リサイクル


『僕は新しい人間へと生まれ変わるんだ!』
 震える体を押さえつけるように僕は念じる。そして、回りに誰か見ているものがいないのを確認して目の前をゆっくりと通り過ぎて行く人の流れに乗る。あとはただこの流れに乗っているだけで僕は新しい人間へと生まれ変わることが出来るんだ。勉強もだめ、スポーツもだめ、ルックスも悪いし、学校ではいじめられる日々。こんな生活と別れることが出来るんだ。僕は自分に言い聞かせるように何度も何度も呟いた。

 22世紀半ばに全世界で大流行した新ウィルス『ボイルド・エッグ』がもたらした被害は甚大なものであった。まず高齢者の突然死が多発した。調査の結果、50歳以上のものが感染した場合その致死率は90%にものぼることが判明した。次に異変が起きたのは若い男性である。このウィルスは男性の生殖機能を著しく低下させるという力も持っていたのだ。結果、120億にもなっていた地球の人口はわずか10年で40億にまで減少してしまったのである。そして、このウイルスに対する有効な治療法が判明していない今も人口は確実に減少の道を歩んでいる。
 この非常事態に対し、国連は遂に最終手段とも呼べる政策を決議した。それが俗に『人類リサイクル法』と呼ばれるものである。これは若くして一生を終えた者……ここでの若くとは70歳以下のものを指す。バイオテクノロジーと医療技術の向上は人類の寿命を今や140歳にまで伸ばしていた。ウィルスが蔓延するまでの話ではあるが……数十人のDNAを再構築することで新たな人間を生み出すというものである。これは20世紀末に生まれたクローン技術の応用なのだが、当時批判されこそすれ、決して受け入れられなかったクローン人間を作るという人権を無視した政策が国連で満場一致で可決されたのには大きな2つの理由がある。まず、そんな悠長なことを言ってられないほど人類が減少した事実。そして、DNA再構築によって新たに生まれた人間は『ボイルド・エッグ』に対する抗体を持っていたという奇蹟。ただ残念なことにこの抗体はDNAを再構築していない、いわゆる普通の人間には強すぎたためウィルスの撲滅にはつなげることが出来なかった。
 こうして全世界で一斉に開始された新法は、決して無くならない批判の声をかいくぐって、徐々に世間に浸透していった。

 少年をのせたベルトコンベアは死体と共にゆっくりと流れて行く。
 ここは人類再構築工場。DNAを再構築した新人類が生み出す場所。
 少年は新人類へと生まれ変わるつもりでここへ忍び込んだのだ。しかし、日頃死体を見慣れている監視員の目をごまかすことは出来なかった。少年がベルトコンベアに乗ってわずか数分で少年は発見されてしまった。工場長室へと少年を呼んだ工場長は自殺の無意味さを語り少年を必死に説得した。やがて納得した様子で呼び出された母親と共に少年は自宅へと戻っていった。その背中を見送った工場長は工場に務める全社員を呼び出し激を飛ばした。
「お前ら、いったい何のためにこの工場が稼動しているか分かってるのか!さっきのような人間、それも生きている物を混ぜ込んでしまっては我らの同士を生み出すことが出来ないではないか!これでは先駆者がウイルスをばらまいた意味すら成さないだろう!」
「こ、工場長。お言葉の途中で申し訳ありませんが、死体を積んだトラックがやってきました」
「そうか。そういうわけだから、きちんと仕事を行うように。あと、死体はいつもの通り、我ら同士と人間に分けたあと、人間を1体俺のところに持ってきておいてくれ。今回の件の報告で今日は残業になりそうだから、夜食が欲しいんだ」


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