カウントダウン


 大学をサボって、家で昼寝をしていると変な夢を見た。
 5歳ぐらいの子供が一生懸命、俺の足を引っ張っている。それも一人で。
 何をしようとしているのかは分からない。どこかにでも運ぼうとしているのだろうか。
 俺はそれをボーっと見ていたのだが、実際に体を引っ張られている感触がして唐突に目が覚めた。
 そこには、夢と寸分違わぬ子供が一生懸命俺の足を引っ張っていた。
「おい、何してるんだよ」
「デスデスゥ〜〜!!」
 俺が頭だけ上げると、子供は訳の分からない叫び声を上げて驚いてる。俺がぐっすり眠り込んでると思ったのだろう。
「な、何で、生きてるデスか?」
「はぁ?」
 子供は見た目とは違い、実に流暢な言葉をしゃべった。その意外性と、子供の吐いた言葉で二重に訳が分からない。
「もう、死んでるはずなのに、おかしいデスね」
 おいおい、こいつは何物騒なこと言ってるんだ。まだ、俺は夢を見ているのか?
「ありゃりゃ、しまった。桁を一桁見間違えていたのデスねぇ」
 子供は懐から取り出したカウンターのようなもの、交通調査とかのときに使うやつだが子供の手の中にあるせいか妙にデカい感じがする、を見て頭をポカリと叩く。
「さっきから何ブツブツ言ってるんだ。それにおまえ、どこから入ってきたんだよ。ガキはとっととうちに帰って母ちゃんのおっぱいでも吸ってろよ」
 すると、子供は心外といった表情で俺を見つめると、腕を枕にして横になったままの俺の目の前につかつかと近づいてきた。
「外見が子供だからデスって甘く見てもらっちゃ困るんデスよ。何せ、私は神様の使いなんデスからね」
 子供はどうだと言わんばかりの表情で俺を見つめる。
 俺はゆっくりと起き上がると、だるそうに子供の頭をなでながら言ってやった。
「ハイハイ。そうですかぁ〜。偉いですねぇ〜」
「もう、信じないんデスね!だから、人間って好きになれないんデスよ。でもあなたももうすぐ死ぬ運命にあるんデスから、どうでもいいデスけどね」
 子供はプイッと横を向く。
「おいおい、ボク。いくら子供だからっつったって、そう間単に人を殺しちゃダメだよ。まあいいや、ともかく早くおうちに帰りな。俺はまだ眠いんだよ」
「フフ、寝ていれば苦しまずに逝けますデスからね」
 子供はいやらしい笑みを浮かべながら言う。その表情に、我ながら大人気ないとは思ったが、カチンときた。
「おい、ガキ!いい加減にしろよ。子供だと思ってナメた口ばっかり叩いてると…」
「ハイハイ、分かりましたデスよ。せっかくだから、教えてあげますデス。冥土の土産にね」
 子供は面倒くさそうに俺の話を遮ると、再び懐からカウンターを取り出し、俺の目の前に突きつけた。
 カウンターは8000ちょっとを指していて、1カウントずつ規則正しく減っている。
「いいデスか?これはあなたの寿命を示しているのデス」
「は?」
 俺はボカンと口を開けたまま、依然減っているカウンターの数字を見ていた。
「ホントなら内緒なんデスけどね、たまにはお話するのも面白いもんデス。簡単に説明するとデスね、このカウンターはあと何回心臓が鼓動を打ったら心臓が止まるかを表すもんデス」
「心臓の鼓動?」
「そうデス。この地球上に生けとし全ての者には寿命が決まっているのデス。しかし、それは何日だとか何年だとかといった時間の概念のものではないのデス。ズバリ!心臓の鼓動を打つ回数が決まっているのデス」
 そういうと、子供は俺の目の前にビシッと人差し指を突き出す。俺の頭は大混乱だ。だいたい、なんでこんな子供が概念だとか難しいこと知ってるんだ。
「その表情はまだ信じてないデスね。分かりましたデス。特別にそれを証明してあげることにするのデス。タイミングよく死ぬ人間がいるのデスし。えっと、そこで携帯電話をかけている男がいるのデス。見えますデスか?」
 何がなんだかわからないまま、俺は子供が指し示す男へと視線を移す。俺の部屋はアパートの2階にあり、西向きの窓からは通りの様子がよく見える。男はそこで壁にもたれながら携帯電話で話をしている。髪はグリーンで、ダボダボの服を着ている、というよりもかぶっているといった印象のほうがしっくりくる自分と同年代といった感じの男だ。
