斜陽XXX




                                                            放射朗



 一章


 冷たくなっていくコンコルドの身体にナイフを入れ、肉を一切れ切り取ると、それを薄くスライス
し、塩をふって食べた。
 堅くてあまり美味く無いのは年老いているせいだ。
 でもこれでコンコルドは私の身体の一部として、これからも共に生きることになる。コンコルドは
これからも生きるのだ。私が死ぬまで一緒に……。
 圧倒的な悲しみの中にも、ひとつまみの喜びと満足感が、その時私の心に生まれた。
 
 陽炎の立つ遠くの道路上に、何かが光った。
 迎えが来るには早すぎると思いながら双眼鏡で見てみると、始めてみるタイプの四輪車が、道に転
がる小石に揺れながら近づいていた。
 屋根の上一面に太陽電池のパネルを貼り付けた電気自動車だった。
 「どうしたの。馬が足でも折った?」
 私の近くで車をとめると、その女はガラスの無い窓から怒鳴った。
 用心のため、私が道路から離れた所に立っていたせいだ。
 危険が無いか見極めながら私は彼女に近づく。上半身しか見えない女は、水色のシャツの上に茶色
い皮のチョッキを着ていた。
 ブロンドの髪が半分隠していたが、その顔つきを見るとまだ若い女のようだ。
 女は私を警戒してるようには見えなかったが、多分影に隠れた手には拳銃が握られているはずだ。
「馬が死んでしまったのさ。この先のラドス村まで行きたいんだが、君は逆方向みたいだな」
 五メートルの所まで近寄る私の手にも、冷たい感触の小型の拳銃が、相手に見えないようにして握
られていた。
「確かにそうだけど、急ぎの用は無いから料金弾むんなら乗せていってもいいよ」
 女は伸び放題の髪を左手で掻き揚げて、上目使いに私を値踏みする。
「二百ドルでどうだ?」
「五百ならOKよ」
 女が吹っかけてきた。相場は百五十くらいのはずだ。
 普段なら躊躇なく断る所だが、今は水の心配もある。
 一番近い水汲み場まででも、まだ半日は歩かなくてはならないのだ。
「ちょっと待ってくれ、先方に聞いてみる」
 私は携帯電話で村長に問い合わせてみた。事情を了解した村長は300までなら出してもいいと言
ってきた。
「三百までだ。迎えの者が来るから、それに合流する所まででいい。どうだ?」
 嫌だといわれれば、五百払うしかないと諦めていたが、女はあっさりそれで良いと言ってくれた。

 よく見るとかなりくたびれた電気自動車だった。
 黒いゴムのタイヤはあちこちひび割れだらけで、今にもパンクしてしまいそうだ。
 黄色い塗装も、きつい紫外線にやられて色あせ、所々錆が浮いている。
 荷物を荷台に載せて、彼女の横に乗り込んだ。肩が触れ合うくらいに狭い車内だった。女の匂いが
ぷんと鼻についた。汗の匂いに混じって男を誘う隠微な匂いが微かに感じられる。
「じゃあ行くわね」
 女はそんな私の思いを知る由もなく、無頓着に車をユーターンさせた。
 それまでゆっくりだった風景の変化が、徐々にスピードアップして私の横を通り過ぎていく。それ
まで一歩一歩のたびに肩や腰が荷物の重量で締め付けられ、苦痛を味わっていたのが嘘のように風景
が過ぎ去るのは、風を受けた涼しさをさしひいても快感に違いなかった。
 しかし、確かに歩くよりは速いが、馬の駆け足程度で、それがこの車では精一杯のようだった。
 視線を下げると、皮のミニスカートから飛び出した日に焼けた太腿が、私の目を釘付けにして離さ
ない。変な気がし始める前に何とかまた眼を外の風景に戻した。

