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しいのみ君は暗闇の中を走っていた。アルコールエンジンは少しずつ切れていった。それと共に総てから解放されたような爽快感は、徐々に何時もの不安と寂しさに変わっていった。
『僕は何をやっているんだ。どうしてこんな無闇に走っているんだろう。それにここはいったい何処だろう。』
一合ドックリの五本目を飲んだことまでは憶えているが、その先が思い出せない。
ようやく立ち止まった所は真っ暗な森の中だった。
『またやっちゃった。お酒を飲むと何時も訳がわかんなくなる。いちごぼっくりやいんげんどじょうはどうしてるかな。ひょっとして僕は迷子になっちゃったのかな。』
湿った冷たい風が頬をなでてゆく。しいのみ君はぶるっと身震いした。
寒さと心細さが心の中に滲み入ってきた。
見上げると、月も星も出ていない真っ黒い空から雨が落ちてきた。
しいのみ君はあてもなく歩き出した。歩いていれば何処かに着くかも知れない。
服がいい加減水気を含んできた頃、しいのみ君は大きな石造りの廃虚のような所に着いた。目の前の暗闇にはほの白く浮かび上がる太古の神殿が広がっていた。
そこはもうとっくに忘れ去られた、いにしえの神の神殿だった。
彼はゆっくりと中に入っていった。
しいのみ君はこの神殿に不思議と恐さを感じなかった。
以前彼のおじいさんが言った言葉を思い出したからだ。
『昔は実にたくさんの神様がいた。多くの神々は忘れ去られ、いま人々と共にある神は少ない。今残っている神々はそれを信仰する人々と似ている。だから残ったのだ。彼等はその言葉とは裏腹に、戦い好きで嫉妬深く、選り好みが激しい。いにしえの神々はもっとやさしく大らかだった。』
今、しいのみ君は神殿のなかで、そのやさしさを感じていた。
彼は奥まったところにある石室に横になった。そしてすぐにやすらかな寝息をたて始めた。

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