「これがあの男のカウンターなのデス」
 子供はどうやってしまっているのか分からないが懐からもう一つカウンターを取り出すと数字を軽く確認したあと、俺へと軽く投げた。
 俺は両手でそれを受け取ると数字を見た。数字は既に100を切っていた。なおもカウンターの数字は減りつづけている。
「それがゼロになった時に、あの男をよく見るのデス」
 外の男は相変わらず電話を続けている。パッと見た感じ、何ら変わったことは起きていない。そこで突然男は大声で大きなリアクションを取りながら笑い出した。一瞬ビクッとしてしまった自分に苦笑する。電話の相手との話がかなり盛り上がっているらしい。カウンターに目を移すと数値は50を切っていた。ポカポカ陽気の暖かい空気が窓から乗り出した俺の頬をなでて気持ちいい。俺は決して子供の言葉を信じているわけじゃないし、頭の中は相変わらず訳分からないままなのだが、暇つぶしにはちょうどいいぐらいに感じ始めていた。眠気が吹っ飛ぶほどの現場を目の当たりにするまでは。
 なおもカウンターは減りつづけている。
 40……30……20……
 ついにカウンターは10を切った。ちょうど男は電話が終わったらしく、携帯電話をポケットに入れたところだった。
 9……8……7……6……5……4……
 男は腕を伸ばすと大きなあくびをしていた。
 3……2……1……0!
 それは本当に突然だった。男は上に伸ばしていた腕を慌てて下ろすと胸を抑える。そしてスローモーションで見ているかのように、そのままゆっくりと膝から崩れ落ちていく。やがてアスファルトと熱い接吻を交わしたまま、男は動かなくなった。
 俺がその光景を呆然と眺めていると、空からあの子供がゆっくりと下りていく姿が見えた。慌てて横を向くとそこにも子供はいた。まったく同じ姿をした子供が2人俺もすぐそばにいるのだ。
「お、お前双子だったのか」
 あまりに動揺していた俺は見当違いの質問を子供に浴びせる。
「違いますデス。あれはあの男を迎えにきた別の使いデス。私たちはあくまで神の使いという存在をこの世界で具現化したものデスから、同じ姿形に見えるだけで、実際はまったく違うものなんデス」
 何を言ってるのかさっぱり分からないが、通りではいつの間にやら救急車が到着しており、騒然としている。
 野次馬たちには見えていないのだろう。子供と死んだ男の魂は人の波をかき分けるようにして空へと上っていく。そして俺のいる2階まで上がってきたとき、男はギロリと俺をにらんだ。さも、俺が殺したかのような目で。
「そ、そんな目で見るな!お、俺だってもうすぐ同じ目にあうかもしんないんだよ!!」
 思わず叫んでしまった。その叫びに反応して、通りの野次馬連中が一斉に俺の方へと顔を向ける。慌てて俺は窓を閉めた。

「ともかく、これで分かったデスね?」
 子供、いや神の使いはニコリと笑顔で俺の顔を覗き込む。
 俺にはそんな台詞など聞こえてはいない。全身に冷や汗が流れていくのを感じる。イヤダ、イヤダ、シヌノハイヤダ……
「あらら、やっぱり普通ではいられなかったデスか。いやぁ、今までもよく同じようなミスをして死ぬ直前の人にあったりしちゃうんデスけど、あ、ミスっていうのは、だいたいカウンターが1000を切ったら迎えにくるんデスけど、実は10000だったっていうことなんデス。で、ほとんどの人が気が動転して取り乱しちゃうんデスよ。あなたみたいに」
 そんな台詞も耳には入らない。ただ俺は目の前に突きつけられた真実を信じたくはなかった。
「でも、そろそろ落ち着いたほうがいいんではないデスか?動揺しているときは普段よりも心臓の鼓動が早くなりますデス」
 その言葉は頭の奥にまで響いた。俺は急いで気分を落ち着けようと深呼吸する。
「せっかくの寿命デス。大事にしないともったいないデスからね」
 神の使いは穏やかな口調でボクの肩をぽんぽんと叩く。
 やがて、荒かった息と共に気分は落ち着いてきた。
「あ、あとカウンターはいくつだ?」
「えっと、約4000デスね」
「それは時間にするとどれくらいだ?」
「そうデスね。落ち着いた状態で約1時間といったところデスね」