「あんた、なかなか可愛いわね。遠くで見た時はボロをたくさん着込んでるから、中年のおっさんか
と思ったけど、若そうじゃない。いくつなの?」
 女が私の顔を覗き込んで笑った。
「ノーコメントだ。関係ない事はしゃべりたくない」
「顔も汚れを取ればハンサムそうだね。いっそのこと契約破棄してアマゾネスの村に売り飛ばしてや
ろうかしら……」
 女の言葉はあながち冗談とも思えない。確かに近くに女だけの村が存在するし、そこで男の奴隷を
買っているとの噂も聞いた事がある。
「物騒な事は言いっこなしだ。変な真似したら撃つからな」
 左手に握った小型の拳銃を、女に見せてやった。
「冗談さ。でもこの車の中で発砲したら、死ぬのはお互い様だからね。音に反応して車自体が爆発す
るように作ってるんだから」
 なるほど、そうでもしないとこんな稼業は危なっかしくて出来ないだろう。しかし、おそらくははったりだ。

 しばらく二人とも黙って車の振動に身を任せていたが、再び女が話し出した。
「ねえ。別にいいけど、名乗りあうくらいはしてもいいでしょ。あんた、名前はなんなのよ。あたし
はサンドバギーのラシントンっていうんだけど」
 女は基本的におしゃべりなのかな。別に名前なんてどうでもいいのに。
「私はロックだ。よそ見せずに黙って運転しろよ」
「あんた変な話し方だね。外見に全然合ってない。見た感じは華奢な美少年って感じなのに、おっさ
んみたいな話し方。ひょっとして何度か生体年齢復活術を施してるの?」
「二回やったかな。お前はまだなのか」
 別に秘密にしてる事じゃない。私は事実をそのまま述べた。
「あたしはまだやった事ないよ。正真正銘の二十三歳。ピチピチさ」
 ラシントンはそう言って左足を持ち上げた。膝を曲げてダッシュボードに足をかける。ミニスカー
トがずり上がり、白い下着が微かに見え出す。
「やめろ。まじめに運転しろ」
 嫌悪感をあらわにして私が横を向くと、ラシントンは興ざめしたのか小さく悪態をついて姿勢を正
した。
高い位置にあった太陽が、右手の方に次第に傾いていく。
 反対側に伸びる車の影を見ると、屋根の太陽電池パネルがヨットの帆のように起き上がってるのが
わかった。太陽光を必死に吸い上げようとがんばっているのだ。
 それでも光が弱くなるにつれ次第にスピードが落ちてくる。
 歩くくらいの速度になったとき、ラシントンがスイッチを入れ替えてバッテリー走行に切り替えた。
 それから約三十分走って、やっと水場に近づいて来た。

「もうすぐ暗くなるね。今夜はここでキャンプにしようか」
 ラシントンの言葉に私は軽くうなづいた。
 バッテリーは緊急用にして、出来るだけ使わない方がいいだろうから、彼女の言い分はもっともだ。
 水汲み場では透明な湧き水が直径二十メートル位の池を作っていた。
 その周囲には丈の低い草が密生しており、池から離れるにつれ、密度が疎らになっている。
 羽を休めていた鳥が数羽、突然の闖入者に驚いて飛び立っていった。
 池のほとりに車を止めて、ラシントンと二人でテントを張る。
 付近には誰もいない。私は水筒に水を補充すると、薪を集めに奥の林に向かった。
 池から溢れた水が小さな川を作っている辺りは、ちょっとした林になっている。
 ヒノキやクヌギの木が多いが、この辺では珍しい『友達の木』が何本か生えていた。
 木立の中に踏み込むと、私は友達の木に額を接触させ、挨拶を交わした。
 友情の波動が私の額からじんわりと、私の脳に伝わってくる。
 水がいるのかと聞かれたが、今は要らないと答えた。
私は逆向きになり下着を下げると、尻を幹のその部分に押し付けた。
 冷たいが、滑らかな木の感触が尻に心地よかった。
 ちょっとした出っ張りがあるところに、肛門を押し付けると、先の丸くなった触手がゆっくりと肛
門を押し広げて入ってきた。
 二十センチくらい入ったところで、触手の先から冷たい樹液が放出される。
 ほんわりと下腹が暖かくなる。樹液は冷たいのに身体が暖かくなるのは、それが若干アルコール分
を含んでいるからだ。
 栄養価の高いその樹液には。木の種子も含まれている。
 友達の木は、そうして種を運んで遠方に撒いてもらう代わりに、動物に栄養を授けてくれるのだ。
動物が健康な方が種を遠くに運んでくれるはずだから、完全に利害が一致している。
 果物をならせる木は、果物を食べさせて種を運んでもらうが、種を捨てて果肉だけを食べる動物、
つまり人間が増えたため、一部の果樹がこのように進化したものと考えられている。
 樹液のアルコール分を直接腸で吸収した事で、私は酔いの心地よさにうとうとしだす。
 十分ほどそのままの姿勢でうたた寝をした私は、目覚めた時には気分爽快で体力もすっかり回復し
ていた。
 
