携帯電話


 ある日、歩いていると道端に携帯電話が落ちているのを見つけた。
 もしかしたらPHSを呼ばれているものなのかもしれないが、普段持ち歩かない私にしてみればどうでもいいことだ。
 だいたい私はこの携帯電話というものが気に入らない。
 電車の中であろうが、店の中であろうが、道端であろうが所構わず電話をする姿を見ると無性に腹が立ってくる。
 だいたい、電話での会話などというものはあまり人には聞かれたくないものではないのか。
 だから、電話ボックスのような個室が存在しているのだろう。そうでなくても、外での電話の会話はひそひそ話になりがちだと思うのだが、それは私のような古い考えなのだろうか。
 それよりも気に入らないのはあの着信音だ。
 着メロだか、和音だとかは知らないが所詮は電子音ではないか。
 脳天に直接響くようなあの音を喜び勇んで修飾するあの気持ちが私には理解できない。
 不満を言い始めるときりがないが、誰かが落とした携帯をそのまま見捨てるような真似をするのも私のプライドが許さない。
 ちょっと泥で汚れた携帯を拾い上げる。
 すると、まるでそれを待っていたかのように手に握られた携帯電話が蛍光色の光を瞬きながら泣き出した。
 誰からだろうか。もしかしたら落とした本人がかけているのかもしれない。
 一瞬のためらいのあと、ゆっくりと受信ボタンを思われるボタンを押す。
 すると、光と音の演奏が止まる。
 適当に押してみたのだが、運良く押したボタンに間違いはなかったようだ。
 しかし、これで終わりではない。
 私は意を決し耳へと電話を寄せる。
 チクッ。
 針で刺したような痛みが耳に走り、受話器から声が聞こえてきた。
 私はその声に何度かうなづき、まるでそれが自分のものであるかのように当たり前に電話を切り、ポケットへと忍ばせた。
 そうか。だから、携帯電話が手放せないのか。
 私は何度もうなづきながら家路への道を再び歩き始める。
 今の私にはあの忌まわしき電子音が待ち遠しくて待ち遠しくてたまらなくなっていた。
 ああ、早く、早く指令が欲しい。指令が……

「報告いたします。現在は最後の詰めを行っておりますので、まもなく15歳以上の満足に動くことの出来る日本人全てに携帯電話を普及させることが出来るものと思います」
「もうすぐだな」
「はい、あともう少しです。行き渡ったあとはクーデターの指令を起こすだけであの国はわが国のものとなります」
「長かった。あれからもう半世紀以上も経つのだな…。あの貧しかった国をここまで復興させるのは大変であった。しかし、それもあと少しの辛抱か……」
 男は我が国の歴代の最高責任者の写真をゆっくりと眺め、満足げにうなづく。
 その笑みからこぼれる歯は彼が席を置く建物のように白くまぶしかった。


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