ゼッタイオンカン |
この世の中にはゼッタイオンカンを持っている人が結構いるらしい。 僕もその中の1人なんだとずーっと思っていた。 でも、それが間違いだと知ったのは大学生のことだ。 僕を除くみんなが持っているのは『絶対音感』なんだという。 世の中の全ての音が音階で聞こえるのだそうだ。 しかし僕のは違う。 僕はありとあらゆるものの温度が分かる『絶対温感』の持ち主なのだ。 僕の朝は自分の体温を確認することから始まる。 そしてそれを毎日ノートにつけている。 この日々の流れを取ることで、多少ではあるけど、今日の体調をチェックすることができる。 これを毎日体温計を使ってやっていたら大変だけど、僕はちょっと自分の体内に気持ちを向けることで簡単に計ることができるのだ。 次に窓を開けて外の気温を確認する。 でも、これはあまり意味のないことだと皆は言う。 同じ15度でも、春の時期の15度と秋の時期の15度とでは体感温度に大きな幅があるからなのだそうだ。春の15度は暖かく感じるが、秋の15度は涼しく感じるという。 こんな言い方をしたのは、僕にはどの時期であろうと15度は15度としてしか感じられないからだ。多分これも『絶対温感』が関係しているんだと思う。 ちょうど15度といえばちょっと暖かいぐらいの陽気だから、僕はだいたい薄手の長袖シャツを着ていることが多い。それは季節を問わずにだ。 例えば20度を超える日が続いて、突然15度に落ちると、普通の人は寒くて厚手の服に身を包むらしい。でも僕は薄手のシャツ。 日々こんな調子だから、割と周りからは変わり者だと思われているらしい。 僕はあまり気にしていないんだけど。 そんなとある休日。 その日も僕はいつもと同じように自分の体温を測り、気温を測る。 「14度か。この気圧だと、日中には26度ぐらいまであがりそうだな。今日は半袖シャツだけでも大丈夫だろう。夏は近いな」 毎日の習慣から、僕は他の要因も感じ取って、1日の気温の変化まで読み取れるようになっていた。ただあくまで気温だけであって、天気は天気予報で確認している。 僕は久しぶりに心躍っていた。大学時代の数少ない友人から飲みに誘われたのだ。 僕は公務員をしている。そんな地味な職場の中でも輪をかけて地味な存在である僕はたびたびその存在を忘れられたかのような扱いを受けている。そのことに対して別に腹が立ったりはしないのだが、やっぱりたまには寂しくなることもある。気温が低いときなどに、暖かみが欲しいのは僕も一緒だから。 そして合コンとやらが始まった。場は和やかに、そして賑やかに進んでいった。 しかし、僕は話の輪にうまく入ることができず、ちびちびとビールの入ったジョッキを傾けていた。そんな僕をこの場に誘ってくれた友人がいたたまれなくなったのか「おい、お前も何かしゃべれよ」と話題を僕の方へとふってくれた。 僕はその期待に答えるべく、勇気を振り絞って話を始めた。 その話が終わる前に友人の1人が「うわっ」と大声を上げる。 その声で皆も一斉に静かになってしまった。 皆の視線がグサグサと刺さってくる。 僕は何かまずいことを言ってしまったのだろうか。 「お前、ごっつい寒い話するなぁ。お前って確か温度が分かるんだろ? ならもう少し場の温度も測れよ」 「場の温度? それって気温のことじゃないの?」 「げっ! やっぱりお前って寒い奴だわ」 「寒い?」 友人の一言で皆も口を揃えて「寒い、寒い」と言い始める。 この居酒屋の室温は18度はあるから、お世辞にも寒いとはいえない。一体、場の温度とはなんなのだろうか。 そのときだった。僕はふいに冷気を感じた。それは僕たちの周り急速に広がっているようだ。やがて冷気は青い靄となって僕の視界にも飛び込んでくる。 それは明らかに自然に起きたものではない。人工的なものだ。そう僕の体の中で温度を感じる能力が訴えてくる。 「こ、これが場の温度ってやつなのか?」 そのときの僕の視線の焦点はあまり定まっていなかったのではないだろうか。かすかに「おいおい」だとか「どうしたんだ」とかの言葉が聞こえている。しかし、僕はそれを聞いてはいなかった。ただ、どんどん下がる場の温度の勢いに飲まれていた。 場の温度は僕が気づく前からどんどん下がっていたのだ。だから僕が気づいたときにはもう遅かった。遅かったというよりも、温度を下げていたのは僕だったらしい。 そして温度はどんどん下がる。皆は平然としているように見えたが、僕は「絶対温感」を持っている。今や僕は場の温度をコンマ単位で感じ取ることができるようになっていた。 そして数分後。水を打ったように静まり返った居酒屋に季節はずれの1体の氷柱ができあがった。 静まり返っていた居酒屋の店内が突然大いに盛り上がった。 「寒いからって、本当に凍りつくなんてすげえよ!」 皆、酒に酔っていたからだろう。妙なことで場が盛り上がってしまったのだ。 この場に関係のない他のお客さんまで一緒になって盛り上がっている。 氷柱を取り囲む様にして広がったその『場』の温度はどんどん急上昇していく。 やがて氷は溶け始め、僕は元通りに。 「助かった」 かすれるような声で言った僕の一言がますます場を盛り上げてしまった。 皆からすれば勝手に凍っておいて、「助かった」はないだろうということらしい。 僕も徐々に場の温度を把握することに慣れてきていたようだ。 こうなれば後はなんとかなる。僕はますます場を盛り上げ、場の温度を上げていった。 翌日。 新聞にある小さな記事が掲載された。 『居酒屋で |