超能力


「突然ですが、あなたの願いをひとつだけ叶えましょう」
 いつものようにビール片手にテレビでナイターを見ていたら、えらく貧弱な天使が目の前に現れ、そう言った。
「ほんまに突然やなぁ」
「まあ、前もって現れたとしても、その時はその時で突然ですから勘弁して下さい」
 本当に申し訳なさそうにその天使は頭を掻いた。
「わても鬼やないし、その辺は勘弁したるわ。で、なんやって?」
「ええ、願いを一つ叶えに来たんです」
「また、なんで?」
「私の顔に見覚えありませんか?」
 見ればみるほど貧相な顔をしている。
「見覚えなぁ?」
「ほら、駅前の飲み屋で」
「駅前の飲み屋?…………あ!思い出した!なんや、不思議な力が使えるいうて、酔っぱらいの親父にからまれとったやつやないか!」
「思い出して頂けたようで何よりです」
「でもどこの出身かは知らへんけど、大阪の飲み屋であんなふいたこと話しとっちゃ、からまれてもしゃーないで。まあ、あのときはわての正義感っちゅーんか、まあそないなやつが顔出しよったさかい、助けてやったけども。気ぃつけなあかんで」
「面目ないです」
「まあしかし、こうやって目の前に突然現れたっちゅーことは少なからず変わった力は持っとるっちゅーことやな。ほしたら、なんであのとき使うてやらんかったんや。あ、あかんわ。下手に使うたら、逆にうるさいわ、あの親父なら」
「いや……本当はあんな話するつもりはなかったんですよ。実は私、天使界でも落ちこぼれな方でして、ここのところ失敗続きで落ち込んでたんですよ。気分を変えようかと思い『お酒』というものを飲みに行ったら、ちょうど隣に座ったおじさんが『うかねぇ顔してんな。一体どうしたんでぇ。なんなら、このおじさんが話を聞いてあげましょ。ヒック』なんて話し掛けて来たんですよ。愚痴を聞いてもらえるのがうれしくて、ついつい余計なことまで話してしまいました。本当に面目ないです……」
 超なで肩をさらになでて天使は落ち込む。
「まあまあ、そう落ち込まんと。人間、いや人間やないんやな、天使にやって間違いぐらいあるもんやで。気にしなはんな」
「ありがとうございます」
「で、願いを叶えてくれるっちゅー話やけども」
「あ、はい。本当なら3つ叶えて差し上げたいのですが、まだ腕が未熟なので1つで勘弁して下さい」
「何でもええんか?」
「私に出来ることならば……」
「よっしゃ!ほしたら超能力をもらおうか」
「超、能、力?」
「そうや。実はわてもその不思議な力っちゅーのに憧れとってな」
「なるほど。でも私の力ではせいぜいひとつの超能力しか授けることが出来ないと思います。何かひとつに決めてくれませんか?サイコキネシスだとかテレパシーだとか」
「サ、サイコネキケス?なんやそれ?まあええわ。せや!透視能力はどうや」
「透視能力ということは、何でも透けて見えるようになる力のことですね」
「そうや。その力があれば……ア、アカン、ついつい口元がゆるんでしまうわ、エヘヘ」「分かりました。では、目を閉じて下さい。エイ!」
 自分の体を変な色の光が包んだ、様な気がした。
「これで、目を開けたら透視能力がついとるってことやな」
「はい、結構です」
「っておい!真っ暗で何も見えへんやないか!どういうこっちゃ!!」
「ですから、何でも透けて見える力ですよ」
「透けるどころか何も見えへんわ!!」
「ああ、それはあれでしょう。光も透けてるんですよ、それでは」
「それではっておいちょっと待てや!光も透けて見えとったら、あかんやないかぁ!」

☆ ☆ ☆

「突然ですが、あなたの願いをひとつだけ叶えましょう」
 毎度のようにビール片手にテレビでナイターを見ていたら、えらく貧弱な見覚えのある天使が目の前に現れ、そう言った。
「やっぱし、来たか」
「その節はどうも」
「どうもやないで!いっぺん文句言っときたかったんや!この前の透視能力。あれにはほんまやられたわ」
「やられたわ、と言われましても……言われた通りの力だったじゃないですか」
「確かに透けて見えとるんかもしれへんけど、結果的に何も見えてへんかったら意味ないやんけ!」
「……それもそうですね」
「今頃気付くな、ボケェ!!」
「す、すいません……」
「まあ、くしゃみをした時に偶然足元に転がってた壷からハクション大魔王が出てきて助けてくれたからよかったものの、下手したらメガネもないのに『メガネ、メガネ』言うて何もあらへんとこ一生探してなアカンかったやないか!」
「はぁ」
「なんや、わての言うとる意味分からんのかいな」
 しゅんとする天使。
「まあええわ。わては心が広い。どうせ今回も願いを一つ叶えてくれるんやろ?それで名誉挽回してくれたらええわ」
「あ、ありがとうございます」
「で、今回の礼は、先週のやつのおかげ?」
「ええ、そうです。あのときも本当にありがとうございました」
「それはええんやけども。あかんで、大阪のオバハンにからんだら」
「いえ、あれはからんだわけではないんですよ。私の大好物の豚まんを買おうと思って行列に並んでいたら突然割込んで来たんです、あの人が。ただそれを注意しただけです」
「それがからんどんのや。大阪のオバハンの口撃は熊をも倒すんやぞ」
「そ、そうなんですか」
「嘘やがな」
 目が点になる天使。
「早よ、突っ込まんかい!もう、そんなんでは大阪で生きられへんでぇ」
「は、はぁ」
「ともかくや!大阪でオバハンにからんでも、お前さんみたいに貧弱なやつでは歯がたたへんで。覚えときや!」
「わ、分かりました……」
 釈然としない様子で天使は渋々うなずく。
「ほな早速、願い事言うで」
「は、はい!」
「今回は瞬間移動や」
「瞬間移動と言いますと、テレポーテーションですね」
「そない横文字で言われてもよう分からんけど、まあそれや!多分」
「分かりました。では……エイ!」
 自分の体を変な色の光が包んだ。今回は見たから大丈夫。
「これで、力が手に入ったわけやな」
「ええ。あとは行きたい場所を念じればそこへ移動出来ます」
「よっしゃ!とりあえず、富士山の山頂にでも行ってみるか!ほな、ありがとな」
「あ、ちょ、ちょっと……あ〜あ、行っちゃった。まだ全部言い終えてないのに。私の力では水平方向への瞬間移動は出来るけど、垂直方向への移動は出来ないんだよなぁ……まあいいか」

