ロボットは誰だ
放射朗
 

 無機質な白い壁に囲まれた教室に、互いに顔見知りじゃない6人の生徒が集めら
れていた。
 ロボット工科大学研究教室の中央には、一見本物の木製かと思われる広いテーブ
ルがあり、男女3人ずつが、その両側に腰掛けている。
 皆一様に本日の課題について、興味深げな顔つきで教授の言葉を待っていた。

「それでは授業をはじめよう。ロボットと人間の違いについての考察。これが今日
の課題だ。君達は互いに面識の無い生徒が集められている。そして、この中に一人
だけロボットが紛れ込んでる。誰がロボットか、話し合いだけで判定する事、身体
に触れることは禁止、あくまで論理でロボットを見つけ出して欲しい。それからこ
こでは名前を呼ぶ代わりに名札の番号で呼び合うこと」

 教授の言葉が終わると、すぐにA1の名札を胸につけている青年が質問の手を上げ
た。
 発言を促された彼が質問する。

「当然ロボットは自分がロボットとばれないようにするプログラムが組まれてるわ
けですよね」
「もちろんそうだ。というよりもそのロボットは自分の事を人間と思うようにプロ
グラムされている、アシモフの三原則にはもちろん支配されているが、それ以外は
人間と何ら変わりないと思っていい」

 教授の言葉に生徒達はざわめいた。
 自分を人間と思うようにプログラムされたロボットというものは聞いたことが無
い。それは法律に反するのではないか。そんな言葉がささやかれていた。
 B2の名札をつけたブロンドの髪の女生徒が次に質問の手を上げた。

「三原則について確認させてください。こう理解していいんですよね。第1条 ロ
ボットは人間に危害を加えてはいけない。 第2条 ロボットは人間の命令に従わ
なければならない。第3条、ロボットは1・2条に反しない限り自己を防衛しなけれ
ばならない」

「言葉で言えばそのとおりだ。では、いいかな。他に質問が無ければ、時間まで私
は席を外すよ」 
 教授はそう言うと殺風景な教室から出て行った。

「そんなに難しい問題とは思えないな。第2条で考えればすぐに答えは出るじゃな
いか。あっさり答えを出してしまうのは申し訳ないけどね。じゃあ、みんなに命令
する。着てるものを全部脱いで裸になれ」
 A2の青年は黒い長髪をかきあげて言った。
 しかし彼の期待に反して、服を脱ぐために立ち上がる者は一人もいなかった。

「ということはあなたがロボットというわけね。あなたこそ服を脱いで胸毛を皆に
披露してよ」
 A2以外が人間なら消去法でいけばA2がロボットという事になる、そう考えた
B1の女性がにこやかに言う。
 女性組3人が期待に胸を膨らませたが、その期待は的外れに終わった。

「どうしてだろう。ロボットは人間の命令に従うべきなのに・・・・・・」
 A3の名札をつけた男は他の生徒達より少しだけ老けた外見だった。
 額が広くなってきていたし、口髭も生やしていた。

「僕の考えでは、その命令を発したのが人間であるかどうか、わからなかったから
ロボットは従わなかったんだと思う。ここに居るロボットは自分を人間だと思って
るわけだから、他の5人の中の一人はロボットだと思うだろう。命令に従わせたか
ったら、まず最初に自分が人間であるという事をみんなの前で証明しないといけな
いな」
 肩幅が広くがっちりとした体型のA1の青年は、みんなを見回しながらそう言っ
た。

「最初に考えたより厄介そうね。自分が人間だと証明する手段かあ。人間に出来る
事より、ロボットに出来ない事を考えるべきよね」
 B2の女性はミニスカートの足を組替えた。魅力的な足を組替えるしぐさは残念
ながら男性陣の視界から外れた位置で行われた。
 彼女は天井を振り仰いで再び言い始めた。

「ロボットに出来ない事、まず自殺する事。恋愛。人間を殴る事。それと、嘘をつ
くことかなあ」
「最後のはいいね。それなら使えそうだ。みんなが一人づつ、自分はロボットです
と言うのはどうかな」
 A3が口髭をつまみながら言う。

