サバイバルゲーム
サバイバルゲーム V 現在・過去・未来

  
十八 ピカ


 職場の机は見慣れたスチール製のデスクだった。書類の散らばり具合も、昨日と変わら
ない。ただ、違っているのは同僚がほとんど女性だったことだ。
 前の世界では七割が男だったのに、ここではその反対だった。

「佐藤君、課長がお呼びよ」
 隣のデスクに腰掛けた、弓丘さんが僕の太ももに手を滑らせながら行った。
 逆セクハラという言葉が浮き上がるが、この世界ではぜんぜん逆じゃないのだろう。
 弓丘さんは一年先輩だった。よく飲みに連れて行ってもらったという事実が思い出され
てきた。
 強い酒で酔わされて、薄暗いスナックの端の席でチャックを下ろされたこともあった。
 まったくなんて世界だろう此処は。
 
 課長室のドアをノックすると、女性の声がどうぞと聞こえた。
 ドアを開けた僕の前に、高木課長のデスクがあった。
 正面から見た彼女はごく普通の様子だったが、脇のソファに通されたときに斜めからデ
スクを見ると、その異常さがわかった。
 全裸の男が四つんばいになって、彼女の椅子の役目をしていたのだ。
 男の尻側を見る形になったが、股間には何もぶら下がってなかった。
 睾丸はもちろん、ペニスも切り取られていたのだ。
 高木課長のでっぷりとした尻が浮くと、人間椅子の彼はほっとしたのか肘の力が抜けて
少し前かがみになるのがわかった。
 そして彼が立ち上がる。
 端正な顔つきの若い男だった。そのまま右手の奥に引っ込んだのは多分お茶を入れに行
ったのだろう。
「実は、タイムマシンの件なんだけどね」
 お茶が入るのも待たずに課長は話し出した。この世界ではあの機械の担当は僕だった。
 これは少なくとも幸運なことだ。
「あなたのレポートを見る限り、どうやら普通のタイムマシンじゃなさそうね」
 その通りだ。それは自分で実証済みなのだから。
 新しい記憶を探りながら僕は慎重に言葉を選んでいく。
「そうなんです。最初は心を過去に飛ばす機械かと思って、大騒ぎになったんですが、結
局過去じゃなくて異次元に変異する機械だというのが結論です」
「過去を変えることはどうにも不可能だということね。でもそれじゃあ、あの機械はなん
の役に立つのかしら」
 意地悪そうな顔つきで課長は僕の顔を覗き込んだ。
 その目つきは妙な色気をはらんでいた。ふと、健康な男の極端に少ないこの世界の実情
を垣間見た思いがした。
「タイムマシンとしては使えないのは報告した通りです。だから国からの援助は打ち切り
になるでしょう。でも、僕はもっと違った可能性があの機械にはあると考えました」
 今ふと思いついたことをそのまま言葉にしてみた。
「この現在を変えることがないから、一般に公開することができるわけで、その際タイム
マシンとしてではなく、高齢者が再度若返る機械と考えれば、その需要は計り知れないも
のになると思われます」
 そうだ。その手があるのだ。死に瀕した人間が、再度若い時代に心を飛ばして生き返る
ことができる。その世界がまったく同じ世界じゃなくても、死を前にした人には関係ない
だろう。永遠の命。いや、新しい世界に同じ機械があるかどうかまではわからないから、
永遠とはいえないが、人生を二回やり直すことだけはできるのだ。
 どうせ死ぬのなら、自分の財産をすべて使ってでも過去に戻りたいと考える大富豪はい
くらでもいるだろう。
 この機械が生み出す収益は、ビルゲイツが作ったウィンドウズ以来のものになるだろう。
 課長の目が次第に見開かれてきた。
「そのアイデア、いつ思いついたのよ。レポートにはなかったわね。レポートはタイムマ
シンとしては使い物にならないガラクタみたいに書いてあったわよ」
 実際経験してみないと、思いつかないアイデアだったのかもしれない。
「いえ、今ふと思いついたんです。今までは行って帰ってくる機械として考えていたんで
すが、行ったきりでもいいのではないかという前提に立てばそういう見方もできると思って」
「さすが、私が見込んだ男だけあるわ。こっちにいらっしゃい」
 恐る恐る彼女の横に席を移す。
 お茶を入れにきた人間椅子をちらりと見た僕に気をつかってか、犬でも追っ払うように
課長は彼に手で指図した。
 彼は無言のまま一礼すると奥に引っ込んでいった。
 課長はじんわりと汗をかいた体を僕に密着させてきた。嫌悪感が湧き上がるが露にして
はならないのは言うまでもない。ここは我慢のしどころなのだ。
「君、決まった人はいないの?」
 耳に息を吹きかけられながらそんなことを言われた僕の胸は苦しくなり、吐き気がして
きた。
「こんなにかわいいのに、おかしいわね。まさか男好きってわけじゃないんでしょ」
 やや警戒気味の声で彼女が言う。やはりこの女でもエイズは怖いのだろう。
「もちろん違いますよ。それは毎月の検査でもわかってるでしょう」
 ホモセクシャルだったらとっくにエイズにかかってるはずなのだ。統計的に見ても。
「君のアイデアはとても面白いと思うわ。でも致命的な欠陥があるわね。わかる?」
 課長の手が僕の太ももをなでて、そしてズボンのチャックにたどり着いた。
 逃げ出したいのをぐっとこらえて、質問の答えを考える。
 早く答えないとチャックを下ろされ中身を取り出されてしまう。
 なぜかそんな風にあせりながら懸命に考えた。
「行ったきり帰ってこないということは、その機械が本当に心を過去に飛ばしているのか
どうなのか、検証しようがないってことでしょ」
 僕が詰まっていると課長が答えを言ってしまった。
 その通りだった。
 僕は自分の経験から機械が立派に作動していることを知っているが、それを他の誰にも
納得させることができないのだ。
「極端な話、機械がタイムトリップの機械じゃなくて安楽死の機械だったとしても、誰に
も証明できないってこと。ということはタイムトリップの機械だということを証明するこ
ともできないって言うことよ」
「しかし、理論があります。この理論は検証できますよ。そうすれば学会は納得してくれ
ると思いますが・・・・・・」
 課長が僕のペニスを取り出してつめの伸びた指で軽く握った。
「そうね。でもあの理論はまだわかりにくすぎるわ。もう少し練り直してきなさい」
 それが彼女にとっての結論だった。
 後はおしゃべりは抜きの時間になった。
 課長が僕のペニスにしゃぶりついて舌を絡めてきたのだ。
 ベルトを外されてズボンも下着も下げられた。
 目をつぶって苦痛か快楽かわからない時間が過ぎ去るのをじっと我慢していたが、ふと
目をあけると人間椅子の彼と目が合ってしまった。
 彼は離れた場所から僕らの痴態をじっと観察していた。