 池に戻ってみると、夕焼けを反射して赤く燃えるような池でラシントンが水浴びをしていた。裸の
胸に豊かな乳房がたっぷりとした量感を持って揺れている。
「ロック。あんたも来なさいよ。埃かぶったでしょ、きれいにしましょ」
 ウエーブのかかったブロンドの髪が水に濡れて彼女の身体に張り付いている。
 水に濡れた彼女の顔は、大きな眼も厚めの唇もとても魅力的に見えた。
「私は顔を洗うだけでいい」
 水辺によって、しゃがみ、顔を洗ってると、首筋を力任せに引き寄せられた。
 そのまま水しぶきをあげて私は池にダイビングし、冷たい水の中に沈み込んだ。
 池は結構深かった。
「何するんだ。服が濡れちまったじゃないか」
 立ち上がると、岸から一メートルも離れていないのに、水面は胸のあたりだ。
「いいじゃないの。絞って干しておけば明日には乾くわよ。ほら、脱いだ脱いだ」
 なかば強引にラシントンは私の衣服を剥ぎ取っていく。
 彼女の目的が水浴びだけでないのはわかりきっていたから、あまり気が進まなかったが、成り行き
だと諦めて抵抗するのを止めた。
 衣服を全部脱いで、お互いに裸で向き合った。
「思ったとおり、スレンダーでいい身体してるわね。むしゃぶりつきたくなっちゃう」
「ご期待に答えられるかわからないよ」
「ええ? その若さで、というかその若い身体でインポなの?」
 彼女は水の中で私の股間に手を伸ばしてくる。
 私のペニスを握り締めた彼女は、満足げな表情でにやりと笑った。
「まだ柔らかいけど、いいもの持ってるじゃない。すぐに私がキンキンにさせてあげるわよ」
 彼女の顔が近づいてきて、私はそれを擦られながら彼女の滑らかな舌を味わった。
 ゆらゆらとろうそくの炎が揺れるように私の心の中で官能の火種がうごめきだす
が、なかなか燃え上がらない。
「おかしいなあ。あんたひょっとしてホモなの?」
 依然として緩んでる物に痺れを切らした彼女は、私の身体を押し出した。
「ほら、上がって。池の水が冷たいから元気にならないのよ」
 力強い腕で私の軽いからだがひょいと持ち上げられる。
 女の子のようにだっこされたまま岸に上げられた。そのまま柔らかい草の上に私は寝かされた 。
 太陽は地平線に半分隠れていた。真紅の光の中で私の前に仁王立ちしてるラシントンの股間には、
立派なペニスが毅然として起き上がっていた。
 ラシントンはオカマだったのか。女にしては力強い奴だと思っていたが、その色気の中には男っ気
は微塵も感じられなかった。美味く化けたものだ。

