喫煙国家


 この平和な日本でクーデターが起きるというのだから、世の中侮れない。
 私はいつものように煙草を吹かしながらニュースを見ていた。
 クーデターといっても軍事的なものではなかった。何せクーデターを起こしたのはジャパン・シガレット・カンパニーことJCである。民間企業である煙草会社が起こしたのである。
 昨今の健康ブームのせいで需要が伸び悩んでいる上に煙草税の導入などで堪忍袋の緒が切れたらしい。切れた人間は恐ろしいが、切れた会社もなかなか恐ろしいようだ。まあ、もともと大企業であったJCが全社員をもって攻め込めば、総理大臣でなくても恐いだろう。そして、このクーデターはあまりにもあっけなく成功してしまった。まあ、議員にも自衛隊にも喫煙者は多いだろうから、煙草という後ろ盾が一番大きかったのかもしれない。
 だからといってこの世の中が大きく変わったのかと言えばそんなことはなかった。相変わらず、ぬるま湯に浸かっているかのような平和な世の中である。というのも、政権を握ったJCは喫煙者である現役議員を取り込んでしまったため、今でも普通に国会業務が行われているようなのである。ようなのであるというのは、その辺りを私がハッキリと把握していないだけだ。別に自分に命の危険がないのであれば、その辺りはどうでもいいことだ。まあ、政治を動かすものが多少変わったところで、この日本では何も変わらないだろう。
 ああ、そうだ。一つだけ大きく変わったことがあった。それは喫煙が義務付けられたことだ。私は普段と変わらない生活を送っていたので忘れていた。
 喫煙は15歳から可能となり18歳までの3年が喫煙準備期間と定められた。つまりこの3年で煙草に慣れなさいというのだ。18歳以降は1日最低1箱の消費が義務付けられている。これは重い病気などで「喫煙障害者」として認定されない限り適用される。女性だろうが老人だろうが関係なく、違反者は有無を言わさず逮捕という重い罰も待っている。
 もともとヘビースモーカーであった私にはまさに天国のような社会である。おまけに私は日頃の喫煙量が認められ特別喫煙者として認定された。これに認められると国から保護金が出るのだ。禁煙しろとうるさかった会社の上司も妻も今は刑務所の中だ。ざまあみろといったところだ。私は毎日好きなだけ煙草を吸えるこの生活に満足していた。
 しかしまたクーデターが起きた。しかも今度クーデターを起こしたのは、酒業メーカーであった。大手である6社が合併し新会社を設立した直後のことであった。このクーデターもあっさり成功した。酒という後ろ盾は煙草以上に強力であったらしい。なにせ、JCの社員まで取り込んでしまったのだから。
 こうなれば飲酒が義務づけられるのも時間の問題だろう。
 私は大きく息を吸うと、煙草の煙と共に大きくため息を吐いた。なぜなら私は下戸なのである。

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