 十九 ぷっく

 
「あたしは人食い女だったわ」
 北公園で研究所から出てくるピカを待ち伏せしていた私の最初の言葉がそれだった。
 取り乱す私を、ピカは背中をさすったりして近くのベンチまで連れてきてくれた。
「落ち着いて。何があったのか、ゆっくり話してごらんよ」
 青白い街灯の照らす範囲には私たち以外に人影は無い。
 私は自分がこの世界で医者をしていること、そしてついさっき哀れな男を去勢してきた
ことを話した。
 メスがすうっと肉を切り裂く感触のなんともいえない悦楽までは言わずにおいたけど。
 そして去年の十月にラスベガスで起こったことも、つまずきながら何とか話し終えた。
「すごいな。僕の職場でもショッキングなことがあったけど、そこまでは無かった。でも、
悩むことは無いよ。ぷっくがしたんじゃない。この世界のぷっくは君であって君じゃない
んだから」
「でもどうして。ただエイズ二型ウィルスが流行っただけでこうも世界が変わってしまっ
たの?」
「この世界は僕らの住んでいた世界とは全く別の世界だったんだ。タイムスリップじゃな
くて多元宇宙の別の世界にきてしまったんだよ」
「それ、どういうこと」
「最初のタイムトリップも、過去の世界に行ったように見えていたけど、僕たちの記憶に
合うような別の世界に行っていたんだ。しかもさらに二度目のトリップで決定的に変わっ
た世界になってしまった」
「じゃあ、以前の世界の私たちはいったいどうなってしまったのかしら。あの無愛想な椅
子の上で、心を無くして肉体だけになっているのを次の日に来た人に発見されたのかしら」
「そうかもしれない。そこまでは僕もわからないけど」
「私は早く元の世界に帰りたいわ。もう一度あの機械で、二人で帰りましょう」
「もちろん僕だってこんな世界に長くいるつもりは無いよ。準備が出来次第連絡するから」
 もう一度もとの世界に帰ることはできるのかしら。
 でもピカの言葉で私は少し落ち着きを取り戻すことができた。
 少なくともこの世界に一人ぼっちじゃないと確認することができたし。