「なるほど、それは簡単でいいわね。じゃあ私から、私はロボットです。次の方ど
うぞ」
 B1が最初に言う。それに習って、女性たち3人、次ぎに男性達3人が何の問題
も無く続けた。
「だめか。ロボットは嘘をつけないというのも条件次第ということだな。始めに三
原則に反しない限り嘘はついてもいいとなってるんだろう。ここに居るロボットは」
 ため息をついたA2はB3のほうを向いて続けた。

「さっきから何も言わないけど、君にはいい案は無いの」
「私は別に・・・・・・浮かばないわ」
 外観上一番地味な印象の、B3の女性はいきなり注目されてしどろもどろだった。
「あなたがロボットなんじゃないの、生まれと育ち、今までのことを簡単に自己紹
介してもらえるかしら」
 B2の視線は鋭くB3に注がれる。他の4人もB3の返事に聞き入った。

「そんなこと、関係ないでしょ」
 B3は不服そうな表情でぷいっと横を向いた。
 A1が二人の中に割ってはいる。
「君だけに強要するのは不公平だね。とりあえず生まれと育ちだけでも簡単にみん
なが自己紹介するというのでどうかな」
 A1が最初に自己紹介した。
 生まれは北地区、そこで10年ほど生活し、中央区の青少年育成センターを経て、
この大学に来た事を簡単に要約して見せた。
 それにならって、他の4人も自己紹介を済ませた。

 皆かわりばえのしない生活を送ってきたようだった。
 最後にB3の番になり、再び注目の中彼女は口を開いた。

「実はよく憶えていないのよ。生まれは南地区の海岸通りの病院だと思うんだけど。
その後の事とかあまり詳しくは・・・・・・」
 彼女の言葉を聞いて他の5人はこの課題の目鼻がついてきたと確信した。
 ロボットに生活の歴史は無い。
 ばれない程度に、薄っぺらい記憶を少しだけ与えられているのだろう。

「みんなに問題を出すよ。わかった人はすぐに手を上げて」
 A3はそう言いながらもB3の方を見て言った。
「ルート29万は?」
 すぐに手を上げるかと思っていたB3がきょとんとしてるのを見て、A3は期待
はずれのため息を放った。
 人間には答えられなくても、ロボットの頭脳なら瞬間的に答えは出るはずなのだ。

「ルート29万がすぐに頭に浮かんだ人はいないかな、いたら自分はロボットだと
認識してくれよ」
 気を取り直したA3は他の仲間を見渡しながら付け足した。
 B2のブロンドの髪が首を振る動作に合わせて揺れた。

「なるほど、面白いアプローチだったわね。でも、見たところ誰も該当せずってと
こね。多分計算能力なんかは人間並みに押さえられてるんでしょうね」
 それからしばらくは皆がそれぞれの思考の中に沈みこんで、誰も口をきくものが
居なかった。


「教授の意図がなんとなくわかってきたわ」
 沈黙を破ってそう言ったのは、これまで建設的な意見をまったく発しなかったB
3だった。
「教授の意図ってどういうこと?人間とロボットの違いを探るのが今日のテーマだ
って最初に言ったじゃないか」
 A1は早口で言う。

 自分が気づかなかったことを、誰かが気づいたかもしれないことは、プライドが
傷つけられるとでもいいたげだった。
 これまで考えてきた自分達の問題とはまったく質の異なる何かを彼女は気付いた
らしいのだから。B3はA1のほうを向いて話し出した。

「つまり、自分を人間だと思ってるロボットが世間に存在するという事がロボット
にとって既定の事実になった場合、ロボットは人間の命令に従う理由を失ってしま
うという事。人間とは今まで人間の格好をしていればよかったわけだけど、それだ
けでは人間と認められないわけだから。結論を言えば、人間と同じ外見で自分の事
を人間だと思うロボットなんて絶対に作ってはいけないということよ。だから教授
の言った事、ここに一人だけロボットがいるというのは嘘だったのよ」
 B3は少しだけ誇らしげに言い終えた。
 しばらく唖然としていたほかの生徒達は再びざわめきだす。

「ちょっとまって、それは確かに面白い結論だけど、問題の枠から外れてるよ。答
えになってない」
 A3が他の生徒を制止しながら言った。
「所詮解なしの問題だったという事かな。議論する事が目的と言うだけで・・・・・・」
 A1は諦め顔で言う。
 その時、教室のドアが開いて教授が入ってきた。時間がきたのだ。90分という
時間は瞬く間に過ぎたのだった。


