ラストエクスプレス
機種 PC ステージ数
発売元 ブローダーバンド ライフ制
開発元 スモーキングカー・プロダクション 残機制
発売日 1997年3月31日 コンティニュー
定価 パスワード
プレイ人数 1人 難易度選択




解説

 『ラストエクスプレス(The Last Express)』は、1997年にPCで発売されたミステリー・アドベンチャーゲームだ。1914年、第一次世界大戦直前のオリエント急行を舞台に、謎と陰謀に満ちた冒険が繰り広げられる。本作を手がけたのは、名作『プリンス・オブ・ペルシャ』と『カラテカ』の作者として有名なジョーダン・メックナーだ。
 5年の歳月と、600万ドルの予算を費やした『ラストエクスプレス』は、まさにメックナー渾身の超大作であり、間違いなくアドベンチャーゲーム史上最高の作品のひとつだ。だが、商業的にはゲーム史上最大の失敗といわれており、その豪華にして革新的な内容にもかかわらず、本作はほとんど知られることのない究極のカルト傑作である。


 ジョーダン・メックナーと、『プリンス・オブ・ペルシャ』時代からの盟友トミー・ピアース(残念ながら、ピアースは2010年に56歳の若さで亡くなった)が手がけた『ラストエクスプレス』のストーリーは、サスペンスあり、ラブロマンスあり、アクションありと、胸躍る要素が詰まった極上のスリラーだ。第一次世界大戦直前の緊迫した国際情勢や政治的陰謀もリアルに描かれ、物語に深みを与えている。
  主人公は、若きアメリカ人医師ロバート・キャスだ。物語は、キャスがパリ発コンスタンティノープル行きのオリエント急行に乗り込むところから始まる。キャスは旧友とこの列車で落ち合うことになっていたが、客室に向かうと、彼はすでに何者かに殺されていた。
 アルフレッド・ヒッチコックの『バルカン超特急』や、アガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』さながらに、疾走する列車を舞台に展開される密室劇で、ドイツの武器商人、イギリスのスパイ、ロシアの革命家など、乗客乗員30人以上の思惑が複雑に絡み合う。また、ファイアーバード(火の鳥)と呼ばれる謎の像も登場し、このあたりの財宝の争奪戦は、ダシール・ハメットの『マルタの鷹』や、はたまた映画『インディ・ジョーンズ』シリーズをほうふつとさせる。
 本作以前のメックナーの代表作『プリンス・オブ・ペルシャ』と『カラテカ』は、いずれも横スクロールのアクションゲームだったが、敵側や捕らわれのヒロインの様子を三人称視点で描くなど、映画的な演出を取り入れていた。もともと映画の脚本家志望だったメックナーが、これら80年代の作品の時点から、ゲームにおけるストーリーテリングに重きを置いていたことを考えれば、彼が満を持してアドベンチャーゲームの『ラストエクスプレス』制作に向かったのは自然な流れといえるだろう。


 『ラストエクスプレス』の基本システムは、『MYST』のような一人称視点のポイント&クリック式アドベンチャーだが、本作の画期的な点は、全編がほぼ完全なリアルタイムで進行することだ。プレイヤーが何もしなくても、ゲーム内の時間は刻々と経過していく。そして、列車は目的地に向かって走り続け、さまざまな騒動が次から次に持ち上がるのだ。
 キャス以外のキャラクターは、現実的なAIとそれぞれの目的を持ち、部屋で休んだり、食事を取ったり、あるいは何か悪巧みをしたりと、勝手に行動する。食堂車や喫煙車に行けば、何組かの乗客がプレイヤーを無視して、四方八方で会話をしている。また、プレイヤーの行動が他のキャラクターの行動に影響を与えることもあり、もしプレイヤーが待ち合わせの場所に現れなければ、自分から客室まで訪ねて来るし、プレイヤーが何か彼らの持ち物を盗めば、探し回ったり誰かに相談したりする。
 台本800ページに及ぶ膨大な量のセリフはフルボイスで再生され、それぞれが母国語で会話する。すべてのキャラクターは、部屋から部屋へ瞬間移動するようなことはなく、アニメーションで実際に車内を歩き回って移動する。こうした、まさしく「その世界に生きている」ようなキャラクターたちは、今でこそ『スカイリム』などに代表されるオープンワールドゲームでしばしば見られる光景だが、それを1997年の時点で実現していたことは驚きに値する。