「あと、1時間か……」
 自分の寿命があと1時間。何度も心の中で反芻するがやはり信じられない。というよりも、やはり信じたくないのだ。
「さっき、生きているものは全て心臓の鼓動の回数が決まってるって言ったよな」
「ハイ?ええ、そうデスよ。全て生まれた瞬間には決まってますデス。こちらでは鼓動カウンタと呼んでますデス」
 神の使いは淡々と返答する。
「だとすると、激しい運動なんかをしたりするのは、それだけで寿命を縮めていることになるのか」
「簡単に言うとそうデスね。でも、人間には努力ボーナスがありますデスから、一概にそうとも言えないデス」
「努力ボーナス?」
「はい。人間というのは自分で考えて、自分を育てることのできる唯一の生き物デス。他の生き物、例えば犬とか猫デスね、そういうのは自分の寿命というのを覚えています。だから、その死に向かって生きていくのみデス。ただ、与えられた一生を、ただ、生きていく。ところが、人間というのは自分の寿命を覚えていませんデス」
「ちょ、ちょっと待て。動物って自分の寿命を知ってるのか?」
「ええ、ちゃんと。だから、死期が近づくと、自ずと死に場所を求めるようになるんデス」
「人間は覚えていないということは、本来は知っているものなのか」
「そうデスよ。ただ、人間は嫌なことは無意識のうちに記憶から消そうとする防衛本能が脳の中で働くのデス。それで、覚えている人がいないようデス。まあ、中には思い出して、人生を悟っちゃうような人もいるみたいデスけど」
 そこまで言うと、神の使いはウフフと柔らかい声で笑った。
 信じられない話だが、神の使いの言葉にはなんともいえない説得力があった。
「で、ボーナスですけど、がんばって自分の能力向上を果たした人間には、限られた生という時間を有意義に使ったということで、それ相応のボーナスとして鼓動カウンタの値がアップしますデス。だから、スポーツをすれば寿命を縮めることにはならないのデス。ただ、普段運動していない人間が急に運動しても寿命を縮めるだけなんデスけどね。よくあるでしょ?ジョギング中の突然死とか。他にも勉強によって能力向上でもボーナスが与えられますデス。芸術なんかもそうデスね。勉強の場合、一番心臓の鼓動が静かな睡眠を削ってまで勉強をすることは結果的に寿命を縮めることにはならないわけデス。当然、単なる夜更かしなどの生活リズムを崩す生き方はそれだけ鼓動を早めますデスから、早死にしますデス」
「一つ気になったんだが、病死とか、事故死なんかの時はどういう理論なんだ?」
「突発的な死も全て定められた鼓動のカウントを終了したために起こるものデス。死因は先ほどのような心臓停止がすべてではないデスから」
「殺人の被害者もか?」
「当然デス。全て、決まっているのデス」
「じゃあ、一応俺はまだカウントが残ってるよな。ここでここから飛び降りて自殺を図った場合はどうなる」
「その場合はペナルティを受けるので、結果的に鼓動カウンタがゼロになるのと同じことです」
「ペナルティ?」
「そうデス。要は悪いことしたらペナルテイを受けるのデス。ありとあらゆる犯罪は全てペナルティの対象デス。ゴミのポイ捨ても駐車違反もね。中でも自殺は最もきついペナルティデス。生をもらっているにも関わらず、その生を捨てることデスからね。自殺を成し遂げた瞬間、鼓動カウンタはゼロになり、来世にもペナルティを受けますデス」
「来世?」
「生まれ変わりデスよ。その時に寿命のペナルティ、もしくは犯罪者の人生が選ばれますデス」
「犯罪者の人生?」
「たまに、ものすごい犯罪を犯して、一生罪を償わなければいけない犯罪者っているでしょ?あれデス。生まれながらに犯罪者としての人生が決められていますデス。この時、犯罪を犯したことによって犯罪ペナルティは課せられませんデスが、牢獄などで一生犯罪に対して悔いる一生が待っていますデス。ちなみに殺人の被害者として死を待つものに引導を渡す役目を請け負っているのがこの人たちデスね」
「うまくできてるもんだな。じゃあ、寿命ペナルティってのは?」
「まず、その人の鼓動カウンタは胎児としてこの世に生を受ける直前にその人自身の手で決めるものデス」
