少年の炎


 時は深夜。署内にけたたましいサイレンと共にスピーカーからアナウンスが流れ出す。

『中央病院で大規模な火災発生!また、一人子供が逃げ遅れている模様。至急現場に急行せよ!』

 中央病院といえば我々の管轄ではない。それなのに出動ということはかなりの火災ということか……この消防署の署長を勤める私は急いで防護服に着替えると消防車へと飛び乗った。
 現場は酷い有様だった。ありとあらゆる棟に火は燃え移り、消火活動も思うように進んでいないのは明白だった。病院が現場だったこともあって、負傷者の移送はまだスムーズにいっているようだが、ものすごい数の野次馬がその邪魔をしているようでもあった。
「現場に取り残されているという子供は?」
 近くを走っていた、管轄の消防署員を呼び止め聞く。
「それがまだ救出できていません」
「どういうことだ!」
「実は救出しようとすると部屋の奥へと逃げて拒むんです。病室に入ろうとしてもものすごい火の勢いで…。それに少年は必死に火を消すなとも叫んでおりまして…」
「ええい、もういい!ひとまず消火が先決だ!」
 必死に弁明する隊員を置き、私は消火活動を始めるため車へと走った。

 消火は困難を極めたが、約10時間にも及ぶ戦いは日付が翌日へと変わり、夜が明けた頃ようやく終結を迎えた。そしてすぐさま現場検証となった。私も取り残された少年の安否が気になり同行させてもらうことにした。
 少年は病室にまだいた。しかし、既に事切れた後であった。
 ただ気になることがあった。それはあれだけの火災だったのに、少年には火傷どころか外傷一つ見当たらなかったのである。そしてその手には小さな蝋の塊が握られていた。
「どうやら、火元はここのようですな」
 調査課の人間が言う。
「少年が持っていた蝋燭から火をつけたのでしょう。火を消すなと抵抗していたと言いますから、自分の病気を苦にしての自殺と考えるのが妥当でしょう」
「ちょっと待って下さい!」
 そこに白衣に身を包んだ男が割りこむ。
「誰ですか、あなたは?ここは部外者以外立ち入り禁止ですよ」
「私はこの子の担当医です。本当ですか?この子が消火に抵抗していたなんて」
 興奮する医師をなだめるように私が間に入る。
「私が直接相手をしたわけではないですが、相手をした者がそう言っておりました。助けようとしても部屋の奥に逃げていたとも」
「そんなはずはない。あの子は重度の障害で歩くことはおろか、自分で呼吸することすら満足に出来なかったのですよ!それが、逃げるとか叫ぶだなんて無理です」
「しかし隊員が嘘をつくとは……あっ」
 私には事件の真相が分かってしまった。馬鹿げた空想と思われるかもしれない。しかし、間違いない。これは少年の自殺などではない。逆だ。生きるために少年は火をつけたのだ。
 少年が握っていたのは命の炎を灯す蝋燭。そして、病院に燃え広がったのは少年の命の炎。残り少ない命の灯火は大火災という舞台で最後に一際大きく燃え盛ったのだ。少年は最後の瞬間をどのようにして生きたのだろう。私にはこんなことが出来るだろうか。署へと帰る車の中、私はようやく目覚め始めた街並みと目の前に浮かぶ今にも燃えつきそうな蝋燭の火を見比べながら目を閉じた。


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