ゾロ目


 ジャラジャラと大きな音を立てて受け皿から緑色の箱へ銀色の玉が落ちて行く。やがて玉で一杯になった箱を床へと降ろす。これで3箱目。今日も絶好調。大学の授業を抜けてきたかいがあったというものだ。まあ、いつものことなのだが。ふと隣の席を見れば、上品なイメージのする老人が静かにハンドルを握っている。その老人がこちらを向き目があった。床に積まれた箱に目をやり笑みを浮かべ、ゆっくりと話しはじめた。
「調子がよさそうですな」
「いやぁ、どうもパチンコは性にあってるんですよ」
 僕はあまり賭事などは好きではないのだがこのパチンコだけはなぜか気に入っていて、さっきも言ったとおり大学の授業そっちのけで毎日通っている。というのにも、実はひとつ理由がある。
「僕ゾロ目にが大好きでして」
「ほう」
 老人は笑みを浮かべたまま僕に話に耳を傾けている。
「なぜかと言いますと、僕が生まれたのが4月4日。それも午前4時44分44秒。嘘みたいな話でしょ?でも、これが本当。世間じゃ4は嫌み嫌われているけど、僕は大好きな数字なんです。車のナンバーも4並び。ほら、好きな数字がもらえるようになったでしょ。世間の人気が無いから簡単にもらえちゃいまして。事務の人はこんな数字でいいのかって驚いてましたけどねぇ。お!来た来た!」
 目の前のデジタルパネルに4が3つ並び止まる。今日5回目の大当たりだ。

「ねぇ?調子いいでしょ?」
 にやけた表情で僕は話す。老人の方は相変わらず当たりが来ていないようだ。もう既に2、3万はつっこんでいるはず。ついてない奴だ。
「そうそう、電話番号も4並びなんですよ。これも無理言ってお願いしたんです」
「では、ゾロ目はお好きなんですかな」
「ああ大好きだよ!」
 4つめの箱を床へと置き僕は言う。すると老人はゆっくりと立ち上がり何やら腰のあたりから外し、僕へと差し出す。
「これをお使いになりなさい」
 大きさはポケットベルを一回り小さくした感じ。そこにディスプレイがついていて
 『   444444321 2/12 17:50:15』
と表示されている。
「これは?」
「幸せを呼ぶ万歩計ですよ」
「はぁ?」
「万歩計のカウントがゾロ目になるとその人に歩いた数に合わせた幸せが訪れるという素晴らしいものです」
 僕は明らかに信用していない乾いた笑いを浮かべながら尋ねる。
「その、素晴らしい万歩計をなぜ初対面の僕に?」
「それはあなたが昔の私を見るようだったからです。実は私も昔はパチンコが大好きでして。特にゾロ目には人並外れた情熱を持っておったんですよ。ホッホッホッ」
 本当ならこんな胡散臭い老人の話など聞きたくもなかったのだが、自分の座る台が調子いい以上むざむざと席を離れるのはもったいない。そんな僕の気持ちを知ってか知らずか老人はなおも楽しそうに話を続ける。
「まあ、信じようというのが難しいんですが、実際につけてみたらその素晴らしさに手放せなくなりますよ」
 目線は回転し続けているデジタル画面からそらすことなく、僕は受け答えをする。
「そこまでおっしゃる素晴らしいものをなぜ手放そうとするんです。そのまま持っていればいいじゃないですか」
 馬鹿にしたような口調で僕は返す。相手は老人なのだから僕ももう少し気を利かせてあげてもよいだろうに。妙に客観的に心の中の僕は考える。
「ええ、そこなんですよ。実はこれ、揃う数字によって悪いことが起こることもあるのですよ。ほら、今のカウント数がもうすぐ4並びになるでしょう?」
 言われた通りもう一度万歩計に目を移すと確かにもう少しで4が10桁並ぶところであった。
「どうやら世間で縁起の悪いと言われている『4』や『9』が揃うと悪いことが起こるようなんです。現に、この前揃った『9』の9桁並びの時は大変だった。何せ、職場が倒産してしまったんですから。おかげであっという間に無職ですよ。仕方ないから歩きました。そりゃ足が棒になるぐらい。もう頼るものがこの万歩計以外にはありませんでしたからな。そして『1』の10桁並びが揃った時に偶然入ったホテルで私がちょうど1000万人目のお客様だとかで副賞として1000万円をもらっときはこの万歩計のすごさを再確認しましたよ」
「ふ、ふ〜ん」
 少しづつながら興味が沸きはじめている僕の姿がそこにあった。
「そして次に『3』が10桁並んだ時に買った宝くじが見事に大当たり。おかげでもうお金には苦労しない生活です。本当ならこのままこれを使っていきたいところですが、次に揃うのは『4』の10桁並び。せっかくのお金をむざむざ捨てるような目には会いたくないんですよ。私も年を取った。そこで、この素晴らしい万歩計を私のような人に差し上げることにしたんです」
「しかし、もらったところでその不幸は僕に降り懸かることになるんでしょ?」
「いえ、それは大丈夫です。これは一体どういうしくみになっているのかは分かりませんが、自分以外のものがつけるとカウンターが0に戻ってしまうんですよ。ですから、安心して下さい」
「で、でも、そ、その幸運を手に入れるまでにはいくつもの不幸もあったわけだよね」 声が上擦っているのが分かる。我ながら単純なものだ。
「ええ、まあ。病気にあったり、軽い事故に遭ったりとかね。でも、それ以上の幸運が手に入りますから。それに、不幸といっても命を奪われるほどのことはありません。現に私もこの通りピンピンしております。まあ、よほど不幸な数字にでもならない限り大丈夫でしょう。まあ、なるとも思えませんけどね。そうそう、特に『7』が揃ったときの幸運はすごいですよ」
 僕の喉をつばが湯水があふれるが如く通り抜けて行くのを感じた。
「どうです?欲しくはありませんか?」
「いただきます」

