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その日の行程は一日中、沢沿いの下り道だった。
まだ夕暮れには間がある頃、木々の間に平らな草地を見つけたいちごぼっくりは、「今日はここでキャンプを張りましょうよ。」と言った。
始めての設営に思いのほか時間がかかって、夕食が済んだ頃には辺りは真っ暗、木々のざわめきと沢の水音以外聞こえてくるものは無かった。
小さな焚火に照らされたしいのみ君の顔は心細気だ。いんげんどじょうはその横でゴロっと横になって星空を見ていた。
相変わらず元気なのはいちごぼっくりだ。
「まだ寝るには早いし、黙って座っているのもつまらないわ。これから毎晩夕食が済んだら交代でお話をしましょう。今夜はしいのみ君の番。」
しいのみ君は、いきなりのリクエストに口をぽかんと開けてしばらく黙っていたけれど、おもむろに話しはじめた。
「僕のおじいさんから聞いた、『魔法の海綿の話』なんかどうかな。」
パチパチ……、いちごぼっくりが拍手をした。
「魔法の海綿の話」
「魔法の海綿」というのは、緑色の、豆腐ぐらいの大きさの海綿で、そいつを湖に投げ込むと一晩で湖の水をぜんぶ吸い込んでしまう。三つの湖の水を吸い込むともうそれ以上は吸い込まなくなる。それでも大きさと重さは少しも変わらない。水が欲しい時その海綿を絞れば、いつでも絶えることのない水を手に入れることが出来る。
しいのみ君のおじいさんは子供の頃から「魔法の海綿」の話をよく聞かされていた。そして何時かその宝物を手に入れようと考えていた。
おじいさんは若い頃、一匹の白ブタを飼っていた。おじいさんはホワイトホースという名のまるまると太ったそのブタの背に跨がって、よく森の中を散策した。その散策は時には何日にも及び、それはもう散策というより旅のようなものになった。そんなときは途中で見つけた茸や木の実が大切な食料だった。
それはある夏の夜のことだった。おじいさんとホワイトホースは森に入って四度目の夕食をとろうとしていた。思いのほかたくさん採れた茸をフライパンでいためて、バターと塩と胡椒で味付けして、それを茹でたじゃがいもと一緒に食べる。何時もとあまり変わらない夕食だ。もちろん片方の手にはバーボンウイスキー。しかしその夜は何時も通りにはいかなかった。酒が進むにつれて、まわりの景色がだんだんと極彩色になってきたり、得体の知れない音楽が鳴り響いてきたり、最後には自分の身体が森の木のてっぺんまで持ち上げられいきなり落下し、それから意識を失った。ようするに二人は幻覚茸を食べてしまったのだ。
気がついた時おじいさんとホワイトホースは、身体中痣だらけになって夕暮れの谷底を彷徨い歩いていた。いったいどのくらい歩いていたのかも、今いる所がどの辺かも見当がつかなかった。二人は疲れ果てていた。特にホワイトホースはもう体力の限界に達していた。
その時、暮れかかった夕闇の遠く先にかすかに灯りが見えた。二人はその灯りを目指して最後の力を振り絞った。着いた所は洞窟の前。どうやら灯りはその中から来るらしい。ホワイトホースは洞窟に着いた頃は息も絶え絶えだった。
その洞窟は入口こそ小さかったが、奥は広々とした部屋になっていた。
そしてそこには身体に苔の生えた、見上げるばかりの大男が座っていたのだ。真っ赤な髪と大きな口はちょっと怖かったけれど、金色の大きな目はやさしそうだった。
大男は大あくびをした後、眠そうな声で言った。「おまえ達は俺を起こしてしまったね。おれはこう見えても音には敏感なんだ。おまえ達はどうしてこんなところに来たんだね。」
そこでおじいさんは起こした事を詫びると共に、ここに来たいきさつを話した。
大男はどうでもいいやという顔で聞いていたが、「うう、腹がへった。おれは目が覚めると何時も腹が減るんだ。どうだいそのブタを俺にくれないかなー。」と言った。
おじいさんはホワイトホースの顔を見ながら思った。『こいつは苔がこんなに生える位寝てたんだな。しかし困った事になったなー。』
ぼんやりと視線を移したおじいさんは、その時始めて奥のたなに置かれた物に気がついた。
それは間違いなくあの魔法の海綿だった。
おじいさんが魔法の海綿に気付いたのと目の前のホワイトホースがどっと倒れたのはほぼ同時だった。
大男がやさしく言った。「丁度寿命が尽きたんだ。俺が食えば供養にもなる。」
それから大男は巨大な焚火でブタの丸焼きを作り、美味しそうに食べた。
おじいさんも勧められたが断ったので、大男はオートミールを作ってくれた。
そのオートミールはとても美味しかったそうだ。
食事が済むと大男はまた大あくびを一つするとおじいさんに言った。
「さて俺はこれからまた幾晩も寝ることになる。おまえは明日、朝日の登る方向に何処までも歩いて行けば帰ることができる。ところでブタのお礼におまえに何かあげよう。欲しいものはあるかい。」
気前のいい大男だった。おじいさんが魔法の海綿を指差すと、黙って差し出してくれた。
翌朝、大男の大いびきに送られておじいさんは帰路につき、六日目に無事家についた。」
おしまい
「家に帰ったおじいさんは鬚ぼうぼうで、まる十日間寝てたそうだよ。」
しばらくしていちごぼっくりが言った。
「へー。それでその魔法の海綿ってやつを今あんたが持っていると言う訳ね。」
「ううん、僕は持ってないよ。」
「それじゃ、その海綿はどうしたのよ。」
「おじいさんが帰ってから何年か経った後、村に大日でりがあって湖の水が涸れてしまったんだ。その時おじいさんは海綿を湖に投げ込んだ。その湖はあっという間に満々と水をたたえたそうだよ。」
「そうすると、湖の底にはまだそのお宝海綿が眠っているのね。
どうやら私達の旅の目的が一つ増えたようね。その海綿を手に入れれば私達大金持ちよ。」
いちごぼっくりは目を細めてつぶやいた。
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