「ふふふ、あまりびっくりしてないようね。自分も仲間だからかな」
 ラシントンが私の両足首をにぎって、大きく広げた。
 私の下半身がラシントンの目に丸見えになる。
 ラシントンはうんうんと頷き、やっぱりねと一言いった。
「あんた両性体なのね。美少年と言っても美少女と言ってもいい顔つきだから、ひょっとしたらって
思ってたのよ。あたしはきれいな男の子を食べるのが好みだけど、両性体だとさらに好都合なのよね」
 ラシントンの右手が伸びて私の股を触る。
 肛門をなでた指はするりと上がって、まだ水に濡れている亀裂の襞を掻き分けて滑り込んできた。
電気が走ったように私の身体がビクンとはねる。
 無意識のうちに私の身体は反応して、声をあげ始める。
 ラシントンの堅いからだが私に覆い被さってきて、それと同時に私の亀裂を押し広げながら、傘を
広げた棒がゆっくりと入ってきた。
 彼女(彼)の弾力のある下腹部に擦られて私のペニスも最高潮に感じていた。
 次第に快感は大きな波になって私たちを包み込む。荒れた波頭が冬の海のように泡立ち、岩にぶち
当たって空に弾け散る。
 肩に当たる石の痛みもすぐに忘れて、私たちは一つになって果てた。

「あんた、百五十歳は超えてるんだよね。二回も若返り術やってるんだから」
 テントの中でけだるい身体をラシントンに預けてまどろんでいたら、彼女(彼)が話し出した。
「どうしてそんなに長生きしたいの?」
 私が黙っていると彼女が聞いてきた。
「もちろんそれなりの目的があるからだ」
「あんたの言葉って、取り付く島もないって感じね。その目的って何よ」
「本当の事を知る事さ。私は考古学者なんだ。昔の事を調べている。六百年前に繁栄していた文明が
没落した理由とか。生態系の変化の理由とか、人間の変化の理由を調べてるんだ。それが終わるまで
は死ねないのさ」
「随分漠然としてるわね。具体的に何をどうしようっていうの」
「とりあえず今は、アメリカを探してる。千年前から三百年間世界を支配していた強大な国だ。その
国の遺跡を調べれば、真相に近づけるはずだ」
「アメリカかあ。聞いたことはあるけどね。伝説の国だね。今向かってる村に、その手がかりがある
わけ?」
「いや、それは別だ。村に向かってるのは薬を届けるためさ。これはただの商売だ。金がないと調査
も出来ないからな」
「ふうん、早くアメリカが見つかるといいね。もし本当の事がわかったら、あたしにも教えてよ。ち
ょっと興味あるわ」
 ラシントンはそう言うと、私の答えも聞かずに後ろを向いて寝る態勢に入った。
 昼間の暑さとは裏腹に、夜中は随分冷え込んでくる。私はラシントンの弾力のある背中の肉に身体
を押し付けるようにしてゆっくりと眠りに落ちていった。

 夢の中で私は何度もラシントンとセックスをした。夢の中のラシントンは私と同じく両性体で、私
が彼女を押し倒すと、彼女はけだるそうに足を開く。
 誘う目つきが濡れ光って、私の股間を熱く猛らせる。分厚く真っ赤な唇を、更に赤い舌がナメクジ
のように這って、私の唇を待っている。
 私は彼女の唇に自分の唇を重ね、舌を差し入れて思い切り吸わせる。そして腰をずらして彼女の固
く張り詰めたペニスの下にある熱く潤んだ亀裂に私の先端をこじ入れる。
 おう、口まで突き抜けそう。彼女の言葉が聞こえると同時に、彼女の舌を掻き分けて自分自身のペ
ニスが彼女の口の中から現れる。
 私は夢中でその先端に舌をからめ、強く吸い付く。吸う快感と吸われる快感が同時に沸き起こり、
私は腰を引きつらせながら射精する。自分の口の中に。
 熱くて苦いその液が口中に広がり、嫌悪と満足感で再び眠りに落ちた。

