「書物と詩歌の手帖」の残り物―村里社
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福島・下郷 2007年5月3日 ![]() |
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大内宿の後は「塔のへつり」へ。ゴツゴツした岩肌もなかなかの奇観でしたが、それよりも吊橋まで降りる途中にあるゴチャゴチャしたおみやげ物やさんの垢抜けない風情が、まるで中国に来たかのような非日常的錯覚を感じさせてくれてよろしいものでした。ちなみに、吊橋を渡るとこのような風景になります。 |
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福島・下郷 2007年5月3日 ![]() |
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東武線と会津鉄道に4時間揺られ、湯野上温泉駅からはタクシーに乗って、南会津の大内宿に行きました。連休のお休みということもあって大内宿への道は大混雑、中もご覧のようにかなりの混雑。それでもこどもの日前でしたので、五月の光の中を泳ぐ屋根より高い鯉のぼりがきれいでした。大内宿の中の鯉のぼりは風を待ちつつひと休み中です。 |
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上海・中山北路 2007年3月26日 ![]() |
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錦江之星華師大店の部屋から中山北路をとりました、右側のバスは754路、左側のバスは765路と67路です。華師大付近に宿を取ることが多いのでいずれも常用路線中の常用路線、なのですが、前回(2006年夏)の上海行の際には帰路乗車した超満員の67路車がヨロヨロと歩道に乗り上げ車ごと蘇州河の濁流に転落しそうになるという恐怖体験をしたりもしました。 |
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上海・南碼頭路 2007年3月26日 ![]() |
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浦東側、南碼頭路の渡し船発着所です。「南碼頭路輪渡站」はバス発着スペースを挟んで南南線・南陸線それぞれ別々にありますが、こちらは南陸線の方になります。渡し船はあまりに地元密着型なのでデジカメで写真を撮る勇気はありませんでしたが、南陸線上からこっそり携帯で船の外を撮ってみました。・・・写りはいまいち。 |
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上海・南江路 2007年3月26日 ![]() |
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ごくごく短い上海行き、ほとんど時間がなかったのですが予備の時間で博覧会会場予定地のあたりを散策し、南南線と南陸線の二つの渡し船に乗ってきました。こちらは浦西側南江路の渡し船発着所です。地元の人が自転車やオートバイでドヤドヤと乗りこむ観光路線とはほど遠い渡し船ですが、船からの眺めはなかなかのものでした。穴場です。 |
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新潟・小出 2006年12月26日 ![]() |
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小出駅から市の中心街に行く途中、魚野川にかかる小出橋より南に向かって撮りました。実は今回の旅行の最大の目的は浅井十三郎の詩と詩人社があった場所を中心に旧広神村(の旧広瀬村)を散策することが目的だったのですが、準備不足で発行所の場所は特定できず、ただの「楽しいお散歩」で終わりました。至るところ水の流れる風景はきれいでしたが。 |
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福島・只見駅 2006年12月27日 ![]() |
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只見駅16時20分発の小出行きです。すでに日も暮れかけてきました。ちなみに、只見ではあまり時間がとれませんでしたが、なにはともあれここには行きました。行きはタクシーで5分、帰りはこのようなところを歩いて30分。風が強く傘がさせなかったので難儀しました、それでも雪が積もっていないだけよかったというべきでしょう。 |
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福島・只見駅 2006年12月27日 ![]() |
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只見に行ってきました。駅は雪囲いも終えて冬への準備万端!といった感じでしたが、まだ雪は全く積もっていませんでした。昨年はこの時期2メートルも積もっていたそうですが・・・(タクシー運転手のおじさん談)。この日も雨がポツポツ風がビュービューという天気で、雪の気配はかけらもありませんでした。 |
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上海・凱旋北路 2006年9月2日 ![]() |
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2001年明珠線開業とともに延伸された凱旋北路、盤湾里の南、蘇州河を渡る橋からの風景です。このあたりは上海を代表する「棚戸区」の一つで最近は再開発による取り壊しが進みましたがそれでもまだ往年の名残が残っています。このような風景ももうすぐ見られなくなってしまうのでしょうか。 |
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上海・上海西駅 2006年8月28日 ![]() |
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新南站の開設に際して旅客営業を停止した上海西站です。現在は桃浦地区の切符売り場としてのみ使われています。私が留学していた2001年にはまだ旧型客車の普快連雲港行始発列車があり、5.5元という安さに惹かれて一度ここから蘇州までいったりしたのですが、結局ここから長距離列車には乗らずじまいでした。 |