☆ ☆ ☆

「突然ですが、あなたの願いをひとつだけ叶え……」
 当然のようにビール片手にテレビでナイターを見ていた視線を、えらく貧弱な決して忘れることのない天使へと移す。殺気を含めて。
「待っとったでぇ」
「そ、そんな恐い顔しても、だ、だめですよ。あ、あれは、は、早とちりをした、あ、あなたが、わ、悪いん、で、ですからね……」
 明らかにビビッた表情で天使が答える。
「早とちりも何も、そういう大事なことは先に言わんかい!!偶然、通りかかった三蔵法師が孫悟空と間違えて出してくれたからよかったものの、危うく富士山で化石になるとこやったやないか!」
「そんなことしなくても、意識があったのならもう一度瞬間移動すればよかったじゃないですか」
「ハッ!き、気付かんかった……」
「では、そういうことで……」
「待たんかい!」
 そそくさと退散しようとする天使の襟首を捕まえる。
「願い事は?」
「や、やっぱりいります?」
「当然や。お前を探したこの1ヶ月を無駄にさす気かい!」
「さ、探してたんですか?」
「そうや。どうせ、また誰かにからまれとるやろうと思うたからな」
「す、するどいですねぇ……」
「さすがに交番でおまわりさんにからまれとるとは思わんかったけどなぁ」
「め、面目ないです」
「で、何で捕まっとたんや?」
「あれも本当は誤解なんですよ。ちょうど立ち寄ったスーパーで万引きをしている高校生を見つけたんです。それを注意したらなんか腹をたてたみたいで、知らない間に私のポケットにお菓子を入れたみたいなんです」
「で、気付かぬままスーパーを出たところを警備員に止められ、あとはって感じやな」
「面目ないです」
「天使のくせにボーッとしとるなぁ、ホンマ」
 天使は居心地悪そうに畳の縁を眺めている。
「まあええわ。さっさと願い事叶えや」
「はあ。今回は何を?」
「予知能力や」
「予知能力?」
「そうや。未来のことを見ることができる力や。これがあれば競馬かなんかで……グフグフ」
「あのぉ」
「ん?あ!ゴホン!ゴホン!まあ、そういうわけやから頼むわ」
「ハイ。分かりました。エイ!」
 自分の体を変な色の光が包んだ、ってもう言わなくても分かるか。
「これで未来が見えるわけやな」
「ハイ。しかし、私の力不足で1年後までしか見ることが出来ません」
「1年あれば十分や」
「そうですか。そうそう、私このたびこの地区の担当を異動することになったんですよ」「お前、大阪の担当やったんか。ていうよりも、天使って担当制なんか?」
「ええ、そうなんです。そういうわけで短い間でしたがお世話になりました」
「そうかぁ。それはそれでちと寂しいなぁ」
「その言葉だけで十分です。それでは……」
「ちょっと待ったぁ!!」
 手を振りながらこの場から去ろうとした天使の襟首を再び捕まえる。
「なんなんですかぁ?もう私の役目は終わったはずでしょ」
「いや、前の件もあることやし、もうちょっとここにおれ」
「そんなぁ」
「ブツブツ言うなや。すぐ済むさかいに」
 取り合えず天使を引き止めた後、さっそく頭の中で念じてみる。
「お、お、お!おお!何か見えてきよったでぇ。お、あれは誰や?……って、わてやないかぁ。おいおい。わてが歩いとる姿しか見えへんでぇ」
「ええ、ですからあなたの1年後の姿です」
「他には見えへんのかい?」
「ええ、あくまでご自身の1年後を見ることが出来る力ですから。予知能力はかなり力を要するものでして……今の私ではそれが精一杯です」
「なんやそれ!」
「そうは言いますけど、それはそれで便利だと思うますよ。1年後のことが分かるのに違いはないのですから」
「まあ、それもそうやけどなぁ……」
「ということで、私はこれで」
「お、おいおい!ちょ、ちょっと待て!」

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