エレベーターには『故障』と貼り紙がされていた。
「冗談だろ……階段を使えというのか……」
外回りで炎天下の中を歩きまわった私は貼り紙の前で茫然としていた。
私のいるオフィスはこのビルの最上階である12階にあるのだ。
「し、仕方ない。上るか……」
エレベーターのそばにある非常口を開け、私はゆっくりと非常階段を上りはじめた 非常階段は特別、照明もなく薄暗かった。
しかし、その分気温は低く、階段を上るのはきつかったが徐々にその上がっていた体温を下げてくれた。
2階、3階、4階……私は確実に1歩づつ階段を上る。
しかし、6階を過ぎた辺りから、一気に疲れが押し寄せてきた。
「はぁ、はぁ、まだまだ若いつもりだったのに、や、やっぱし年には、か、勝てない、のかな。はぁ、はぁ」
息切れをしながらぼやく。
7階、8階、9階……手すりを握る力と一緒に意識も薄れて行く感じだ。
非常階段に階段を上る靴音と、息切れの音だけが響く。
ふと意識が戻った時私は12階にたどり着いていた。
「ハハッ、階段を上りながら意識を失うとは我ながら大したもんだ」
乾いた笑い声を上げながら私はその場にへたりこんでしまった。
床に尻をつけた状態でふと横を見ると更に上へと続く階段があった。
「屋上への階段か……」
考えてみれば私はこの会社の屋上に上ったことがなかった。
「せっかくだから上ってみるか」
少し休んで息の乱れも落ち着いた私は更に階段を上っていくことにした。
おかしい。
もうかなりの間上っているはずなのに、一向に屋上へ続くドアにたどり着かないのはどういう訳だ?
しかし、せっかく上ってきたのにわざわざ引き返すのももったいなく感じていた私は更に上へと続く階段を上り続けた。
ただ不思議なのは、かなりの階段を上っているのにまったく息が切れないことだ。
足取りも軽く体に羽がついたようだ。
「たまには階段を使うのも体にいいのかもしれないな」
そんなことを言いつつ、私は階段を上り続けた。
もう一体今が何時なのかも分からない。
時計の針は午後3時半を指しているが、その針も今は動いていない。
「この間電池を買えたばかりなのに、このボロ時計が!」
時計をその場に投げ棄てて、私は更に階段を上った。
一体私はどれぐらいの間階段を上り続けているのだろう。
相変わらず屋上へと続くドアは現れない。
屋上へ続くドアなんてはじめからなかったのだろうか?
それにしては、階段が続いているのもおかしな話だ。
私は空を飛ぶように階段を上り続けた。
果てしなく続くと思われた階段に突然終りが訪れた。
1枚のドアに辿り着いたのである。
ドアをゆっくりと開けると、まぶしい光が暗闇になれた目を襲う。
そこにはまるで天国のような風景が広がっていた。
「屋上ってこんなに美しい場所だったのか……」
私はゆっくりとドアの向こうの世界へと羽ばたいていった。
『次のニュースです。本日午後3時30分ごろ、ビルの非常階段で一人の男性が倒れているところを掃除に来た女性が発見し110番通報をしました。男性はすぐさま病院へと運ばれましたが既に死亡しており、警察では……』