遥かに背の高い、ドイツ人を下から睨んだ。
 ドイツ人は、俺を見下していた。
 こいつの家をエヴァで踏みつけてやろうか。
 長いこと、俺は睨んでいたが、俺は睨むのを止めて言った。
「お前は、アスカが死んで、悲しかったか?」
 俺は、こいつが悲しかったと言ったら、胸にある拳銃を撃とうと思っていた。
「カナシクナイ、ゼンゼン、カナシクナイ」
 俺は、そいつの腹を殴った。言葉にできないような、汚い呻き声があがった。
「お前は、アスカを生むために生まれてきたのに、その後余計なことをした。お前がいつ死ぬか知らないが、俺はそのときを楽しみに待っているよ。お前は、地獄に堕ちる」
 俺は言い、そこから去った。失望は、こんな時でもやってくる。




 俺は、その後、アスカの墓に行った。アスカの墓は、アスカのお母さんの墓のすぐ隣に作られた。そこが、アスカが一番喜ぶと、加持さんが思ったのだ。アスカの死体は、ネルフに送られ、俺が眠っているうちにドイツに埋葬された。加持さんのその判断は、絶対に正しいと思った。俺は、アスカの墓を綺麗にすると、アスカの母親の墓も綺麗にした。見えるのは、十字架だけだが、なんとなくその並んだ二つは親子だと誰しもに思わせた。加持さんは、気を遣ったのだろう、俺の見えるところにいない。
「アスカ」と俺は言った。いつもより、ちょっと強い失望だ。
「寂しいよ……苦しいよ……辛いよ……」
 俺は、分かっていたのだ。俺が弱虫の王であることを。あの機械人間は、俺をおかしくさせた。あいつに、俺が弱虫の王だと言われてから、俺は、何かが変わってしまった。それは、俺にも分からない。何がどう変化しているか知らないが、俺は何だか以前の俺と、今の、アスカの墓に縋る俺は別人のような気がした。大事にしてきたことが、変わってしまったような気がした。俺はもちろん、UNの奴らは憎いし、ネルフの連中も憎い。そして、アスカに会いたい。これは揺るがない。それ以外の、何かが、変わってしまい、俺は不安なのだ。
 弱音を吐いても、アスカは蘇生しない。蘇生、と思って、俺は呟いた。
「愛と、夢の、蘇生」
 アスカが、何度も俺に語りかけてくる言葉だ。だが当然、それが魔法の呪文で、アスカが蘇るなんてことはなかった。墓はいつまで経っても、墓のままだ。俺は、アスカの声を思い出した。「あんたバカァ?ウジウジして男らしくない!もっとシャキッとしなさいよ、シャキッと!」。まるで、墓が喋ってくれたのかと、俺は思った。
 アイツは、母さんの墓の前で、今の俺と同じことを考えていたのだろうか?アイツはいつか、墓の前で蹲って泣いていた。弱虫め……。
「俺は、君と会うんだ。俺は、君の言う、愛と夢の蘇生の意味は、君が蘇生して、俺と会ってくれるっていう意味だと思う。俺は、君を殺した奴らを殺し、神への階段をのぼりながら、君とその先へ行くんだ」
 墓、というものを一番初めに作った人間は誰だろう?エジプトとかの王の側近か?いや、違う。絶対違う。そいつはきっと弱虫で、地面に愛する人が埋まっていて、その場所を忘れてしまうのが怖かったのだろう。愛していた人が眠っている場所を忘れてしまうほどの思いだったのだ。墓なんて、そんなことを曝け出す、恥ずかしいものだ。




