1 参観日




「横尾さんのお宅のご主人、なかなか立派よね」
「あら、佐伯さんのところもなかなかのものですわよ」
 教室の後ろの壁にずらりと並んだお父さん達を眺めて、お母さん達がささやき合
っている。つぶやきと押し殺した笑い声が教室に充満していた。今日は父兄参観日。
 普通はお母さんたちだけが参加するんだけど、今日は父親品評会とかで、クラス
全員のお父さんが集合させられているのだ。
 あたしのお父さんも、真中辺りでそわそわしたりハンカチで額の汗をぬぐったり
してる。クラスの女の子達はみんなお父さんたちを凝視してるけど、男の子達はあ
まり見ようとしない。
 男の子達はお父さんに自分を投影してみてるのだと思う。いずれは自分もあんな
風に恥ずかしい目に会うのだと想像して、やるせない気持ちになってるのだ。
 隣の席の濱田君に言ってみた。
「濱田君のお父さんはどれ?あそこの毛は脱毛してるの?」
 お父さんたちは皆下半身裸になってあそこを衆人環視の元にさらしてる。
 半分くらいのお父さんは、剃ってるのか脱毛かは知らないけど、股間がこの教室
の男の子達みたいに無毛の状態だった。
「ああ。昨夜かあちゃんに命令されてた。みっともないからすべすべにしときなさ
いって」
「お風呂場でかみそりで剃ったの?」
「そうだよ。多分。今まではそんなこと命令されてなかったのに、悔しそうにして
た」
 濱田君の消え入るような声がうつむき加減の口から出てくる。
「女に命令されるのが嫌なのかな。大人になっても」
 素直な疑問があたしの口からこぼれた。
 実際不思議だ。子供のころからずっとそうやって慣らされてきてるはずなのに。
 男が支配階級だった時代は100年も前に終わってるのに、馬鹿みたい。

 お父さんたちの股間のものは黒ずんだ一口ウインナーみたいに縮こまっていた。
 これじゃこのクラスの男の子達とどっこいだ。

「それでは授業をはじめます。皆さん前を向いてください」
 担任の若菜先生がタイトなスカートの腰に片手を当てて、すらりとした長い足を
誇示するように、教壇に立った。先生の机は前もってどけてある。
 黒板に向かって左側の壁に、お母さんたちが並び、後ろにお父さんたちが半裸の
姿で並んでる。
 若菜先生は銀縁メガネを左手で正すと、お父さんたちを端からじっくり見ていっ
た。
「やっぱりきちんと剃ってきてる人にお願いしたほうが良いでしょうね。観察する
のに適してますし。それと比較のためにもう一人出てきてもらおうかしら」
 胸が高鳴った。あたしのお父さんはちゃんと剃ってきてる。お父さんが指名され
るかもしれない。それってすごく興奮する。ぜひ見てみたいわ。
「じゃあ、右から三番目の方と、左から5番目の方教壇に上がってください。恥ず
かしがらなくても良いですよ、もう全部見られてるんですから」
 やった。確か三番目はうちのお父さんだった。思わず声が漏れそうになって、あ
たしは両手で口を抑えた。
 しばらくしてゆっくりした靴音が後ろから近づいてきた。
 あたしは前をむいたままだから、まだその姿は見えないが、横を通り過ぎる足音
はパパのものに違いなかった。
 横目で見上げていると、眼があってしまった。
 観念した顔をしていた。これからのことは大体ママに聞いてるのかもしれない。
 お母さん方にはプリントで、今日の予定を知らせてあるはずだから。
 左手のママを見ると、笑顔で一つうなづいた。

「はい注目してください。ここに大人の男性二人がいます。こちらは、薫ちゃんの
パパですね。あちらは雄大君のパパです。おちんちんをよく見てみましょう。雄大
君のパパは手付かずだから髭ぼうぼうですね。ちょっと汚い感じがします。この教
室の男の子達はまだぜんぜん生えてないはずですが、多分あと二年もしたら少しず
つ生えてくると思います。皆さんはどうですか。生えたまんまと、きちんと処理し
たのとどちらがきれいだと思いますか?」
 若菜先生の質問に、ガラスを引っかくような高音の返事がいっせいに上がる。
 もちろん、剃ったほうがいいですと言う返事だ。
 男子たちの声はほとんど聞こえない。みんなうつむいて早くこの時間が過ぎてほ
しいと言わんばかりの表情をしていた。
 あたしの横の濱田君も、もちろん同じだ。
 後ろを見ると雄大君が緑色のプラスチック筆箱をかんでいた。
 雄大君のいつもの癖だ。緊張したり焦ったりしたときの……。

