3つの願い


 あの日はやけに星がきれいな夜だった。


 いつものように僕は星を眺めていた。
 2人の友人がそばでゲームに熱中している。
 でも、その友人は僕のことを友人とは思っていないだろう。
 その程度の間柄であったが、この2人は何かにつけて僕の部屋に入り浸っていた。
 ここは2人にとってはちょうどいい息抜きの場所なのだろう。

 空に一筋の光が走った。
「あ、流れ星だ!」
 思わず声が出た。
 しかし、友人らは気に止めてもいないようだ。
 しばらくして、ドアをノックする音が聞こえた。
 こんな真夜中に一体誰なんだろう?
 友人らは気付いていないようだ。
 僕がドアを開けるとそこには見たこともない生物が立っていた。
 僕の膝ぐらいまでの大きさで、敢えてそれを地球上にあるもので表現するならば、カニとイカとゾウを足して、3で割ったようなものだといったところか。……我ながら表現の下手な奴だ。
『助ケテクレ』
「しゃ、しゃべった?」
『シャベッテイルノデハナイ。直接、オ前ノ脳ニ伝エテイルノダ』
「て、テレパシーってこと?」
『地球デハ、ソウ呼ブヨウダナ』
 頭の中は大パニックだが、宇宙人は情け容赦なく脳に話し掛けてくる。
『トリアエズ、助ケテクレ』
「た、助けてくれって言われても……」
「おい、誰か来てんのかぁ?」
「う、うん。ちょ、ちょっと来て」
 2人はゲームを中断すると、だるそうにドアへとやってくる。
 そして、突然の来訪者を見て、それぞれ動きが固まる。
「う、宇宙人?」
「ス、スゲー。本当にいたんだ!」
「な、なんか困ってるみたいなんだ」
『誰デモイイ。助ケテクレ』
「助けるってどうかしたのか?」
「面白そうじゃん」
 2人はパニックになることもなく、この状況を楽しんでいるようだ。
『私ノみすデ船ノ燃料ガ切レテシマッタノダ』
「じゃあ、さっきの流れ星は……」
「で、燃料って何々だよ?」
「ここにあるもんなら何持ってってもいいぜ」
 2人は僕の言葉を遮って勝手なことをいっている。
 ここは僕の部屋なのに……
『燃料ハわらートイウモノダ。地球上デハ「水」ト呼バレテイルヨウダ』
「水?」
 3人の声がシンクロした。
「水なんて腐るほどあるじゃん」
「おうおう、さすが宇宙人だな。水を燃料にしちゃうなんてな」
 盛り上がる2人を横目に僕はコップに水を入れ、宇宙人に見せた。
「こ、これですか?」
『おお!マサシクわらー!』
 宇宙人の顔に歓喜の表情が浮かぶ……様に感じた。
『ココニハわらーガソンナニ簡単ニ手ニ入ルノカ?!』
 部屋の中を覗き込んだ宇宙人に友人が蛇口をひねって見せる。
 宇宙人はかなり驚いている……ようだ。
『コレハモウ少シ調査ヲスル必要ガアルナ……』
 宇宙人のそんなつぶやきが聞こえてきた。
 宇宙人はコップを僕の手から奪うと草むらの方へとかけてゆく。
 僕たち3人も慌てて後についた。
 草むらの奥の方に船はあった。
 映画なんかで見るものとのギャップにはすさまじいものがあったが、それはまっさしく宇宙船だった。まあ、それも後で飛んでいくのを見て感じただけであって、パッと見は単なるゴミにしか見えない。宇宙人なりのカモフラージュなのだろうか?
 燃料を補給し終えた宇宙人は僕らに向かってこう言った。
『大変世話ニナッタ。何カ望ミガアレバカナエルゾ』
「望み?」
『我ガ星デハ世話ヲシテモラッタモノニハ必ズ礼をセネバナラヌトイウ決マリガアル。何デモイイ。望ミハ何ダ」
「3人ともいいのか?」
 友人の一人が目を輝かせて聞く。
『構ワヌ。タダシ、1人1ツダ」
「俺、大金持ちになりたい!」
 いちはやく友人の一人が言う。
『大金持チ……地球上デイウトコロノ「金」ガ欲シイワケダナ』
「じゃあ、俺は女にもてたい」
 モウ一人の友人はそう言った。
『モテル……「女」トイウモノニ好カレレバイイノダナ。ノコルオ前ハ何ヲ望ム』
「望むと言われても……そうだなぁ、病気や事故に遭うことなく平和に暮らせればいいかな……」
『分カッタ。地球時間デノ来週ニソレゾレノ願イヲ叶エヨウ。サラバダ』
 それだけ言うと宇宙人は僕らの目の前から姿を消し、宇宙船が空高く舞い上がった。
 やがて視界から宇宙船の姿が消えると、2人の友人は「お前、馬鹿だなぁ。なんであんな願い事したんだよ」「そうだそうだ。もったいねえなぁ」と僕を責めた。
 しかし、僕は友人2人の願いの方が馬鹿らしく感じていた。
 健康に一生を過ごす。これ以上の望みがあるわけないのに、と。


