水郡線 こいのぼり紀行

(一九九六年)
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 連休の合間の5月1日は,女房子供が仕事・学校へ行って私は休みという貴重な日である。時刻表をめくりながらいろいろな日帰りコースを考えた末,緑の美しい水郡線を再訪することにした。

 水郡線に乗るのは3度目,最初はもう10年近く前に水戸から郡山まで乗り通した。向かいに座った中年の男性が,歳時記をめくりながら俳句をひねっていたのを思い出す。次は1991年10月,クリストのアンブレラ・プロジェクトを見に常陸太田へ行った。雨にたたられた期間中のわずかな晴れの日で,青い傘が緑に映えていた。この少し後,アンブレラ・プロジェクトは,同時に開催されていた米国での展示で事故が起こり,途中で中止になった。まさに一期一会だった。 

 今回は,NIFTY-Serve 汽車旅フォーラムで話題になった袋田の滝を訪ねてみることにし,朝8:00上野発のスーパーひたちに乗った。7:00すぎに某駅で買った指定券は先頭車の前の方で,8割ぐらいの乗車率だった。 検札の時,後ろの席から,「あのー,この席の切符がダブってるんですけど」 「えっ? あ,これ明日の切符ですよ」というようなやり取りが聞こえてきた。

 水戸までは,最速のスーパーひたちなら1時間5分のところ,1時間19分かかった。松戸まで20分というのは,普通電車(上野発)とほぼ同じである。天気は薄曇り,途中利根川の河川敷などで,一面の菜の花が見られた。

 すぐに水郡線の快速に乗り換え,9時24分発。4両もつながっていた。分岐駅の上菅谷まで無停車で快走する。2両の常陸太田行きを横目で見て上菅谷を出ると,間に雑木林が割って入るようにして分岐する。その後も,常磐線の沿線などと違って,林がかなりたくさんあった。

 静(シズ)を過ぎると起伏が多くなる。新芽の明るい緑と,常緑樹の濃い緑が綾をなす林をいくつも抜ける。水田にはもう水がはってあるところも多く,田植えも近いようだ。そして,この季節を彩るのはこいのぼり。7つも8つもつながったのが,文字通り「屋根より高」く泳いでいる。あとは山桜のピンクと菜の花の黄色が配され,絵巻物を見るような華やかさがある。

 新しそうな木の駅舎のある玉川村を過ぎ,遅い桜の咲く山方宿では上りと交換した。中舟生(ナカフニュウ)を出ると久慈川がすぐ右手に迫ってくる。西金(サイガネ)あたりからは茶畑も多い。 

 10時25分,袋田で下車。ホームの向かい側には,紫色がかった濃いピンクの桃(?)の花があでやかに咲いていた。袋田の滝へは3kmあまりで,タクシーしかないかと思っていたが,駅に貸し自転車の案内が出ているのを見つけた。キオスクの店員を兼ねた女性の委託駅員さんに声をかけたら,どうぞこちらへとホームに案内され,自転車をホームに出してくれた。自転車で改札口を出るのは初めての経験だった。

 自転車には付近の地図もついていて,迷わず滝の入口に到着。滝へは 100円払ってトンネルを歩いていく。滝は4段になっていて,間近から滝を見上げるようになっているので全体の姿がよくわからないが,さすがにスケールが大きい。ただし,コンクリートで固めたように見えたのが意外。

 さて,帰り道,近くの旅館街に新築のひときわ大きいホテルがあって,「入浴歓迎 千円」と書いてある。私は熱心に温泉を探訪する方ではないが,この日はなんとなく心引かれて風呂へ。新しい檜の露天風呂で山の緑を眺める。

 行きには「地粉の手打ちそば」の看板が気になっていたのだが,時間がなくなってしまい,急いで駅へ戻る。

 12時3分袋田発,6分で常陸大子着。この列車はここで終点なので下車し,手早く食べられる昼食を探したが,適当な店がなく,立ち食いそばでとりあえずすませる。

 12時45分発の郡山行きに乗車。2つめの駅から福島県に入るが分水嶺ではなく,列車のパートナーはなおも久慈川である。しかし,少しうとうとしている間に景色が変わってやや広い平野となった。このあたりは,まだ田植えが近いという感じではなかったが,こいのぼりの威勢がいいのは茨城県と同様である。

 水郡線は,常陸大子が駅の数ではほぼ真ん中だが,距離では水戸から4割,したがって駅間距離がだいぶ違う。

 途中でいちばん大きい駅磐城石川では,温泉客がかなり乗り降りした。駅の大きな看板に「日本三大鉱物産地(水晶,石英,長石など)」とある。「など」という書き方からして,「三大」は「産地」にかかるらしい。前にこの部屋で「世界三大舟歌」の話があったのを思い出した。ほかに,「自由民権運動発祥の地」と書いてあった。

 やがて阿武隈川が姿を見せる。久慈川よりだいぶゆったりとした流れだ。「川辺沖」という駅がある。「沖」というと海を思い浮かべるが,もちろん海はない。あとで調べたら,海・川などの岸のそばが「辺(ヘ)」,離れたところが「沖」だという。しかし,この駅は「辺」と「沖」が同居している。
 安積永盛で東北本線に入り,14時33分,終着郡山着。

 このあと,磐越東線に乗ることも考えたのだが,雨が降ってきたので(乗っているだけなら関係ないのだけれど),またの機会ということにする。駅の中で,こんどはビールつきの2度目の昼食をとり,やまびこで帰京した。かなりの雨がずっと降っていた。

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