仮想旅行


 それにしても画期的な機械が開発されたものだ。
 その機械とは仮想旅行マシン。仮想とは言え、記憶の中の自分が旅行をすることができるというのだから、ほとんど現実的なものと言ってもいいだろう。しかし、かく言う私も実際に体験するまではあまり信用してはいなかったのが本音だ。

「これは脳に直接旅行へ行ったと言う記憶を植え付けるものです。ですから、旅行中に起こる可能性のある事故などに遭遇することは決してありません。つまり、安全性に優れているわけです。しかも植え付けるとは言っても、記憶の中のお客様が直接行動されるわけですから、お客様の望む旅行の記憶が得られます。さらに、実年齢ではなく若かった頃のお客様が旅をなさることも可能です。つまり、より行動的な旅が楽しめるというわけです。おまけに、詳細な旅行先のデータさえこちらで準備できばどこにでも行く事が出来るのです。国内であろうと海外であろうと宇宙であろうと過去でさえ行く事が出来るのです。まあ、過去に関してはまだデータが揃っておりませんので将来的な話ではありますが。ともかく、これで実際の旅行代金の半額で済むのです。まずは近場で結構ですから、是非お試しください」
 まるで作り物かのような笑顔を顔に貼りつけてその機械の担当者は一気にまくし立てる。まあ、私も興味があってここに来ている訳だったから、とりあえず試してみるつもりだった。
 私はそのことを告げると別室へと通され、見た目にはシンプルなそのマシンに横たわり、鼻の辺りまで覆われるヘルメットを装着させられた。やがて強烈な睡魔に襲われ、まもなく私は眠りに落ちる。目が覚めるとそこは見知らぬホテルのベッドの上だった。そこに電話が鳴り、ロビーへ来てくれと言われる。ロビーには一人の女性が小さな荷物を横に待っていた。
「お待ちしておりました。こちらが今回の旅行先までのチケットです。必要な荷物はこちらに全て準備しております。快適な旅をお楽しみ下さい」
 これまた貼りついた笑顔でそう告げると女性は軽くお辞儀をしてこの場を離れていった。こうして私の小旅行が始まった。
 とりあえず結果だけ言おう。実に楽しい旅だった。とても仮想とは思えない。いや、実際に私が体を動かした記憶があるのだから事実と言ってもいいだろう。私はあっという間にこの機械の虜となってしまった。この機械で私は本当に色んな所へ旅に出かけた。まず国内を制覇し、次に海外を巡った。それぞれの土地での人との温かいふれあい、おいしい食事、素晴らしい景色。旅は何度しても飽きない。それどころか、何度でもしたくなるから不思議だ。完全に私は旅の魅力にとりつかれていた。そして今日もいつものように旅にでかけ……

 そこは広いドームの中だった。何台もの仮想旅行マシンが並べられている。その内の1台にその男の姿があった。男は全身が痩せこけ、まるで老人のようだった。
 突然全世界に広まった謎の疫病はあっという間にこの星を死の惑星へと変えた。その中でたった一人だけ生き残ったその男は孤独に耐え兼ねこのドームを訪れ、仮想旅行マシンで過去への旅を始めた。食事もとらずに旅を続けた男はやがて衰弱し、今静かに事切れた。
 こうして男の心の旅は終わりを告げた。決して作り物ではない笑顔を顔に浮かべて。


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