博士と助手の何気ない日常 |
「あうっ!」 研究室に入ろうとしてドアノブを触ろうとした瞬間、助手は素っ頓狂な声をあげて手を引っ込めた。 「いきなり変な声をあげんでくれんかのぉ。手元が狂うととんでもないことになりかねんのじゃから」 研究室に入ってきた助手に対し、博士は試験管の中の何とも形容しがたい色をした薬品を注意深く見つめながら言う。 「すいません。ドアノブを握ろうとしたら静電気が走りまして…。それにしても、あの静電気というやつは何とかならないんですかねぇ。こうバチバチ来ると、金属部分を騒るのが怖くて仕方ないですよ」 「ほう、助手は帯電体質なのじゃな」 博士はそう言いながら不気味な笑顔で振り返る。 「体質かどうかは分かりませんけど、よく静電気で痛めつけられてますよ。って博士、何ですか、その、いい実験材料を見つけたみたいな表情は」 「さすがじゃのう。わしの言いたいことをよく分かっておる」 「それはいいんですけど、一体なんですか?」 博士は白衣のポケットから黒く短い棒のようなものを取り出す。 「これはわしが作り上げたかなり画期的な物質なのじゃが、わしは年のせいかあまり静電気がたまらなくてのぉ」 「その物体と静電気にどういう関係があるのですか」 「うむ。これは非常に電気を帯びやすいんじゃ。つまり、静電気を帯びている状態でこの物質を触ると、静電気は放電されることなくこの物体へと移るということじゃ。しかも、物体の何万倍という容量の電気を蓄えることができるようになっておるから、ある程度たまった電気をここにある出力機で電力へと変換し使用することもできる」 「ということはですよ、つまり静電気を実際の電力として使うことができるということですか」 「要約するとそうなるのぉ」 「す、すごい発明じゃないですか。あ、でも、静電気なんて本当に微々たる電力しかないというじゃないですか」 「それはこの出力機である程度増幅させることが可能じゃから、一般人一週間分の静電気で平均的な家族の約一日分の電力に変換できるじゃろう」 「だとしたら、これは本当にすごい発明ですよ!そういう便利なものでしたら喜んで実験体として使いますよ!」 「しかしなぁ……」 「あ、やっぱり……」 「なんじゃ、やっぱりとは」 「いや、また問題点があるんですよね」 「そうなんじゃ。しかし、今回のは本当に注意さえすれば大丈夫なことじゃからのぉ」 そう言うと博士はテーブルに置かれていた小皿を指差す。 「ここにあるこの細かい粒子がこの物体を形成している物の正体じゃ。この物体はこの粒子の状態でいるのが一番自然な状態じゃから、この固体もちょっと強めの衝撃を与えると簡単に崩れてしまう。そうじゃな、固い床に1メートルぐらいの高さから落とすぐらいの衝撃じゃろう。あまりに強く握ってもまずいと言うことを覚えておいて欲しいのじゃ」 「分かりました。衝撃に弱いんですね」 「それともうひとつ。こっちは大したことじゃないんじゃが、この物体は限界量以上の電力を帯びると爆発するからのぉ」 と、実に涼しい表情で博士は言ってのけた。 助手は受け取ったばかりの発明品を落としそうになりながら叫ぶ。 「そ、そっちの方が重要じゃないですか!!」 「そうかの?」 「そ、そうに決まってるじゃないですか。あ、でも大した爆発力はないと言うことなんですか」 「いや、この粒子一粒で半径30メートルぐらいは吹っ飛ぶじゃろう」 「しゃ、しゃれにならないですよ。そんなの爆弾を持ち歩いているようなものじゃないですか!」 「じゃから、限界量以上帯電したときの話じゃ。人間の静電気じゃったら軽く10年以上はかかるから、まず心配はいらん」 「ほ、本当でしょうね」 「大丈夫じゃ。わしが助手を危険な目に合わせたことがあったかのぉ」 「数えるのもバカらしいほどあります」 その助手の言葉を聞くよりも先に博士は実験に戻っていた。 助手はブツブツと博士に聞こえないような小声で不満を漏らしながらも、その発明品を手に買い物へと出かけることにした。 「爆発云々はともかく、確かにこれを触ってからは静電気が走ることはなくなったなぁ」 片手にスーパーの手提げ袋、もう片方の手で発明品を持ちながら研究室に戻る助手はその手に握られた発明品の力に感心していた。 「しかも、ただそれだけなら市販されている静電気除去装置と変わらないけど、これが実際の電力として使えるって言うんだから、あの性格はともかく博士は本当に天才だよ」 その時、すれ違おうとした男と肩がぶつかる。 「いてぇな!気をつけろ!」 「あ、あ、スイマセン」 ぶつかってきた男に凄まれ、途端に助手の腰は低くなる。幸いにもそれ以上揉める事もなく胸を撫で下ろした助手は両手に何も持っていないことに気がつく。ぶつかられ凄まれたショックで両手をつい広げてしまったのであった。スーパーの袋はすぐ真下に落ちていたが、もう一つの重要な物体は見当たらない。 「まさか、今落としたショックで分解してしまったんじゃ……」 助手の悪い予感は見事に的中していた。落とした衝撃で元の形へと戻った黒い粒は強風に煽られ散り散りに空へと舞った後であった。 「まあいいか」 助手は何事もなかったかのようにまた歩き始めた。あの博士にしてこの助手ありきであった。 その後、至る所で電線がスパークして大爆発が起こるという謎の事件が多発した。数多くの死傷者を出したこの事件に対し警察は無差別テロの可能性が高いとして捜査を進めていた。 その報道をテレビで眺めていた二人。 「物騒な世の中ですねぇ」 「そうじゃのぉ。こういう事件をなくしていくような発明をしていかねばならんな」 二人は相変わらずなのであった。 |