「自身の手?」
「そうデス。まあ、細かいことを言えば違うんデスけど、ダーツのようなもので決まると思ってくださいデス」
「ダ、ダーツ!?」
「寿命ペナルティのある人は、獲得した鼓動カウンタから一定量が減点されて世に生を受けますデス。胎児の状態で亡くなってしまう人はほとんどがこの寿命ペナルティのせいデスね」
「そんな、簡単に一生が決められていいのか!」
「だからそんなに興奮しないで。だって、こっちはものすごい膨大な数の生き物の「生」を管理しているんデス。多少は簡略化させてもらわないと追いつかないデスよ」
 神の使いの言うことはもっともだが、それで素直に納得がいくほど俺はお人よしではない。かといって、俺がどうこう言ったことで何かが変わるわけでもない。俺は人間の無力さをこれほどにまで呪ったことはなかった。
 こうしておしゃべりをしている間にも俺の寿命は刻一刻と無くなっていく。天の使いの話では、生まれ変わりがあるようだが、俺は今のこの生活が嫌いではない。できることなら、このまま生きていたい。やはり、人は生への執着からは逃げられないのだ。少なくとも俺はそうだった。
「いよいよ1000を切りましたデスね。ようやく、私の仕事ができるときが近づいてきましたデス」
 神の使いは腕まくりをする振りをして、笑っている。俺は口元を軽く上に押し上げるのが精一杯だった。
「なあ、人の平均鼓動カウンタっていくつなんだ?」
「だいたい、40億ぐらいデスかね?普通に生活して100年ぐらいの計算デス」
「そうか、普通に生活していれば100年ぐらいはみんな生きられるんだな」
 最後にどうしても聞きたいことがあった。
「じゃ、じゃあ俺はなぜこんなに寿命が短かったんだ?何か前世のペナルティとかがやっぱりあったのか?」
「えっとデスねぇ、あなたには一切のペナルティはありませんでしたデス。前世も含めて」
「じゃ、ダーツか……」
「ええ、言いにくいんですが実はそうなんデス。100年に1人出るか出ないかぐらいの確立で最低のポイントを獲得されてますデス。まあ努力ポイントを取っていただければ多少はましだったんですが、あなたは特に何もされていないデスし」
「仕方ないな。道理で、俺の一生もツイてないわけだ」
「そこなんデスよ!」
 神の使いが突然ビッと1本指を立てる。
「普通、最初のダーツで運の悪かった方には、生きている間は運がよくなるよう釣り合いを取っているはずなんデス。ところが、あなたは見事に生きている間も運が悪かったデス。こんなこともあるんだという重要なサンプルになったデスよ。ですから、今回こんな話をしたのはせめてものプレゼントだと思ってくださいデス」
「もっと早く教えてくれれば、いいプレゼントになったのにな」
 俺はボソリと呟くと再び床に横になった。もうすぐ、俺の鼓動ポイントもう尽きる頃だ。
「俺の死因は何だ?」
「残念デスが、それは分かりませんデス」
 神の使いは一応申し訳そうな表情をする。
「まあいいよ。でも、苦しくない死に方がいいな」
 不思議に俺の心は死を素直に受け入れ始めていた。諦めなのかは分からないが、想像以上に心は落ち着いていた。もしかしたら、悟るってこんな感じのことを言うのかもしれない…
「鼓動カウンターを貸してくれないか」
「ハイ、どうぞデス」
 神の使いから鼓動カウンターを受け取る。そのカウンターは既に100を切っていた。
「じゃあ、死んだあとはよろしくな」
「はいデス。まあ、死んだあとには死んだあとでお話できますデスけどね」
「そうか。じゃあ、寂しくないな。ただ、その語尾の「です」が半音上がるように聞こえるのはやっぱり死をつかさどるから「death」とかけてたりするのか?」
「あ、そうデスか?それは気づきませんでしたデス」
「まあいいや」
 それだけ言うと俺は大声で笑った。気がふれてしまったかというぐらい大きな声で。
 カウンターはついに10を切った。
「9……8……7……6……5……4……」
 俺は一つずつ確かめるように声を出してカウントダウンする。
 人は死ぬとき、過去のことが走馬灯のように蘇るなんていうが、俺は何も思い出さなかった。ただ、目の前にある数字だけが目から飛び込んで頭のてっぺんへと抜けていく感じだ。
