耳そうじ


 目を閉じ、やや口をぼんやりとあけた間抜けな表情で静かに右手を動かす。声にならない快感に身を委ねながらも手の動きが止まることはない。やがてゆっくりと右手に握られたものを目の前へと動かし、閉じた目をゆっくりと開く。
「今日もたくさん取れたなぁ」
 耳かきのへりの部分に溜まった耳垢を見て、僕は感嘆の声を上げた。
 耳そうじが好きなのである。本当ならば膝枕に頭を沈めて、きれいな女性にしてもらいたいところではあるが、彼女がいない以上単なる夢物語である。しかし、1人でする耳そうじでも気持ちのいいことにかわりはない。そして、たくさんの耳垢が取れた時の快感はとても言葉では言い表せないほどだ。こうして、僕は毎日のように耳かきを手に耳そうじにはげんでいた。
 しかし、耳垢の増えるペースというのはさほど速いものではないらしく、日毎に取れる量が減っていくのだ。以前は何日か日を置くようにしていたのだが、既に中毒ともいえる状態になっている今ではそんなのを待っていることも出来ない。やがて、耳垢の粉も出てこなくなった耳かきのへりを見つめ僕は新たな挑戦をすることを決意した。それは耳そうじの範囲を奥の方まで広げるというものだ。今まで僕は快感だけを求めていたため痛みがあると思われる奥の方には耳かきを進入させていなかったのだ。痛みはあるであろうが、もう背に腹は変えられない状況にまで僕は追い詰められていたのだ。
 僕は1回大きく、そして静かに深呼吸をするとゆっくりと耳かきを耳の奥へと差し込んでいった。やはり痛みがあるのは嫌なので耳の内壁に当てないように穴の中心部をゆっくりと奥へと入れて行く。いつものポイントから5センチほど進入した辺りで僕は意を決して耳かきを内壁へと当てることにした。耳の奥は多少広くなっているのか、少々角度をつけてやらなければ内壁へと到着することは出来なかったが、運良くかどうかは分からないが痛みもなく内壁に耳かきのへりを当てることに成功した。僕は慎重に内壁を耳かきでかいていく。やはり痛みはない。なんだ。この辺りまでは平気だったんじゃないか。僕は徐々に内壁を掻く力を入れながらゆっくりと目を閉じた。成果は十分納得の行くものだった。これでまたしばらくは楽しむことが出来る。しかし、それもほんのわずかな日数でしかなかった。人の欲が無限のように僕の耳そうじに対する欲も無限なのである。こうして僕は痛みを感じないのをいいことに徐々に耳そうじの範囲を耳の奥へと広げていったのだった。しかし、いつまでたっても感じない痛みに疑問を感じ始めた僕は耳かきを耳に突っ込んだまま鏡を覗いてみた。なんと驚いたことに耳かきの半分以上が頭の中へと消えているではないか。いくらなんでもこれはおかしい。確か耳の奥には鼓膜があるのではなかったのか。三半規管があり入り組んでいるのではなかったのか。恐る恐る耳かきを更に奥に進ませると数センチほどで何かにぶつかった。耳かきの先で軽くつついてみる。特に痛みはない。私はその突き当たりを軽く掃除するように耳かきを動かし、ゆっくりと耳から引き抜いた。耳かきの先には何やら耳垢のようなものが見える。しかし、その耳垢はいつものとは明らかに感じが違った。そう、何かに例えるならまるで……その時、突然大きな揺れが僕を襲った。今まで感じたことのない規模の大地震だ。メキメキと家の軋む音が聞こえてくる。やがて揺れは収まったが、奇妙な感じが残った。いや、それはもしかしたら快感だったのかもしれない。
 今、外にいたならばきっと見えたことだろう。僕の家が巨大な耳かきのへらのようなものによって地表から削り取られ空へと運ばれて行く様を。

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