月世界家族旅行


 私が仕事に明け暮れている間に、私の家庭はとんでもないことになってしまっていた。
 長女は高校生だというのに、やたらと濃い化粧をし、私らの世代には決して理解できないファッションに身を包んでいる。毎日違う男どもと付き合い、朝帰りどころか外泊も日常茶飯事だ。
 長男は中学にも行かず、悪い友達と付き合っている。酒や煙草は当然、麻薬にも手を出し始めている始末だ。私に話すときに出てくる言葉は「金」だけ。しかし、私もバカな父親ではないつもりだ。決して簡単に金を与えるようなことはしない。なのに、長男はバイクだなんだと高価な買い物をしている。どうやら恐喝まがいのことをしているようだ。
 妻もそうだ。家事は全くしない。カルチャークラブだかなんだかは知らないが、習い事をしているようだ。しかし、私はその裏でホストクラブに行きびたっているを知っている。どうやら浮気もしているようだ。
 この辺りのことは全て探偵を雇って調べ上げている。
 どれもこれも全てあいつのせいだ。このままではいけない。
 そこで私は長年貯めていたへそくりを全ておろし、あらゆる手段を用いて金をかき集めた。
 そしてある計画を実行することにした。

「月へみんなで行かないか?」
「ハァ?」
 家族3人がきれいなユニゾンで答える。
 今や月旅行というのは決して夢物語ではなくなっている。
 月の表面にいくつかのドームが建造され、既に月へ移住している人々も出始めている。
 今や、太陽系内であればどこへでも旅行感覚で出かけることが出来る、そんな時代なのだ。
「大事な話ってそれかよ」
 長男が明らかに不満といった感じで私に詰め寄る。
「まあ、気持ちはわかる。今まで家庭をかえりみず、仕事ばかりをしてきた私だ。いまさらという感じだろう。しかし、これからは気持ちを入れ替えて、おまえたちと一緒に楽しく暮らしていきたいと思ってるんだ。その第1歩の記念として家族旅行がしたいんだよ」
 長女はまるで高校の校長先生の話でも聞いているかのように、上の空である。
 このままでは埒があかない。私は最終兵器を取り出すこととした。
「つまり、今回の旅行は私のワガママなわけだ。だから、一緒に来てくれればなんでも好きなものをあげよう」
 その一言で家族の目の色が変わった。我が家族ながら現金なものだ。
「本当になんでも買ってくれるのかよ」
「もちろんだとも」
「あなたにそんなお金があるとは思いませんけど!」
 妻は勝手なことを言うなとばかりの剣幕で私をにらみつける。
「そんなものは何とでもなるよ。心配しなくてもいい。家計を苦しめるようなことはしない」
「じゃあ私、この間出たプランドのバッグが欲しいわ。あと、靴と洋服も」
「俺も新しいバイクがちょうど欲しかったんだよ」
「わかったわかった。じゃあ、今回の旅行の話はOKということだな」
 こうして、私たち家族は月へと向かうことになった。

「こうやって家族で揃って出かけるなんて何年振りだろうな」
 笑顔で話し掛ける私に返事をくれるものはいない。
 長い間に出来てしまった溝を埋めるにはかなりの時間を要することになりそうだ。
「にしてもよぉ、なんで月なんだよ。せっかくなら、木星とか土星とかに行ってみたかったぜ」
「まあ、いいじゃない。それより、この服っていいと思わない?絶対私に似合うって」
 長女はファッション雑誌を広げながら、長男と仲良く話をしている。どうやら姉弟の仲はいいようだ。
 そんなことをいまさら確認している自分に、改めて子供の事を見ていなかったことを痛感する。
 妻はそんな私の気持ちを知ってか知らずか、隣で大いびきだ。
 地球を出発して2時間ほどで我々の乗った宇宙船は月の宇宙空港へと無事着陸した。
 あらかじめ手配しておいたレンタカーへと家族を乗せると静かに車を発信させた。
 月面都市は想像以上に大きいものであった。
 一旦、都市の中へと入ってしまえば一見しただけではここが月面であることが気付かない。
 ルームミラーに映る子供たちは外の景色に目を奪われているようだ。助手席の妻はボンヤリとフロントガラスを流れる景色を見つめているが、まだハッキリと目は覚めていないようである。
 やがて私は運転する車を大きなマンションの前で停車させた。
「なんだよ、ここがホテルか?」
「ん、まあそんなもんだ。変にホテルみたいな仰々しいところよりも落ちつけるだろうと思ってな」
「へぇ、割といいんじゃない」
「でも、これじゃ家事をしなきゃいけないでしょうが。せっかく旅行に来てるのに私はしたくないわよ」
「大丈夫だ。ちゃんとホームヘルパーも雇ってある」
「ならいいけど」
 妻は吐き捨てるように言うと、部屋へと向かうためのエレベーターへと乗りこんだ。

 月での生活も1週間が過ぎた。
 久しぶりに過ごす家族との生活に、徐々にみんなにも笑顔が増えてきた気がする。
 やはり、こうして月へと来たことは間違いではなかったのだ。
「ところで、いつまでここにいるのぉ?」
「そうだよ。いい加減地球に戻らないと、仕事もあるんだろ?」
 ようやく出てきた台詞に私はこの計画の全貌を打ち明けることとした。
「実はこっちへ移住をすることに決めたんだ」
 しかし、その台詞に対する反発はものすごいものであった。
 ものの数分としないうちにみんなは荷物をまとめ、部屋から飛び出していった。
 そんなに、地球での生活がいいというのか。
 あんな薄汚れた生活をしていた地球がいいというのか。
 この私の愛情がどうしてわからないのだ!
 まあいい。
 そのうち私のしていることが正しいということが分かってもらえるだろう。
 私があらゆるところから手に入れた爆弾によって、私の家族をダメにしてくれた地球はもう存在していないのだから。


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