月に降る雪


 先輩、知ってますか?
 月にも雪が降るんですよ。
 といっても、地球に降る雪とは少し違うんです。
 昔から月に魅せられた人ってたくさんいるでしょ?
 届きそうで届かない、そんな月に行けるのはこの邪魔な体がなくなった時。
 体がなくなった時、つまり心が解放された時、その心は初めて月に行けるんです。
 そしてその心が雪となって月に染み込んで行くんです。
 月はそんな人の心で出来ているんです。
 だから、あんなにも暖かい光を放つことが出来るんです。
 知らなかったでしょ、先輩?

☆ ☆ ☆

 天文部の後輩だった彼女が交通事故で亡くなったと知ったのは、彼女の葬式の案内状でだった。
 彼女は明るく、誰にも好かれるいい子だった。
 そんな彼女に告白された時のことを田舎へと帰る車の中で思い出した。
 昔から決してもてるタイプではなかった私のどこに惹かれたのかは未だに分からない。ただ、私が「いいよ」と答えた後の笑顔とも驚きとも恥ずかしさともとれる複雑な表情が私の心を一層ひきつけたのは間違いなかった。
 そして、あの日から一緒に過ごした時間は恥ずかしさと共に温かく今も心のどこかに残っている。
 そんな二人の付き合いは、私が大学進学のため上京をすることになったことで自然消滅してしまった。そういう結果に後悔したこともあったが、時の流れと共にやがて記憶からは消えていき、10年後私は別の人と東京で結婚をした。
 彼女に送った結婚式の招待状の返事には「おめでとうございます」の柔らかな文字と欠席の文字を囲んだ丸だけがあった。
 それが彼女との最後の思い出だ。

 彼女の性格とは程遠い静かな葬式の後、20年振りに再会した友人と盃を交わした。そこで、私は彼女が独身であったこと、そして私のことをしきりに話していたということを聞いた。
 飲み屋を出ると外は既に暗く、空にはたくさんの星が瞬き、ひときわ明るい光を放つ満月の姿があった。その時、私は昔彼女が言った言葉を思い出した。
 満月は明るく、あの日と変わらない暖かい光を放ち続けている。
 私はゆっくりと空を見上げ、ポツリと呟いた。
「私も死んだら、月へ行けるのだろうか」
 私の言葉に友人たちは揃って怪訝そうな顔をしたことだろう。
 そんな月が白く見えたのは、頬を流れるもののせいだったのだろうか。


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