「雄大君のお母さんはどちらですか」
 若菜先生の透き通った声が響くと、思いのほか若くてきれいなお母さんが軽く手
を上げた。
「どうして剃っておかないんですか」
 先生は少しきつい顔で雄大君のお母さんを問い詰めた。
「言ってるんですけど、聞かないんです。それだけは勘弁してくれって。子供の手
前恥ずかしいのはわかるんですけど」
 お母さんはすまなそうにペコペコしながら言った。
「特に男の子の居る家庭では、父親をきちんとしつけることが、その男の子の成長
過程で重要だというのはご存知でしょう。今日は私が代わってお仕置きしてあげま
すけど、明日からお母さんがしっかりしてくださらないと……」
 すいませんわかりました。と小声でつぶやく雄大君のお母さんを確認すると、若
菜先生は黒板を指す指し棒を持って、雄大君のお父さんの横に立った。
「それではお仕置です。床に手をついてお尻をこちらに向けてください」
 若菜先生の言葉では、雄大君のパパは20人の生徒の方にお尻を向けることにな
る。
「い、いや。それは……」
 雄大君のお父さんは真っ赤な顔をしてあとずさる。
「あたしの命令は教育委員会の命令ですよ。反抗すれば処罰されます。去勢は嫌で
しょ」
 去勢……。すごい言葉だ。この言葉を聞くたびにあたしは胸が苦しくなる。
 タマタマをつぶされるなんてどんなに痛いだろう。なくなってしまったらいった
いどんな気持ちがするんだろう。クラスの男の子をいたぶる時に一度素足で踏みつ
けてみたことがあるけど、白目むいて泡吹いていた。対して強く踏んでもいないの
にだ。
 またやってみたいな。ぐにゅぐにゅした感触が面白かったし、踏んだら玉が逃げ
るのが不思議だった。今度は誰にしようかしら。
 あたしがそんな想像をしていると、いきなり鋭い音が聞こえてきた。
 教壇では雄大君のお父さんがこっちにお尻を向けるようにさせられて、先生に鞭
打たれていた。真ん中の黒いお尻の穴が丸見えだ。穴の周りにも、いやらしい黒い
縮れ毛が密集してる。気持ち悪い。見たくもないものを見てしまった。
 2回、3回と音がするたびに、お尻の肉に赤い直線がひかれていく。
 直線は打たれた直後よりも、しばらくしてから浮かび上がってくる様が面白い。
 苦痛のうめき声も聞こえてくる。
 5回目の音がしたとき、男の子が一人立ち上がった。雄大君だ。
「先生、もう止めてください。お父さんがかわいそうです」
 涙声で叫ぶ雄大君は鼻水までたらしていた。
「本当にかわいそうだわ。おとうさん、あなたがお母さんの言いつけを守らないか
ら、雄大君は傷ついてしまいましたよ」
 さすが若菜先生。すんなり問題をすり返る手腕は大した物だ。
 雄大君は自分の言葉がさらに父親を苦しめることになってしまったと気づいたの
か、机に泣き伏した。
「すいません。今後は絶対言うことききますから許してください」
 雄大君のパパの声が聞こえた。こっちからじゃ顔は見えないけど、泣いてるかも
知れない。声が微妙に震えていた。
 その後3回鞭打たれ、10回目の鞭打ちが終わったところで雄大君のパパは釈放
された。
 でも釈放する前に、はさみで簡単に陰毛をカットすることを忘れる若菜先生じゃ
なかった。所々短く、または長く切られた醜い股間のまま、雄大君のパパはうつむ
いて、早足で教室の後ろに下がった。
 雄大君のパパと同じように陰毛の処理をしていない数人のパパたちはできるだけ
目立たないように他のパパの影に入ろうと努力してた。




  次回見本更新日 未定
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お父さんの品評会