丸所恐怖症 |
特殊な恐怖症に侵されてしまった体と、それが元で身についてしまった不思議な力。 僕の精神は限界に来ていた。 ともかく、丸所恐怖症と言う名が示すとおり、僕は丸い所が大の苦手だった。 丸という1本の線で描かれ、外には出られないという閉塞感というものが、恐怖感として体に現れているというのが医者の見解だった。 難しいことはよく分からない。ただ、僕は丸いところに入ると息が苦しくなり、胸を締め付けられるような傷みと恐怖感に襲われるのだ。 それについての最初の記憶は幼稚園のころだったと思う。 ちょうど、かごめかごめをしていたときだ。僕が鬼になって、友達の作った輪の中央にしゃがんだ。 『かーごめかーごめ、カゴの中の……』 歌いながら、みんなが僕の回りをゆっくりと回っている。 僕は両手で目をふさぎ、歌が終わるのを静かに待っていた。 しかし、しばらくして突然何とも言えない恐怖感に襲われた。 当時はまは痛みや苦しみなんかよりも、心へ飛び込んでくる圧迫感の印象の方が強かったのだろう。 僕は両目をふさいだまま、泣いてしまった。恐くて恐くてどうしようもなくて、ただ泣きじゃくっていた。 しばらくして、先生が優しく頭をなでてくれると、恐怖感は次第に薄れていって、両手を目から離した時にやたらと太陽がまぶしかったことを覚えている。 次は小学生の時だった。 当時の僕はいわゆる肥満児だった。その体型だけを理由に相撲大会に出場させられた時のことだ。まわしを締めて、仕切りについた時それはやって来た。その時はものすごいめまいに襲われた。自分がしゃがんでいるのか、立っているのか分からなくなり、頭の中がボーッとして来た。その時、突然胸に大きな衝撃が走り、僕は大声をあげてしまった。 するとどういうわけか、めまいが止まり、頭もハッキリとしてきた。後はいつのまにか僕の胸を押していた相手を土俵の外へと運ぶだけだった。体の大きさに物を言わせ、相手を徐々に押して行く。しかし、いつまでたっても土俵の端が見えない。それもそのはず。土俵がなくなっていたのだから。 次は高校の時だ。 当時は陸上部に所属していた。がっちりとした体格とパワーを見初められて、砲丸投げの選手として入部した。 ここでも、僕は得体の知れない恐怖感と胸の痛みに襲われる。なぜなら、砲丸を投擲する場所は丸形なのだ。最初、僕はそれが単なる砲丸を投げる時に回転するため、その影響だと考えていた。しかし、それ以上に不思議だったのは、投擲時には大声を出して気合を砲丸に込めるのだが、それを終えるたびに石灰でひかれていた丸い白線がきれいに消えてしまっていることだった。 やがて、県大会の時にコンクリートで出来ていた丸形の投擲場が消えた時、僕は気付いたのだ。あまりに丸い形を恐れるあまり、大声を出してしまうとその恐怖の元である丸いものを消してしまう力を身につけていたことに。 これが僕の丸い形に対する恐怖感を更に増やすこととなった。やがて投擲場に足を踏みいれるだけで息が詰まるようになってしまい、陸上部を辞めた。 そして、大学時代。 僕はアメリカンフットボールをやっていた。ここなら丸い場所なんてない。僕は巨体を武器に実力を上げ、やがてチームのキャプテンとなった。 そして迎えた大学の対抗戦。順調に勝ち星を積み上げた僕たちは決勝戦の舞台に立っていた。試合前、いつものように円陣を組むと、ある選手がこう言い出した。 「ここまで来れたのもキャプテンのおかげだ。ここはキャプテンを中心として、ムードを盛り上げようぜ!」 みんなは、私を中心に据え円陣を組み直す。大舞台直前という緊張感の中、私はすっかり過去のことを忘れていた。突然襲って来た苦しみも緊張感のせいだと勘違いしていた。気合を入れるため私が大声を出した瞬間、みんなの姿は消えてしまっていた。 あれから、10年近く時が流れた。 今の僕はしがないサラリーマンをしている。今日もいつものように公園のベンチで時間を潰していた。 僕に起こった異変を病院で見てもらったのは大学を卒業して間もない頃だ。しかし、特殊な力については全く理由が分かっていない。 あの失踪事件も、いまだに解明されていない。当然だ。僕が消してしまっただなんて誰が信用してくれるというのだ。この何とも言えない虚脱感。犯罪を犯したものの心理はこのようなものなのかもしれない。僕はそれともずっと戦っている。そのせいだろうか、最近どうも体の調子が悪かった。全身がだるくて、何もやる気が起きないのだ。 正直、僕はこの状況に耐えれれなくなり始めていた。「死」。そんなことさえも意識し始めていた。何もかも嫌になり、気が狂ってしまいそうだった。 僕はベンチから立ち上がり、喉が潰れてしまうほどの声で叫んだ。 その時に僕は分かった。この虚脱感の理由を。足元にあるべき物が無くなったその瞬間に。 |