 
 朝は小鳥の清らかなさえずりで目がさめた。水鳥のガアガアわめくような声も時折混じり、興をそ
がれる中、起き上がるとラシントンも振り向いて目を開いた。
 長いまつげがふるえて私を見ていた。おはようと優しく言おうとしたら、先を越された。
「腹減ったね。なんか食べ物持ってる?」
 確かに空腹を感じるが、もう少し場の気分を感じ取ってもらいたいものだ。
 昨日の行為よりも淫夢の性で、私は彼女を少しだけ愛し始めたのかもしれなかった。
「乾燥食料ならあるが、そんな味気ない食事より、近くに友達の木があったから行こう」
 私が言うと彼女はばね仕掛けのようにひょいと起き上がり、それ何処? と眼の色を変えた。
「なんだよ、昨日のうちに見つけたんならその時教えてくれればいいのに。自分ばっかりおかま掘っ
てもらったんだね。悔しい」
 歩きながら彼女に後ろから首を絞められるのは苦しかったが、昨日よりもずっと親近感のわく相棒
にいじめられるのは少しだけ気分がよかった。
 低い草を掻き分けながら、昨日の友達の樹のところまでラシントンを案内した。
「へえ。立派な樹だね。樹齢三百年は超えてるね」
 ラシントンは張りつめた木の枝を見上げ、薄暗い木陰の中をゆっくり一周した。
 そして、おもむろに下着を脱ぎ捨てると、むっちりとした尻を樹の幹に押し付ける。う、うん。と
声があがった。
 彼女の肛門は今押し広げられ、樹の触手がぬるりと押し入ってるところだろう。
 はあはあと口で呼吸してる彼女は、すでに興奮の極みにあるようだった。
 くびれた腰がくねくねとうねるように動いている。それを見ていると私もなんだか興奮してきた。
 下半身裸になって、ラシントンの隣に行く。
冷たい幹に尻を押し付けると、粘液まみれの突起が肛門を押し広げて入り込んできた。暖かい樹液が
下腹部から注入され、酒に酔ったような酩酊感の雲の中にゆっくりと突入する。横にいるラシントン
の右手が、私の股間に入ってきて、勃起した木の芽を握りしめた。
 私も彼女の股間に手をやり、私の物の二倍はゆうにある硬い棒をさすってやる。
「もっと強くして」
 ラシントンが荒い息の中で言う。言いながら、こんな風にというように私のものを握る手に力がこ
められた。
 苦しい体勢の中、私は彼女の量感のある乳房をもみ、固くし凝った乳首をしゃぶった。そうしなが
ら、彼女の粘液まみれのペニスの先端をしごきあげてやる。
 何重にもなった快感にラシントンは私を愛撫する手元目、自分の快楽の中に打ち沈んでいく。
 私自身もラシントンを激しく愛撫しつつ、樹から与えられる快楽の波に次第に飲み込まれようとし
ていた。
「うう、いい。最高。いきそうだよ。あんた。好き。大好き」
 うわごとのように、でも大きく叫ぶラシントンは次の瞬間激しく射精した。
 注射器で吸い上げたミルクを思い切り噴射したように、彼女の白濁した液体は目の前を飛び去り、
数メートル先に落下した。
 数回に分けて発射される精液は、最初よりも二回目、それより三回目が勢いを弱め、最後は私の指
にだらりとたれて滴った。
 ラシントンがいくのを待っていたのだろうか、ちょうどそのとき声がした。
「今日は獲物が二匹か。どっちも男みたいだね。一人はオカマ。もう一人は美少年か」
 声は私たちに言ってるのではなかった。目を上げると二人の背の高いがっしりした体格の女が、私
たちを見下ろしていた。


