いちごぼっくり物語

[その11]

 次の日も朝から快晴だった。先頭を歩いていたいちごぼっくりが「ひと休みしましょうよ。」と言った頃には、太陽は頭のてっぺんで、三人が住んでいた森はもう見えなくなっていた。
 いちごぼっくりが立ち止まったところは、森の中のちょっとした空き地。少し下がったところには水草がいっぱい浮いた沼があった。
 「なんか怖そうな沼だね。」しいのみ君が腰をおろしながら言った。
 「そうかなー。濁りぐあいといい、なかなかいい感じの沼だよ。」そういいながら、いんげんどじょうは沼のふちまで下りて行った。
 「俺、ちょっと泳いでくるよ。」
 「いかにもあんた好みの無気味な沼だわね。あまり長い時間はだめよ。」
 
 ドボン!
 
 水は程よく冷たかった。大きさのわりには深い沼のようだ。いんげんどじょうは水草をかきわけてどんどん底の方に潜って行った。底は泥が厚く沈澱していて、薄暗かった。
 身体を半分泥に埋めて上を見ると、どんよりと濁った水を透かして水面近くを泳ぐ魚の鱗がきらっと光った。
『やっぱりこうしているのが、一番気持ちがいいなあ。』
 
 「あんた見かけないどじょうだね。新顔かい。」
 いきなり後から声がした。驚いて振り向いたが誰もいない。
 少し離れたところに苔だらけの壷が泥の中から首をのぞかせている。その首が少し揺らいだ。
 「驚かなくてもいいよ。壷だって長年月の間には、歩いたりしゃべったりするんだよ。わしはこう見えても備前なんだ。」
 「…はあ…、そうですか。」
 いんげんどじょうは間の抜けた声をだした。
 「ところで上に乗っている石が邪魔で難儀してるんだが、あんたその石動かせないかな。」
 見ればその壷の上には長い石が半分乗っかっている。
 「この石は動かせないけど、石の下の泥をかき出せばなんとかなるかもしれません。」いんげんどじょうはそう言うと泥の下に潜っていった。
 
 ズズズ、という音とともに壷が勢いよく飛び上がった。
 「ありがとうよ。こうして身体を動かすのは何十年ぶりかな。」
 壷はしばらく辺りを泳ぎ回っていたが、やがていんげんどじょうの前にやって来た。
 「まだまだ泳ぎの腕は落ちてないな。年寄りの冷や水なんて言わんでくれよ。わしの知ってる古伊万里の皿なんか空も飛ぶんだぜ。」
 「はあ、皿が飛びますか。」
 「飛ぶ飛ぶ。よく人間どもがUFOだとか騒いでいるのも実は皿なんだよ。」
 「あれは皿ですか。知らなかったなー。」
 「あんたはまだ若い。これから学ぶことも沢山あるだろう。
  『少年老いやすく、学校はお休み』てなこともある。」
 「……。」
 「『時は金物なり』。これはうっかるするとすぐ錆び付くということだがな。」
 「そんなもんですかね。」
 「まあしかし『人間至る所、青い山脈、真っ赤なりんご』だからそう心配することもない。」
「ははあ… ところでおじいさんはどうしてこんな所にいたんですか。」
 
「よく聞いてくれた。これにはふか---くもないが、訳があるんじゃよ。」

 


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