 老人は僕に万歩計を手渡すと、ゆっくりとパチンコ店から出ていった。僕は老人の話を完全に信じたわけではない。ただ、作り話にしてはあまりにもリアルに感じだのだ。カウンターが0にリセットされた万歩計を腰につけてみる。少し大きめのそれは僕が履いていたジーンズにはあまり似合わないものだったので、少し恥ずかしさがあった。イスからゆっくりと立ち上がると、すぐそばにある自動販売機へと向かう。ポケットから小銭を取出し缶コーヒーを買った。釣り銭口へチャランチャランと戻ってきたお金を数えると10円多く戻ってきているのに気付いた。慌てて腰の万歩計を見るとデジタル数字が『11』と表示しているのが見えた。
「ま、まさかね……」
 僕はゆっくりと自分の歩数をカウントしながらパチンコ台へと戻った。
 ちょうど33歩目で席へと戻り、パチンコを打ちはじめる。
「これで、揃っちゃったらビックリだな……」
 途端、台のデジタル画面にエラーの文字が表示される。玉を打つ手を止め、台の上にある店員を呼ぶためのランプのスイッチを押す。まもなく来た店員が台を開け、エラー画面を正常な画面へと戻す。
「どうも、すいませんでした」
 修理を完了した店員は、受け皿にあったパチンコ玉を4、5個取ると台の賞球口へと流し込む。チーンという小気味よい音と共に30個ほどの玉が受け皿へと吐き出される。パチンコ玉の値段は1個4円。単純に100円ほどただでもらった計算にはなるが、これではこの万歩計の御利益なのかは分からない。僕は首を傾げながら、再びパチンコ台のハンドルを握った。