「久しぶりに玉スライスが食べられるね。オカマのほう結構でっかい玉持ってたよ」
「あたしは美少年の脳みそがいいな。生きたままスプーンをめり込ませて、掬い取ったときのびっく
りした表情が目に浮かぶようだよ」
 両手両足をそれぞれ縛られて、ラシントンとともに車の中に放り込まれて馬に引いていかれる中、
両脇の馬上のアマゾネスたちは嬉しそうに舌なめずりをしていた。
「アマゾネスって食人の習慣があったわけ?」
 苦しい体勢でラシントンが聞いてきた。
「そのようだな。最初は絞れるだけ絞って、一適も精液が出なくなったら殺されるんだろう」
 私はアマゾネスに聞かれるのもお構いなしにラシントンに言った。
「あんたずいぶん落ち着いてるじゃないか。怖くないの? それとも、秘密兵器でも持ってるわけ?」
『それとも』の後は急に小声になった。
「まあね。こいつがある。こいつで助けを呼べば、何とかなるかもしれない」
 私も小声で言いながら、縛られた手でポケットの中の携帯電話を取り出した。
 後ろ手に縛られてなかったのが幸いだった。
 銃は取り上げられていたが、カード状になっていてかさばらないこの携帯電話は見落とされていた
のだ。
「それじゃあ、早く連絡とりなよ。もうすぐ村につきそうだよ。ついたらそんな隙はなくなるじゃな
いか」
「SOSはとっくに送ってあるさ。でも村から救援が来るのは早くても三時間後だろう。それまでな
んとか殺されないようにしないとな」
「やっぱりあんたのんきだね。二人で漫才でもやろうっての? 村についたらすぐに殺されちまうよ」
「いや、その前にあいつら特有の儀式があるだろ。何とか少しでも長くもたせるんだな」
 
 水場でつかまってから約二時間後に、アマゾネスの村についた。
 先端のとがった槍を束ねたような城壁に囲まれた村だった。
 入り口の見張りが縄を引いくと、その壁の扉が開いた。
「ほら着いたよ。降りて服を全部脱ぎな」
 服を脱がされるのが捕まった時でなくて本当によかった。もしそうだったら携帯でSOSを送る事
もできなかっただろう。
 ラシントンと私は素直に服を脱ぎ捨てた。
 村人達が集まってくる。
 もちろん全員女だと思っていたが、中には男もいた。
 男達は全裸で首輪をされていた。
 皆がっしりとたくましい男ばかりだった。力の強い男は労働力として生かしておくと言う事か。
 
「奴隷になりそうなやつ等じゃないな。オカマとガキか。今夜はガキのほうで鍋を囲むか、オカマの
ほうはとりあえず玉だけいただくか」
 村の中で一番えらそうなアマゾネスが私たちを向かえて値踏みしている。
 私の隣でラシントンが震えながら尿を漏らしていた。
 どうやら儀式は省かれそうなのだ。そうなると救援は全く当てにできなくなる。
 刃渡り三十センチはありそうなナイフを持った一人が私の近づいてきた。
「ずいぶん落ち着いてるなおまえ。すでにあたし達の胃袋に入る覚悟を決めたか?
 おとなしくしていれば、苦しまないように殺してやる」
 女はナイフを私の喉元に突き入れる体制をとった。
「ちょっと待ってくれ。私を食べたければ食べるが良いさ。でも、食べた奴は皆一週間以内に死ぬぞ」
 私の言葉に女のナイフが揺れながらおろされた。
「どういう意味だ。無意味な命乞いはみっともないぞ」
 村長の女が近づきながら私を見下ろす。
「私は科学者だ。自衛のために自分の体に病原菌を持っている。私自身には悪さはしないが、他人が
私を食べれば病気がうつって苦しみながら死ぬと言うわけだ」
「そんな話が信用できると思っているのか。聞いた事も無いぞ。それとも証明できるか」
「私は毒を扱える。毒を扱えるものは薬も扱えると言う事だ。この村に怪我をしたものか、病気のも
のはいないか。いれば証明してやる」
 村長はしばらく考えた後、そばの奴隷男に命令した。
 二人の奴隷男が走って去ると、しばらくして女を一人担架に乗せて戻ってきた。
 年老いた女だった。絶えず咳をしている。見た感じでは長くもって一週間と言うところだ。
「治せるものなら治してみろ」
「私の服と荷物を返してくれ。銃以外全部だ。そうすれば治せるだろう」
 私はそうして服と荷物を取り戻すと、すばやく服を着込んだ。
 どうにも裸のままでは落ち着かない。
 ラシントンはまだ裸のままで、私を潤んだ目で見つめていた。