 日本に俺が帰ると、ネルフは大騒ぎだった。国連軍が、ネルフに宣戦布告してきたのだった。各国のネルフ支部の司令が、今回のネルフの軍事力拡大は、ゼーレ攻略の為だった、ゼーレはフォースインパクトを企んでいた、と言っても聞かなかった。UNとしては、ネルフなんていう、得体も知れない組織に世界の支配権を脅かされているのだ。強大な軍事力によって。俺たちの計画通りだ。テレビで連日放送される、UNのアメリカ代表の、「ネルフは世界征服を企んでる」、という発言。ここまで、計画通りだった。やはり、加持さんは凄い。
「本当に大丈夫なんですか?」
「ああ。俺を信じろ。攻撃された時のパターンは何回も訓練してある。それに、どこのネルフ支部も、俺たち側に回った。少し金を使ったが、そんなのは屁でもない。これで、UNを返り討ちにすれば、また金が入ってくることだしな。俺たちの、圧倒的有利だ。UNのバカは、自分たちが負けるはずがないと考えているだろうが、とんでもない、俺たちはいつでもUN本部を破壊できるんだ。奴らが空から爆弾を落としてきても、俺たちはその軌道を変えることだってできる。そうだな、もし奴らが落として来たら、軌道をUN本部に向けてやるか」
 加持さんは、笑った。
「日本とアメリカじゃ、かなり遠いですよ」
 俺も、笑った。
「今回も、俺が作戦の立案をするが、いいかい?」
「俺が立てられるはずがないじゃないですか。加持さんは、間違いをしない。俺は、加持さんの判断を信じます」
「そうか。ありがとう、シンジ君。絶対に、成功させよう」
 加持さんは、少し老けた気がする。彼は自分たちに絶対的有利な考えを世界にいくつもあるネルフ支部全てに指示し、また考え、そしてまた指示している。そして、いざ作戦を実行するとなると、彼は、最前線に加わる。2日寝ていない、いや、3日かな、と加持さんは言った。加持さんには、俺と同様の信念があるが、その大きさは、俺のは加持さんのそれに遠く及ばない。もし、弱虫じゃない人間がいるのだとしたら、それはアスカと加持さんだろう。加持さんは、俺の理想だ。




 赤木リツコは、突然俺たちのところへ来た。「碇司令、加持副指令、見せたいものがあります」
「すまないが、後にしてくれ」加持さんは、キーボードを叩きながら、赤木リツコを見ずに言った。
「今、見た方が良いと思うわ」
 俺たちは、顔を見合わせた。もしかしたら彼女は、クーデターを起こそうとしているのかもしれない。UNの宣戦布告に、ネルフ職員が戸惑っていて、降伏したほうが良い、と言っている職員がいるのも確かだ。人と人は、争うべきではない、殺し合うべきではない、と。一方、アスカは、言った。降りかかる火の粉は、払いのけるのが当たり前じゃない、と。弱虫と、アスカ。どちらを信じるなんて、考えるまでもない。アスカと、あの弱虫を比べるのでさえ、俺にはバカバカしく思える。
 加持さんは、行ってみよう、と言った。万が一、彼女が俺たちに襲いかかれば、加持さんがあっさりと赤木リツコを殺すだろう。
 赤木リツコは、俺たちを、ネルフの病棟の、地下深くに、俺たちを連れてきた。いくつもの関係者以外立ち入り禁止という張り紙が張られた扉を開けて進んだ。いくつものロックを、赤木リツコが解除しながら、進んだ。暗さは、どこも変わらない。いつでも暗いのだ。俺たちは、警戒しながら、進んだ。そして、赤木リツコは、立ち止まった。
「ここよ」
 赤木リツコの言う、ここは、今までの廊下よりも、さらに暗かった。誰でも、微妙な恐怖を抱いてしまうような、暗さだ。しっかりと暗いのだけれども、物を見ることは、できる、といった暗さだ。ピッ、ピッ、という機械音が、同じリズムで聞こえた。それと、我々の足音以外、音はなかった。空気は、穢れなく、新鮮なのだが冷たかった。この暗さを作っている電灯は、丸い、白い球を作っていた。そして、そこには、アスカと、ミサトさんが、いた。
 俺たちは、走って彼女たちに駆け寄った。彼女らは、並んだベッドに寝かされており、様々な器具と繋がれていた。俺は、点滴されていないほうの、アスカの手を握った。温かかった。俺の、望んでいたものだった。微かに香る、アスカの香りは、僕の心を、ゆっくりと、優しく溶かした。加持さんも、僕と同じく泣いていた。加持さんは、ミサトさんを抱きしめていた。
「2人は、UNの連中に、薬を飲まされたの。発狂する薬よ。私は、薬によって狂ってしまった2人を、極秘にUNから預かり、ここで治療していたの。そして、最近になって、落ち着いたから、あなたたちを連れてきたの。今は、薬の影響でほとんど動かないけれど」
「どうして、教えてくれなかったんだ?」
 加持さんが、訊いた。
「発狂は、死よりも辛いのよ。そんな2人を、私は、あなたたちに見せるなんてできなかった。ごめんなさい」
 リツコさんは、申し訳なさそうな声で言った。
「なんで、謝るんですか、リツコさん」僕は言った。「ありがとうございます」