 それからドル箱1箱分、約2時間ほど打ち続け今日はやめることにした。店員を呼び台車を準備させ銀色の玉であふれそうな箱を4箱ゆっくりと台車へと重ねる。「よいしょ」と力を込めて台車を押し、玉の計測器前まで運び、1箱づつゆっくりと流し込む。この瞬間がパチンコをしていて一番楽しい瞬間だ。自然に笑みがこぼれてしまう。その時、肩に何かがぶつかってきた。
「あ、ごめんよ」
 どうやら、誰かがぶつかっていったらしい。その衝撃でパチンコ玉が5、6個、床へと投げ出され転がって行く。転がって行くパチンコ玉を見つめながら、計測器から吐き出されるレシートを破り取る。後で気付いたことだが、ちょうど台を離れて11歩目の出来事であった。
 景品交換カウンターには4、5人が並んで待っている。どうやら店員が新人らしく処理に手間取っているらしい。
「よう!」
 その様子を見ていた僕にかけられたこの声の主はパチンコ仲間でもある、大学の友人であった。僕は「おう」と軽く手を上げ答える。
「今日はもう終わりか?」
「ああ、あまり深追いしてもよくないしな。お前は?」
「僕は絶好調よ。久しぶりにビックウェーブがきたね。なにせもう3箱も半分ぐらいいってるからな」
 友人が主にやるのはパチンコではなくパチスロと呼ばれるスロットマシーンのような物だ。このパチスロは玉ではなくコインを使う。単価も玉よりも高いので、パチンコよりもギャンブル性は高いと言っていいだろう。そのパチスロで3箱半といえば10万円は越えていることになる。どうりで話す言葉の端々にも嬉しさが見えていたわけだ。
「今日は気分いいからジュースでもおごってやるよ。これで好きな物でも飲みなさい」 と言って僕に手渡されたのは200円。
「大勝ちしてるくせに200円かよ」
「お前も一応勝ってるんだろ。200円でも文句言うなよ!んじゃな」
 友人は言うだけ言ってこの場を立ち去った。カウンターへと目を戻すと順番もちょうど僕の番であった。手元に残った200円をポケットへと突っ込み、カウンターにいる新人のお姉ちゃんにレシートを渡す。計測器での出来事から更に11歩後のことである。これも後で気付いたことではあるが。
 レシートと交換で手に入れた景品を手に、今度は景品交換所へと向かう。
 通常、パチンコ玉などを直接お金へ変えることは出来ない。なにせパチンコは国が認めているギャンブルではないわけだから。そこで、一度景品に引き換えてからそれを景品交換所と呼ばれる場所で更に現金へと引き換えをするのだ。まあ、買い取ってもらうと言った方が分かりやすいかもしれない。面倒な話だが、違法行為として捕まるのに比べれば大した苦にもならない。
 手元の景品を数えると25000円分あった。投資金額を差し引いても20000円の勝ちになる。帰りに行きつけの居酒屋にでも行こうか。なんてことに思いをめぐらせる。景品交換所の小さな引き渡し口に景品を置き、現金を受け取る。パチンコを全くやらない人から見ればかなりあやしい姿かもしれない。
 バイクの置いてある駐輪場へと歩きながら、交換したばかりの現金を財布へと収める。その時気付いた。本来なら1万円札2枚と5千円札1枚があるべきなのだが、手の中には1万円札が3枚ある。どうやら景品交換所のオヤジが間違えたらしい。今日はついてる!と指を慣らした時、腰についているもののことを思いだした。
 もしやと思って覗いたディスプレイにはデジタル表示で「82」とあった。
『特に『7』が揃ったときの幸運はすごいですよ』
 この万歩計をくれた老人の言葉が頭を過る。
「ハハハハハ!そんな、馬鹿な!」
 僕は笑いながら自分のバイクへと歩いていった。

 しかし、老人の言ったことが事実であることを痛感する日々が続く。
 その後もゾロ目が揃うたびに、お金を拾ったり、懸賞に当たったり、彼女が出来たり、試験の結果が良かったりと幸運が僕の元へ舞い込んでくる。そして、『4』や『9』が揃った時は転んだり、お金を落としたり、風邪を引いたり、試験のヤマが外れたりと運の悪いことが起こるのである。
 僕はこの万歩計を大事にしていた。しかし、元々運動もしていない僕は特別歩く機会が多いわけでもなく、老人にもらったあの日から3ヶ月が過ぎ、4月になったというのにまだカウントは40万ほどであった。
 欲が出てきた僕は新年度になったその日を境にもっと歩こうと心に決めた。
 1日最低1万歩。人間が1日に歩かなければいけないと言われる数字を僕は目標にかかげた。正直、かなりの運動不足に陥っていた僕にはこの数字でも十分きついものなのである。
 順調に目標をクリアしていた僕は、ある晩友人に誘われて夜桜を見に出かけることになった。当然の如く酒が入った花見は盛り上がり、ちょうど僕の誕生日になったこともあって夜中まで宴は続いた。やがて地面にひかれたゴザの上に立ち上がり、今日何本目になるか分からないビールを瓶から一気飲みをしていた僕の胸に激痛が走る。もんどりうって倒れる僕を見て、回りの友人は冗談だと思ったのか、大声で笑っているのがかすかに聞こえた。心臓に激痛が走った瞬間、それはちょうど僕が生まれた瞬間。腰の万歩計のデジタル表示は『4』の『13』桁並びを示していた。
『      444444 4/4  4:44:44』


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