 女の治療に取り掛かる。
 加齢に加えて無理をしたのだろう。肺炎を起こしているのがすぐにわかった。
 抗生物質を腕に注射し、友達の木の粘液から抽出した薬を尻の穴から注入してやった。これでとり
あえず肺炎は治るはずだ。
 もう年もいってるが後十年は生きれるだろう。
 手当てが済むと、患者の女は次第に咳をしなくなり呼吸は目に見えて安定してきた。
 それは無知なアマゾネスたちにも歴然とわかる変化だった。
「なるほど。おまえが薬を扱える者だというのは本当のようだ。生かしておけば便利そうだな。では
もう一人のオカマを食うとするか」
 村長の目がラシントンに注がれる。
 ラシントンは目を見張って首をぶるぶる振っていた。そしてまた尿を漏らした。
「それは困る。彼女は私の相棒だ。もし彼女を殺せば、私のときと同じようにこの村は疫病に滅ぼさ
れるだろう」
 ラシントンは私の方を向いて大きく息をついた。
 私をじろりとにらんだ村長は、それなら死ぬまで此処で働いてもらうと捨て台詞をはいた。
「それはいいが、私の薬は病気を治すだけではないぞ。若返りの薬もある。我々を
解放してくれるなら、その薬を提供してもいいが……」
 立ち去ろうとした村長が足を止めて振り向いた。
 彼女ももうかなりの年のはずだ。若返りと聞いて無視はできないと思っていた。
「どこかの遠い国でそんな魔法が使えるものがいると聞いたことはあるが、おまえ
の薬でそれができるのか」
「遠い国の魔法使いとは多分私の事だ。見かけはガキに見えるだろうが、実際の年齢は百五十才にな
る」
「おもしろい。誰か希望者はいるか」
 周囲に向かって彼女が叫ぶ。
 すぐに数人の女達が名乗りをあげてきた。
「とりあえず一人にやってもらおうじゃないか。毒だと困るからな」
 名乗りをあげた女達の中から最年長らしい女を選んで、村長は私の前に連れてきた。
「効果はすぐにわかるのか」
「まあ見てなさい。十分もすれば兆候は現れる」
 まだ信用できない目で見る村長にうなずくと、私は試験代の女の腕をとって引き寄せた。赤く日焼
けした腕にはシミが多数浮いていた。
 顔にも小じわがたくさんある。これなら検体として適切だ。
 緑色の色あせたリュックの中から、無針注射器と楽剤を取り出す。
 不安など感じていないような検体の女の腕に薬剤を注入した。
 
