知財法あれこれ

存続期間延長登録された特許権の効力についてUーーH29・1・20知財高裁大合議判決ーー  (2017年3月24日公開

【概要】

 1 平成29年1月20日知財高裁大合議判決(平成28年(ネ)第10046号、以下「本件大合議判決」という。)がなされた。
  本件大合議判決は、アバスチン事件最高裁判決(最判平271117)及びその原審である平成21年5月29日知財高裁大合議判決傍論の延長上の判断をしたものであり、東京地裁平成28年12月2日判決(平成27年(ワ)第12415号)が採用する実質同一の該当性について、均等論の5要件を準用することは相当ではない、とするものである。

2 
実質同一物への拡張論検討の際に考慮すべき基本的視点
  特許制度は、発明奨励による産業の発達に寄与するために、本来、営業の自由に基づく営業活動に対し、これを所定期間(出願から20年)一定限度で制限する制度として人為的に創設されたものである。このような特許制度のもとにおいて、5年を限度に特許権の効力を延長する延長登録制度は、出願から20年経過すると消滅するという特許権の例外規定として、通常の特許権による営業の自由の制限をさらに継続するものであるという視点が必要である。


3 検討の結論

  法68条の2は、特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力について、政令処分対象物以外の物についての実施行為には、効力が及ばないことを明確に規定している。

この「政令処分対象物」について、延長登録された特許権の効力が及ぶのは、政令処分対象物について政令処分を受けることが必要であったために特許発明を実施することができなかった特許権者を救済する目的である。これが法68条の2の規定の存在理由である。そうすると、政令処分対象物以外の医薬品は、例え政令処分対象物と実質同一であると評価するにしても、政令処分対象製物ではないから、この実質同一物についての実施の行為にまで延長された特許権の効力を及ぼすべきであるとする合理的論拠は、特許権の延長登録制度の趣旨からは得られない。この点について、本件大合議判決は、特許権の延長登録制度の趣旨から実質同一物までに拡張する必要があるとするが、説明になっていない。
延長登録された特許権の効力は、政令処分対象物についての特許発明の実施に限定され、これを超えるものではなく、政令処分対象物と実質同一であると評価してこの効力を拡張することはできないと解する。
本件大合議判決は、結論において正当であるが、その論理は誤りであると言うべきである。


複数医薬の組合せからなる医薬特許(いわゆる併用医薬特許)の間接侵害――ピオグリタゾン事件――
(2016年12月19日公開  2017/3/21 概要部分の誤記訂正)

『現代知的財産法 実務と課題』飯村敏明先生退官記念論文集(発明推進協会)所収

【概要】

1 物の発明か

複数医薬の組合せで特定された発明、すなわち、「A医薬とB医薬を組み合わせてなる医薬」という発明について分析すると、次の3つのものからなることがわかる。
 @ A医薬とB医薬とが配合剤などとして物理的に存在する組合せ医薬(配合剤)
 A 単剤としてのA医薬とB医薬とが同時に服用すべきものとして組み合わされている医薬(同時2剤)
 B 
A医薬とB医薬とが時間をおいて服用すべきものとして組み合わされている医薬(異時2剤)

Bの異時2剤は、A医薬とB医薬とを所定の時間をおいて服用することにより治療効果が得られるとの医学的知見に基づく。このような医薬の組合せの処方は、医師等により施術されるべき治療方法そのものである。つまり、既存のA医薬とB医薬との組合せ(異時2剤)では、両既存医薬間の関係性を「意味づけ」るという技術思想のみが存在し、その技術思想を実現するための新規な具体的な医薬が存在するわけではない。

そうすると、Aの同時に服用すべき医薬としてのA医薬とB医薬を同時に服用すること、つまり同時に服用するために処方したりこれに基づいて2剤を用意したりすること(薬剤師が医師等の処方せんに基づき両者を一つの薬袋に入れること(同袋))は、やはり、両単剤の関係性を意味づける医行為又は調剤に他ならず、同時に服用すべき一つの物として観念される医薬は存在しない。

これに対して、A医薬とB医薬とを同時に服用することにより所望の治療効果を上げることができるという医学上の知見に基づく治療方法に適用するために、@のA医薬とB医薬が配合された医薬(配合剤)は、具体的な配合剤という物としての医薬が存在するから、物の発明たり得る。

2 複数医薬の組合せからなる医薬の生産

大阪地裁判決(大阪地判平24927。「物の生産」というために、加工、修理、組立て等の行為態様に限定はないものの、供給を受けた物を素材として、これに何らかの手を加えることが必要であり、素材の本来の用途に従って使用するにすぎない行為は「物の生産」に含まれないものと解される、と判示した。)は、物の発明として物理的に作出される前記@の配合剤のような医薬をもって技術的範囲であると解することに基づいていると解すべきである。原告が主張したのは、ピオグリタゾン錠の前記Aの同時2剤またはBの異時2剤の態様であって、@の配合剤のような物理的に医薬を作出するものではない。

3 課題の解決に不可欠なもの

本件各発明の課題を解決するものとして開示した部分は、前記A(同時2剤)及びB(異時2剤)の「特定の組合せ」であり、その組み合わせによって所望の治療効果を得ることができるという医学的知見が本質的部分である。そうすると、前記A(同時2剤)及びB(異時2剤)は、本件各特許発明の物ではあり得ず、「その物の生産に用いる物」という規定の「その物」が観念できないことになる(前記大阪地裁判決参照)。そのため、組み合わせるべき各医薬品は「その物」を生産するために用いる物ではなく、不可欠要件の前提を欠く。