 その後、僕はリツコさんに司令の座を譲り、リツコさんは司令にならず、冬月元副司令が、司令となった。そして、副指令には、リツコさんが就いた。冬月司令は、UNと交渉し、ネルフの持っていたお金の50%と、軍事力の80%を削減し、UNに譲り渡した。そうしてネルフは、戦争を逃れた。ネルフは力を失ったが、本格的に赤い海の研究機関となろうとしていた。攻められる恐怖が無くなったネルフの職員は、その2人の行動を讃え、信頼した。当然だな、と僕は思った。
 僕と加持さんというと、ずっと、地下に閉じこもっていた。どうやら、リツコさんは、僕たちは超多忙により、精神的、肉体的休養が必要だと判断した、とネルフ職員に伝えたようだった。確かに、僕はともかく、加持さんは、人間の限界にかなり近かったと思う。加持さんは、ここに来てから丸々1日寝ていた。今もまだ、疲れは残っているようで、一度寝てしまうと、半日はぐっすりと寝た。僕は、アスカがいることで、完全な安心を得た。完全な安心というのは、こういうことなんだ。完全な安心が、僕を弱虫じゃなくしてくれる。
 冬月司令と、リツコさんの2人は、残ったお金を使い、大不況での難民を支援し、積極的平和主義を主張した。各国のネルフ支部も、本部ほどではないが軍事力の放棄をして、本部に続いた。人々は、平和や協力へと歩みだした。それは、大きくマスコミに取り上げられ、ネルフの信頼は高まった。僕は、なんてことを考えていたんだろう?全ての人を弱虫と決めつけて、バカにして、踏みにじった。自分が本当の弱虫だと知っていながら。人を恨んだり、憎んだりなんて、それこそ弱虫のすることだ。そうだ、トウジと、ケンスケと、委員長に謝らなきゃ。あの3人の言っていたことは、正しかった。特に、委員長には、本当にひどいことを言った。許してくれるだろうか―――いや、あんなことを言ったんだ。許してくれるはずがない。僕は最低だ。何も知らなかったのに、知っているふりをして、人を殺した……。でも、いいんだ。アスカがいれば。




「アスカ」
 僕は、そう言っても、失望しなくなった。
「僕は、君が目覚めるのをいつまでも待つよ。君が、愛と夢の蘇生をしてくれるのを」
 そうしたら、また、あの澄んだ未来へ―――。
 僕は、アスカの手を握り、そっと、そう呟いた。


































あとがき(言い訳&謝罪)


 まずは、怪作さま、本当にありがとうございます。
 そして、気分を害された方、本当に申し訳ございません。

 僕が、この作品を書いたのは、村上龍の「愛と幻想のファシズム」を読んだ後です。シンジがこんなに鬼畜になってしまったのは、そのせいです。そういえば、庵野監督も読んだそうですね。
 また、僕は、シンジが自分を俺、と言うのを見たことがあまりありませんでした。EOEのあれと、二次創作で1度見ただけです。一度でいいから、シンジに俺と言わせてみたかったです。(言わせてみたら、違和感だらけでしたが)


ふざけるな。俺は俺だ。俺は全ての人間に潜む碇シンジを誘惑し、引き連れてアスカと会うのだ。仲間はずれなんか作らない。そして、その誘惑に必要なのが、アスカの死だ。これが、これこそが、俺だ。苦痛ばかり味わってきた俺に残されていた微かな、ささやかな光がアスカだったのだ。あのとき、アスカが俺の頬を撫でてくれたときから。それまでは、一方的なアスカへの思いは通じるはずもなかった。なぜなら、いろんなものが激動していたからだ。俺がその思いを自覚したときには、加持さんは死に、綾波レイが死に、アスカは弱っていた。俺は、そんな中アスカへ思いを伝えることなんてできなかった。そしてアスカは、それまで俺を拒絶していた彼女は、俺を受け入れてくれたのだ。光を掴めた………。

 これが、こんな長ったらしく書いた中で最も、書きたかった文でした。あの臆病だったシンジ君に、言わせてみたかったのです。ゲンドウと同じ道を誰の迷惑も顧みずに進むシンジを想像してみました。
 また、シンジが矛盾したことばかり言うのも、やってみたかったことです。多々ありますね。是非シンジとアスカには幸せになってもらいたいのですが、こういう幸せの求め方はしてもらいたくないです。やっぱりLASは、のほほんとした、ほんわかしたものが僕は好きです。じゃあ、そういうのを書け、っていう話なんですけどね(笑)
 今回のタイトルは、その愛と幻想のファシズムと、ミスターチルドレンの蘇生という曲を組み合わせました。2つとも、僕の生活に影響を与えてくれました。
 このお話には続きがあります。ですが、ここまで読んで、読んだことを後悔している方にはおすすめしません。  再び、怪作さま。そしてここまで読んでいただいた方。本当に、ありがとうございます。




2014/04/19 終人.