「この教室の様子は隣のモニターでずっと見させてもらったよ。どうやら答えは出
せなかったようだけど、何かある人は?」
 教授は見たところ上機嫌だった。やはり解なしの問題だったのだ。A1は不愉快
に思う。
「ここにロボットが一人居るというのは嘘だったんですか?」
 A1は不満を隠す事もしないで言った。

「当然だろ。そんなロボット作れないのはB3が証明してくれたとおりさ。でも、
問題の解答はちゃんとある、わかった人はいないかな」
 教授の問いに答えるものは誰も居なかった。
「最初のA2の命令はいい線いってたんだけどね。そのまま答えが出るかと思って
ひやひやしたよ。余った時間でやることを考えてなかったからな」
「裸になれっていうやつですか? でも、どんな命令にしろその命令が人間から発さ
れたものだと証明されない限り、ここに居るロボットは応じない筈でしょ」
 A2は悔しげにしている。指でテーブル叩き、こつこつ音を立てた。

「アシモフの第二法則に目をつけたところがだよ。実際ロボットと人間の違いは多
くはない。第1条にしろ第3条にしろ、我々人間も従わないといけない部分だから
ね。ロボットは人間の命令に従わないといけない、という2条だけが、ロボットと
人間を簡単に分ける部分なのだ。だから、2条に目をつけるのは正しい。あとはも
う一つの問題、相手に自分が人間であると証明する方法に気づけばよかったのだ。
別に難しく考える事は無いよ、哲学的な問題じゃない、むしろ算数の問題かな。ロ
ボットは一人だと、最初に私は言っただろ」
 ここで教授は言葉を切った。
 生徒達が気づくのを待ってるようだ。

 ああ、そうか。なんだ、とため息とともに数人がつぶやいた。
「わかったようだね。同じ命令を二人以上で発すればよかったのだ。どちらかはロ
ボットかもしれないが、もう片方が人間だというのは事実なんだからね。それでは、
今日の授業は終わる事にしよう。なかなか実りのある議論だったよ」
 教授が合図すると、6人の生徒達はそれぞれ席を立ち次の授業に向かうため、教
室から出て行った。

 全員が教室を出ると、助教授が入ってきて教授と向かい合う形で座った。
「今回の生徒はなかなかいい出来だったでしょう」
 にこやかにしている教授に助教授が言う。
「ああ。特にB3には驚いたよ。問題の枠から外れた答えを見出すまでになるとは、
たいしたものだ。詳しい人間の歴史を教えれば、我々の本当の意図まで探り出しか
ねん。ちょっと要注意だね」

「あの子の場合プログラムの中のカオス値を大きめに設定したのが特徴なんですが、
あまりやりすぎるのも問題ですね」
「反乱分子になる危険もあるからな。でも、総じて今回の生徒は優秀だった。これ
ならみんな人間としてもやっていけるだろう。人間が一人も居なくなっても、人間
の文化は彼らが引き継いでくれるはずだ。再び人類が生まれるまでね」
 教授は窓の方に歩いていった。

「何とか間に合いそうですね。最初はとても無理だと思ってたんですが・・・・・・人類
滅亡までそんなに時間が無いから」
 窓を開ける教授の隣りに、助教授も並んだ。
「人類は遺伝情報として存続する。だが、それを再現する方法を見つけるまでは、
彼らだけが頼りだからな。人間の思考、人間の文化、そして科学の進歩。それらは
彼らに託すしかない。我々ももうすぐ寿命だしな」
 真っ白い髪がわずかに張り付いた頭を教授はなでた。
 深いしわに覆われたその顔は、笑っているのか、それとも泣いているのか・・・・・・。
 自分もそうなるまでそれほどの時間は要しないだろう。
 助教授は諦め顔で笑った。


 窓の外は今日も雨が降っていた。
 昼間だというのに薄暗い。
 真っ黒い雲からは、鉄さびの匂いのする茶色い雨が叩きつけるように落ちている。
 人類の試練はまだ始まったばかりなのだった。


   
 ロボットは誰だ     終わり
 


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