 物語も一本道ではなく、プレイヤーの選択によって展開が複雑に変化する。例えば冒頭、旧友の死体を発見する場面で、プレイヤーは死体を寝台に隠すか、窓から投げ捨てるか、2通りの方法を選択できる。寝台に隠した場合、夜になるとベッドメイクに来た乗務員が死体を発見してしまうため、何とかして乗務員を止める必要がある。一方、窓から投げ捨てた場合は、次の駅に到着した時、死体を発見した警察が車内に乗り込んでくるので、どこかに自分の身を隠さなければならない。このように、ゲームの解法はひとつではなく、その順番も固定されていない。1回のプレイですべてのシーンを体験することは不可能なので、アドベンチャーゲームでありながらリプレイ性は高い。
 重要な局面や戦闘シーンで選択を誤ると、殺されたり逮捕されてバッドエンドになってしまう場合もあるが、本作にはユニークな「時間を巻き戻す」機能が導入されている。この機能はバッドエンド時に限らず、ゲーム中いつでも使うことができ、かつ任意のポイントまで時間を巻き戻せるのが特徴だ。5分だけ巻き戻して直前の選択をやり直すこともできるし、章の頭まで一気に巻き戻して、まったく別のルートを試すこともできる。この「時間を巻き戻す」というアイデアは、メックナーが2003年に発表した『プリンス・オブ・ペルシャ 時間の砂』で、よりゲームの核となる要素としてフィーチャーされている。


 『ラストエクスプレス』のアートスタイルは、今日の視点で見ても最高に美しく、また明らかに異彩を放っている。舞台となるオリエント急行は、過去の資料や現存していた車両の取材を通じて、チーク材の内装から真ちゅう製のドアハンドルに至るまで、1914年当時の様子を忠実に3Dで再現している。そしてキャラクターは、アールヌーボーの影響を受けた独創的なロトスコープで作成されている。
 ロトスコープとは、メックナーが『プリンス・オブ・ペルシャ』、『カラテカ』でも使用した、俳優の実写映像をトレースしてアニメーション化する手法だ。『ラストエクスプレス』では、人間の自然な動きや表情とともに、手描き独特の味わいが表現されている。通路の向こうから乗客が歩いてきて、プレイヤーとすれ違いざまにチラッと目を合わせる仕草などは、非常に生々しく、本作を象徴するような瞬間だ。
 ロトスコープはディズニーの『白雪姫』(1937年)でも使用されている古典的な手法だが、非常に手間のかかる作業でもある。『ラストエクスプレス』では、実写映像の撮影だけで22日間を費やし、トレースされたアニメーションの総フレーム数は4万にも及んだ。本作の後、2006年に公開されたフィリップ・K・ディック原作の映画『スキャナー・ダークリー』や、2007年に『J.B.ハロルド』シリーズで有名な鈴木理香が手がけたアドベンチャーゲーム『ウィッシュルーム 天使の記憶』といった作品でも、本作によく似たロトスコープによる表現が用いられている。


 『ラストエクスプレス』を開発するために、ジョーダン・メックナーはスモーキングカー・プロダクションという会社をひとつ立ち上げている。4年間で社員は60人に増え、本作に関わったスタッフは最終的に300人を超えた。当初の予想をはるかに上回る期間と費用をかけて完成した『ラストエクスプレス』は、批評家からもこぞって高い評価を受けた。
 だが、不運なことに発売の数週間前、パブリッシャーであるブローダーバンドの業績悪化によりマーケティングスタッフが一斉に退社し、本作はほとんど宣伝もされずに発売された。さらに翌年、ブローダーバンドは教育ソフトを専門とするザ・ラーニングカンパニーに売却され、『ラストエクスプレス』は1年たたないうちに絶版となった。最終的な売上は、採算ラインに100万本近くも及ばない、わずか10万本にとどまった。スモーキングカー・プロダクションは『ラストエクスプレス』の発売直後、この1作だけで閉鎖され、ほぼ完成していたプレイステーション版も発売中止となった。国内でもゲームバンクからPCで日本語版が発売されたが、ほとんど知られていない。この日本語版では、山寺宏一、井上喜久子、久川綾ら、豪華声優陣による完全日本語吹き替えが実現されていた。
 たった数ヵ月で市場から消えてしまい、長い間「The Greatest Game Never Played(プレイされることのない最高傑作)」と呼ばれた『ラストエクスプレス』だが、2011年以降、DotEmuやGOG.comによるダウンロード版が発売され、PC、iOS、Androidなどで手軽にプレイできるようになった(残念ながら日本語ローカライズはされていない)。また、『ロボコップ』、『トータル・リコール』、『氷の微笑』、『スターシップ・トゥルーパーズ』などで有名な映画監督のポール・バーホーベンが、本作の3D映画化を企画しているという興味深い発言も行っている。『ラストエクスプレス』が、『プリンス・オブ・ペルシャ』のように映画館の大スクリーンに登場する日が来るのかはまだ分からない。だが、発売から実に15年を経た今、改めて本作がジョーダン・メックナーの名声にふさわしい傑作として、正当に評価し直される機会を得ることができたのは確かだ。



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