ポン・ジュノ監督の短篇「シンク&ライズ」ストーリー採録

※以下はビデオ撮りオムニバス「20のアイデンティティ」より、ポン・ジュノ監督「シンク&ライズ」のストーリーを(おれの記憶から)採録したものである。一般の目に触れる機会はなかなか無いと思うので、結末まで記してある。

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漢江の河岸。橋のたもと、コンクリートの堤防にポツンとキオスクのような売店が立っている。そこへみすぼらしい身なりの父娘(おやこ)連れがやって来る。小学校高学年くらいの娘の服には、ところどころ穴があいていて、顔も薄汚れている様子を見ると、かなり貧乏な暮らしをしているようだ。父親が「なんでも好きなものを買いな」と、いささか誇らしげな口調で娘に宣言する。娘は目をキラキラさせて並んでいる駄菓子・スナック類を物色し、そのうちひとつを手にとると父親に見せるが「そんなのダメだ。体に悪い」と、にべもなく。「もっと体にいいものを食え」とカウンターに乗っていた(明らかにスナック菓子より安そうな)「ゆで卵3個入り網袋」を手にとる。これが一番。いくら? ほう。じゃこれ貰うわ。そして、早速、1つの目のゆで卵を取り出すと、やや褐色がかった殻を剥きながら、娘に「父さんの子どもの頃は、ゆで卵をもって川に泳ぎに行ったもんだ。ゆで卵は水に浮くから、泳いで疲れたら浮いてるやつを1個喰って、また泳いで疲れたら……」 そこへ店のおやじ──「ほえる犬は噛まない」の管理人のおじさん、「殺人の追憶」では間抜けな捜査課長を演じたポン・ジュノ作品の常連=ビョン・ヒボン(邊希峰)──が割ってはいる「お客さん、子どもに嘘はいけねえ。卵が浮くはず ないでがしょ」「なに言ってやがる。浮くよ。ゆで卵は浮くんだよ」「またまたぁ〜」「このやろ。気分が悪いな。浮くといったら浮くんだよ。賭けるか。なに賭ける?」「おし。そいじゃ卵が水に浮いたら店のもの好きなだけ差し上げやしょう」「ほんとだな。二言はないな? よし付いて来い」と川面に向かって歩き出す。店のおやじは身を乗り出して「あたしは店番がありやすから。卵が水に浮いたら教えておくんなさいな!」 ● 父親はぷんぷん怒って水際まで来ると、はんぶん剥きかけのゆで卵を手にとると、残りの網袋を娘に「これちょっと持ってろ」と渡して、慎重にねらいを定めてそおっと1つ目のゆで卵を川に放る。ちゃぽん。……浮かんで来ない。 あれ? おかしいな。首をひねりながら娘の持ってる網袋から2コ目のゆで卵を取り出すと、ゆっくりとスローイング。ちゃっぽん。………変化なし。水面には波紋だけ。父親いよいよアセって3コ目、最後のゆで卵を取ろうと娘に近寄る。娘じりじりと後ずさり「あ、あのさあ、お父さん。これは投げないで、食べようよ」「な!? なに言ってやがる。娘のくせに親のことが信用できないのか」「投げちゃったら勿体ないよ」「なに抜かす。よこせ!」「ヤダー!」もみ合いになる。「コラ! あんたら何やってんだ」と店のおやじがびっこをひきながら堤防の斜面を降りてきて仲裁に入る。3人もみあう。 ● あっ! 娘の声に、指差すほうを見ると、川面にゆで卵がぷかぷかと浮いている。はんぶん殻を剥きかけの。直径50cmくらいありそうな巨大なゆで卵が! 唖然とするおやじを尻目に、父娘、手を取りあって大喜び。劇伴>ミュージカル「ヘアー」の「Let The Sunshine In、一気にたかまって。みすぼらしい身なりの父娘、楽しくて仕方がないという満面の笑顔で斜面を駆け上って、キオスクの店頭にある駄菓子・スナックを両手にわっせわっせとかき集めると、そのままアハハハハと大笑いしながら走っていく──まで、以上すべてワンカット。