東京地裁判決(東京地判平25228)は、「本件各発明が、個々の薬剤の単独使用における従来技術の問題点を解決するための方法として新たに開示したのは、ピオグリタゾンと本件各併用薬との特定の組合せであると認められる。そうすると、ピオグリタゾン製剤である被告ら各製剤は、それ自体では、従来技術の問題点を解決するための方法として、本件各発明が新たに開示する、従来技術に見られない特徴的技術手段について、当該手段を特徴付けている特有の構成ないし成分を直接もたらすものに当たるということはできないから、本件各発明の課題の解決に不可欠なものであるとは認められない。」と判示した。この判示は、前記のような「その物」からのアプローチではないが、課題解決手段を「特定の組合せ」と解して、不可欠ではないと判示しており、大阪地裁判決と根本的なところは一致しているものと解される。


発明物を加工することによる構成要件の消失(2016年11月28日公開)

【概要】 <参考判例> 知財高判H26・10・30(平成25年(ネ)10112 東京地判H25・11・26(一審))

 特許発明の技術的範囲への属否は、被疑侵害物(方法)が発明の特定事項を構成する構成要件を充足するか否かに基づく(非充足のときさらに均等論の成否が検討される)。
 被疑侵害物(方法)に構成要件とは別の構成が付加されている場合には、通常は当該付加された別の構成は無視してよい(すべての構成要件を充足している以上、他の構成の有無は関係がない)。
 そうだからといって、物の発明において、発明物を加工して得られる物について、発明物に対する単なる付加にすぎないとして、常に無視できるわけではない。このことを、簡略に解説することにする。
 構成の特徴によって特定される発明物が、その後に加工されることによって当該構成の特徴を消失することがある。発明物の特定要件(A+B)を充足する発明物を対象として、さらに工程Cを付加して発明物を加工した製品を生産する場合に、当該発明物を加工した製品の物の構成の特徴がA+Cとなって、構成要件Bが消失することがある。すなわち、工程Cが付加されたから、常に、A+B+Cとなるわけではない。
 対象物の構成の特徴の認定は事実認定として物理的、客観的に存在する特徴をそのまま記述することが必要である。その上で、構成要件の充足性を検討することになる。


職務発明制度に関する基礎的考察(2016年11月21日公開)
 


 『知的財産権 法理と提言 牧野利秋先生傘寿記念論文集』(青林書院)所収

【概要】
<平成27年改正法前の考察ですが、職務発明の基礎的性格について参考になると考えて、掲載します。>

 従業者等が研究開発に従事する際には、使用者等(企業)が蓄積した研究成果、当該技術分野の技術的到達点に関する知識、データ(ネガティブ・データを含む)、市場動向、他社の技術動向など、使用者等の保有する膨大な情報蓄積の下に、技術的課題が定立され、これを解決すべく新たな着想が生じ、その具体化が図られる。この発明創作の過程で得られた技術情報の全ては、原則として使用者に保有されて営業秘密情報として管理されることになるのであって、このような営業秘密の保有者(営業秘密の管理処分権を有する)は、使用者であると解さざるを得ない。それ故に、使用者は当然に法定通常実施権を有する。
 他方、従業者等は、職務発明をした発明者であるとはいえ、その技術情報は営業秘密として使用者の保有に帰し、これを自由に利用したり、処分したりすることはできない。職務発明をした従業者が原始的に取得する特許を受ける権利は、特許法制度における法技術上の要請から規定されたものであり、自然人のみが発明という事実行為を行うことができるとする前提をとって特許制度を構築し、職務発明においてもその構造を変容しないとする政策をとったために、いわばある程度空疎なものとして残存するにすぎないと言わざるを得ない。
 このような空疎な財産権であるという状況下での対価として相当なものである必要があるにすぎない。

参考  産業横断 職務発明制度フォーラム 講演1「職務発明制度に関する基礎的考察」(日本知的財産協会)2012年12月11日
     職務発明制度に関する基礎的考察(講演時のスライド)


延長登録された特許権の効力 判例の紹介と検討 (2016年12月09日公開)

【概要】

1 営業の自由の制限制度として所定期間のみ存続すべき特許権における延長登録制度という例外(営業の自由という大前提)であるとの観点が必要である。

2 特許法68条の2は、「政令で定める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては、当該用途に使用されるその物)についての当該特許発明の実施」にのみ効力が及ぶ旨規定している。医薬の場合に、政令で定める処分の対象となった(当該用途に使用される)物についての当該特許発明の実施は、薬機法(薬事法)14条1項の製造承認の対象となった医薬品についての当該特許発明の実施を意味している。この実施行為以外の実施行為には、延長された特許権の効力は及ばない。

3 薬機法(薬事法)14条1項に基づく製造販売承認の対象となる物は、「名称、成分、分量、用法、用量、効能、効果、副作用その他の品質、有効性及び安全性に関する事項」によって特定された医薬品である。したがって、特許法68条の2が規定する政令で定める処分の対象となった「(当該用途に使用される)物」は、医薬品としての実質同一性に直接関わる事項である「成分(有効成分に限らない。)」、「用法、用量」、「効能、効果」で特定する物(医薬品)に限定されるべきである。

4 延長された特許権の効力が及ぶか否かは、実施対象物が「(当該用途に使用される)物」に該当するか否かによって定まることであり、延長された特許権の効力を「(当該用途に使用される)物」の均等物ないし実質的同一物の実施にまで及ぼすべきであるとする説は、条文上の根拠はなく、第三者の予測可能性を損なうことが明白であるから採用できない。


知財よもやま話】 第6話 弁護士の活動による知財の活性化(2015年6月18日)


トップページ