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上海・上海南駅 2006年8月30日 ![]() |
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新しい上海南站の南口です。改築によって以前の仮住まいのような建物とはうってかわった近代的な駅舎に生まれ変わりました。地鉄3号線との乗り換えも改善されています。が、その一方で嘉興方面行きのローカル列車は減便されてしまっているようです。 |
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上海・石化 2006年8月31日 ![]() |
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石化の海浜浴場です。以前2002年春に来たときは濁流が滔々と流れていたように記憶しているのですが(夏ではなかったかのでそういう印象だったのかもしれませんが)、今は綺麗に砂浜に整備されていました。ただ何となく砂の色も怪しげで海らしい感じがしませんが。帰りは拓林経由で南橋に出たのですが、その途中の海岸風景がよかったので今度はそちらに行こうと思います。 |
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上海・金衛東駅 2006年8月31日 ![]() |
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石化汽車站の隣にある金山県唯一の旅客駅(だった)、金衛東站です。旧上海南駅が改修のため封鎖されるのと同時期に金山線を走るローカル列車が廃止されてしまったため(2002年9月28日廃止)、今は旅客駅としては使われていません。この金衛東行きの列車には一度しか乗っていませんがのんびりしてすごくいい雰囲気だっただけに残念。 |
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上海・松浦大橋 2006年8月31日 ![]() |
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石化(金山衛)に行く途中のバスからこっそり松浦大橋の様子を写しました。黄浦江を渡る橋はいくつかありますが、一番好きなのはこの松浦大橋。坂を登っていく感じが何ともいえません(旧型のバスだとなおいい感じです)。いつかここでバスを降りてみたいと思っているのですが、今一歩踏ん切りがつきません・・・。 |
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東京・若洲 2006年8月13日 ![]() |
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新木場から南に向かって歩くこと数十分、東京へリポートを越えた先にある若洲海浜公園まで行きました。写真はその途上、若洲橋から見た東京湾大華火祭の花火です。オンマウスの写真は左手奥がお台場、真ん中から右手奥が花火が上がる晴海、中央区の方面になるでしょうか。遠くに見える花火もまた一興でした。 |
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岐阜・米原駅 2005年12月27日 ![]() |
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京都と大阪に行ってきました。行きは大垣夜行のため実質2泊2日という強行軍、というわけで(予定通りですが)ほとんど本屋さんのみしか回れませんでした。写真は「ながら91号」から各駅停車に乗り継いでたどり着いた米原駅、早朝6時50分頃です。東京では雪を見ていなかったので関ヶ原から米原にかけての積雪には本当に驚きました。 |
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千葉・成田駅 2005年9月6日 ![]() |
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上海からの帰り道、成田駅で撮りました。エメラルドグリーンの103系です。生まれてからずっと成田線・常磐線沿線で育ったので、まず乗る電車はこの緑色の電車。特に高校から大学院までは15年近く毎日のようにこの電車に乗って通っていました。同じ形式の電車にこれだけ乗ることはもう一生ないでしょう。このキュートなお顔とも、とうとう2006年3月でお別れです。この日がこんなに早く来るとは数年前まで夢にも思いませんでした。 |
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上海・魯迅公園 2005年9月5日 ![]() |
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魯迅公園、四川北路側の入口を入ってすぐのところです。この日は晴れたり日が翳ったりを繰り返す天気でしたが、日差しがでると木漏れ日が綺麗でした。暑い日差しをよけてベンチに寝ころんだら気持ちよさそうですが、物取りも多く見廻りの警備員さん(寝ていると注意されます!)も来るので気は抜けません。 |
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上海・華東師範 大学 2005年8月27日 ![]() |
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今回も上海では以前留学していた華東師範大学内に泊まりました。2002年に新しい留学生寮ができましたが古い寮も健在。写真はその旧留学生寮、昔自分が住んでいた部屋のあたりから、南側、蘇州河(見えませんが)・紫金苑(手前左に見える微妙な色の建物)方面を撮りました。写真奥の方の高層ビル、来るたびごとに増えている気がします。オンマウスで夜の写真になります。 |
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上海・南京東路 2005年8月31日 ![]() |
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久しぶりに上海に行ってきました。写真は上海一の繁華街(だったのはすでに過去の話かもしれませんが)南京東路、福建中路口のあたりから西蔵中路の方向を撮ったものです。時間はちょうど日が暮れきった夜の7時前、8月最後の日ということもあってか若い人も多くにぎわっていました。ネオンのキラキラは相変わらずです。 |