 そのとき街灯の奥から数人の人影が近づいてくるのが見えた。
 光の中に入った彼らはみんな男だった。六人いた。
 薄笑いを浮かべながら私たちを見ている。なんだか急に怖くなってきた。
「デート中かい? こんな夜にこんな場所で、物騒だと思わないのかな」
 髪を短く刈り上げて銀のピアスを光らせた背の高い男が腕を組んだまま行った。
 ピカが立ち上がる。私も立ち上がってピカの後ろに隠れるようにした。
「僕が合図したら走って逃げろ。交番に行くんだ」
 小さな声でピカが私に言う。
「心配しなくても女には興味ないんだ俺たちは。用があるのは君の方さ」
 六人がじわじわ私たちを包囲していく。
「僕に何の用だ」
 少しだけ震えた声で言うピカに、刈り上げ男は話し出した。
「俺たちはエイズ保菌者さ。知ってるように二型ウィルスは保菌者には全く悪さしないん
だ。ただ、女とセックスしたらその女が死ぬだけでね。だから保菌者はすべて去勢される
ことになってしまっているわけだけど、考えてみたら変だと思わないか? 保菌者は女を
殺す道具を持っているというだけなんだぜ。まだ殺してもいないのに去勢されてしまうの
は男として納得できないだろう」
 彼らはホモの集団なのじゃないかしら。そんな考えがふと浮かんだ。
 女とセックスしない彼らも、保菌者という理由で去勢されてしまうのだ。彼らにしてみ
れば理不尽なことかもしれない。
「それで、僕に何の用なんだ。僕は君たちの仲間じゃないよ」
 ピカにもまだ状況が把握できないみたいだ。
「数は力という言葉は知ってるだろう。保菌者をどんどん増やしていけば、それなりの力
になる。強制的な去勢じゃなくて妥協できる道筋を政府に訴えることもできるはずだ」
「じゃあ君たちは健康な男たちを保菌者に仕立て上げるために活動してるってことか?」
 ピカの声が上ずってきた。だんだん今のやばさがわかってきたって言う感じだった。
「おとなしくしてれば優しくしてやるよ。暴れたらちょっと痛い目にあってもらうしかな
いな。それでも言うこと聞かないときは、君の彼女を犯してしまうかもしれないぜ」
「馬鹿な。そんなことしたらぷっくがエイズで死んでしまう」
「わかったようだな。恋人を死なせたくなかったらおとなしく言うことを聞けよ」
 じわじわ男たちが近づいてきた。
 でもピカが犯されちゃったら、私とも結婚できなくなってしまう。
「ちょっと待てよ。でもどうやって精液検査を逃れてるんだ」
 ピカは時間を稼ごうとしてるんだろう
「地下に潜るのさ。蛇の道は蛇ってやつだ。おまえも仲間になったら教えてやる。その時
はかわいそうだが恋人とはお別れだがね」
 
 私たちは近くの公衆便所に連れて行かれた。
 微かな期待もむなしく全く人通りは無かった。





 



 


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