神との戦い


 朝、目が覚めると僕は「イカ」になっていた。
 スーパーなんかでも売っているよくあるタイプのイカだ。
 普通の人間であれば大パニックになっているであろうこの状態で僕はあくまで冷静に頭を(といっても今は三角ヒレがついた状態だが)働かせていた。
 ちなみに昨日の僕は「鯛」だった。
 おとといの僕は「豚」だった。
 そのまた前は「コンブ」だった。
 もひとつ前は「ネコ」だった。
 まあそれはともかく、10本もある足をばたつかせ、墨を吐きながら僕は呟いた。
「また『か』かよ……」


 3ヶ月ほど前、僕は行付けの居酒屋で友人と飲んでいた。
 その日仕事場で嫌なことがあった僕は荒れていた。
「こっちが下手に出てたらつけあがりやがってよぉ〜ヒック」
「部長もそういうつもりで言ったわけじゃないだろう?今日のお前飲みすぎだぞ」
 友人の言葉に僕は耳を貸さず、次々とグラスを開けていった。
 そして突然僕は「シリトリタ〜イム!!」と叫ぶ。
 僕は昔から酔うとシリトリをしだすという変わった酒癖を持っていた。
 いつもそれに付き合わされていた友人は明らかにうんざりという顔で、パチパチとまばらな拍手をする。
 そこに奴が現れた。
「シリトリですか。よろしかったら私も参加させて下さいよ」
「ん?何だお前?」
 至って普通のサラリーマンのような格好をした奴はこう言った。
「私は神です」
「神?ワッハッハッハッハッ!面白い奴だなぁ。よし!いいぞやろう!」
 こうしてシリトリが始まった。


 試合は好勝負となった。
 僕は自慢ではないがシリトリには自信がある。
 伊達に何年もこの酒癖と付き合ってはいない。
 しかし、神だと名乗る男も強かった。
 一進一退の攻防を繰り広げ、僕が「イルカ」と言ったところで店は閉店となった。
「いやぁ、久しぶりにいい勝負が出来た。お前なかなか強いな」
「まだ勝負は終わっていない」
 男は無気味な笑みを浮かべる。
「何言ってる。いつまでも続けていても仕方ないだろう。また会う日があれば続きをしよう」
 尚も勝負を続けようとする男を尻目に僕はさっさと店を出た。
 男は慌てて店の外に出て、通りの闇に消えようとする僕の背中にこう叫んだ。
「カバ!」


 翌朝、僕は「カバ」になっていた。
 昨日の酒がまだ残っていた僕は鏡を見ながら呟いた。
「そ、そんなバナナ」
 僕はダジャレも好きだった。


 その翌日、僕は「バナナ」になっていた。
 その次の日には「ナス」になっていた。 
 僕は頭で(その時はナスのヘタだったが)考え、ある一つの結論へとたどり着いた。
『奴め、今度は僕の体を使ってシリトリしてやがる……』
 僕は自分の体を弄ばれている状況とシリトリでは負けたくないというプライドが重なって熱くなっていた。奴が本当に神だったとかは関係ない。僕は元来単純な性格なのであった。


 それから僕と見えない奴、いや、神との戦いが続いた。
 僕の体は「スルメ」になり「名刺」になり「小便小僧」になった。
 更に「うなぎ」になり「金閣寺」になり「地雷」になった。
 途中でわざと負けようかとも思った。しかし、それは僕のプライドが許さなかった。
 動物、植物、食物、僕の体はありとあらゆる物に変わりながら勝負の日々は延々と続いた。


 ある朝目覚めると僕の体は「パン」になっていた。
 確か昨日の僕の体は「サバ」だった。
「やった!僕の勝ちだ!」
 僕はパンの姿のまま狂喜乱舞した。
 これで明日には元の姿に戻れる。
 その晩、僕は勝負を終えた満足感ともう変身出来なくなるというほんの少しの寂しさを胸に眠りについた。


 翌朝、やっぱり僕は「パン」だった。
 おかしい、間違いなく僕の勝ちのはずだ。
「奴め、負けた腹癒せに僕を一生このままの姿にしてしまおうってことか!」
 しかし、腹をたてても所詮今の僕は「パン」。
 何を出来るでもなく、茫然と天井を見上げるだけだった。
 しばらく時間が経ち、冷静になった僕はベッドのそばにある鏡にもう一度自分の姿を映してみる。
 やはり「パン」だ。
 それもたまに給食に出ていたバターロールパンだ。
『そういえば、このパンは食べる機会がなくなったなぁ……ん?』
 僕は気付いた。
「もしや、『パン』じゃなくて、『バターロール』だったのか?!」
 真実が分かり僕はまた頭を(この時はロールパンの渦を描いている部分だが)抱えた。 「今度は『ル』かよぉ〜」
 勝負はまだまだ終わらない。


 それからも僕は毎日色々な物へと姿を変えていった。
 「ネコ」になり、「コンドーム」になり、「ムカデ」になり、「でんでん太鼓」になり、「コンビーフ」になり、「風林火山の旗」にもなった。最後のはかなり厳しいものではあったがセーフになったようだ。
 そんな正直ネタにも困りはじめていた頃、僕の番がまたやってきた。
 もう何十回目になるか分からない『か』だ。
 ここで僕には一つのアイディアが浮かんだ。
 そして次の日、長かった勝負は終わったのだ。


 久しぶりに訪れた居酒屋で一人酒を飲んでいると、近くの席が騒がしくなった。
 コンパだろうか?若い男が場を盛り上げようとはしゃいでいる。
 「よし、次はシリトリゲーム!!」
 若い男が高らかに叫ぶ。
 僕は静かに立ち上がると、男に近づき、こう言った。
 「シリトリですか。よろしかったら私も参加させて下さいよ」
 「ん?何だお前は?」

 「私は神です」


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