「3……2……1……0!」
 ひときわ大きな声でゼロと叫ぶと、目の前にある鼓動カウンターを天井に放り投げ、目を閉じた。
 終わった。今、このとき俺の人生は終わったのだ。
 そして、鼓動カウンターが床に落ちるドサッという音だけが静かな部屋に鳴り響いた。
 嗚呼、来世はもう少し運のいい人生を送りたいな…………

「あのー、すいませんデス」
 耳元で神の使いの声がして、体を揺り動かされている。
 僕はゆっくりと目を開けた。まぶしい明かりが容赦なく目を襲ってくる。死んでもこういった感覚に変わりがないのを知って、漠然とした死への恐怖感は薄らいでいた。何だ、死んでも闇の世界に葬られるわけではないのだな、と。
 目の前に広がるのは死ぬ前と何も代わらない部屋の天井。電気のついていない蛍光灯が妙に白く見えた。
 俺はゆっくりと体を起こすと、お腹の辺りにいた神の使いに手をあげた。
「よう。最後に運がよかったのかな?死ぬ瞬間、全く痛みはなかったよ」
 そう言って笑う俺を神の使いは複雑な表情で見つめている。やがて意を決したかのように、神の使いは話し出した。
「えっとデスねぇ、あなたはまだ死んでませんデス」
「はぁ?」
 思いっきり眉をひそめて、間の抜けた声が喉から出る。
「いやデスね、こういうことは非常に珍しいのデス」
「一体全体どうしたんだよ。もうカウンターはゼロになってるんだろ?」
「いや、なってませんデス」
「どういうことだよ。まさか、俺をはめやがったのか!」
「ち、違いますデス。当たったんですよ、運良く」
「当たった?何に?」
「スーパーボーナスにデス」
「スーパーボーナスぅ?」
 また訳の分からない言葉が出てきて再び俺の頭は混乱への道を歩みだす。
「いや、実は鼓動カウンターを増やす方法が努力ボーナス以外にあるんデス。ただ、それは全くの運なのデス」
「てことは何、俺はそのスーパーボーナスというやつに当選したから、鼓動カウンター、つまり寿命が伸びたってこと?」
「はいデス。非常に稀なことですが、あることはあるんですデスよ。ほら、確かに死んだはずなのに火葬場で生き返ったりとか。あれはカウンターがゼロになった直後に当選したものの鼓動カウンターアップまでに時間がかかった例デスね。今回はそんなことはなかったようデスけど」
「てことは、俺は死なずに済んだのか!」
「そうデス」
「ヤッホー!!」
 俺は飛び上がり、大声で喜びを表現した。先ほどの笑い声といい、近所迷惑なやつだ。
「ということで、私は用事がなくなりましたので帰ることにしますデス」
「そうか、色々ありがとうな。いい勉強になったよ」
「あ、そうだ。せっかくだから、どれだけカウンターが増えたか教えてあげましょうか?せっかくデスし」  俺は喉の手前まで出かけていた言葉を飲み込んでから答えた。
「いや、いいよ」
「え?いいんデスか?」
 神の使いはもったいないと言わんばかりの表情だ。
「俺は人間だからな。動物みたいに死ぬために生きるようなことはしないよ」
 その答えを聞いて、神の使いは満面の笑顔を浮かべた。それはまさに天使の笑顔だった。
「じゃあ、帰りますデス。また今度会いましょうデス」
「ずっと先がいいけどな」
 そう言って俺は笑顔で空へ上っていく天使に手を振って別れを告げた。

 あれから5年が経ち、俺は今も元気で生きている。
 あれから、俺はスポーツに勉強に芸術にと色々なものに打ち込んでいった。他の人と比べて突出したものはあまりなかったが、それなりにどれも自分の身になっていると思う。
 努力ボーナスのためじゃないといえば嘘になるが、ただ漠然と生活をする無意味なことをやめただけだ。人間に、いや自分にしかできないことを思いっきりやって、自分に誇れる死に方をしてみたくなったのだ。
 一体、俺の心臓はあと何回鼓動を打ってくれるかは分からないが、不安はない。
 俺はがんばって今日も生きている。誰のためでもない、自分のために。


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