 約束の1週間が過ぎた。
 友人2人は朝から僕の部屋にいて、何を買おうだ、誰と付き合おうだと盛り上がっていた。
 そして夕方頃、僕の部屋をあの宇宙人がまた訪れた。
 宇宙人は僕らを外に連れ出した。
『君達ノオカゲデ私達ニトッテ非常ニ有益ナモノヲ得ルコトガデキソウダ。重ネテ感謝スル』
「いやぁ、照れるなぁ」
「そんなお構いなし」
 2人の顔はだらけきっている。
『マズオ前ノ願イカラ叶エヨウ』
 宇宙人は友人の1人を指差し胸元から何やら装置のようなものを取出した。
 そしてゆっくりと確認するように装置に付いているボタンを押す。
 すると一体どういう訳か、友人の頭上から札束が降ってきたではないか。
 多分100万円と思われる札束が一つづつ、友人の頭に降ってくる。
 友人は声にならない声を上げて大はしゃぎだ。
『次ハオ前ダ』
 同じ装置に付いている別のボタンを宇宙人は押す。
 するとこれまたどこから現れたのか、たくさんの女性が「キャー」とか「素敵ー」と言いながら駆け寄ってくるではないか。
 あっという間に友人はその女性に隠れて見えなくなってしまった。
 ただ、黄色い声の合間に「慌てるなよ」とか「まいったなぁ」と明らかに鼻の下が伸びきっている締まりのない声が聞こえる。
『最後ハオ前ダナ』
 宇宙人は今まで使っていた装置をしまい、代わりに何やら黒いヘアバンドのようなものを取出した。
『コレヲ首ニツケルノダ』
 僕は言われた通りにそれを首につけるとカチッという音と共にそれは外れなくなってしまった。僕はちょうど首輪をつけられた犬のような状態だ。
『デハ、ツイテコイ』
 どこへ行くかは分からないがこの宇宙人は友人たちの願いを本当に叶えてしまった。僕にはついて行くのを拒否する理由など見つからなかった。
 宇宙人が向かう先に突然まぶしい光があふれ出した。
 僕はあまりのまぶしさに目をそむけた。
 やがて目が慣れてくるとそれは巨大な宇宙船だということが分かった。
 前に見たのとは比較にならないほどの巨大宇宙船。
 そしてひときわ大きな光に僕らは包まれ、気がついた時には機械に囲まれた部屋の中にいた。その部屋には窓があり外の様子を伺うことが出来る。
 窓から外を見ると、願いが叶えられた2人の友人の姿も見えた。
 金を求めた友人は大量に降ってくる札束にみるみるうちに姿が消えていった。それでも札束の雨はやまない。札束の巨大な山に降る札束の雨。友人は札束の重みで死んでしまったかもしれない。僕は思った。いくら物を求めてるにしても限度があるということだ。
 女を求めた友人はたくさんの女性にもみくちゃにされていたが、その女性のうちの幾人かの手に宇宙船の光に反射して鈍い光を放つナイフが握られているのが見えた。そして僕が声を出すよりも早くそのナイフは友人の体に突き立てられていた。しばらくその惨劇を見ていると、やがて女達は友人のからだを切り刻み、腕や足や頭の取り合いを始めたではないか!私は思った。女の思いというものは恐ろしいものだ。
 私利私欲に走った2人の最後を見た僕に不思議とショックはなかった。
 やはり僕の考えに間違いはなかったんだと、いつも馬鹿にされていた友人に勝てたようで、僕は心の底から込み上げてくる笑いをこらえることが出来なかった。声を出して大笑いをする僕は宇宙船がゆっくりと上昇しはじめていることに気付かなかった。そして僕の頭に届いた宇宙人の『デハ、攻撃開始』という言葉も。

 窓からのまぶしい光に僕は我に帰った。
 窓の外には僕の知る地球の姿はなかった。
 ただ見えるのは爆発とその後に残った焼け野原のみ。
 宇宙船が上昇するにつれて、その無残な姿をさらしているのは自分が住む街だけではなく、世界中が同じ状況になっていることが分かった。
 僕はただただボーッと地球の姿が変わって行くのを窓から眺めているだけだった。
『君ノオカゲデイイ星ガ手ニ入ッタ』
 いつからそこにいたのか、あの宇宙人が僕の背後に立っていた。
『我ガ星デハわらー不足が進ンデイテ大変困ッテイタノダ』
 ポカンと口を開けているだけの僕に宇宙人は話を続ける。
『当初ハ地球人ヲ全テ抹殺スル予定ダッタガ、オ前ノ望ミガアッタノデ、オ前ダケ私ノぺっとトシテ生カスコトニシタ。私ハ面倒ミガイイカラ、病気ナドニナルコトモナイダロウ』

 そして、いつものように僕は星を眺めている。
 かつて自分が住んでいたあの星を。


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