 そのとき城門の外でなにやら騒ぎが起こる気配がした。
 少し早いが、ラドス村から救援が駆けつけたのだろう。
 村の中に緊張が走る。戦士達は弓や槍を手にとって城門のほうに急いでいた。
「おまえが呼んだのか」
 村長が目を血走らせて私の胸首をつかんできた。
「その通りだ。しかし、もう戦う必要はないだろう、私に任せなさい。彼らには帰ってもらうから」
「我々がおまえ達を開放すると本気で思っているのか?」
「もちろんそうだ。若返りの薬と交換なのだから」
 いいだろう行け、と、村長は少し考えた後私を城門のほうに向かわせた。
 今にも戦闘の火蓋が開かれそうな城門に上がり、外を見下ろした。
 二十名ほどのラドス村の戦士達が馬にのり火器を携えて私を見上げていた。
「救援に感謝する。しかし、もうその必要はなくなった。我々はもうすぐ開放されるはずだから、待
機していてくれ」
「本当に大丈夫なのか。脅されてるのではないのだろうな」
 リーダーと思しき黒い皮のよろいをきた男が興奮した馬をなだめながら叫ぶ。
「大丈夫だ。私を信じて、一時間ほど待っていてくれ」
 何とか無用な戦闘は回避できそうだ。
 そうして城門から戻ってみると、先ほど若返りの薬を打たれた女にすでに兆候が現れ始めたいた。
 シミだらけだった腕や顔は、見る見るうちにみずみずしい肌に変わっていく。
 ばさばさだった髪の毛もつややかな真っ黒い髪に変わっていった。
 顔の小じわは無くなり、あっという間に二十年は若返ったように見えた。
「すごいよ。腰の痛みも無くなった。体がすごく軽くなったよ。この薬は本物だ。こいつは本物の魔
法使いだよ」
 検体の女が声を震わせて叫んでいる。
 その光景は周囲の女達に絶大な影響を与えた。
 我も我もと私の元に押し寄せてくる。
「ちょっと待て。次は私だ」
 そう言って村長が割ってはいってきた。
 それからは少し忙しかった。村の女達全員分は薬がない。とりあえず年長の者にだけ薬を打つこと
になった。
「薬はこれで終わりだ。もう空っぽだ。でも大丈夫、材料さえあればいくらでも作れる。まだ打って
ほしいものがいるのなら材料を取ってきてほしい」
 私はまだ薬を打っていない十人ほどの者に、メモを渡してすぐにとりに行くように仕向けた。

 村長も反対はしなかった。
 反対するどころか、身も心もエネルギッシュな頃に戻る陶酔の中でうっとりとしているのだ。
「さて、もうすぐ全員に薬が行き渡るだろうが、その後は当然開放してくれるんだろうね」
 陶酔に目を細めた村長に私は確認するように言ってみた。
「おまえみたいに役に立つ男を私達が手放すと思ってるのか。ラドス村の二十人は確かに手ごわいだ
ろうが十人位犠牲になったとしても戦うだけの価値はあるよ。おまえには」
 なるほど。まあ予想内の答えだ。
 村長を始めこの村に残っているものはすべて薬を打たれたものだ。
 二十代の若さを取り戻して気力も体力も充実しているのがその体の匂いにさえ表れていた。当然自
信もみなぎっているだろう。
「こんなやつらの約束を信用するなんて、馬鹿だよロックは」
 ラシントンが私の横に擦り寄ってきて言った。尿の匂いがぷん鼻につく。
 とりあえず命の危機は去ったものの、逃げる事ができないのでは生き地獄が待ってるだけだ。
「まあ見てなって」
 小声でラシントンに答える。
 アマゾネスの女達の変化は、それまでのゆっくりしたものから加速度的に変化が激しくなっていっ
た。
「おとなしく開放すると言えばよかったのに。この薬はストップをかけられなければ止まらないんだ」
 私の言葉を聞いている彼女達はすでに十代の前半になっていた。
 身長も低くなり筋肉もどんどん落ちていく。
 ついに私の身長の半分くらいに縮まった村長が私に取り付いて懇願しだした。
「早くとめてくれ。許してくれ……」
 でも最後のほうは言葉にならない。皮のよろいが重くて倒れてしまったのだ。
 周囲の女達も同じ状態だった。もはや誰一人として私達に危害を加える事のできるものはいなくな
っている。
 あとは薬の材料を探しに行っている者達が帰ってくる前に此処を立ち去ればいいだけだ。
「このままにしていくの?」
 ラシントンがあまりの事にあっけに取られながらいう。
「ああそうだ」
「あいつらどうなるの」
「赤ん坊に戻った辺りで変化は終わる。別に死ぬわけじゃないから気にするな。さっき行った連中が
戻ってきたら、村も再建できるだろう」
 まあ、その前に奴隷男達の反乱が起きなかった場合の話だが。
 城門を空けてしばらく歩くと、待機していたラドスの村からの救援部隊に会うことができた。
 馬に乗って振り返ると、日の傾いたアマゾネスの村には赤ん坊の泣き声が声高に響いていた。






 一章 完