恋愛の精霊


 ある日男が目を覚ますと枕元に見知らぬ大男の姿がありました。
 普段なら寝ぼけてなかなか起きない男は一気に目を覚まします。
「て、てめえは、な、何者だ!」
 相撲取りじゃないかというぐらい大きな体にどこか異国の衣装を身にまとい、愛敬たっぷりの笑顔を浮かべるその謎の男の顔はどこかで見たような気がする顔です。
「どうもはじめまして。私はあなたの願いを叶えるためにやってまいりました」
「そうだ、何とかとか言うランプの精だ!」
 捨てた昔の女にねだられて見たディズニー映画のキャラクターにそっくりだったことに気づいた男は指を指して声を上げます。
「で、何?願いを叶える?」
「そうでございます。前にお世話になったお礼をしにやってまいりました」
「お礼……?」
 男は必死に頭をひねりますがランプをこすったわけでも、くしゃみをしたわけでも、鶴を助けたりしたわけでもありません。正直こんな訳の分からないものに礼を言われるようなことをした記憶が全くないのでした。
「女になら色々と喜びも教えてきたから分かるんだが、俺はてめえなんぞ知らねえ」
「お忘れになられているのなら仕方ありません。でも、きちんとお礼はさせて頂かなければ私の気が収まりません」
「へえへえ、何かくれるんなら喜んでもらうぜ」
 寝癖だらけの茶髪を左手でかきむしりながら男はだるそうに答えます。
「ありがとうございます」
 大男は深々と頭を下げます。
「で、何でも叶えてくれんの?」
 男は濡れた髪をドライヤーで器用に乾かしながら、鏡に映る大男に声をかけます。
 大男は本当に何かの精だったらしく空中で正座をしたまま答えます。
「ええ、基本的には何でも叶えさせて頂きます。ただ、人の心を扱うような願い事は難しいです。例えば好きな人に好意をもたれたいですとか……」
「へっ!そんなのには苦労してねえから別にいいよ」
 髭を剃りつつ男は鼻で笑います。
「左様でございますか」
「で、願い事はいくつまでなの?」
「はい?」
「だからよぉ、だいたいこんな話だったら願い事の上限があるだろ?まあ3つなんだろうけどな」
 男は慣れた手つきで薄い眉に筆を入れます。かなり化粧慣れしているようですね。
「それでしたら何の心配もございません。上限はありませんから」
 慌てて大男の方を振り向く男の眉は少し歪んでしまいました。
「マジかよ!?てことはいくつ願い事してもいいってわけ?」
「ええ、いくつでも結構です」
 それを聞いた男の目には邪悪な光が宿り、口元が笑みで歪みました。
「ですが、ひとつだけお守り下さい」
 大男のその言葉に男はTシャツにトランクスというだらしのない格好のまま歩み寄ります。
「何を守ればいいんだ?」
 睨みつけてくる男に動じることもなく、大男は答えます。
「そんなにたいしたことではございません。1日2人以上の女性とデートしないで下さい。それだけです」
「はぁ?」
「ですから、デートは1日1人までということです」
「何でそんなの守んなきゃいけねえんだよ」
「それは私が恋愛の精霊であるからです」
「レンアイノセイレイ?まあ、よくわかんねぇけど、それさえ守ればいいわけだな」
「左様でございます」
「心配しなくても、俺はダブルブッキングはしないようにしてるからな」
 男は早速、大男に命じて10万円ほど手に入れると女とのデートへと出かけていきました。

 それから男は毎日違う女と大金をはべらせて遊びほうけていました。
 やがて、学校も行かなくなり、バイトもしなくなりというだらけた生活の中で男は大事な約束を忘れてしまっていました。ついつい、同時に2人の女とデートをしてしまったのです。まあいわゆる3Pというやつですね。
 その翌日、恋愛の精霊は男に三行半を叩きつけました。男は必死に弁解しましたが後の祭りです。そして、すべての魔法がとけてしまった男には多額の借金が残りました。今まで使っていたお金がすべて精算されてしまったのです。しょせん金だけのつながりでつきあっていた友達は男から離れていきました。精霊の魔法で自己破産すらできない男には多額の借金と孤独という絶望の道だけが目の前に広がっているのでした。

「さて、あと2つの願いはいかがいたしましょうか?」
「そうね。健康な一生と幸せな結婚を望むわ」
「かしこまりました」
 自分を捨てた昔の男と見たディズニー映画のキャラクターにそっくりな恋愛の精霊に向かって彼女は笑顔で答えました。


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